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本編
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※side鳴海
結城に言われた通り、風見と山下を連れて柳園花月の自宅に戻った。結城が壊した玄関ドアの上で靴を脱いで部屋に入る。
「なーんや。引っ越しって言うからどんなもんかと思たら、何もないですやん」
「だからあの車で来たんだ。トランクだけで収まるだろうから。さっさと取り掛かるぞ」
「イエッサー!」
妙に張り切っている山下が、押し入れの襖を開けた。6畳の和室と4畳半ほどのダイニングキッチンしかないのボロアパートだ。部屋には細々としたものしかなく、重要なものは押し入れにしまってあるのだろうと私も思った。が、上段に布団と、下段にプラスチック製のタンスがあるだけだった。
「金目の物は、財布が一つくらいで何もないですね。財布も2千円、か。全部回収したあとですか?」
部屋を見渡して風見が問うた。ドアも外れているし、そう思うのも頷ける。
「いや、元からこうなんだと思う。荷造りだけど、ここの住人は今後、結城の部屋に住むから布団はいらないし、家財道具もいらないだろう。今は置いておいて、帰ってからお伺いを立てようか。とりあえず、洋服や書籍類、小物類を全部車に運んでくれ」
「ちょ、ちょお待って下さい! 組長の部屋って……どういうことすか!?」
「私も戸惑っているところだよ。結城の勝手には慣れているつもりだけど、プライベートルームには組員ですら入れたがらないくせに、他人を住まわせるなんてね」
「かしら、それって……イロってことですか?」
「イ!! 組長にイロ!?」
山下がアパートの全部屋に響き渡ったのではないかと思うほど大きな声を出して、全身で驚きを表した。
至極、同感だ。
呆然とする山下の後頭部を風見が叩く。きっと山下の頭の中は『組長にイロ』というワードがグルグル回っていることだろう。今まで女性に見向きもしなかった結城を知っているだけに、どんな女性なのかと考えを巡らしているかもしれない。
「……かしら。これは……」
放心している山下を放って荷造りに取り掛かった風見は気付いたようだ。
男物の洋服しかないことに。
「ここに住んでいたのは、柳園花月さん。19歳で現在大学二回生。歴とした男性だよ」
「そうか。なるほどな! そら、女に興味持たん訳や」
妙にすっきりした表情になって納得している山下。それでいいのかと、こちらが疑問を抱く。
「いや、そうじゃない。どうやら性癖の問題ではないようだよ。結城は柳園花月さんと子供の頃に会っていたみたいなんだ。ここへ柳園花月さんに会いに来る前、何か機嫌が良さそうで、どうしたのかと聞いてみた。すると、まだ小さな子供の頃の『一生で一番大事な思い出』を思い出してたなんて言うんだ。あの結城が」
「……組長が『思い出』って」
「なんちゅう似合わんセリフなんや。逆にすごいでそれ」
「でも、かしらの思い過ごしじゃないんですか? 相手は男なんですし、その話を聞いた限りじゃ友情かもしれませんよ」
納得してしまった山下とは違い、風見の方は男が組長のイロになったことがひっかかっているらしい。
「まあ、見れば分かるよ。結城は柳園花月さんに君達二人を付けることにしたようだから、見たくなくても見ることになるけどね」
「な! 何で俺なんすか! 風見さんは分かりますけど、俺なんかまだ下っ端もええとこやのに!」
「それは簡単。顔がヤクザらしくないから。厳つい顔したヤクザなんて柳園花月さんが怖がるだろうからって。さっきも組長の出迎えをするなって言ったのは、柳園花月さんのためだよ」
口をぽかーんと開けた山下と、何とも言えない表情の風見。人を気遣う結城を想像できないのだろう。
この二人が、柳園花月を見る結城の顔を見たら、どんなリアクションをするだろうか。それを思うとおかしくて仕方がない。
「……お前ら。なんて顔してるんだ」
荷造りを終えて、事務所に戻る頃には、風見と山下の顔が強張っていた。特に、山下はひどい。
「お、俺! 組長の部屋入るんなんか初めてで!」
「でもこれからはきっとよく行くことになるだろうから慣れてくれないと」
「めっちゃ緊張するっす! てか風見さんまで緊張せんでもええやないすか。組長の部屋の掃除する奴の監視いっつもやってるんやし、慣れたもんでしょ」
「組長がおられる時に入ったことなんかねぇよ」
「えぇ!? た、頼りない!」
普段は大きな顔をして下の者に命令をしているくせに、こんなそこらへんにいるチンピラのような反応はやめてほしい。
「……ハァ。さっさと行くぞ。荷物を持て」
花月さんの荷物を三人で持ち、結城のプライベートルームに向かう。近付いて行く程に二人とも顔色が悪くなり、山下に至っては吐き気を催している。
「……オェ」
「山下……」
怖がられるのが仕事とはいえ、ここまで組員に恐れられているというのもどうだろう。
結城の部屋までの長い廊下を、カツカツと足音を敢えて鳴らして歩いた。こちらに気付いてもらえるようにゆっくりと。最後にドアの前で一呼吸置いて、二度ノックする。
「鳴海です」
いつもより少し、返事が返ってくるのが遅い気がした。
結城に言われた通り、風見と山下を連れて柳園花月の自宅に戻った。結城が壊した玄関ドアの上で靴を脱いで部屋に入る。
「なーんや。引っ越しって言うからどんなもんかと思たら、何もないですやん」
「だからあの車で来たんだ。トランクだけで収まるだろうから。さっさと取り掛かるぞ」
「イエッサー!」
妙に張り切っている山下が、押し入れの襖を開けた。6畳の和室と4畳半ほどのダイニングキッチンしかないのボロアパートだ。部屋には細々としたものしかなく、重要なものは押し入れにしまってあるのだろうと私も思った。が、上段に布団と、下段にプラスチック製のタンスがあるだけだった。
「金目の物は、財布が一つくらいで何もないですね。財布も2千円、か。全部回収したあとですか?」
部屋を見渡して風見が問うた。ドアも外れているし、そう思うのも頷ける。
「いや、元からこうなんだと思う。荷造りだけど、ここの住人は今後、結城の部屋に住むから布団はいらないし、家財道具もいらないだろう。今は置いておいて、帰ってからお伺いを立てようか。とりあえず、洋服や書籍類、小物類を全部車に運んでくれ」
「ちょ、ちょお待って下さい! 組長の部屋って……どういうことすか!?」
「私も戸惑っているところだよ。結城の勝手には慣れているつもりだけど、プライベートルームには組員ですら入れたがらないくせに、他人を住まわせるなんてね」
「かしら、それって……イロってことですか?」
「イ!! 組長にイロ!?」
山下がアパートの全部屋に響き渡ったのではないかと思うほど大きな声を出して、全身で驚きを表した。
至極、同感だ。
呆然とする山下の後頭部を風見が叩く。きっと山下の頭の中は『組長にイロ』というワードがグルグル回っていることだろう。今まで女性に見向きもしなかった結城を知っているだけに、どんな女性なのかと考えを巡らしているかもしれない。
「……かしら。これは……」
放心している山下を放って荷造りに取り掛かった風見は気付いたようだ。
男物の洋服しかないことに。
「ここに住んでいたのは、柳園花月さん。19歳で現在大学二回生。歴とした男性だよ」
「そうか。なるほどな! そら、女に興味持たん訳や」
妙にすっきりした表情になって納得している山下。それでいいのかと、こちらが疑問を抱く。
「いや、そうじゃない。どうやら性癖の問題ではないようだよ。結城は柳園花月さんと子供の頃に会っていたみたいなんだ。ここへ柳園花月さんに会いに来る前、何か機嫌が良さそうで、どうしたのかと聞いてみた。すると、まだ小さな子供の頃の『一生で一番大事な思い出』を思い出してたなんて言うんだ。あの結城が」
「……組長が『思い出』って」
「なんちゅう似合わんセリフなんや。逆にすごいでそれ」
「でも、かしらの思い過ごしじゃないんですか? 相手は男なんですし、その話を聞いた限りじゃ友情かもしれませんよ」
納得してしまった山下とは違い、風見の方は男が組長のイロになったことがひっかかっているらしい。
「まあ、見れば分かるよ。結城は柳園花月さんに君達二人を付けることにしたようだから、見たくなくても見ることになるけどね」
「な! 何で俺なんすか! 風見さんは分かりますけど、俺なんかまだ下っ端もええとこやのに!」
「それは簡単。顔がヤクザらしくないから。厳つい顔したヤクザなんて柳園花月さんが怖がるだろうからって。さっきも組長の出迎えをするなって言ったのは、柳園花月さんのためだよ」
口をぽかーんと開けた山下と、何とも言えない表情の風見。人を気遣う結城を想像できないのだろう。
この二人が、柳園花月を見る結城の顔を見たら、どんなリアクションをするだろうか。それを思うとおかしくて仕方がない。
「……お前ら。なんて顔してるんだ」
荷造りを終えて、事務所に戻る頃には、風見と山下の顔が強張っていた。特に、山下はひどい。
「お、俺! 組長の部屋入るんなんか初めてで!」
「でもこれからはきっとよく行くことになるだろうから慣れてくれないと」
「めっちゃ緊張するっす! てか風見さんまで緊張せんでもええやないすか。組長の部屋の掃除する奴の監視いっつもやってるんやし、慣れたもんでしょ」
「組長がおられる時に入ったことなんかねぇよ」
「えぇ!? た、頼りない!」
普段は大きな顔をして下の者に命令をしているくせに、こんなそこらへんにいるチンピラのような反応はやめてほしい。
「……ハァ。さっさと行くぞ。荷物を持て」
花月さんの荷物を三人で持ち、結城のプライベートルームに向かう。近付いて行く程に二人とも顔色が悪くなり、山下に至っては吐き気を催している。
「……オェ」
「山下……」
怖がられるのが仕事とはいえ、ここまで組員に恐れられているというのもどうだろう。
結城の部屋までの長い廊下を、カツカツと足音を敢えて鳴らして歩いた。こちらに気付いてもらえるようにゆっくりと。最後にドアの前で一呼吸置いて、二度ノックする。
「鳴海です」
いつもより少し、返事が返ってくるのが遅い気がした。
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