わんこな部下の底なし沼

千環

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「おはようございます。朝ですよ」

「……んー……」

「目、覚めました?」

「あー……起きた」

「じゃあ、またあとで」

「おー、サンキュ」

 もはや日常化した島田のモーニングコールで目を覚ました。
 島田の方は寝坊することはないのかと聞いたことがある。それに対してあいつは『朝になるのが楽しみ過ぎて、無駄に早起きしちゃうんですよ』と納得し難いことを言っていた。
 朝になるのが楽しみってなんだよ。そんなこと思ったの小学生の頃くらいだぞ。会社に行くのなんて、普通面倒だと思うもんじゃねえのか。なんて、色んなことを思ったけれど、俺の口から出たのは『ふーん』の一言だった。

「主任、おはようございます」

「おー、おはよ」

 俺がホームに行くと、島田は既にそこにいて、俺の姿を見つけるとパッと笑顔になる。それを可愛いと思うのは、おかしいことではないはずだ。
 島田の家は、俺の家よりも会社から遠い。この駅からもう2駅向こうだ。毎朝ホームで俺を待っているということは、随分と早く家を出ているということで。

 この時間の電車に乗れば、痴漢は出ないわけだし、わざわざ同じ電車に乗らなくても、モーニングコールで起こしてくれるだけで十分だからと言っても、『俺の方は主任と毎朝お話しできて楽しいんですけど、お邪魔ですか?』なんて言われる始末。
 そんな島田の親切にズブズブに浸かり切って、今じゃ自力で起きることの方が少ない。たった一ヶ月でここまで落ちぶれるとは。しかも、島田がそれさえも歓迎している節があって、じゃあもうどうでもいっか。という気持ちになってしまっている。

 ……だめだ、俺。

「誠」

「ん?」

 同じ営業部の隣の課の平野主任……というか、礼司は同期で、新人研修の時のパートナーでもあった。だからか社内では一番仲が良い。
 入社したばかりの頃は良くても、出世だなんだと絡んでくると疎遠になったりもするのだが、礼司とはそれがない。まあ、お互いが順調に同じくらいのペースで出世できているからかもしれないが。

「つーか会社で呼び捨てすんなって言ってんだろ」

「別にいいだろう。課員もいないし」

「島田がいる」

「なに。俺が誠って呼んでんの聞かれちゃまずいって? むしろプライベートでは名前で呼び合ってるって方が、意味ありげだと思われないか?」

 何の『意味』だ。何の。
 俺はただ、お互いそれなりの立場にいるのに、主任同士で仕事上もなあなあの関係だと思われたくないってだけだ。
 プライベートで仲が良いと思われるのは一向に構わないが、仕事は仕事。その辺はきっちりしておきたい。

「お前との関係は周知の事実だろ」

 そう俺が言い切るより前に、大きな音を立てて島田が立ち上がった。なんだなんだと俺と礼司がそちらを見ると、驚いているような、それでいて泣きそうな表情の島田と目が合った。

「島田? どうし……え? は? 何だよ」

 ツカツカとこちらに近付いて来たかと思うと、何も言わずに俺の腕を掴んで引っ張る島田。その強引な行動はあまりにも島田とはかけ離れているような気がして、戸惑う。
 まだ誰もいない給湯室に連れて来られた俺は、壁に押さえつけられて、腕を捕らえられていた。

「島田……?」

「……平野主任との、関係って何ですか?」

 何言ってんだこいつ。というのが一番に思い浮かんだことだ。
 そんなつまらないことを、給湯室なんかにまで無理矢理連れて来て、バカみたいに思い詰めた表情をして、こんな体勢で聞くか?

「何って……」

「主任は、女の人が好きなんですよね? 女性からすげーモテるし、今だって彼女さんいるんですよね?」

「彼女なんかいねーって」

 あの痴漢のせいで、まじで無理になって全部切ったし。大体彼女がいたらお前じゃなくて彼女にモーニングコールして欲しいわ。バカか。

「じゃあ、平野主任ですか?」

「は?」

「平野主任と付き合ってるんですか? 俺は、主任がノーマルだから、今のままでいいって言い聞かせてたんですよ。モーニングコールして、朝一緒に通勤して、たまに晩ご飯も一緒して……それだけでいいって、十分なんだって思うようにしてたのに」

「お前何言って……」

「好きです。主任のことが好きなんです。俺の傍にいて下さい。俺を、好きになって下さい。絶対大事にします。誰よりも主任を幸せにします。今は頼りないかもしれないですけど、いつかは、仕事でもプライベートでも頼りになる男になります。だから、俺を……選んで下さい」
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