花を愛でる獅子【本編完結】

千環

文字の大きさ
上 下
3 / 108
本編

1-2

しおりを挟む
「あ、足! どけてくれぇ!!」

 グチャ。
 野獣男の右足が息クサ男の顔を蹴り上げた。不本意ながら近くにいた俺の耳に届いた顔面が潰れる音。床に広がる血から俺は目が離せなかった。
 そしてまた振り上げられた野獣男の足が視界に入った瞬間、俺は自分でも驚くような行動をとった。

「やめっ! やめてくれ!!」

 野獣男の胴体にしがみついた。元から密着はしていたから大した動作ではない。これ以上、暴力を見たくなかった。俺は必死で腕に力を込めた。

「もう、いいだろ。やめてくれ。やめて、下さい。お願いします」

 しがみついたまま、俺は懇願した。息クサ男のうめき声が聞こえてくる。もうここにいたくない。そう思った。
 その時、ふわっと髪を撫でられる感触に、尋常じゃなくザワザワした心が安らぐような気がして、俺は目を閉じた。

「……すまない。怖かったな。悪かった」

 低くて甘い、優しい声が俺を包んだ。
 それが野獣男の声なんだと認識するまでしばらくかかった。

「鳴海、あとは任せたぞ」

「はい。すぐに参ります」

「あぁ」

 俺はまるでそれが当たり前のことのように野獣男に腰を抱かれて、俺ん家から出た。
 何で付いて行ったのか。それは俺にも分からない。俺はこの時、考えるということを完全に放棄して、野獣男に身を預けた。



※side鳴海

「……すまない。怖かったな。悪かった」

 誰が発した声なのか思わず確認したくなるほど、その声は私の知る旧友のそれとは程遠いものだった。結城がそう言ったのだと認識しても、やはり私の脳は疑ってしまうのだ。
 『やめて』の一言で結城が止まることも、『すまない』などと謝ることも、あの顔に微笑みを湛えて優しく他人の髪を撫でるなんてことも、俄かには信じがたい出来事で、しばらく呆気に取られたのは事実だ。

 何が彼をそうさせたのか。考えるまでもない。
 今、結城が大事そうに抱いて連れていった柳園花月という男は、私にとっては急に降って湧いたような存在であったが、結城にとってはそうではなかったというだけのことだ。

 一週間ほど前、柳園花月とその家族について調べるように命じられた。
 父親は命じられた日の前日に死亡。その父親の借金がおかしな利息によって膨らみ、三千万などという馬鹿らしい額になっていること。生命保険は微々たる金額しか掛けられておらず、ほぼ返済には宛てられないこと。おまけに大学の学費さえも滞納していることなど、事細かに柳園花月についての報告を済ませると、結城は立ち上がりこう言ったのだ。

『金を用意しろ。車も回せ。今すぐ出るぞ』

 これは何かあると考えない方がおかしい。
 念のため、借金の取り立てを行っているのが東堂組であることを伏せておいた自分の判断を自賛したものだが、無駄になってしまった。これもまた後々、面倒なことになるだろう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

嫌われ公式愛妾役ですが夫だけはただの僕のガチ勢でした

ナイトウ
BL
BL小説大賞にご協力ありがとうございました!! CP:不器用受ガチ勢伯爵夫攻め、女形役者受け 相手役は第11話から出てきます。  ロストリア帝国の首都セレンで女形の売れっ子役者をしていたルネは、皇帝エルドヴァルの為に公式愛妾を装い王宮に出仕し、王妃マリーズの代わりに貴族の反感を一手に受ける役割を引き受けた。  役目は無事終わり追放されたルネ。所属していた劇団に戻りまた役者業を再開しようとするも公式愛妾になるために偽装結婚したリリック伯爵に阻まれる。  そこで仕方なく、顔もろくに知らない夫と離婚し役者に戻るために彼の屋敷に向かうのだった。

【完結】嘘はBLの始まり

紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。 突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった! 衝撃のBLドラマと現実が同時進行! 俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡ ※番外編を追加しました!(1/3)  4話追加しますのでよろしくお願いします。

すべてを奪われた英雄は、

さいはて旅行社
BL
アスア王国の英雄ザット・ノーレンは仲間たちにすべてを奪われた。 隣国の神聖国グルシアの魔物大量発生でダンジョンに潜りラスボスの魔物も討伐できたが、そこで仲間に裏切られ黒い短剣で刺されてしまう。 それでも生き延びてダンジョンから生還したザット・ノーレンは神聖国グルシアで、王子と呼ばれる少年とその世話役のヴィンセントに出会う。 すべてを奪われた英雄が、自分や仲間だった者、これから出会う人々に向き合っていく物語。

【完結】I adore you

ひつじのめい
BL
幼馴染みの蒼はルックスはモテる要素しかないのに、性格まで良くて羨ましく思いながらも夏樹は蒼の事を1番の友達だと思っていた。 そんな時、夏樹に彼女が出来た事が引き金となり2人の関係に変化が訪れる。 ※小説家になろうさんでも公開しているものを修正しています。

息の仕方を教えてよ。

15
BL
コポコポ、コポコポ。 海の中から空を見上げる。 ああ、やっと終わるんだと思っていた。 人間は酸素がないと生きていけないのに、どうしてか僕はこの海の中にいる方が苦しくない。 そうか、もしかしたら僕は人魚だったのかもしれない。 いや、人魚なんて大それたものではなくただの魚? そんなことを沈みながら考えていた。 そしてそのまま目を閉じる。 次に目が覚めた時、そこはふわふわのベッドの上だった。 話自体は書き終えています。 12日まで一日一話短いですが更新されます。 ぎゅっと詰め込んでしまったので駆け足です。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

告白ゲームの攻略対象にされたので面倒くさい奴になって嫌われることにした

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 昼休みに乃木は、イケメン三人の話に聞き耳を立てていた。そこで「それぞれが最初にぶつかった奴を口説いて告白する。それで一番早く告白オッケーもらえた奴が勝ち」という告白ゲームをする話を聞いた。 その直後、乃木は三人のうちで一番のモテ男・早坂とぶつかってしまった。 その日の放課後から早坂は乃木にぐいぐい近づいてきて——。 早坂(18)モッテモテのイケメン帰国子女。勉強運動なんでもできる。物静か。 乃木(18)普通の高校三年生。 波田野(17)早坂の友人。 蓑島(17)早坂の友人。 石井(18)乃木の友人。

処理中です...