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本編
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※side鳴海
五代目野田組組長、野田征獅郎の本宅。幼い頃から幾度となく来ているが、この険呑とした雰囲気に馴れることはない。
結城はそんな私とは違い、ここは謂わば実家のようなものだ。落ち着いたものである。
絶対に、死んでも本人には言いたくないが、彼のおかげで私も平静を保っている顔ができる。
「遅かったじゃねぇか。てめぇら朝にはこっちに着いてたんだろう?」
「約束の時間よりは早く来てんだろ。そんなことより、清次さんがわざわざ出迎えに来んなって何度も言ってんだろ」
「何でぃ。またその話かよ」
「そういう仕事は下の奴らにさせろ。あんた今日のメシも作ったんじゃねぇだろうな」
「当ったり前でぃ。腕に縒りを掛けて作ったに決まってらぁ」
この江戸っ子口調で話す男性は、田辺清次さん。野田組の若頭補佐だ。中部ブロックの野田組系列の長である。結城も若頭補佐。そして、関東ブロックの長だ。と言っても、東京には東京のブロック長が……それも役職的には格上の方がいるのだが。
田辺さんは野田組では若いながらにナンバー2と言われる程の実力者であり、組長からも若頭からも厚く信頼されている人物である。
そんな方が、自ら出迎えや、食事の支度、さらには掃除に至るまでこなしてしまうのだ。示しが付かない上に、下の者が付け上がる。結城はそう言っているのだ。
「やめとけっつってんだろ。自分の立場分かってんのか? 低く見られていいことなんか一つもねぇぞ」
「分かってらぁ。でもここにいると身体が勝手に動いちまう。身に染み付いていやがんでぃ。それに、久しぶりに帰って来る弟分に手料理振る舞って何が悪ぃ? うだうだ言ってねぇで、若に挨拶して来い」
「……ハァ。あんたには敵わねぇな」
「ハハッ。さっき若にも同じこと言われたよ」
「じゃあ行ってくる」
「喧嘩すんじゃねぇぞ」
「うるせぇ。ガキ扱いすんな」
田辺さんと別れ、結城は野田組若頭である狼さんの部屋に向かった。
狼さんは五代目の実孫で、現在22歳という若さながら組員からの信頼は厚い。若頭に就任したのは高校を卒業してすぐ、19歳の時だったが、予てから六代目として認められていた彼を否定する者などいなかった。
そんな狼さんと結城は幼い頃からこの屋敷で一緒に育った兄弟のような関係にあり、結城にしては珍しく端から見ても親しげである。
結城に付いて部屋に入ったが、中までは行かず、私は襖のそばに立った。
「……おう、遅かったな。じいさんが会いたがってたぜ?」
「あとで行く。お前に顔見せる前に行ったらうるせぇからな」
結城が狼さんの前に腰を下ろして胡座をかく。喋りながら煙草に火をつけると、狼さん自らが灰皿を出して結城の前に置いてくださった。
「そうか。……ああ、そうだ。事務所に他人を住まわせたらしいな?」
「あ? 耳が早ぇな。昨日の今日だぞ」
「鈴音がな」
「あー……あいつはどこからそんなネタ仕入れてくるんだか」
鈴音さんというのは、狼さんの高校時代の後輩に当たる人物であり、狼さんが当時属していた不良グループの総長であった人物である。非常に仲が良く、度々屋敷へ遊びに来られるらしい。また、五代目からの頼まれ事を引き受けられることもあるようだ。
「それが仕事だろ」
「まあそうだな。……で? 今日はその鈴音はいねぇのか?」
「今はいねぇけど、巽が来ることは知ってるから来るはずだ。話聞きたがってたしな」
「ふーん。そんなに興味があんなら会うか聞いとけ。こっちに連れて来てる」
「ああ、喜びそうだ」
「時間があったらお前も来い。晩飯くらいおごってやる」
「おう」
……花月さんはきっと嫌がるだろう。
その様が目に浮かぶようだった。
五代目野田組組長、野田征獅郎の本宅。幼い頃から幾度となく来ているが、この険呑とした雰囲気に馴れることはない。
結城はそんな私とは違い、ここは謂わば実家のようなものだ。落ち着いたものである。
絶対に、死んでも本人には言いたくないが、彼のおかげで私も平静を保っている顔ができる。
「遅かったじゃねぇか。てめぇら朝にはこっちに着いてたんだろう?」
「約束の時間よりは早く来てんだろ。そんなことより、清次さんがわざわざ出迎えに来んなって何度も言ってんだろ」
「何でぃ。またその話かよ」
「そういう仕事は下の奴らにさせろ。あんた今日のメシも作ったんじゃねぇだろうな」
「当ったり前でぃ。腕に縒りを掛けて作ったに決まってらぁ」
この江戸っ子口調で話す男性は、田辺清次さん。野田組の若頭補佐だ。中部ブロックの野田組系列の長である。結城も若頭補佐。そして、関東ブロックの長だ。と言っても、東京には東京のブロック長が……それも役職的には格上の方がいるのだが。
田辺さんは野田組では若いながらにナンバー2と言われる程の実力者であり、組長からも若頭からも厚く信頼されている人物である。
そんな方が、自ら出迎えや、食事の支度、さらには掃除に至るまでこなしてしまうのだ。示しが付かない上に、下の者が付け上がる。結城はそう言っているのだ。
「やめとけっつってんだろ。自分の立場分かってんのか? 低く見られていいことなんか一つもねぇぞ」
「分かってらぁ。でもここにいると身体が勝手に動いちまう。身に染み付いていやがんでぃ。それに、久しぶりに帰って来る弟分に手料理振る舞って何が悪ぃ? うだうだ言ってねぇで、若に挨拶して来い」
「……ハァ。あんたには敵わねぇな」
「ハハッ。さっき若にも同じこと言われたよ」
「じゃあ行ってくる」
「喧嘩すんじゃねぇぞ」
「うるせぇ。ガキ扱いすんな」
田辺さんと別れ、結城は野田組若頭である狼さんの部屋に向かった。
狼さんは五代目の実孫で、現在22歳という若さながら組員からの信頼は厚い。若頭に就任したのは高校を卒業してすぐ、19歳の時だったが、予てから六代目として認められていた彼を否定する者などいなかった。
そんな狼さんと結城は幼い頃からこの屋敷で一緒に育った兄弟のような関係にあり、結城にしては珍しく端から見ても親しげである。
結城に付いて部屋に入ったが、中までは行かず、私は襖のそばに立った。
「……おう、遅かったな。じいさんが会いたがってたぜ?」
「あとで行く。お前に顔見せる前に行ったらうるせぇからな」
結城が狼さんの前に腰を下ろして胡座をかく。喋りながら煙草に火をつけると、狼さん自らが灰皿を出して結城の前に置いてくださった。
「そうか。……ああ、そうだ。事務所に他人を住まわせたらしいな?」
「あ? 耳が早ぇな。昨日の今日だぞ」
「鈴音がな」
「あー……あいつはどこからそんなネタ仕入れてくるんだか」
鈴音さんというのは、狼さんの高校時代の後輩に当たる人物であり、狼さんが当時属していた不良グループの総長であった人物である。非常に仲が良く、度々屋敷へ遊びに来られるらしい。また、五代目からの頼まれ事を引き受けられることもあるようだ。
「それが仕事だろ」
「まあそうだな。……で? 今日はその鈴音はいねぇのか?」
「今はいねぇけど、巽が来ることは知ってるから来るはずだ。話聞きたがってたしな」
「ふーん。そんなに興味があんなら会うか聞いとけ。こっちに連れて来てる」
「ああ、喜びそうだ」
「時間があったらお前も来い。晩飯くらいおごってやる」
「おう」
……花月さんはきっと嫌がるだろう。
その様が目に浮かぶようだった。
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