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中国分割と世界戦略始動-東アジアの風雲-
第749話 『フレデリック・ヘンドリックと日葡安保条約締結なるか?』
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天正十八年一月十四日(1589/2/28) <フレデリック・ヘンドリック>
「フレデリック! よかった、無事だったのだな」
部屋に入ってきた男は、ほっとした表情で近づいてきた。服装や言葉遣いは、まるで中世のヨーロッパの貴族のようだ。オレは困惑しながら周りを見回す。
豪華な調度品、重厚なカーテン、そして自分が横たわっている大きな寝台。どう見ても現代のものではない。
「あの、すみません」
オレは喉の渇きを押し殺しながら言った。
「ここはどこで、あなたがたは誰なんでしょうか?」
男は驚いた表情を見せ、初老の男と顔を見合わせた。
「フレデリック、冗談はよしてくれ。私だ、お前の兄のマウリッツではないか」
マウリッツ? フレデリック? オレの頭の中で混乱が渦巻いた。
「申し訳ありませんが、本当に何も覚えていないんです。私は誰なんでしょうか?」
マウリッツと呼ばれた男は、深刻な表情で初老の男、恐らく執事? 召使いなのだろう。その男に向き直った。
「ヤン、どうなっているんだ? 昨夜の事故の影響か?」
初老の男、ヤンは首を振った。
「公爵様、記憶喪失の可能性があります。昨夜の落馬の衝撃が予想以上だったのかもしれません」
オレは混乱しながらも、状況を整理しようとした。どうやら自分はフレデリックという名前で、目の前の男は兄貴らしい。そして昨夜、馬から落ちて頭を打ったようだ。
「すみません、マウリッツさん……兄上。私の記憶が曖昧で……ここはどこなのでしょうか?」
兄貴(というには実感が当然湧かないが)は深いため息をついた。
「ここはアムステルダムだ。お前の……いや、我々の故郷だ。ホラント(オランダ)の中心地でな」
ホラント? アムステルダム? オレの頭の中で現代の地図が浮かんだが、すぐに消え去った。目の前の光景は、明らかに現代のオランダではない。
「今は……何年なんでしょうか?」
オレが恐る恐る尋ねると、兄貴(マウリッツ)は眉をひそめた。
「1589年だ。お前、本当に何も覚えていないのか?」
1589年。確か……オランダ独立戦争の最中じゃないか? オレの頭の中で何かが弾けた。これは夢なのか? タイムスリップなのか? それとも……。
「私は……オラニエ=ナッサウ家のフレデリック・ヘンドリックなんですか?」
マウリッツの顔が明るくなった。
「そうだ! お前はオラニエ家の当主である私、マウリッツ・ファン・ナッサウの弟だ。記憶は曖昧でも、自分の立場は覚えているようだな」
オレは頭を抱えた。歴史の教科書で読んだ名前。オランダ独立戦争の英雄の1人。その人物の身体に、現代の意識が宿っているのか?
いわゆるオラニエ公だが、オラニエ公ウィレム……オラニエ公マウリッツ……オラニエ公フレデリック……ん? 歴史の教科書ってこんなに詳しく書いてあったか?
「兄上、申し訳ありません。少し休ませてください。頭がまだ混乱していて……」
兄貴(現実は目の前の事のようだから、そう呼ぶようにした)は理解を示すようにうなずいた。
「わかった。ゆっくり休むがいい。お前の回復が何より大切だ」
兄貴はそう言って威厳のある顔をニッコリ歪ませて部屋を出て行った。
さて……あいた! ……かゆい! なんだ、どうした? 虫にでも刺されたのかな?
……まじか! シラミだ、ノミだ、ダニだあ――――――!
オレは発狂しそうになりながら服を脱ぎ、ヤンという執事に伝えた。
「大至急風呂を沸かして。それからこの布団? いや、寝具類は全部天日干ししてくれ! 後は窓を開けて、服も……天日干ししてくれ!」
■天正十八年一月二十一日(1589/3/7) リスボン 王宮
純正は深く考え込んだ後、静かに口を開いた。
「セバスティアン王、我々はこれまで多くの分野で協力関係を築いてきました。軍事同盟以外でできることは、ほぼ全て実施してきたと言えるでしょう」
「その通りです。我々の関係は既に非常に緊密です」
セバスティアンはうなずき、純正が続ける。
「しかし、イスパニアの脅威は依然として大きい。我が国としては貴国の現在の厳しい状況は考慮いたしますが、やはり軍同盟を結んだ方が両国のためになるかと存ずるが、如何に?」
セバスティアン1世は言葉を選びながら、真剣な眼差しで純正を見つめ直した。
「ヘイクロウ王、あなたの言う通りです。イスパニアの脅威は日に日に増しています。しかし、軍事同盟となると……」
純正は静かに、しかし力強く語り続けた。
「理解しています。貴国とイスパニアの複雑な関係は十分承知しています。しかし、今こそ大胆な一歩を踏み出す時ではないでしょうか。なにも、一緒にイスパニアを攻めようという訳ではないのです」
セバスティアンは純正の方に向き直り、真剣な眼差しで問いかけた。
「ではヘイクロウ王、軍事同盟を結べば、どのような具体的な利点があるとお考えですか?」
純正は準備していたかのように答えた。
「まず、我が国の最新の軍事技術を供与できます。高性能な大砲、そしてライフル銃の製造技術や蒸気船の技術など、段階的に供与することで貴国の軍事力を飛躍的に向上させるでしょう」
セバスティアンの目が大きく開いた。
「それは確かに魅力的です。しかし、そのような同盟を結べば、イスパニアとの関係は決定的に悪化するでしょう」
純正はうなずいた。
「その通りです。しかし何も、同盟を喧伝する必要はありませんし、もちろんこちらから攻めるなどあり得ません。イスパニアの力が衰えつつある今こそ、我々が新たな力の均衡を作り出す機会なのです。貴国の豊富な海洋経験と我が国の技術力が結びつけば、イスパニアも簡単には手出しできなくなるはずです」
セバスティアンは深く考え込み、沈黙が部屋を支配した。
「ヘイクロウ王」
セバスティアンがようやく口を開いた。
「あなたの提案は非常に魅力的です。しかし、これは国家の命運を左右する重大な決断です。もう少し時間をいただきたい」
純正は理解を示すようにうなずいた。
「もちろんです。慎重に検討していただいて構いません。ただ、時間が我々の味方でないことも忘れないでください」
セバスティアンは重々しくうなずいた。
「分かっています。できるだけ早く結論を出すよう努めます。それまでは、現在の協力体制をさらに強化することに集中しましょう」
純正は満足げに微笑んだ。
「ありがとうございます、セバスティアン王。貴国との同盟が、新たな時代の幕開けとなることを信じています」
純正としては、絶対にここでポルトガルと軍事同盟をむすぶ必要性はなかった。しかし、往復で2年はかかる距離である。将来においてあらゆる可能性を考えて、会談に臨まなければならないのだ。
アカプルコからハワイや南洋諸島を経てヌエバ・エスパーニャの艦隊が攻めてくるにしても、北米大陸西岸で衝突するにしても、軍事衝突があった時にイスパニア本国との連絡を遮断できれば、それだけで戦略的優位に立てるのだ。
純正はセバスティアンの返事が出るまでリスボンに滞在することとなった。
次回 第750話 (仮)『フレデリックの立場と仕事』
「フレデリック! よかった、無事だったのだな」
部屋に入ってきた男は、ほっとした表情で近づいてきた。服装や言葉遣いは、まるで中世のヨーロッパの貴族のようだ。オレは困惑しながら周りを見回す。
豪華な調度品、重厚なカーテン、そして自分が横たわっている大きな寝台。どう見ても現代のものではない。
「あの、すみません」
オレは喉の渇きを押し殺しながら言った。
「ここはどこで、あなたがたは誰なんでしょうか?」
男は驚いた表情を見せ、初老の男と顔を見合わせた。
「フレデリック、冗談はよしてくれ。私だ、お前の兄のマウリッツではないか」
マウリッツ? フレデリック? オレの頭の中で混乱が渦巻いた。
「申し訳ありませんが、本当に何も覚えていないんです。私は誰なんでしょうか?」
マウリッツと呼ばれた男は、深刻な表情で初老の男、恐らく執事? 召使いなのだろう。その男に向き直った。
「ヤン、どうなっているんだ? 昨夜の事故の影響か?」
初老の男、ヤンは首を振った。
「公爵様、記憶喪失の可能性があります。昨夜の落馬の衝撃が予想以上だったのかもしれません」
オレは混乱しながらも、状況を整理しようとした。どうやら自分はフレデリックという名前で、目の前の男は兄貴らしい。そして昨夜、馬から落ちて頭を打ったようだ。
「すみません、マウリッツさん……兄上。私の記憶が曖昧で……ここはどこなのでしょうか?」
兄貴(というには実感が当然湧かないが)は深いため息をついた。
「ここはアムステルダムだ。お前の……いや、我々の故郷だ。ホラント(オランダ)の中心地でな」
ホラント? アムステルダム? オレの頭の中で現代の地図が浮かんだが、すぐに消え去った。目の前の光景は、明らかに現代のオランダではない。
「今は……何年なんでしょうか?」
オレが恐る恐る尋ねると、兄貴(マウリッツ)は眉をひそめた。
「1589年だ。お前、本当に何も覚えていないのか?」
1589年。確か……オランダ独立戦争の最中じゃないか? オレの頭の中で何かが弾けた。これは夢なのか? タイムスリップなのか? それとも……。
「私は……オラニエ=ナッサウ家のフレデリック・ヘンドリックなんですか?」
マウリッツの顔が明るくなった。
「そうだ! お前はオラニエ家の当主である私、マウリッツ・ファン・ナッサウの弟だ。記憶は曖昧でも、自分の立場は覚えているようだな」
オレは頭を抱えた。歴史の教科書で読んだ名前。オランダ独立戦争の英雄の1人。その人物の身体に、現代の意識が宿っているのか?
いわゆるオラニエ公だが、オラニエ公ウィレム……オラニエ公マウリッツ……オラニエ公フレデリック……ん? 歴史の教科書ってこんなに詳しく書いてあったか?
「兄上、申し訳ありません。少し休ませてください。頭がまだ混乱していて……」
兄貴(現実は目の前の事のようだから、そう呼ぶようにした)は理解を示すようにうなずいた。
「わかった。ゆっくり休むがいい。お前の回復が何より大切だ」
兄貴はそう言って威厳のある顔をニッコリ歪ませて部屋を出て行った。
さて……あいた! ……かゆい! なんだ、どうした? 虫にでも刺されたのかな?
……まじか! シラミだ、ノミだ、ダニだあ――――――!
オレは発狂しそうになりながら服を脱ぎ、ヤンという執事に伝えた。
「大至急風呂を沸かして。それからこの布団? いや、寝具類は全部天日干ししてくれ! 後は窓を開けて、服も……天日干ししてくれ!」
■天正十八年一月二十一日(1589/3/7) リスボン 王宮
純正は深く考え込んだ後、静かに口を開いた。
「セバスティアン王、我々はこれまで多くの分野で協力関係を築いてきました。軍事同盟以外でできることは、ほぼ全て実施してきたと言えるでしょう」
「その通りです。我々の関係は既に非常に緊密です」
セバスティアンはうなずき、純正が続ける。
「しかし、イスパニアの脅威は依然として大きい。我が国としては貴国の現在の厳しい状況は考慮いたしますが、やはり軍同盟を結んだ方が両国のためになるかと存ずるが、如何に?」
セバスティアン1世は言葉を選びながら、真剣な眼差しで純正を見つめ直した。
「ヘイクロウ王、あなたの言う通りです。イスパニアの脅威は日に日に増しています。しかし、軍事同盟となると……」
純正は静かに、しかし力強く語り続けた。
「理解しています。貴国とイスパニアの複雑な関係は十分承知しています。しかし、今こそ大胆な一歩を踏み出す時ではないでしょうか。なにも、一緒にイスパニアを攻めようという訳ではないのです」
セバスティアンは純正の方に向き直り、真剣な眼差しで問いかけた。
「ではヘイクロウ王、軍事同盟を結べば、どのような具体的な利点があるとお考えですか?」
純正は準備していたかのように答えた。
「まず、我が国の最新の軍事技術を供与できます。高性能な大砲、そしてライフル銃の製造技術や蒸気船の技術など、段階的に供与することで貴国の軍事力を飛躍的に向上させるでしょう」
セバスティアンの目が大きく開いた。
「それは確かに魅力的です。しかし、そのような同盟を結べば、イスパニアとの関係は決定的に悪化するでしょう」
純正はうなずいた。
「その通りです。しかし何も、同盟を喧伝する必要はありませんし、もちろんこちらから攻めるなどあり得ません。イスパニアの力が衰えつつある今こそ、我々が新たな力の均衡を作り出す機会なのです。貴国の豊富な海洋経験と我が国の技術力が結びつけば、イスパニアも簡単には手出しできなくなるはずです」
セバスティアンは深く考え込み、沈黙が部屋を支配した。
「ヘイクロウ王」
セバスティアンがようやく口を開いた。
「あなたの提案は非常に魅力的です。しかし、これは国家の命運を左右する重大な決断です。もう少し時間をいただきたい」
純正は理解を示すようにうなずいた。
「もちろんです。慎重に検討していただいて構いません。ただ、時間が我々の味方でないことも忘れないでください」
セバスティアンは重々しくうなずいた。
「分かっています。できるだけ早く結論を出すよう努めます。それまでは、現在の協力体制をさらに強化することに集中しましょう」
純正は満足げに微笑んだ。
「ありがとうございます、セバスティアン王。貴国との同盟が、新たな時代の幕開けとなることを信じています」
純正としては、絶対にここでポルトガルと軍事同盟をむすぶ必要性はなかった。しかし、往復で2年はかかる距離である。将来においてあらゆる可能性を考えて、会談に臨まなければならないのだ。
アカプルコからハワイや南洋諸島を経てヌエバ・エスパーニャの艦隊が攻めてくるにしても、北米大陸西岸で衝突するにしても、軍事衝突があった時にイスパニア本国との連絡を遮断できれば、それだけで戦略的優位に立てるのだ。
純正はセバスティアンの返事が出るまでリスボンに滞在することとなった。
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