上 下
799 / 801
中国分割と世界戦略始動- 八紘共栄圏を目指して-

第798話 『再びの戦火』

しおりを挟む
 文禄二年十月二十六日(1593/12/18)

 順天府(北京)より山西省の太原府・大同府、北直隷の宣府・開平衛・永平府、山東省の廣寧衛へ使者が派遣され、正式に寧夏国の領土となって明の地図から消滅した。

 命令に背いて抵抗する勢力もあったが、士気の低い末端の兵は我先に逃げ出し、わずかに残った将兵が援軍なき抵抗をしただけであったので、ほどなく制圧された。




「さて、土文秀よ。これからが正念場だぞ。ごほっごほっ……」

「! 大丈夫ですか、陛下」

「うむ……大丈夫だ。しかしわしも既に六十四じゃ。譲位して承恩しょうおんに継がせねばならんが、まだまだ死ねぬようだ」

 哱拝ぼはいは明軍の組織で頭角を現し、副総兵にまで出世した。

 反乱を起こして寧夏国を建国した一代の英雄は、最後の大きな使命として国境を確定し、国民の生活を安定させ、国の基盤を築く必要があった。

「承恩よ、まずは何をやらねばならぬか分かるか?」

 哱承恩は父の問いに真剣な表情で答える。

「はい、父上。まずは周辺諸国との関係を強化し、安定した外交政策を確立することが重要です。特に女真とは国境を接しますので、慎重に進める必要があります。明に関しては播州の楊応龍に力を注ぐとの報せも入っておりますので、備えを怠らず、情報を集めるだけでよいかと」

「うむ」

 うなずきながら聞いていた哱拝は続ける。

「そのとおりじゃ。それと同時に国内の治安を維持し、民心をつかむためにも農業や商業の振興策を講じるべきじゃ。民が安んじて暮らせるようになれば、おのずと国も強くなる」

「はい。農業振興には新たな灌漑かんがいの仕組みや、様々な新しい作物を植えるなどの干ばつ対策が必要でしょう。また、市場の整備や交易路の確保も急務です。肥前国に教えを請い、殖産興業、富国強兵こそがわが国のとるべき道かと思われます」

 哱拝は満足そうにうなずいた。自らの期待通りの答えが返ってきたからだろう。

「うむ。新たな兵士を募り、訓練することも急務じゃな。これからの戦火に備えねばならん」

「はい」




 その後寧夏国は肥前国に再び使節を送り、さらなる交流を深めていくことになる。哱拝にも哱承恩にも、これ以上の領土的野心はない。ただ明や増大する女真の脅威に対抗するために必要だったのだ。




 ■紫禁城

「顧憲成よ、肥前国との交易はどうであった?」

 すでに立場は逆転していた。純正にしてみれば、もう何年も前からあんたら勝手にやってくれ、という存在であった明であるが、万暦帝は過去を捨て、肥前国に学ぶことを選んだ。

 領土割譲や賠償金は屈辱でしかなかったが、昨日の敵は今日の友。純正がどう思おうがわらにもすがって国力を回復するしか方法がなかったのだ。

 顧憲成は慎重に言葉を選びながら答える。
 
「陛下、肥前国との交易は順調です。彼らから供給される物資は我々にとって非常に貴重であり、市場にも良い影響を与えております。また、彼らとの関係構築も進んでおり、新たな協力体制も視野に入れております」

 万暦帝は満足げな表情でうなずいた。
 
「それは良い知らせじゃ。しかし当面の問題を早急に解決せねばならん。戦費の調達はどうなっておる? 楊応龍の軍勢は15万にものぼるのであろう? 五司七姓の軍勢をあわせても、四川・貴州・湖廣の財源では不足しているというではないか」

「はい、陛下。そのとおりです。現在の財政状況では、戦費を賄うことが非常に困難です。肥前国との交易によって得られる物資や資金はあるものの、それでも楊応龍の軍勢に対抗するには不十分です」
 
 顧憲成は緊張した面持ちで続けるが、万暦帝は眉をひそめる。誰が何と言おうと地獄の沙汰も金次第。先立つものは金なのだ。
 
「では、どのようにして戦費を調達するつもりじゃ? 新たな税制を導入するか、それとも他国との交易をさらに強化するか? いずれにしても時がない。楊応龍との約束の期限はもう切れるのだ。なにもしなければ、間違いなく四川、湖廣、貴州はあやつに席巻されるぞ」

「陛下、戦費調達のためにはいくつかの選択肢があります。まず税制を見直し、特に商業活動を促進することで税収を増やすことが考えられます。また、肥前国との交易を拡大し、その利益を戦費に充てることも重要です」

 顧憲成はしばらく間を置いて、深呼吸してから答えた。

「お前は馬鹿か! ! 朕は先ほど言うたではないか! 時がないと! 肥前国との交易などと、なぜお主は同じ事を繰り返すのだ!」

 万暦帝は立ち上がって怒鳴り散らした。そもそもの、そもそもの元凶は自分の堕落と浪費、政治を省みない行動が今にいたっていることを忘れているようである。

 しかし顧憲成も沈一貫も、わかってはいても口に出すことはできない。それに、本人は十分反省しているのかもしれないし、過去に遡ってそもそも論を言っても現状は変わらないのだ。

「陛下、策は……ありまする。ごほっごほっ」

 万暦帝が声の主のほうを見ると、戸部尚書の王国光である。

「晋商・徽商や閩商びんしょう潮商ちょうしょうなどの大小様々な商幇しょうほうに金を借りるのです」

「借りる? 出させるのではなく、借りるのか?」

「はい陛下。いまや……徴用はできないでしょう。債権として売るのです。大明が保障する債権として売りに出し、例えば十年満期の単利で年四分の利息を払うのです。これならば商人だけではなく、富豪や豪農からも資金を集められ、必ずや戦費を賄うことができましょう」

 これまでは商人から徴発し、後で税を優遇することはあったが、債券として売り出したことはなかった。確かに画期的な資金調達の方法である。

 万暦帝は王国光の提案に興味を示した。

「なるほど。これまでにない方法だな。しかし、商人たちはそのような債券を買うだろうか?」

 王国光は自信を持って答える。

「はい陛下。商人たちにとって、大明帝国が保証する債券は魅力的な投資先となるでしょう。肥前国に敗れたとはいえ、わが国が滅ぶなどあり得ません。加えて陛下は以前の陛下ではありません。税制を改革し、産業を振興しつつ善政を敷いております。またこの方法であれば、急激な増税や徴発を避けられ、民心を損なうこともありません」

 顧憲成も同意した。

「これは良い案かもしれません。しかし、債券の発行と管理には細心の注意が必要です。乱発すれば、将来の財政を圧迫する恐れがあります」

 万暦帝は深く考え込んだ後、決断を下した。

「よし、この案で進めよう。王国光、詳細な計画を立てて報告せよ。顧憲成、お前は債券の発行と管理の体制を整えよ。我々には時間がない。速やかに行動せよ」

「 「はっ!」 」

 王国光と顧憲成は同時に答え、すぐに行動に移った。

 この新たな戦費の調達方法が、楊応龍との戦いの命運を握ることになる。




 次回予告 第799話 『8路24万』
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界のリサイクルガチャスキルで伝説作ります!?~無能領主の開拓記~

AKISIRO
ファンタジー
ガルフ・ライクドは領主である父親の死後、領地を受け継ぐ事になった。 だがそこには問題があり。 まず、食料が枯渇した事、武具がない事、国に税金を納めていない事。冒険者ギルドの怠慢等。建物の老朽化問題。 ガルフは何も知識がない状態で、無能領主として問題を解決しなくてはいけなかった。 この世界の住民は1人につき1つのスキルが与えられる。 ガルフのスキルはリサイクルガチャという意味不明の物で使用方法が分からなかった。 領地が自分の物になった事で、いらないものをどう処理しようかと考えた時、リサイクルガチャが発動する。 それは、物をリサイクルしてガチャ券を得るという物だ。 ガチャからはS・A・B・C・Dランクの種類が。 武器、道具、アイテム、食料、人間、モンスター等々が出現していき。それ等を利用して、領地の再開拓を始めるのだが。 隣の領地の侵略、魔王軍の活性化等、問題が発生し。 ガルフの苦難は続いていき。 武器を握ると性格に問題が発生するガルフ。 馬鹿にされて育った領主の息子の復讐劇が開幕する。 ※他サイト様にても投稿しています。

処理中です...