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中国分割と世界戦略始動-東アジアの風雲-
第768話 『世界戦略と極東戦略』
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天正二十年一月十九日(1591/2/12) 肥前諫早
「さて皆の衆。まず考えねばならぬ大陸の件は先日話した通りじゃ。明の弱体化を図りつつ哱拝・ヌルハチ・楊成龍へそれぞれ支援を行い、明を遷都させて南明と成し、大陸を三分して統治させる。よいか」
はは、という全員の同意の中で、土井清良と佐志方庄兵衛が意見を述べる。
「よろしいでしょうか、殿下」
「うむ」
「朝鮮の件にございますが、明の国力が低下し、女真や哱拝の圧力がある今こそ、冊封を考えるべきかと存じます」
「然様、今なれば明からの通達はあったとしても、軍を差し向けるまではいたしますまい。それに、機を逸すれば、女真が力を蓄え、朝鮮に圧力をかけてくるやもしれませぬ。いずれにしても朝鮮は冊封をしかと行い、わが国の保護下とすべきかと」
清良の後に庄兵衛が発言した。
「うむ、もっともだ。他には意見はあるか? 直茂、官兵衛、基家は如何じゃ。弥三郎は何かないか?」
全員が反対意見はないようだ。直茂にいたっては発言はしなかったものの、弥三郎・庄兵衛・清良の成長を、自らの息子の成長のように感じている。
もちろん、嫡男の長政も同席していた。
長政にとっては年の離れた兄たちのようなものだ。
「では次に、欧州の情勢もふまえた今後の戦略であるが、千方、如何だ? 言うまでもなく、ポルトガルとの友好関係は続けていくぞ。交易は無論だが、安全保障条約も結んでおるしな」
「は」
70歳(69歳)になろうかという藤原千方景延であるが、いまだ現役で情報大臣を務めている。隠居するのは自らの立ち居振る舞いが人に迷惑をかけるようになってからと、元気に仕事を行っているのだ。
息子の景親も45歳となり、情報省の中堅である。
「まずはイスパニアにございますが、ネーデルランドの独立の動きが強まり、フランスも独立してネーデルランドとの間の壁となっております。ポルトガルに対して行った我が国の軍事・経済支援が間接的にオランダによい影響を及ぼしているようにございます」
「うべなるかな(なるほど)」
「さらにイスパニアは莫大な戦費を欧州に投入しており、新大陸からの富をもってしても財政は逼迫、さらに通商妨害を防ぐために起きたアルマダの海戦にて、イギリスに完敗しております。イスパニアは艦隊を再編するためにヌエバエスパーニャの海上戦力も本国へ呼び寄せているようで、凋落著しいとの事」
スペインは肥前国との二度の海戦の敗北に続き、イギリスにも負けた事で、新大陸からのシーレーンを確保するために艦隊の再建が急務であった。南太平洋のポリネシア海域から海軍艦艇が消えたのはそのためである。
「みなは如何思う? これよりは如何あいなろうか」
「殿下、まずは重畳、と申し上げまする」
と官兵衛が進言する。
「重畳、とな?」
「は、ヌエバエスパーニャの艦隊が退き、欧州に向かったとなれば、我らにとっては好機かと存じます。第九師団第二旅団ならびに小樽の第五艦隊による新大陸西岸を南下する策が、より自由に成りやすくなるかと存じます」
純正は千方の方を見た。それを察知したのか、千方は必要な情報をすぐさま述べる。
「イスパニア本国へ向かったのはヌエバエスパーニャのほぼすべての艦艇。およそ四十ないし五十かと思われます。然すれば再建いたすのに数年はかかりましょう。官兵衛殿の仰せの儀、まさにその通りかと」
「あい分かった。ではその旨部隊に知らせ、南下を急ぐよう申し伝えよ。やつらの備えが整わぬうちに制圧いたすのだ」
「ははっ」
純正はテーブルの上に広げられた世界地図をみて息を吸い、ふうーっと息を吐いた。
「北アジアと東アジアについては問題なかろう。ロシアの東進もあるが探検隊程度じゃ。アムール川沿いの上流に拠点を作って防衛すれば、そうそう抜かれる事もあるまい。東南アジアも同じく全てが友好国家であるから、現状を維持しつつ内陸地に入植を行い、東方のイスパ二アの監視は忘れずに、だな。続いては……南アジアと西アジアについては、如何じゃ?」
土井清良が進言する。
「殿下、まずは南アジアについてでございます」
「うむ」
「ムガル帝国とヴィジャヤナガル王国の対立を利用し、我らはヴィジャヤナガル王国との関係を深めつつ、周辺の中小国とも同盟を結び、徐々に内陸部への影響力を広げていくべきかと存じます」
「うむ。ポルトガルはムガル帝国と手を組んでおるからな。我らとしては、これまでと同じくヴィジャヤナガル王国を支援しつつ、中小国との友好を深めることで、両大国の力を抑え、かつ我らの影響力を広げていく、と」
「然様にございます。カリカット県とセイロン県を拠点として、まずは周辺の小国との通商を活発化させ、徐々に内陸への足がかりを作っていくべきかと」
純正はしばらく腕を組んで考えた。
「タウングー(ミャンマー)については?」
「それにつきましては、インド軍団の状態を考えねばならぬと存じます」
陸軍大臣が発言する。
「うむ。現状はどうなっておる?」
「は。先日の陸軍再編以降、第10師団のカリカットを主力とし、第2師団がセイロンからミャンマーまでを担当しております。特にソコトラ島の第10師団第1旅団は要塞化を進め、西アジアへの拠点として機能しております」
「各地の状況は?」
「カリカットでは現地人部隊の育成も順調で、ヴィジャヤナガル王国との合同訓練も定期的に実施しております。セイロン島では港湾施設の拡充を進め、アンダマン諸島では海軍との連携を強化しております」
「ミャンマー沿岸部の第2師団第3旅団は?」
「は、シリアムを中心とした港湾都市の統治と並行して、タウングー朝の弱体化に乗じて勢力を拡大する中小勢力との外交に注力しております。現状では、沿岸部を中心とした交易拠点の確保と、親肥前勢力の育成に成功しております」
「うむ。順調のようだな。タウングー朝との外交についてはどう考えておる?」
「現状では、直接的な介入は避けるべきかと存じます。タウングー朝は依然として国土の大部分を支配しており、本格的な介入は多大な犠牲を伴う恐れがございます。まずは沿岸部の支配を固めつつ、中小勢力への支援を通じて間接的に影響力を拡大していくのが得策かと」
「もっともだ。焦る必要はない。なにもせずとも争っておるのだ。各国と交易を行い、軍事支援は控えよ。機が熟した時に民衆に望まれる形で併合するのが最良の策であろう」
純正は地図上のミャンマー地域を指でなぞりながら、考え込むように呟いた。
「西アジアについてはどうだ?」
「ソコトラ島を拠点とした第10師団の1個旅団は、アラビア半島の沿岸部におけるオスマン帝国との国境付近のパトロールを強化しております。また、沿岸部の諸勢力との外交にも力を入れており、いくつかの部族とは通商協定を締結しております」
と土井清良が答えた。
「オスマン帝国との関係は?」
清良は神妙な面持ちで続ける。
「殿下、オスマン帝国は現在、内政の混乱と経済の悪化に加え、東西で戦乱を抱えております。現状では我々との直接的な衝突を望んではおらぬかと存じますが、予断は許されませぬ」
さらに藤原千方が付け加えた。
「諜報によれば、サファヴィー朝との戦争は泥沼化の様相を見せており、財政は逼迫、イェニチェリの反乱や各地での暴動の鎮圧にも苦慮しているようです。現状では対外戦争に打って出る力は残っていないと思われますが……油断は禁物です」
純正はうなずき、今度は地図上のオスマン帝国領を指でなぞった。
「うべなるかな(なるほど)。弱体化しているとはいえ、巨大な帝国であることには変わりない。今は静観するが、周辺諸国との関係強化は怠るな。特にサファヴィー朝との関係構築は重要だ。使節を派遣し、友好関係を深めるよう手配せよ」
「ははっ」
清良と千方は同時に頭を下げた。
純正は再び地図全体を見渡す。
「今後の世界情勢は、ますます流動的になるであろう。どの国も一枚岩ではなく、内部に様々な問題を抱えている。だからこそ、我々は機を見て適切な対応を取らねばならぬ。情報収集を強化し、常に変化に対応できるよう備えよ」
一同は真剣な表情でうなずいた。
「では、本日の軍議はこれをもって終了とする」
純正が立ち上がると、一同もそれに倣い、深々と頭を下げた。部屋を出ていく家臣たちの背を見送りながら、純正は窓の外の景色に目をやる。
肥前国の穏やかな風景が広がっていた。
しかしその穏やかさの裏側では、この30年の間に大きく広がった世界が大きく動き始めていた。純正は己の肩にかかる責任の重さを改めて感じながら、来るべき未来に思いを馳せる。
次回予告 第769話 『情報網の構築と政策への賛否両論』
「さて皆の衆。まず考えねばならぬ大陸の件は先日話した通りじゃ。明の弱体化を図りつつ哱拝・ヌルハチ・楊成龍へそれぞれ支援を行い、明を遷都させて南明と成し、大陸を三分して統治させる。よいか」
はは、という全員の同意の中で、土井清良と佐志方庄兵衛が意見を述べる。
「よろしいでしょうか、殿下」
「うむ」
「朝鮮の件にございますが、明の国力が低下し、女真や哱拝の圧力がある今こそ、冊封を考えるべきかと存じます」
「然様、今なれば明からの通達はあったとしても、軍を差し向けるまではいたしますまい。それに、機を逸すれば、女真が力を蓄え、朝鮮に圧力をかけてくるやもしれませぬ。いずれにしても朝鮮は冊封をしかと行い、わが国の保護下とすべきかと」
清良の後に庄兵衛が発言した。
「うむ、もっともだ。他には意見はあるか? 直茂、官兵衛、基家は如何じゃ。弥三郎は何かないか?」
全員が反対意見はないようだ。直茂にいたっては発言はしなかったものの、弥三郎・庄兵衛・清良の成長を、自らの息子の成長のように感じている。
もちろん、嫡男の長政も同席していた。
長政にとっては年の離れた兄たちのようなものだ。
「では次に、欧州の情勢もふまえた今後の戦略であるが、千方、如何だ? 言うまでもなく、ポルトガルとの友好関係は続けていくぞ。交易は無論だが、安全保障条約も結んでおるしな」
「は」
70歳(69歳)になろうかという藤原千方景延であるが、いまだ現役で情報大臣を務めている。隠居するのは自らの立ち居振る舞いが人に迷惑をかけるようになってからと、元気に仕事を行っているのだ。
息子の景親も45歳となり、情報省の中堅である。
「まずはイスパニアにございますが、ネーデルランドの独立の動きが強まり、フランスも独立してネーデルランドとの間の壁となっております。ポルトガルに対して行った我が国の軍事・経済支援が間接的にオランダによい影響を及ぼしているようにございます」
「うべなるかな(なるほど)」
「さらにイスパニアは莫大な戦費を欧州に投入しており、新大陸からの富をもってしても財政は逼迫、さらに通商妨害を防ぐために起きたアルマダの海戦にて、イギリスに完敗しております。イスパニアは艦隊を再編するためにヌエバエスパーニャの海上戦力も本国へ呼び寄せているようで、凋落著しいとの事」
スペインは肥前国との二度の海戦の敗北に続き、イギリスにも負けた事で、新大陸からのシーレーンを確保するために艦隊の再建が急務であった。南太平洋のポリネシア海域から海軍艦艇が消えたのはそのためである。
「みなは如何思う? これよりは如何あいなろうか」
「殿下、まずは重畳、と申し上げまする」
と官兵衛が進言する。
「重畳、とな?」
「は、ヌエバエスパーニャの艦隊が退き、欧州に向かったとなれば、我らにとっては好機かと存じます。第九師団第二旅団ならびに小樽の第五艦隊による新大陸西岸を南下する策が、より自由に成りやすくなるかと存じます」
純正は千方の方を見た。それを察知したのか、千方は必要な情報をすぐさま述べる。
「イスパニア本国へ向かったのはヌエバエスパーニャのほぼすべての艦艇。およそ四十ないし五十かと思われます。然すれば再建いたすのに数年はかかりましょう。官兵衛殿の仰せの儀、まさにその通りかと」
「あい分かった。ではその旨部隊に知らせ、南下を急ぐよう申し伝えよ。やつらの備えが整わぬうちに制圧いたすのだ」
「ははっ」
純正はテーブルの上に広げられた世界地図をみて息を吸い、ふうーっと息を吐いた。
「北アジアと東アジアについては問題なかろう。ロシアの東進もあるが探検隊程度じゃ。アムール川沿いの上流に拠点を作って防衛すれば、そうそう抜かれる事もあるまい。東南アジアも同じく全てが友好国家であるから、現状を維持しつつ内陸地に入植を行い、東方のイスパ二アの監視は忘れずに、だな。続いては……南アジアと西アジアについては、如何じゃ?」
土井清良が進言する。
「殿下、まずは南アジアについてでございます」
「うむ」
「ムガル帝国とヴィジャヤナガル王国の対立を利用し、我らはヴィジャヤナガル王国との関係を深めつつ、周辺の中小国とも同盟を結び、徐々に内陸部への影響力を広げていくべきかと存じます」
「うむ。ポルトガルはムガル帝国と手を組んでおるからな。我らとしては、これまでと同じくヴィジャヤナガル王国を支援しつつ、中小国との友好を深めることで、両大国の力を抑え、かつ我らの影響力を広げていく、と」
「然様にございます。カリカット県とセイロン県を拠点として、まずは周辺の小国との通商を活発化させ、徐々に内陸への足がかりを作っていくべきかと」
純正はしばらく腕を組んで考えた。
「タウングー(ミャンマー)については?」
「それにつきましては、インド軍団の状態を考えねばならぬと存じます」
陸軍大臣が発言する。
「うむ。現状はどうなっておる?」
「は。先日の陸軍再編以降、第10師団のカリカットを主力とし、第2師団がセイロンからミャンマーまでを担当しております。特にソコトラ島の第10師団第1旅団は要塞化を進め、西アジアへの拠点として機能しております」
「各地の状況は?」
「カリカットでは現地人部隊の育成も順調で、ヴィジャヤナガル王国との合同訓練も定期的に実施しております。セイロン島では港湾施設の拡充を進め、アンダマン諸島では海軍との連携を強化しております」
「ミャンマー沿岸部の第2師団第3旅団は?」
「は、シリアムを中心とした港湾都市の統治と並行して、タウングー朝の弱体化に乗じて勢力を拡大する中小勢力との外交に注力しております。現状では、沿岸部を中心とした交易拠点の確保と、親肥前勢力の育成に成功しております」
「うむ。順調のようだな。タウングー朝との外交についてはどう考えておる?」
「現状では、直接的な介入は避けるべきかと存じます。タウングー朝は依然として国土の大部分を支配しており、本格的な介入は多大な犠牲を伴う恐れがございます。まずは沿岸部の支配を固めつつ、中小勢力への支援を通じて間接的に影響力を拡大していくのが得策かと」
「もっともだ。焦る必要はない。なにもせずとも争っておるのだ。各国と交易を行い、軍事支援は控えよ。機が熟した時に民衆に望まれる形で併合するのが最良の策であろう」
純正は地図上のミャンマー地域を指でなぞりながら、考え込むように呟いた。
「西アジアについてはどうだ?」
「ソコトラ島を拠点とした第10師団の1個旅団は、アラビア半島の沿岸部におけるオスマン帝国との国境付近のパトロールを強化しております。また、沿岸部の諸勢力との外交にも力を入れており、いくつかの部族とは通商協定を締結しております」
と土井清良が答えた。
「オスマン帝国との関係は?」
清良は神妙な面持ちで続ける。
「殿下、オスマン帝国は現在、内政の混乱と経済の悪化に加え、東西で戦乱を抱えております。現状では我々との直接的な衝突を望んではおらぬかと存じますが、予断は許されませぬ」
さらに藤原千方が付け加えた。
「諜報によれば、サファヴィー朝との戦争は泥沼化の様相を見せており、財政は逼迫、イェニチェリの反乱や各地での暴動の鎮圧にも苦慮しているようです。現状では対外戦争に打って出る力は残っていないと思われますが……油断は禁物です」
純正はうなずき、今度は地図上のオスマン帝国領を指でなぞった。
「うべなるかな(なるほど)。弱体化しているとはいえ、巨大な帝国であることには変わりない。今は静観するが、周辺諸国との関係強化は怠るな。特にサファヴィー朝との関係構築は重要だ。使節を派遣し、友好関係を深めるよう手配せよ」
「ははっ」
清良と千方は同時に頭を下げた。
純正は再び地図全体を見渡す。
「今後の世界情勢は、ますます流動的になるであろう。どの国も一枚岩ではなく、内部に様々な問題を抱えている。だからこそ、我々は機を見て適切な対応を取らねばならぬ。情報収集を強化し、常に変化に対応できるよう備えよ」
一同は真剣な表情でうなずいた。
「では、本日の軍議はこれをもって終了とする」
純正が立ち上がると、一同もそれに倣い、深々と頭を下げた。部屋を出ていく家臣たちの背を見送りながら、純正は窓の外の景色に目をやる。
肥前国の穏やかな風景が広がっていた。
しかしその穏やかさの裏側では、この30年の間に大きく広がった世界が大きく動き始めていた。純正は己の肩にかかる責任の重さを改めて感じながら、来るべき未来に思いを馳せる。
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