花を愛でる獅子【本編完結】

千環

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本編

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※side山下

 組長が何かを考えとるような表情をしながら花月さんの顔を見ていたかと思うと、スッといつもの見慣れた無表情になって、かしらに視線を移した。

「鳴海、俺の今日の予定何がある?」

「このあと15時から会議。その後、明日の会食のために関西へ向かっていただきます」

「あ? 会食? 誰とだ」

「野田組の幹部会ですよ。忘れないで下さい」

「それは外せねぇな。あ、花月も一緒に行くか? まあ行っても面白いものはないけどな。美味いものは食えるぞ」

 目が点になるってこういうことかと、どっか冷静な自分が思った。野田組の幹部会に堅気の人間を連れていこうとするか? 普通。
 いや、組長は『普通』のお人ではないんやけども。

「はあ!? お前バカじゃねぇの! 野田組なんか俺でも知ってるぞ! 死んでも嫌だ!!」

 めっちゃ普通の反応。みんなこう思うやろう。言い方がまた、連れに言うみたいに軽いけど。

「お前くらいの若いのもいるぞ。チビで面白い奴」

「知らねぇよ!」

 組長の提案を一蹴したあと、花月さんはふと何か思い当たったような表情をして、顔を引き攣らせながら組長を指差した。

「……てゆーか、野田組の……人なのか?」

 そこかい! ってツッコミたくなった。
 日本のヤクザの約半数が野田組の構成員とまで言われる日本最大の広域指定暴力団。その野田組系組織の中で、結城組は関東を占める役割を担う組で、全体でも四番手、もしくは五番手くらいの地位にある。ほんまのこと言うたら、こんなに若い人が組長になれるような組ではない。

「結城組は野田組の二次団体で、結城は野田組では執行部と言われる……つまり、幹部です」

「ちょ、ちょっと待って……。話に付いて行けねぇ」

「俺が極道なのは最初から分かってただろ。今さら付いて行けねぇってなんだ」

 花月さんが組長の方に身体を向けて、組長の目を真っすぐ睨みながら啖呵を切った。組長との口論が始まって、こっちの肝が冷える。

「野田組の幹部なんか次元がちげーだろ!」

「関係ねぇよ。俺は俺だ」

「俺は一般人だぞ! ヤクザは恐い!」

「言っておくが、お前はもう一般人じゃあねぇぞ。お前は俺が買った。結城組の関係者になった」

「知らねぇっての! そんなのお前が勝手にしただけだろうが!」

「今日俺がお前の借金を肩代わりしなかったらどうなってた? 三千万返せたか? 東堂組なんざ捕まったらお前なんかシャブ漬けにされて精神侵されてケツも散々犯されて使えなくなったらポイだ。うちと東堂組、どっちがマシかって話だ」

「……っ!」

「金だけやるなんてバカなことを俺はしねぇ。世の中ギブアンドテイクだろ。お前の借金を返した代わりに、お前を貰う。ただし、お前が望むことは可能な限り叶えてやるし、大事に扱うつもりだ」

 言葉を失い俯く花月さんに、真摯な声で組長が言った。その言葉に思わず耳を疑う。『大事に』って……恐い!

「…………。……俺、会食は行かない」

「分かった。でもここに置いては行かないからな。付いて来い。ホテルにでもいたらいいだろう」

「……うん」

「不満か?」

「……うん」

「言ってみろ」

「俺、ヤクザじゃねぇもん」

「分かってる。誰もそんなことは思ってない。お前はあれだ。うちのお姫さんみたいな、あーっと、あれだ。ピーチ姫」

「……お前がクッパ?」

「マリオだろ」

「何でそうなんだよ。バカじゃね」

 パッと花が咲いたみたいに、花月さんの顔に笑みが広がった。組長の表情も和らぐ。

「そうやって、ずっと笑ってくれたら、それでいい」

「……うん」

 こんなん、俺の知っとる組長ちゃう。残忍で冷酷で、乱暴で粗野。でもそれに惚れて、みんなここにおる。
 こんな風に微笑む組長は知らん。けど、この光景を守りたいって強く思った。
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