ロッキン・オン・ガールズライフ -第1章 ひきこもり幼馴染にノットデッドと叫んでやりたい-

トラック1：長い間文通を交わしていない友達から突然メッセージが来る時は、かなり驚くけど同時に嬉しさもこみ上げてくる

幼馴染からの突然のメッセージ

　今日一日、何回 聴きいているのだろうか。
　一月下旬の雪が降り積もる真冬の季節。朝の通学時間に休み時間。ずっと俺、七尾芳人ななおよしひとは、暇ひまあればKing Crimsonの『21世紀の精神異常者』を聴いていた。
　部活仲間に、大崎博人おおさきひろとというギターが異常に上手い奴がいて、そいつが「来年度の新歓ライブで新入生を愕然がくぜんとさせようぜ」というノリに「やってみるか」と躊躇ためらいなく便乗びんじょうしたのが間違いだった。
　その曲は、現役高校生の俺たちが演奏するにはあまりにも難易度が高すぎだった。
　聴くだけならまだ良いが、コピーには不向きだ。七分間の演奏時間の中に、忙しない曲想の変化と、リズムの急変。
　全員で音を合わせるのが、とにかく難しいことが一度聞くだけでもわかる。
　今日は18時半から、博人と駅近くのスタジオで練習の予定だ。
　俺は今更ながら、軽はずみに彼の誘いにのってしまったことに後悔していた。

　放課後。部室には俺含めて五人いる。狭い部室にソファーが、二台向かい合うように置かれていて、中央にストーブを設置している。
　隅っこには、ギターケースが所狭しに転がっている。
　俺の通う高校はただの県立高校なので、私立とは違ってお金なんて持ってるわけがない。
　要するにこんな狭いところに、暖房なんて当然設置されているわけがないのである。
　ストーブだって所詮、昔先輩たちが部費を集めて購入したものなのだろう。
　ストーブから離れたところの床であぐらをかいていた俺は、ぶるぶる震えながら耳コピを繰り返していた。
　自分以外には、今回の張本人である博人が近くのソファに座ってギターを弾いていて、俺の隣にはもう一人の部活仲間の池田暉信いけだてるのぶが、同じようにあぐらをかき、ベースを脚の上に乗せてぼんやりしていた。
　その他部員は、雑誌を太鼓代わりにスティックを振って練習していたり、舟ふねを漕こいでたりしていた。寝るなら場所変わってくれないか。
　不満を抱きつつも、身体中にKing Crimsonを染み込ませ、可能な限り今世紀の精神異常者に近づけていくよう、まず曲の構成を把握することから始めた。

　と、俺が再び集中しようとしていたとき、操作していたスマホが突然鳴り出した。
　画面に映り出したNINEの通知を見て、俺は衝撃を受けた。
　送り主は、紗彩さあやからだった。

『今まで楽しかったよ、芳よしちゃん』
『ありがと、さよなら』

　俺は、その場から動かずにはいられなくなった。
　紗彩こと三次みよし紗彩は、俺の小さい頃からの幼馴染で、中学までは一緒の学校に通っていたが、高校からはお互い別々の学校に通うようになっていたのだ。
「な、なあ。暉信」
「ど、どうしたんだ？　よっしー」
　直ぐに駆け出せば良いものの、何故か俺は隣にいる暉信に声かけていた。
　俺のことを、赤い配管工の悪意によって乗り捨てられ続ける悲劇の恐竜のような愛称で呼ぶ暉信は、あまりにも焦った様子で聞いきた俺に伝染して、若干テンパった様子で聞き返してきた。
「紗彩からこんな通知きたんだけどさ。これ、結構まずい状況だよな？」
「いや、僕に聞かれても…。でも何か見た感じ、只事ただごとじゃなさそうだね。ちょっと携帯近づけてくれないか」
　要求通り、俺はスマホを暉信の近くまで差し出した。
　紗彩からのNINEを確認した暉信は、俺の顔をしっかり見た後、
「これ、早く行ってあげた方が良いと思うよ」
と、笑った表情を一切見せることなく答えてきた。
「やっぱ危ないか？」
「危ないも何も、もしかしたら命が関わっている状況かもしれない」
「え、何？　紗彩ちゃん今誘拐ゆうかいされてる！？」
　俺達の会話を近くで盗み聞きしていたのか、博人がソファから顔を出してきた。
「博っち、君まで首突っ込む必要はないから、これ以上場をややこしくしないでくれたまえよ」
　暉信が結構ですと言わんばかりに、片手を突き出してきた。
「いやいや、かわいこちゃんの身に何があったのか、俺も気になって仕方ないんだ」
　博人は、俺と同じ中学出身なので、紗彩と面識がある。
「見る見ないはこの際、どうでもいい。博人はこれどういう状況だと思う？」
　同じように博人にもスマホの画面を見せてみた。
　すると博人も、
「芳人お前、今すぐ助けに行った方がいい」
　俺に視線を向けてそう忠告した。やはりその顔は全く笑っていなかった。
「久々にNINEが来たと思ったら、こんな精神が不安定そうなのが送られてきて、今めっちゃ不安だよな？」
「あ、ああ」
「なら、行きな」博人は入り口の引き戸を親指で指してきた。「お前はこんなとこに居ちゃいけない」
「わかった。すぐ行く」
　俺はすくっと立ちあがって、急いで荷物の準備を始めた。
「良いってことよ。今日のスタジオもキャンセルしとく」
「え、良いのか？」
「親友が一分一秒を急ぐ状況だというのに、俺だけ呑気のんきに練習なんて、そんな真似は出来ない」
　そう言って博人は、乾いた笑いを見せながら肩を竦すくめた。
「けど一つだけ、我が儘言うとしたら…」
「言うとしたら？」
「…もう一度、紗彩ちゃんに会いたいです」
「何か言うと思ったらただの下心したごころじゃねえか。鼻の下伸ばしてんぞ」
「下心とは失礼だな。言うまでもなく、俺の穢けがれの無い純情じゅんじょうだ」
「じゃあお前、一目惚れでもしたってのか？」
「……知らない。聞くなそんなこと」
　しれっと問い詰めてみたら、こいつ途端に顔を伏ふせてきた。分かりやすい反応だ。お前も大概可愛いとこあるな。

「じゃあな！　先帰る！」
「よっしー！　女の子一人救ってみせる漢ぶりを見せてみろよ！」
「出来れば俺も行きたい。けど今、紗彩ちゃんを救えるのは、芳人お前一人だけだ。俺の分まで頼むからな」
「おう！　必ず助けに行く！」
　暉信と博人で順番に拳を叩きつけ、俺は急いで部室を後にした。

　今から向かうぞ紗彩。
　だから…どうか。
　無事でいてくれ。