上 下
740 / 801
天下一統して大日本国となる。-大日本国から世界へ-

第739話 『病床の尚永王』

しおりを挟む
 天正十六年十一月一日(1587/11/30)琉球国 首里城

 首里城の守礼門前、琉球王国の廷臣たちが厳かに列をなし、国王尚永は緊張した面持ちで控えていた。彼の周りには、琉球の伝統的な礼服を身にまとった側近たちが、不安げな表情を浮かべている。

 遠くから汽笛の音が聞こえ、尚永王は小さく息をのんだ。従来の西洋式帆船ではなく、噂に聞いていた蒸気船での来航を、身をもって実感したのだ。

 やがて純正は威厳に満ちた姿で、琉球の気候に配慮しつつも、明らかに上位者としての風格を漂わせながら近づいてくる。

 尚永王は深呼吸をし、これまで明国の勅使に対して行ってきた作法で、純正に向かって進み出た。彼は恭しく『五拝三叩頭』の礼を行い、最敬礼の姿勢をとったのだ。

 尚永王はこの時数えで30歳。まだ若い働き盛りの年齢であり、琉球国の繁栄は肥前国の庇護ひごのもと確定ではあったが、すでにその体は病魔におかされていた。

 純正は威厳のある声で言う。

「尚永王よ、面を上げよ。我が国はすでに冊封使を送り琉球国の忠誠を受け入れておる。今後も肥前国は琉球国の保護国として、琉球国の安泰と繁栄を見守っていく事となろう」 

 純正は堅苦しい礼儀作法は苦手であったが、長年直茂やその他のブレーンから言われ続け、この時代ではそれが必要だという事も、身をもって知っていたのだ。

 だから必要以上に尊大に振る舞う事はないが、慣例に従って臣下の礼をとらせている。

 尚永王はゆっくりと体を起こし、感謝と畏怖の念を込めて答えた。

「関白殿下、我が琉球国を冊封くださいまして、心より感謝申し上げます。我が国は……ごほっ……肥前国の庇護の下、忠実に務めを果たすことをお誓い申し上げます」

「尚永王よ、無理をするでない。これ、誰か。医官に診せるのだ」

 純正は尚永王の体を気遣い、連れてきている医官に診察を命じた。

 街道沿いでは好奇心と不安が入り混じった表情の民衆が、首を伸ばして様子をうかがっている。彼らの目に映ったのは、中国の勅使を迎える時と同様の礼式でありながら、明らかに異なる雰囲気を持つ場面であった。

 尚永王は純正を首里城へと案内しながら、心の中で思いを巡らせている。




「ようこそお越しくださいました。関白殿下、三司官の伊地親方豊国にございます」

「三司官座敷の長嶺親方将星にございます」

 純正は尚永王を医官に託した後、2人の重臣の出迎えを受けた。

「これはこれは、わざわざ痛み入る。長嶺殿は以前諫早にて会うたな」

「はは。過日は過分な持て成しを賜り、恐悦至極にございました」

「ははは、気にするでない。れと……ここまで来る途中にみなとや街道を見てきたが、かなりにぎわっておるようだな」

 純正がそう言うと、伊地親方が答える。

「おかげさまを持ちまして、明への朝貢がなくなり、また肥前国との貿易もつつがなく利を得ることができております。冊封国となる事で琉球の立場が悪くなるのでは、という考えの廷臣もおりましたが、杞憂きゆうにございました」

「それはなにより。冊封国とはいえ、何事も厳しくいたせば良い事などないからの。……それから、陛下は、いつからなのだ? お体の具合がよくないようだが」

 尚永王は即位以来、良くもなく悪くもなく、普通の王だという評判であったが、有能な家臣にその権限を与え、十二分にいかしたという点は評価できる。

 純正の質問に、伊地親方と長嶺親方は顔を見合わせ、一瞬のどまどいの後、伊地親方が答えた。

「実は、陛下のお体の変調は、昨年の夏頃から徐々に現れ始めたのでございます。当初は単なる疲労かと思われましたが、日に日に症状が悪化し……」

 長嶺親方が続ける。

「我らも懸命に治療を施してまいりましたが、琉球の医術では太刀打ちできぬ状況でございます。実のところ、関白殿下のご来訪を心待ちにしておりました。誠に勝手な申し出ではございますが、肥前国の進んだ医術で陛下をお救いいただけるのではと……」

「あい分かった。早速、わしが連れてきた医官たちに詳しく診せよう。琉球の医官とも協力して、最善を尽くさせよう」

「「はは。有り難き幸せにございます」」




「して、いかがであった? 尚永王の病状は?」

 純正は診断が終わった医官長に尋ねたが、医官長は深刻な表情で純正に向き直り、恭しく答えた。

「関白殿下、診断の結果、尚永王の症状は非常に深刻でございます。肺の臓が常とは異なり、おそらく労咳ろうがいかと思われます。さらに、長年の過労と栄養不良が重なり、全身の衰弱が進んでおります」

「結核か……。それで、如何いかがじゃ? 快方へと向かうのか?」

 医官長は慎重に言葉を選びながら続けた。

只今ただいま事の様ことのさま(状況)では完治は難しかと存じます。れどしかと休み、心安らかにして正しい食事を採れば、病の進みを遅らせることは能うかと存じます。然りながら……」

「然りながら、何だ?」

 と純正が促すと、医官長は深く息を吐いて答えた。

「尚永王の体力が既にかなり消耗しております。最善を尽くしますが、長期的な回復は……難しやもしれませぬ」

「……然様か。あい分かった。では能う限りの治療を施すように。加えて琉球の医官たちにも我が国の医術を伝授せよ」

 純正はしばらく黙って考えた後に、ゆっくりと答えた。しかし、伝授といっても簡単な事しかできない。何年も滞在して諫早と同レベルの医学水準になどできないのだ。




「二人とも、聞いての通りだ。尚永王の容態は芳しくない。琉球国の将来を見据え、今のうちから後継問題について議論を始めるべきだろう」

 伊地親方が恐る恐る口を開いた。

「関白殿下、陛下には世子がおられません。しかし、王家の血筋を継ぐ者はおります」

「ふむ、誰じゃ」

「はい、浦添尚家四世の尚寧王子でございます。第三代尚真王のひ孫で陛下の娘婿となり、現在二十四歳になられます」

 長嶺親方が補足した。

「然様か。ではなんら問題はないな。尚永王の治療を続けながら、密かに尚寧王子の即位の準備を始めよ。あまり他家の後継の事には口を挟みたくはないが、南海の安寧のためである」

「かしこまりました」

 と伊地親方と長嶺親方の二人は深々と頭を下げた。


 

 純正は眼下に広がる首里の街並みを眺めながら、心の中で思いを巡らせた。明を仮想敵国とするならば、台湾とならんで、琉球は重要な位置づけであったのだ。




 次回 第740話 (仮)『台湾総督府』 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

聖人様は自重せずに人生を楽しみます!

紫南
ファンタジー
前世で多くの国々の王さえも頼りにし、慕われていた教皇だったキリアルートは、神として迎えられる前に、人としての最後の人生を与えられて転生した。 人生を楽しむためにも、少しでも楽に、その力を発揮するためにもと生まれる場所を神が選んだはずだったのだが、早々に送られたのは問題の絶えない辺境の地だった。これは神にも予想できなかったようだ。 そこで前世からの性か、周りが直面する問題を解決していく。 助けてくれるのは、情報通で特異技能を持つ霊達や従魔達だ。キリアルートの役に立とうと時に暴走する彼らに振り回されながらも楽しんだり、当たり前のように前世からの能力を使うキリアルートに、お供達が『ちょっと待て』と言いながら、世界を見聞する。 裏方として人々を支える生き方をしてきた聖人様は、今生では人々の先頭に立って駆け抜けて行く! 『好きに生きろと言われたからには目一杯今生を楽しみます!』 ちょっと腹黒なところもある元聖人様が、お供達と好き勝手にやって、周りを驚かせながらも世界を席巻していきます!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

異世界のリサイクルガチャスキルで伝説作ります!?~無能領主の開拓記~

AKISIRO
ファンタジー
ガルフ・ライクドは領主である父親の死後、領地を受け継ぐ事になった。 だがそこには問題があり。 まず、食料が枯渇した事、武具がない事、国に税金を納めていない事。冒険者ギルドの怠慢等。建物の老朽化問題。 ガルフは何も知識がない状態で、無能領主として問題を解決しなくてはいけなかった。 この世界の住民は1人につき1つのスキルが与えられる。 ガルフのスキルはリサイクルガチャという意味不明の物で使用方法が分からなかった。 領地が自分の物になった事で、いらないものをどう処理しようかと考えた時、リサイクルガチャが発動する。 それは、物をリサイクルしてガチャ券を得るという物だ。 ガチャからはS・A・B・C・Dランクの種類が。 武器、道具、アイテム、食料、人間、モンスター等々が出現していき。それ等を利用して、領地の再開拓を始めるのだが。 隣の領地の侵略、魔王軍の活性化等、問題が発生し。 ガルフの苦難は続いていき。 武器を握ると性格に問題が発生するガルフ。 馬鹿にされて育った領主の息子の復讐劇が開幕する。 ※他サイト様にても投稿しています。

処理中です...