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中国分割と世界戦略始動-東アジアの風雲-
第776話 『海軍と朝鮮水軍と李舜臣』
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天正二十一年三月一日(1592/4/12) 漢陽(ソウル)外港 済物浦(仁川)
灰色の空の下、済物浦付近は異様な緊張感に包まれていた。
静かに波音を立てる水面に、大小様々な船がひしめき合っている。その中心に鎮座する巨大な黒い船体。煙突からは黒煙が勢いよく噴き上がり、異様な存在感を放っていた。
肥前国海軍第1艦隊の旗艦『出雲』である。
少し離れて朝鮮水軍のパンオクソン(板屋船)数隻が控えている。
その甲板の上で、李舜臣は険しい表情で出雲を見ていた。初めて目にする蒸気船の姿は驚きと畏怖の念を抱かせる。まるで海の魔物のようなその異形は、これまでの海戦の常識を覆す存在だったのだ。
その時、出雲から内火艇が近づいてきた。乗っていたのは肥前国海軍総司令長官の深沢義太夫勝行である。勝行は李に歩み寄り、深く頭を下げた。
「李舜臣提督、初めまして。肥前海軍総司令長官、深沢義太夫と申します。ささ、参りましょう」
李が頭を下げると、勝行はそう言って旗艦出雲への乗艦を促す。
「深沢提督、本日はよろしくお願い致します。……しかし、これは驚きました。これが噂に聞く、蒸気船というものでしょうか?」
李舜臣は改めて乗艦した蒸気軍艦『出雲』の艦上で、その巨大さに圧倒された。
「その通りです。蒸気機関の力で動くこの艦は、風や波に左右されることなく航行できます。その速力と火力は、これまでの船とは比べものになりません」
勝行は自信に満ちた表情で説明した。李は肥前国の技術力の高さを改めて認識する。
「……なるほど。まさに海の魔物……いや、海の覇王と呼ぶべき存在ですね」
「ははは、過分なお言葉です。さて、本題に入りましょう。李提督もご存知の通り、明軍は鴨緑江を越えて侵攻を開始しました。我々の目的は、鴨緑江へ向かい明軍の輸送船団を攻撃、壊滅させることです。これにより、明軍の補給路を断ち、陸上部隊の迎撃を助けます」
勝行は真剣な表情で作戦を説明した。李舜臣は、その大胆な作戦に息をのむ。
「鴨緑江へ向かい、明の輸送船団を攻撃する……ですか」
李舜臣は、勝行の言葉に息をのんだ。それは朝鮮水軍だけでは到底成し得ない、大胆な作戦だった。
「16万もの兵の兵糧弾薬を運ぶのです。明の船も相当な数がくるでしょうから、成功すれば戦況を大きく有利に運ぶことができます。しかし深沢提督、私の水軍は、貴殿らの艦隊の足手まといになるのでは……」
李舜臣は、自らの水軍の力不足を憂慮した。
確かにパンオクソンは和船と比べれば遜色はないだろう。しかし蒸気船の速力と火力の前には、無力に等しいのだ。
「李提督、確かに貴殿の水軍が、そのまま我々と同じように戦うのは難しいでしょう。しかし、貴殿の経験と知識は、この作戦に必要不可欠です。そこで、今回は提督には『出雲』に乗艦していただき、近代海戦とはどのようなものか、実際にご覧になっていただきたいと思います」
勝行は、李舜臣の懸念を理解していた。李は、勝行の言葉に驚きを隠せない。
「……しかし、それでは私は……」
「提督、これは見学ではありません。貴殿には、この目で近代海戦を学び、将来の朝鮮水軍のあるべき姿を模索していただきたいのです。それが、朝鮮の未来にとって、どれほど重要なことか、ご理解いただけるはずです」
勝行の真剣な眼差しに、李舜臣は心を打たれた。勝行の目を見つめ、深くうなずいた。
「……分かりました。深沢提督。貴殿の期待に応えられるよう、全力を尽くします」
「頼もしいお言葉です。では、早速ですが、艦内をご案内しましょう」
勝行は李舜臣を艦橋へと案内した。
鴨緑江河口へと向かう『出雲』の甲板には、緊張感が漂っている。李舜臣は未知の海戦を前に、静かに決意を固めていた。
■天正二十一年三月四日(1592/4/15) 鴨緑江沖 晴れ
「なんと、これは驚きました。北西の風が強く、この時期に済物浦から鴨緑江へ行くならば少なくとも七日、普通は十日以上かかるものを、わずか三日で着くとは……しかし、ここからではよくわかりませんな」
それもそのはず、沖合6キロの地点にいるのだ。
「ははは、李提督。いくらなんでも沖合14里弱(李氏朝鮮の度量衡で約6kmで約3マイル)も離れていては何も見えませんよ。さあ、こちらへどうぞ」
勝行は李舜臣を艦橋に案内し、双眼鏡を手渡した。
「これを使えば、はるか遠くまで見渡すことができます」
李は初めて手にする双眼鏡を覗き込み、驚きの声を上げた。
「これは……まるで、すぐそこにいるかのように見えます!」
レンズの向こうに広がる鴨緑江河口の様子、肥前国軍と明国軍が戦っている様子が見えたのだ。
「今のところ、明の船団はおりませんな。大軍ゆえ補給が滞ると思い、船で運んでくると思ったのですが」
勝行は残念そうに話したが、転んでもただでは起きない。
「提督、敵の渡船と輜重部隊を焼き払いましょう。然すれば退却もままなりますまい。長官、1,000メートルまで接近させよ」
「はっ」
艦隊司令長官の赤崎伊予守中将は艦長に指示を出し、艦隊は単縦陣で進み、取り舵転針して進んでゆく。
「時限信管を用意、繰り返す、時限信管を用意。各艦各個に撃ち方始め。目標、敵渡船群ならびに輜重部隊」
どうーん、どうーん、どうーん……。
第一艦隊による明国渡船部隊と輜重部隊への砲撃が始まった。
次回予告 第777話 『壊滅と背水の陣』
灰色の空の下、済物浦付近は異様な緊張感に包まれていた。
静かに波音を立てる水面に、大小様々な船がひしめき合っている。その中心に鎮座する巨大な黒い船体。煙突からは黒煙が勢いよく噴き上がり、異様な存在感を放っていた。
肥前国海軍第1艦隊の旗艦『出雲』である。
少し離れて朝鮮水軍のパンオクソン(板屋船)数隻が控えている。
その甲板の上で、李舜臣は険しい表情で出雲を見ていた。初めて目にする蒸気船の姿は驚きと畏怖の念を抱かせる。まるで海の魔物のようなその異形は、これまでの海戦の常識を覆す存在だったのだ。
その時、出雲から内火艇が近づいてきた。乗っていたのは肥前国海軍総司令長官の深沢義太夫勝行である。勝行は李に歩み寄り、深く頭を下げた。
「李舜臣提督、初めまして。肥前海軍総司令長官、深沢義太夫と申します。ささ、参りましょう」
李が頭を下げると、勝行はそう言って旗艦出雲への乗艦を促す。
「深沢提督、本日はよろしくお願い致します。……しかし、これは驚きました。これが噂に聞く、蒸気船というものでしょうか?」
李舜臣は改めて乗艦した蒸気軍艦『出雲』の艦上で、その巨大さに圧倒された。
「その通りです。蒸気機関の力で動くこの艦は、風や波に左右されることなく航行できます。その速力と火力は、これまでの船とは比べものになりません」
勝行は自信に満ちた表情で説明した。李は肥前国の技術力の高さを改めて認識する。
「……なるほど。まさに海の魔物……いや、海の覇王と呼ぶべき存在ですね」
「ははは、過分なお言葉です。さて、本題に入りましょう。李提督もご存知の通り、明軍は鴨緑江を越えて侵攻を開始しました。我々の目的は、鴨緑江へ向かい明軍の輸送船団を攻撃、壊滅させることです。これにより、明軍の補給路を断ち、陸上部隊の迎撃を助けます」
勝行は真剣な表情で作戦を説明した。李舜臣は、その大胆な作戦に息をのむ。
「鴨緑江へ向かい、明の輸送船団を攻撃する……ですか」
李舜臣は、勝行の言葉に息をのんだ。それは朝鮮水軍だけでは到底成し得ない、大胆な作戦だった。
「16万もの兵の兵糧弾薬を運ぶのです。明の船も相当な数がくるでしょうから、成功すれば戦況を大きく有利に運ぶことができます。しかし深沢提督、私の水軍は、貴殿らの艦隊の足手まといになるのでは……」
李舜臣は、自らの水軍の力不足を憂慮した。
確かにパンオクソンは和船と比べれば遜色はないだろう。しかし蒸気船の速力と火力の前には、無力に等しいのだ。
「李提督、確かに貴殿の水軍が、そのまま我々と同じように戦うのは難しいでしょう。しかし、貴殿の経験と知識は、この作戦に必要不可欠です。そこで、今回は提督には『出雲』に乗艦していただき、近代海戦とはどのようなものか、実際にご覧になっていただきたいと思います」
勝行は、李舜臣の懸念を理解していた。李は、勝行の言葉に驚きを隠せない。
「……しかし、それでは私は……」
「提督、これは見学ではありません。貴殿には、この目で近代海戦を学び、将来の朝鮮水軍のあるべき姿を模索していただきたいのです。それが、朝鮮の未来にとって、どれほど重要なことか、ご理解いただけるはずです」
勝行の真剣な眼差しに、李舜臣は心を打たれた。勝行の目を見つめ、深くうなずいた。
「……分かりました。深沢提督。貴殿の期待に応えられるよう、全力を尽くします」
「頼もしいお言葉です。では、早速ですが、艦内をご案内しましょう」
勝行は李舜臣を艦橋へと案内した。
鴨緑江河口へと向かう『出雲』の甲板には、緊張感が漂っている。李舜臣は未知の海戦を前に、静かに決意を固めていた。
■天正二十一年三月四日(1592/4/15) 鴨緑江沖 晴れ
「なんと、これは驚きました。北西の風が強く、この時期に済物浦から鴨緑江へ行くならば少なくとも七日、普通は十日以上かかるものを、わずか三日で着くとは……しかし、ここからではよくわかりませんな」
それもそのはず、沖合6キロの地点にいるのだ。
「ははは、李提督。いくらなんでも沖合14里弱(李氏朝鮮の度量衡で約6kmで約3マイル)も離れていては何も見えませんよ。さあ、こちらへどうぞ」
勝行は李舜臣を艦橋に案内し、双眼鏡を手渡した。
「これを使えば、はるか遠くまで見渡すことができます」
李は初めて手にする双眼鏡を覗き込み、驚きの声を上げた。
「これは……まるで、すぐそこにいるかのように見えます!」
レンズの向こうに広がる鴨緑江河口の様子、肥前国軍と明国軍が戦っている様子が見えたのだ。
「今のところ、明の船団はおりませんな。大軍ゆえ補給が滞ると思い、船で運んでくると思ったのですが」
勝行は残念そうに話したが、転んでもただでは起きない。
「提督、敵の渡船と輜重部隊を焼き払いましょう。然すれば退却もままなりますまい。長官、1,000メートルまで接近させよ」
「はっ」
艦隊司令長官の赤崎伊予守中将は艦長に指示を出し、艦隊は単縦陣で進み、取り舵転針して進んでゆく。
「時限信管を用意、繰り返す、時限信管を用意。各艦各個に撃ち方始め。目標、敵渡船群ならびに輜重部隊」
どうーん、どうーん、どうーん……。
第一艦隊による明国渡船部隊と輜重部隊への砲撃が始まった。
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