9 / 108
本編
1-8
しおりを挟む
※side鳴海
結城に言われた通り、風見と山下を連れて柳園花月の自宅に戻った。結城が壊した玄関ドアの上で靴を脱いで部屋に入る。
「なーんや。引っ越しって言うからどんなもんかと思たら、何もないですやん」
「だからあの車で来たんだ。トランクだけで収まるだろうから。さっさと取り掛かるぞ」
「イエッサー!」
妙に張り切っている山下が、押し入れの襖を開けた。6畳の和室と4畳半ほどのダイニングキッチンしかないのボロアパートだ。部屋には細々としたものしかなく、重要なものは押し入れにしまってあるのだろうと私も思った。が、上段に布団と、下段にプラスチック製のタンスがあるだけだった。
「金目の物は、財布が一つくらいで何もないですね。財布も2千円、か。全部回収したあとですか?」
部屋を見渡して風見が問うた。ドアも外れているし、そう思うのも頷ける。
「いや、元からこうなんだと思う。荷造りだけど、ここの住人は今後、結城の部屋に住むから布団はいらないし、家財道具もいらないだろう。今は置いておいて、帰ってからお伺いを立てようか。とりあえず、洋服や書籍類、小物類を全部車に運んでくれ」
「ちょ、ちょお待って下さい! 組長の部屋って……どういうことすか!?」
「私も戸惑っているところだよ。結城の勝手には慣れているつもりだけど、プライベートルームには組員ですら入れたがらないくせに、他人を住まわせるなんてね」
「かしら、それって……イロってことですか?」
「イ!! 組長にイロ!?」
山下がアパートの全部屋に響き渡ったのではないかと思うほど大きな声を出して、全身で驚きを表した。
至極、同感だ。
呆然とする山下の後頭部を風見が叩く。きっと山下の頭の中は『組長にイロ』というワードがグルグル回っていることだろう。今まで女性に見向きもしなかった結城を知っているだけに、どんな女性なのかと考えを巡らしているかもしれない。
「……かしら。これは……」
放心している山下を放って荷造りに取り掛かった風見は気付いたようだ。
男物の洋服しかないことに。
「ここに住んでいたのは、柳園花月さん。19歳で現在大学二回生。歴とした男性だよ」
「そうか。なるほどな! そら、女に興味持たん訳や」
妙にすっきりした表情になって納得している山下。それでいいのかと、こちらが疑問を抱く。
「いや、そうじゃない。どうやら性癖の問題ではないようだよ。結城は柳園花月さんと子供の頃に会っていたみたいなんだ。ここへ柳園花月さんに会いに来る前、何か機嫌が良さそうで、どうしたのかと聞いてみた。すると、まだ小さな子供の頃の『一生で一番大事な思い出』を思い出してたなんて言うんだ。あの結城が」
「……組長が『思い出』って」
「なんちゅう似合わんセリフなんや。逆にすごいでそれ」
「でも、かしらの思い過ごしじゃないんですか? 相手は男なんですし、その話を聞いた限りじゃ友情かもしれませんよ」
納得してしまった山下とは違い、風見の方は男が組長のイロになったことがひっかかっているらしい。
「まあ、見れば分かるよ。結城は柳園花月さんに君達二人を付けることにしたようだから、見たくなくても見ることになるけどね」
「な! 何で俺なんすか! 風見さんは分かりますけど、俺なんかまだ下っ端もええとこやのに!」
「それは簡単。顔がヤクザらしくないから。厳つい顔したヤクザなんて柳園花月さんが怖がるだろうからって。さっきも組長の出迎えをするなって言ったのは、柳園花月さんのためだよ」
口をぽかーんと開けた山下と、何とも言えない表情の風見。人を気遣う結城を想像できないのだろう。
この二人が、柳園花月を見る結城の顔を見たら、どんなリアクションをするだろうか。それを思うとおかしくて仕方がない。
「……お前ら。なんて顔してるんだ」
荷造りを終えて、事務所に戻る頃には、風見と山下の顔が強張っていた。特に、山下はひどい。
「お、俺! 組長の部屋入るんなんか初めてで!」
「でもこれからはきっとよく行くことになるだろうから慣れてくれないと」
「めっちゃ緊張するっす! てか風見さんまで緊張せんでもええやないすか。組長の部屋の掃除する奴の監視いっつもやってるんやし、慣れたもんでしょ」
「組長がおられる時に入ったことなんかねぇよ」
「えぇ!? た、頼りない!」
普段は大きな顔をして下の者に命令をしているくせに、こんなそこらへんにいるチンピラのような反応はやめてほしい。
「……ハァ。さっさと行くぞ。荷物を持て」
花月さんの荷物を三人で持ち、結城のプライベートルームに向かう。近付いて行く程に二人とも顔色が悪くなり、山下に至っては吐き気を催している。
「……オェ」
「山下……」
怖がられるのが仕事とはいえ、ここまで組員に恐れられているというのもどうだろう。
結城の部屋までの長い廊下を、カツカツと足音を敢えて鳴らして歩いた。こちらに気付いてもらえるようにゆっくりと。最後にドアの前で一呼吸置いて、二度ノックする。
「鳴海です」
いつもより少し、返事が返ってくるのが遅い気がした。
結城に言われた通り、風見と山下を連れて柳園花月の自宅に戻った。結城が壊した玄関ドアの上で靴を脱いで部屋に入る。
「なーんや。引っ越しって言うからどんなもんかと思たら、何もないですやん」
「だからあの車で来たんだ。トランクだけで収まるだろうから。さっさと取り掛かるぞ」
「イエッサー!」
妙に張り切っている山下が、押し入れの襖を開けた。6畳の和室と4畳半ほどのダイニングキッチンしかないのボロアパートだ。部屋には細々としたものしかなく、重要なものは押し入れにしまってあるのだろうと私も思った。が、上段に布団と、下段にプラスチック製のタンスがあるだけだった。
「金目の物は、財布が一つくらいで何もないですね。財布も2千円、か。全部回収したあとですか?」
部屋を見渡して風見が問うた。ドアも外れているし、そう思うのも頷ける。
「いや、元からこうなんだと思う。荷造りだけど、ここの住人は今後、結城の部屋に住むから布団はいらないし、家財道具もいらないだろう。今は置いておいて、帰ってからお伺いを立てようか。とりあえず、洋服や書籍類、小物類を全部車に運んでくれ」
「ちょ、ちょお待って下さい! 組長の部屋って……どういうことすか!?」
「私も戸惑っているところだよ。結城の勝手には慣れているつもりだけど、プライベートルームには組員ですら入れたがらないくせに、他人を住まわせるなんてね」
「かしら、それって……イロってことですか?」
「イ!! 組長にイロ!?」
山下がアパートの全部屋に響き渡ったのではないかと思うほど大きな声を出して、全身で驚きを表した。
至極、同感だ。
呆然とする山下の後頭部を風見が叩く。きっと山下の頭の中は『組長にイロ』というワードがグルグル回っていることだろう。今まで女性に見向きもしなかった結城を知っているだけに、どんな女性なのかと考えを巡らしているかもしれない。
「……かしら。これは……」
放心している山下を放って荷造りに取り掛かった風見は気付いたようだ。
男物の洋服しかないことに。
「ここに住んでいたのは、柳園花月さん。19歳で現在大学二回生。歴とした男性だよ」
「そうか。なるほどな! そら、女に興味持たん訳や」
妙にすっきりした表情になって納得している山下。それでいいのかと、こちらが疑問を抱く。
「いや、そうじゃない。どうやら性癖の問題ではないようだよ。結城は柳園花月さんと子供の頃に会っていたみたいなんだ。ここへ柳園花月さんに会いに来る前、何か機嫌が良さそうで、どうしたのかと聞いてみた。すると、まだ小さな子供の頃の『一生で一番大事な思い出』を思い出してたなんて言うんだ。あの結城が」
「……組長が『思い出』って」
「なんちゅう似合わんセリフなんや。逆にすごいでそれ」
「でも、かしらの思い過ごしじゃないんですか? 相手は男なんですし、その話を聞いた限りじゃ友情かもしれませんよ」
納得してしまった山下とは違い、風見の方は男が組長のイロになったことがひっかかっているらしい。
「まあ、見れば分かるよ。結城は柳園花月さんに君達二人を付けることにしたようだから、見たくなくても見ることになるけどね」
「な! 何で俺なんすか! 風見さんは分かりますけど、俺なんかまだ下っ端もええとこやのに!」
「それは簡単。顔がヤクザらしくないから。厳つい顔したヤクザなんて柳園花月さんが怖がるだろうからって。さっきも組長の出迎えをするなって言ったのは、柳園花月さんのためだよ」
口をぽかーんと開けた山下と、何とも言えない表情の風見。人を気遣う結城を想像できないのだろう。
この二人が、柳園花月を見る結城の顔を見たら、どんなリアクションをするだろうか。それを思うとおかしくて仕方がない。
「……お前ら。なんて顔してるんだ」
荷造りを終えて、事務所に戻る頃には、風見と山下の顔が強張っていた。特に、山下はひどい。
「お、俺! 組長の部屋入るんなんか初めてで!」
「でもこれからはきっとよく行くことになるだろうから慣れてくれないと」
「めっちゃ緊張するっす! てか風見さんまで緊張せんでもええやないすか。組長の部屋の掃除する奴の監視いっつもやってるんやし、慣れたもんでしょ」
「組長がおられる時に入ったことなんかねぇよ」
「えぇ!? た、頼りない!」
普段は大きな顔をして下の者に命令をしているくせに、こんなそこらへんにいるチンピラのような反応はやめてほしい。
「……ハァ。さっさと行くぞ。荷物を持て」
花月さんの荷物を三人で持ち、結城のプライベートルームに向かう。近付いて行く程に二人とも顔色が悪くなり、山下に至っては吐き気を催している。
「……オェ」
「山下……」
怖がられるのが仕事とはいえ、ここまで組員に恐れられているというのもどうだろう。
結城の部屋までの長い廊下を、カツカツと足音を敢えて鳴らして歩いた。こちらに気付いてもらえるようにゆっくりと。最後にドアの前で一呼吸置いて、二度ノックする。
「鳴海です」
いつもより少し、返事が返ってくるのが遅い気がした。
13
お気に入りに追加
445
あなたにおすすめの小説
腐男子ですが何か?
みーやん
BL
俺は田中玲央。何処にでもいる一般人。
ただ少し趣味が特殊で男と男がイチャコラしているのをみるのが大好きだってこと以外はね。
そんな俺は中学一年生の頃から密かに企んでいた計画がある。青藍学園。そう全寮制男子校へ入学することだ。しかし定番ながら学費がバカみたい高額だ。そこで特待生を狙うべく勉強に励んだ。
幸いにも俺にはすこぶる頭のいい姉がいたため、中学一年生からの成績は常にトップ。そのまま三年間走り切ったのだ。
そしてついに高校入試の試験。
見事特待生と首席をもぎとったのだ。
「さぁ!ここからが俺の人生の始まりだ!
って。え?
首席って…めっちゃ目立つくねぇ?!
やっちまったぁ!!」
この作品はごく普通の顔をした一般人に思えた田中玲央が実は隠れ美少年だということを知らずに腐男子を隠しながら学園生活を送る物語である。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
婚約破棄?しませんよ、そんなもの
おしゃべりマドレーヌ
BL
王太子の卒業パーティーで、王太子・フェリクスと婚約をしていた、侯爵家のアンリは突然「婚約を破棄する」と言い渡される。どうやら真実の愛を見つけたらしいが、それにアンリは「しませんよ、そんなもの」と返す。
アンリと婚約破棄をしないほうが良い理由は山ほどある。
けれどアンリは段々と、そんなメリット・デメリットを考えるよりも、フェリクスが幸せになるほうが良いと考えるようになり……
「………………それなら、こうしましょう。私が、第一王妃になって仕事をこなします。彼女には、第二王妃になって頂いて、貴方は彼女と暮らすのです」
それでフェリクスが幸せになるなら、それが良い。
<嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした
雨宮里玖
BL
《あらすじ》
昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。
その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。
その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。
早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。
乃木(18)普通の高校三年生。
波田野(17)早坂の友人。
蓑島(17)早坂の友人。
石井(18)乃木の友人。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
イケメンに惚れられた俺の話
モブです(病み期)
BL
歌うことが好きな俺三嶋裕人(みしまゆうと)は、匿名動画投稿サイトでユートとして活躍していた。
こんな俺を芸能事務所のお偉いさんがみつけてくれて俺はさらに活動の幅がひろがった。
そんなある日、最近人気の歌い手である大斗(だいと)とユニットを組んでみないかと社長に言われる。
どんなやつかと思い、会ってみると……
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる