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天下一統して大日本国となる。-大日本国から世界へ-
第739話 『病床の尚永王』
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天正十六年十一月一日(1587/11/30)琉球国 首里城
首里城の守礼門前、琉球王国の廷臣たちが厳かに列をなし、国王尚永は緊張した面持ちで控えていた。彼の周りには、琉球の伝統的な礼服を身にまとった側近たちが、不安げな表情を浮かべている。
遠くから汽笛の音が聞こえ、尚永王は小さく息をのんだ。従来の西洋式帆船ではなく、噂に聞いていた蒸気船での来航を、身をもって実感したのだ。
やがて純正は威厳に満ちた姿で、琉球の気候に配慮しつつも、明らかに上位者としての風格を漂わせながら近づいてくる。
尚永王は深呼吸をし、これまで明国の勅使に対して行ってきた作法で、純正に向かって進み出た。彼は恭しく『五拝三叩頭』の礼を行い、最敬礼の姿勢をとったのだ。
尚永王はこの時数えで30歳。まだ若い働き盛りの年齢であり、琉球国の繁栄は肥前国の庇護のもと確定ではあったが、すでにその体は病魔に冒されていた。
純正は威厳のある声で言う。
「尚永王よ、面を上げよ。我が国はすでに冊封使を送り琉球国の忠誠を受け入れておる。今後も肥前国は琉球国の保護国として、琉球国の安泰と繁栄を見守っていく事となろう」
純正は堅苦しい礼儀作法は苦手であったが、長年直茂やその他のブレーンから言われ続け、この時代ではそれが必要だという事も、身をもって知っていたのだ。
だから必要以上に尊大に振る舞う事はないが、慣例に従って臣下の礼をとらせている。
尚永王はゆっくりと体を起こし、感謝と畏怖の念を込めて答えた。
「関白殿下、我が琉球国を冊封くださいまして、心より感謝申し上げます。我が国は……ごほっ……肥前国の庇護の下、忠実に務めを果たすことをお誓い申し上げます」
「尚永王よ、無理をするでない。これ、誰か。医官に診せるのだ」
純正は尚永王の体を気遣い、連れてきている医官に診察を命じた。
街道沿いでは好奇心と不安が入り混じった表情の民衆が、首を伸ばして様子を窺っている。彼らの目に映ったのは、中国の勅使を迎える時と同様の礼式でありながら、明らかに異なる雰囲気を持つ場面であった。
尚永王は純正を首里城へと案内しながら、心の中で思いを巡らせている。
「ようこそお越しくださいました。関白殿下、三司官の伊地親方豊国にございます」
「三司官座敷の長嶺親方将星にございます」
純正は尚永王を医官に託した後、2人の重臣の出迎えを受けた。
「これはこれは、わざわざ痛み入る。長嶺殿は以前諫早にて会うたな」
「はは。過日は過分な持て成しを賜り、恐悦至極にございました」
「ははは、気にするでない。其れと……ここまで来る途中に湊や街道を見てきたが、かなり賑わっておるようだな」
純正がそう言うと、伊地親方が答える。
「おかげさまを持ちまして、明への朝貢がなくなり、また肥前国との貿易もつつがなく利を得ることができております。冊封国となる事で琉球の立場が悪くなるのでは、という考えの廷臣もおりましたが、杞憂にございました」
「それはなにより。冊封国とはいえ、何事も厳しくいたせば良い事などないからの。……それから、陛下は、いつからなのだ? お体の具合がよくないようだが」
尚永王は即位以来、良くもなく悪くもなく、普通の王だという評判であったが、有能な家臣にその権限を与え、十二分にいかしたという点は評価できる。
純正の質問に、伊地親方と長嶺親方は顔を見合わせ、一瞬のどまどいの後、伊地親方が答えた。
「実は、陛下のお体の変調は、昨年の夏頃から徐々に現れ始めたのでございます。当初は単なる疲労かと思われましたが、日に日に症状が悪化し……」
長嶺親方が続ける。
「我らも懸命に治療を施してまいりましたが、琉球の医術では太刀打ちできぬ状況でございます。実のところ、関白殿下のご来訪を心待ちにしておりました。誠に勝手な申し出ではございますが、肥前国の進んだ医術で陛下をお救いいただけるのではと……」
「あい分かった。早速、わしが連れてきた医官たちに詳しく診せよう。琉球の医官とも協力して、最善を尽くさせよう」
「「はは。有り難き幸せにございます」」
「して、いかがであった? 尚永王の病状は?」
純正は診断が終わった医官長に尋ねたが、医官長は深刻な表情で純正に向き直り、恭しく答えた。
「関白殿下、診断の結果、尚永王の症状は非常に深刻でございます。肺の臓が常とは異なり、おそらく労咳かと思われます。さらに、長年の過労と栄養不良が重なり、全身の衰弱が進んでおります」
「結核か……。それで、如何じゃ? 快方へと向かうのか?」
医官長は慎重に言葉を選びながら続けた。
「只今の事の様(状況)では完治は難しかと存じます。然れどしかと休み、心安らかにして正しい食事を採れば、病の進みを遅らせることは能うかと存じます。然りながら……」
「然りながら、何だ?」
と純正が促すと、医官長は深く息を吐いて答えた。
「尚永王の体力が既にかなり消耗しております。最善を尽くしますが、長期的な回復は……難しやもしれませぬ」
「……然様か。あい分かった。では能う限りの治療を施すように。加えて琉球の医官たちにも我が国の医術を伝授せよ」
純正はしばらく黙って考えた後に、ゆっくりと答えた。しかし、伝授といっても簡単な事しかできない。何年も滞在して諫早と同レベルの医学水準になどできないのだ。
「二人とも、聞いての通りだ。尚永王の容態は芳しくない。琉球国の将来を見据え、今のうちから後継問題について議論を始めるべきだろう」
伊地親方が恐る恐る口を開いた。
「関白殿下、陛下には世子がおられません。しかし、王家の血筋を継ぐ者はおります」
「ふむ、誰じゃ」
「はい、浦添尚家四世の尚寧王子でございます。第三代尚真王のひ孫で陛下の娘婿となり、現在二十四歳になられます」
長嶺親方が補足した。
「然様か。ではなんら問題はないな。尚永王の治療を続けながら、密かに尚寧王子の即位の準備を始めよ。あまり他家の後継の事には口を挟みたくはないが、南海の安寧のためである」
「かしこまりました」
と伊地親方と長嶺親方の二人は深々と頭を下げた。
純正は眼下に広がる首里の街並みを眺めながら、心の中で思いを巡らせた。明を仮想敵国とするならば、台湾とならんで、琉球は重要な位置づけであったのだ。
次回 第740話 (仮)『台湾総督府』
首里城の守礼門前、琉球王国の廷臣たちが厳かに列をなし、国王尚永は緊張した面持ちで控えていた。彼の周りには、琉球の伝統的な礼服を身にまとった側近たちが、不安げな表情を浮かべている。
遠くから汽笛の音が聞こえ、尚永王は小さく息をのんだ。従来の西洋式帆船ではなく、噂に聞いていた蒸気船での来航を、身をもって実感したのだ。
やがて純正は威厳に満ちた姿で、琉球の気候に配慮しつつも、明らかに上位者としての風格を漂わせながら近づいてくる。
尚永王は深呼吸をし、これまで明国の勅使に対して行ってきた作法で、純正に向かって進み出た。彼は恭しく『五拝三叩頭』の礼を行い、最敬礼の姿勢をとったのだ。
尚永王はこの時数えで30歳。まだ若い働き盛りの年齢であり、琉球国の繁栄は肥前国の庇護のもと確定ではあったが、すでにその体は病魔に冒されていた。
純正は威厳のある声で言う。
「尚永王よ、面を上げよ。我が国はすでに冊封使を送り琉球国の忠誠を受け入れておる。今後も肥前国は琉球国の保護国として、琉球国の安泰と繁栄を見守っていく事となろう」
純正は堅苦しい礼儀作法は苦手であったが、長年直茂やその他のブレーンから言われ続け、この時代ではそれが必要だという事も、身をもって知っていたのだ。
だから必要以上に尊大に振る舞う事はないが、慣例に従って臣下の礼をとらせている。
尚永王はゆっくりと体を起こし、感謝と畏怖の念を込めて答えた。
「関白殿下、我が琉球国を冊封くださいまして、心より感謝申し上げます。我が国は……ごほっ……肥前国の庇護の下、忠実に務めを果たすことをお誓い申し上げます」
「尚永王よ、無理をするでない。これ、誰か。医官に診せるのだ」
純正は尚永王の体を気遣い、連れてきている医官に診察を命じた。
街道沿いでは好奇心と不安が入り混じった表情の民衆が、首を伸ばして様子を窺っている。彼らの目に映ったのは、中国の勅使を迎える時と同様の礼式でありながら、明らかに異なる雰囲気を持つ場面であった。
尚永王は純正を首里城へと案内しながら、心の中で思いを巡らせている。
「ようこそお越しくださいました。関白殿下、三司官の伊地親方豊国にございます」
「三司官座敷の長嶺親方将星にございます」
純正は尚永王を医官に託した後、2人の重臣の出迎えを受けた。
「これはこれは、わざわざ痛み入る。長嶺殿は以前諫早にて会うたな」
「はは。過日は過分な持て成しを賜り、恐悦至極にございました」
「ははは、気にするでない。其れと……ここまで来る途中に湊や街道を見てきたが、かなり賑わっておるようだな」
純正がそう言うと、伊地親方が答える。
「おかげさまを持ちまして、明への朝貢がなくなり、また肥前国との貿易もつつがなく利を得ることができております。冊封国となる事で琉球の立場が悪くなるのでは、という考えの廷臣もおりましたが、杞憂にございました」
「それはなにより。冊封国とはいえ、何事も厳しくいたせば良い事などないからの。……それから、陛下は、いつからなのだ? お体の具合がよくないようだが」
尚永王は即位以来、良くもなく悪くもなく、普通の王だという評判であったが、有能な家臣にその権限を与え、十二分にいかしたという点は評価できる。
純正の質問に、伊地親方と長嶺親方は顔を見合わせ、一瞬のどまどいの後、伊地親方が答えた。
「実は、陛下のお体の変調は、昨年の夏頃から徐々に現れ始めたのでございます。当初は単なる疲労かと思われましたが、日に日に症状が悪化し……」
長嶺親方が続ける。
「我らも懸命に治療を施してまいりましたが、琉球の医術では太刀打ちできぬ状況でございます。実のところ、関白殿下のご来訪を心待ちにしておりました。誠に勝手な申し出ではございますが、肥前国の進んだ医術で陛下をお救いいただけるのではと……」
「あい分かった。早速、わしが連れてきた医官たちに詳しく診せよう。琉球の医官とも協力して、最善を尽くさせよう」
「「はは。有り難き幸せにございます」」
「して、いかがであった? 尚永王の病状は?」
純正は診断が終わった医官長に尋ねたが、医官長は深刻な表情で純正に向き直り、恭しく答えた。
「関白殿下、診断の結果、尚永王の症状は非常に深刻でございます。肺の臓が常とは異なり、おそらく労咳かと思われます。さらに、長年の過労と栄養不良が重なり、全身の衰弱が進んでおります」
「結核か……。それで、如何じゃ? 快方へと向かうのか?」
医官長は慎重に言葉を選びながら続けた。
「只今の事の様(状況)では完治は難しかと存じます。然れどしかと休み、心安らかにして正しい食事を採れば、病の進みを遅らせることは能うかと存じます。然りながら……」
「然りながら、何だ?」
と純正が促すと、医官長は深く息を吐いて答えた。
「尚永王の体力が既にかなり消耗しております。最善を尽くしますが、長期的な回復は……難しやもしれませぬ」
「……然様か。あい分かった。では能う限りの治療を施すように。加えて琉球の医官たちにも我が国の医術を伝授せよ」
純正はしばらく黙って考えた後に、ゆっくりと答えた。しかし、伝授といっても簡単な事しかできない。何年も滞在して諫早と同レベルの医学水準になどできないのだ。
「二人とも、聞いての通りだ。尚永王の容態は芳しくない。琉球国の将来を見据え、今のうちから後継問題について議論を始めるべきだろう」
伊地親方が恐る恐る口を開いた。
「関白殿下、陛下には世子がおられません。しかし、王家の血筋を継ぐ者はおります」
「ふむ、誰じゃ」
「はい、浦添尚家四世の尚寧王子でございます。第三代尚真王のひ孫で陛下の娘婿となり、現在二十四歳になられます」
長嶺親方が補足した。
「然様か。ではなんら問題はないな。尚永王の治療を続けながら、密かに尚寧王子の即位の準備を始めよ。あまり他家の後継の事には口を挟みたくはないが、南海の安寧のためである」
「かしこまりました」
と伊地親方と長嶺親方の二人は深々と頭を下げた。
純正は眼下に広がる首里の街並みを眺めながら、心の中で思いを巡らせた。明を仮想敵国とするならば、台湾とならんで、琉球は重要な位置づけであったのだ。
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