花を愛でる獅子【本編完結】

千環

文字の大きさ
上 下
18 / 108
本編

1-17

しおりを挟む
※side鳴海

 五代目野田組組長、野田征獅郎の本宅。幼い頃から幾度となく来ているが、この険呑とした雰囲気に馴れることはない。
 結城はそんな私とは違い、ここは謂わば実家のようなものだ。落ち着いたものである。
 絶対に、死んでも本人には言いたくないが、彼のおかげで私も平静を保っている顔ができる。

「遅かったじゃねぇか。てめぇら朝にはこっちに着いてたんだろう?」

「約束の時間よりは早く来てんだろ。そんなことより、清次さんがわざわざ出迎えに来んなって何度も言ってんだろ」

「何でぃ。またその話かよ」

「そういう仕事は下の奴らにさせろ。あんた今日のメシも作ったんじゃねぇだろうな」

「当ったり前でぃ。腕に縒りを掛けて作ったに決まってらぁ」

 この江戸っ子口調で話す男性は、田辺清次さん。野田組の若頭補佐だ。中部ブロックの野田組系列の長である。結城も若頭補佐。そして、関東ブロックの長だ。と言っても、東京には東京のブロック長が……それも役職的には格上の方がいるのだが。

 田辺さんは野田組では若いながらにナンバー2と言われる程の実力者であり、組長からも若頭からも厚く信頼されている人物である。
 そんな方が、自ら出迎えや、食事の支度、さらには掃除に至るまでこなしてしまうのだ。示しが付かない上に、下の者が付け上がる。結城はそう言っているのだ。

「やめとけっつってんだろ。自分の立場分かってんのか? 低く見られていいことなんか一つもねぇぞ」

「分かってらぁ。でもここにいると身体が勝手に動いちまう。身に染み付いていやがんでぃ。それに、久しぶりに帰って来る弟分に手料理振る舞って何が悪ぃ? うだうだ言ってねぇで、若に挨拶して来い」

「……ハァ。あんたには敵わねぇな」

「ハハッ。さっき若にも同じこと言われたよ」

「じゃあ行ってくる」

「喧嘩すんじゃねぇぞ」

「うるせぇ。ガキ扱いすんな」

 田辺さんと別れ、結城は野田組若頭である狼さんの部屋に向かった。
 狼さんは五代目の実孫で、現在22歳という若さながら組員からの信頼は厚い。若頭に就任したのは高校を卒業してすぐ、19歳の時だったが、予てから六代目として認められていた彼を否定する者などいなかった。
 そんな狼さんと結城は幼い頃からこの屋敷で一緒に育った兄弟のような関係にあり、結城にしては珍しく端から見ても親しげである。

 結城に付いて部屋に入ったが、中までは行かず、私は襖のそばに立った。

「……おう、遅かったな。じいさんが会いたがってたぜ?」

「あとで行く。お前に顔見せる前に行ったらうるせぇからな」

 結城が狼さんの前に腰を下ろして胡座をかく。喋りながら煙草に火をつけると、狼さん自らが灰皿を出して結城の前に置いてくださった。

「そうか。……ああ、そうだ。事務所に他人を住まわせたらしいな?」

「あ? 耳が早ぇな。昨日の今日だぞ」

「鈴音がな」

「あー……あいつはどこからそんなネタ仕入れてくるんだか」

 鈴音さんというのは、狼さんの高校時代の後輩に当たる人物であり、狼さんが当時属していた不良グループの総長であった人物である。非常に仲が良く、度々屋敷へ遊びに来られるらしい。また、五代目からの頼まれ事を引き受けられることもあるようだ。

「それが仕事だろ」

「まあそうだな。……で? 今日はその鈴音はいねぇのか?」

「今はいねぇけど、巽が来ることは知ってるから来るはずだ。話聞きたがってたしな」

「ふーん。そんなに興味があんなら会うか聞いとけ。こっちに連れて来てる」

「ああ、喜びそうだ」

「時間があったらお前も来い。晩飯くらいおごってやる」

「おう」

 ……花月さんはきっと嫌がるだろう。
 その様が目に浮かぶようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

婚約破棄?しませんよ、そんなもの

おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。 アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。 けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり…… 「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」 それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。 <嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

今日も、俺の彼氏がかっこいい。

春音優月
BL
中野良典《なかのよしのり》は、可もなく不可もない、どこにでもいる普通の男子高校生。特技もないし、部活もやってないし、夢中になれるものも特にない。 そんな自分と退屈な日常を変えたくて、良典はカースト上位で学年で一番の美人に告白することを決意する。 しかし、良典は告白する相手を間違えてしまい、これまたカースト上位でクラスの人気者のさわやかイケメンに告白してしまう。 あっさりフラれるかと思いきや、告白をOKされてしまって……。良典も今さら間違えて告白したとは言い出しづらくなり、そのまま付き合うことに。 どうやって別れようか悩んでいた良典だけど、彼氏(?)の圧倒的顔の良さとさわやかさと性格の良さにきゅんとする毎日。男同士だけど、楽しいし幸せだしあいつのこと大好きだし、まあいっか……なちょろくてゆるい感じで付き合っているうちに、どんどん相手のことが大好きになっていく。 間違いから始まった二人のほのぼの平和な胸キュンお付き合いライフ。 2021.07.15〜2021.07.16

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...