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本編
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お互い何も喋らずに抱き合ったまま、しばらく時間が経った。寝不足続きだったこないだまでの俺なら即行で寝てしまうくらい安らぐ腕の中で、ちょっと頭の中を整理しようとする。
結城と俺は子供の頃に一度出会っている。その時、15年以上経っても記憶に残るくらいの名言を、俺が結城に言ったらしい。けどこれは美化されている可能性がかなり高い。
その後、高校生になった俺が、結城の店だと知らずにバイトをしたいと申し込む。そのまま約二年。好条件のバイトに縋り付く俺。大学に行こうと思えたのもこのバイトのおかげだったりする。
しばらくして、親父が事故に遭ってそのまま帰らぬ人に。で、俺が親父の借金を返さなくちゃいけない状況になったことを結城が知る。そして結城曰く、子供の頃の名言の恩返しに、金銭面で俺を助けてくれる気になったとさ。
チャンチャン。
……ではなぜ俺にキスをする!?
結城が俺の弱みを握るために、でもって俺を今後利用するために、借金の肩代わりをしたんじゃないのなら、それはもう結城の善意ってことになる。
そしたら、何でキスされたり、こんな風に抱き締め合ったりすんだよ。っていうか、それはお前あれじゃねぇか。何回も考えて、何回も先延ばしにしてきた、触れちゃいけないパンドラの箱だろうが。今それ、開ける?
……開けません!
ですよねー。開けませんよねー。それって考えたらダメなやつじゃん。うっかり怪我とかしてしまいそうな感じのやつ。っていうか、そこを突き詰めてしまったら、俺って最終的にこれ、絶対傷付く結果に終わるやつだろ。
「……花月。顔上げろ」
「な、なんで?」
「キスするから」
ドクンっ! と心臓が激しく脈打つ。顔が火照る。途端に緊張する。
けど、結城の手が俺の顔に触れて、自分の方に向けようとしたら……俺の目線はもう、結城の唇にしか向かない。
これからされることに期待してる。俺は結城にキスされたい。
ダメだ。……俺、結城が好きなんだ。
「……?」
キスするって言ってちょっと顔を近付けてきたと思ったら、そこで結城が固まった。今までにない反応に不思議に思う。
「……どうし……!」
声がおかしい。反射的に手で口を塞いだ。なんで? なんか、エロい声……出た?
「……どうしたは、こっちの台詞だろ。エロい顔しやがって」
……顔もかよ!
「そんな顔してたら、何されても文句言えねぇぞ。風呂でも入って、いつものアホ面に戻してこい」
「ア、アホ面って失礼な! 風呂入ってくる!」
俺は結城の膝から飛び退いた。ドスドス足音がするように歩いて風呂場に向かう。照れ隠しだ。そして、お風呂は二回目。
「……何されても文句言えねぇ、か」
とりあえず、風呂に入ると言ったからには入ろう。今さらもう入ったとは言えないし、すぐに結城の前に戻る勇気もない。第一どんな顔していいか分からない。
「何されても、文句なんか言わねぇけどな。もう」
……自覚してしまったから。
っていうかさ! エロい顔してたら何もしてこないってどういうことだよ。そんなにキモかったですか、そうですか!
……クソ。
「……ダメだ。……やっぱり、好きになっちゃったー……」
※side鳴海
自室のソファに腰を下ろした。シャワーを浴びて濡れた髪を適当にタオルで拭く。そして、今はもう掛けることが当たり前になっている伊達眼鏡を再び掛ける。
『頭良さそうに見えるだろ』
そう結城に言われて、実際に伊達眼鏡を掛けるようになってから何年経っただろう。少なくとも10年は経っていると思う。本人はただの冗談のつもりで、しかもそれを言ったことすら忘れている可能性が高いのだが。結城に言われたことは全て実行してやるという意思表示のつもりで、ずっと掛け続けているのだ。
軽く酒でも飲んでから寝ようかと考えていたところで、携帯が鳴った。相手は結城だ。
「はい」
「おう。今すぐ山下寄越せ」
「こんな時間にですか?」
「何でもいいから早くしろ。10分以内に来いって言え」
せっかちなのはいつものことだが、滅多なことで慌てたり焦るような男ではない。にも関わらず、今はどこか焦っているような感じが伝わってくる。
「花月さんと何かありましたか?」
「……聞くな」
「ああ、なるほど。大体の事情は分かりました。花月さんが入浴を済ませるまでには山下を向かわせます」
「……お前、この部屋にカメラでも仕込んでんじゃねぇだろうな」
「ハハハ……まさか」
「おい、嘘っぽい返事やめろ」
「では、すぐに山下に連絡をしますので。失礼します」
「おい! どっ……」
カメラなど仕込んでいる訳がないのだが、珍しく慌てている様が面白いのでそのままにしておく。部屋を虱潰しに調べでもしたら傑作だ。いい笑顔で笑ってやろう。
山下に連絡をしたあと、今度こそとウィスキーのボトルに手を伸ばす。
……手を伸ばせばいいのだ、結城も。花月さんを手に入れたいのなら。確かに花月さんは結城組にとって不安材料でしかない。私の立場からすれば反対するべきなのだ。けれど、そうしたくない。
あんなに愛おしそうな目で見つめて、あんなに大切そうに触れているのに、結城は花月さんから逃げている。好かれたいくせに、愛してほしいくせに。
だからこそ、逆に、応援したくなってしまうのだ。極道者だからと身を引こうとする幼馴染みの初恋を。
結城と俺は子供の頃に一度出会っている。その時、15年以上経っても記憶に残るくらいの名言を、俺が結城に言ったらしい。けどこれは美化されている可能性がかなり高い。
その後、高校生になった俺が、結城の店だと知らずにバイトをしたいと申し込む。そのまま約二年。好条件のバイトに縋り付く俺。大学に行こうと思えたのもこのバイトのおかげだったりする。
しばらくして、親父が事故に遭ってそのまま帰らぬ人に。で、俺が親父の借金を返さなくちゃいけない状況になったことを結城が知る。そして結城曰く、子供の頃の名言の恩返しに、金銭面で俺を助けてくれる気になったとさ。
チャンチャン。
……ではなぜ俺にキスをする!?
結城が俺の弱みを握るために、でもって俺を今後利用するために、借金の肩代わりをしたんじゃないのなら、それはもう結城の善意ってことになる。
そしたら、何でキスされたり、こんな風に抱き締め合ったりすんだよ。っていうか、それはお前あれじゃねぇか。何回も考えて、何回も先延ばしにしてきた、触れちゃいけないパンドラの箱だろうが。今それ、開ける?
……開けません!
ですよねー。開けませんよねー。それって考えたらダメなやつじゃん。うっかり怪我とかしてしまいそうな感じのやつ。っていうか、そこを突き詰めてしまったら、俺って最終的にこれ、絶対傷付く結果に終わるやつだろ。
「……花月。顔上げろ」
「な、なんで?」
「キスするから」
ドクンっ! と心臓が激しく脈打つ。顔が火照る。途端に緊張する。
けど、結城の手が俺の顔に触れて、自分の方に向けようとしたら……俺の目線はもう、結城の唇にしか向かない。
これからされることに期待してる。俺は結城にキスされたい。
ダメだ。……俺、結城が好きなんだ。
「……?」
キスするって言ってちょっと顔を近付けてきたと思ったら、そこで結城が固まった。今までにない反応に不思議に思う。
「……どうし……!」
声がおかしい。反射的に手で口を塞いだ。なんで? なんか、エロい声……出た?
「……どうしたは、こっちの台詞だろ。エロい顔しやがって」
……顔もかよ!
「そんな顔してたら、何されても文句言えねぇぞ。風呂でも入って、いつものアホ面に戻してこい」
「ア、アホ面って失礼な! 風呂入ってくる!」
俺は結城の膝から飛び退いた。ドスドス足音がするように歩いて風呂場に向かう。照れ隠しだ。そして、お風呂は二回目。
「……何されても文句言えねぇ、か」
とりあえず、風呂に入ると言ったからには入ろう。今さらもう入ったとは言えないし、すぐに結城の前に戻る勇気もない。第一どんな顔していいか分からない。
「何されても、文句なんか言わねぇけどな。もう」
……自覚してしまったから。
っていうかさ! エロい顔してたら何もしてこないってどういうことだよ。そんなにキモかったですか、そうですか!
……クソ。
「……ダメだ。……やっぱり、好きになっちゃったー……」
※side鳴海
自室のソファに腰を下ろした。シャワーを浴びて濡れた髪を適当にタオルで拭く。そして、今はもう掛けることが当たり前になっている伊達眼鏡を再び掛ける。
『頭良さそうに見えるだろ』
そう結城に言われて、実際に伊達眼鏡を掛けるようになってから何年経っただろう。少なくとも10年は経っていると思う。本人はただの冗談のつもりで、しかもそれを言ったことすら忘れている可能性が高いのだが。結城に言われたことは全て実行してやるという意思表示のつもりで、ずっと掛け続けているのだ。
軽く酒でも飲んでから寝ようかと考えていたところで、携帯が鳴った。相手は結城だ。
「はい」
「おう。今すぐ山下寄越せ」
「こんな時間にですか?」
「何でもいいから早くしろ。10分以内に来いって言え」
せっかちなのはいつものことだが、滅多なことで慌てたり焦るような男ではない。にも関わらず、今はどこか焦っているような感じが伝わってくる。
「花月さんと何かありましたか?」
「……聞くな」
「ああ、なるほど。大体の事情は分かりました。花月さんが入浴を済ませるまでには山下を向かわせます」
「……お前、この部屋にカメラでも仕込んでんじゃねぇだろうな」
「ハハハ……まさか」
「おい、嘘っぽい返事やめろ」
「では、すぐに山下に連絡をしますので。失礼します」
「おい! どっ……」
カメラなど仕込んでいる訳がないのだが、珍しく慌てている様が面白いのでそのままにしておく。部屋を虱潰しに調べでもしたら傑作だ。いい笑顔で笑ってやろう。
山下に連絡をしたあと、今度こそとウィスキーのボトルに手を伸ばす。
……手を伸ばせばいいのだ、結城も。花月さんを手に入れたいのなら。確かに花月さんは結城組にとって不安材料でしかない。私の立場からすれば反対するべきなのだ。けれど、そうしたくない。
あんなに愛おしそうな目で見つめて、あんなに大切そうに触れているのに、結城は花月さんから逃げている。好かれたいくせに、愛してほしいくせに。
だからこそ、逆に、応援したくなってしまうのだ。極道者だからと身を引こうとする幼馴染みの初恋を。
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