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天下一統して大日本国となる。-天下百年の計?-
第729話 『平穏無事と、相成るか』
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天正十四年六月十九日(1585/7/16) 安芸 日野山城
「然様か。……純正が然様な事を」
病床にあった吉川元春は、純正の仕置きに対して短くそう言った。
鬼吉川の名に恥じない猛将で名をはせた元春も病気には勝てない。純正の事は表向きは別として、通称や官途名で呼んだことはない。
常に『純正』である。
「如何なさいますか?」
枕元にいる長男の元長と二男の元氏、そして三男の広家が、父である元春の顔をのぞき込む。
「如何も何も、是非もなし。斯様な事を論じても詮無き事よ。もはや彼奴の天下に揺るぎなし。人としての恨みなどないが、戦国の世に生きた武士として、戦ってみたかったのだ」
一貫して対小佐々主戦論者の元春であったが、隆景の説得を受け、服属する形で純正に屈したのだ。
「あの時、戦っても分が悪い事はわかっておった。然れどそうせずには居られなかったのだ。良いか、お主らは家のために、小佐々の為に働くのだ。悔しいがそれが吉川の、ひいては毛利の為となろう。ゆめゆめ忘れるべからず。然れど、何年何十年何百年たとうとも、お家の再興を忘れるでないぞ」
要するに、家の再興を忘れるべからず。そのために長いものに巻かれるのは、遺憾だが仕方がないので専念せよ、との事だろう。
元春の言葉に、部屋に集まった三人の息子たちは無言で頷いた。
その表情には複雑な思いが交錯している。家の存続と再興という重責を背負わされた彼らの胸中は、決意と不安が入り混じっていた。
今回の件は、誰が何と言おうとも、減封である。
毛利にさしたる過ちがあった訳ではない。純正の中央集権構想下において、国内での唯一の心残りであり、不安材料であった大国毛利の、単なる封じ込めであった。
■安芸 新高山城
「父上、此度の減封の下知(命令)、如何なさいますか」
息子の小早川秀包が減封の知らせを受けて、父である隆景に聞いた。秀包は息子ではあるが実子ではない。小早川隆景の弟である。毛利元就の九男として永禄十年に生まれた。
6年前の天正八年に、母の乃美大方が小早川氏庶流の乃美氏の出身であるという縁で養子としていたのだ。弟とは言え34歳離れているので、父子といっても違和感はない。
「そうよの。十五年前の減封が、いま、申し渡された、という事であろうの」
「如何なる事にございますか?」
「秀包よ、お主はまだ三つの童であったから知らぬのも道理であるが、その後聞いてきたであろう? わが毛利はかつて小佐々と争って……いや、争ってはおらぬな。このわしが勝ち筋なしとみて降ったのだ。その折り、毛利の不義が露見しての。もし関白様がお許しにならなんだら、毛利は攻め滅ぼされておったであろう」
隆景の言葉に、秀包の表情が凛としたものに変わる。過去の出来事を聞かされ、その重みを改めて感じたようだ。室内に漂う緊張感が、二人の間にも静かに広がっていく。
「その後、関白様の慈悲により、毛利家は存続を許されたのだ」
隆景の言葉が途切れると、室内には再び沈黙が降り立つ。秀包は父の表情を注視するが、その目には家の存続をかけた苦渋の決断への理解と、未来への不安が交錯していた。
窓の外では、夏の陽光が城下町を照らし、平和な日常が広がっている。しかしこの部屋の中だけは、まるで時が止まったかのような緊張感に包まれていた。
やがて秀包が口を開く。
「では此度の減封は、十五年前になされなかった仕置きが、今あらためてなされている、ということでしょうか」
「然にあらず」
隆景は短く返事をする。
「其の上(当時)の仕置きは仕置きで、すでに終わっておる」
隆景は続けた。
「此度は新たなる下知じゃ。そうは言っても、其の上の仕置きにて斯様になされていても、誰も口舌(文句)は申せなかったはずじゃ。ゆえに、本来ならば減封となっておったところを、多少の割譲で済んだのだから、良しとすべきである。領内は栄え、民からは笑顔が絶えぬ。今ここで減封になったとて、致し方のない事。この上何を望むであろうか」
隆景は諭すように秀包に言う。
「父上、然れどそれでは、十五年前の事を知らぬ者どもからは、毛利は腰抜けと誹りをうけませぬか」
「ふふふふふ。誹りか。言いたい奴には言わせておけばよい。そして聞くのだ。ならば如何いたすのか、と。戦うのか? 十中八九、いや、十中十、負け戦となるがな」
「……委細承知いたしました。心に刻みまする」
「うむ」
■数日後……吉田郡山城
「殿、此度の減封の下知にございますが……」
「うむ、叔父上達は何と仰せか」
家臣の吉見広頼が当主輝元に聞くと、考える事もなく輝元は叔父二人の考えを聞いたのだ。広頼もそう来るだろうと思い、事前に吉川元春と小早川隆景の意見を聞いてきている。
「は、されば御二方とも、黙って下知に従うのが上策と仰せにございます」
「然様か」
祖父である元就がなくなる前に、家督を継いでいた嫡男の隆元が早世してしまった。輝元は10歳で家督を継いだが、その8年後に元就も死去し、叔父である吉川元春と小早川隆景の後見を受けての統治が続いたのだ。
「然様か、とは……何もなさらないのでございますか?」
「ふ……このわしに何ができようか。偉大なる祖父、そして早世した父、常に伺いを立てねば何もできぬ叔父二人に隠れて、操り人形の如き生き方をしてまいった。今さら、なにがどう変わろうか。二人の言がそうならば、その通りにしておけば間違いはあるまいよ」
「は……」
父の死後は祖父との二頭体制。元就の死後は親政を敷いて統治を行ったものの、その実は何事も後見である二人の意見を聞いてから決定されるという状態であった。
そういう意味では、その時期の経験が、成人となった今の輝元の性格を形成したといえなくもない。
かくて毛利の所領は減封され、各地に大名の所領は残るものの、その力を大きく勢力を制限された、中央集権のしくみが完成したのである。
次回 第730話 (仮)『肥前国内行政機構再編制』
「然様か。……純正が然様な事を」
病床にあった吉川元春は、純正の仕置きに対して短くそう言った。
鬼吉川の名に恥じない猛将で名をはせた元春も病気には勝てない。純正の事は表向きは別として、通称や官途名で呼んだことはない。
常に『純正』である。
「如何なさいますか?」
枕元にいる長男の元長と二男の元氏、そして三男の広家が、父である元春の顔をのぞき込む。
「如何も何も、是非もなし。斯様な事を論じても詮無き事よ。もはや彼奴の天下に揺るぎなし。人としての恨みなどないが、戦国の世に生きた武士として、戦ってみたかったのだ」
一貫して対小佐々主戦論者の元春であったが、隆景の説得を受け、服属する形で純正に屈したのだ。
「あの時、戦っても分が悪い事はわかっておった。然れどそうせずには居られなかったのだ。良いか、お主らは家のために、小佐々の為に働くのだ。悔しいがそれが吉川の、ひいては毛利の為となろう。ゆめゆめ忘れるべからず。然れど、何年何十年何百年たとうとも、お家の再興を忘れるでないぞ」
要するに、家の再興を忘れるべからず。そのために長いものに巻かれるのは、遺憾だが仕方がないので専念せよ、との事だろう。
元春の言葉に、部屋に集まった三人の息子たちは無言で頷いた。
その表情には複雑な思いが交錯している。家の存続と再興という重責を背負わされた彼らの胸中は、決意と不安が入り混じっていた。
今回の件は、誰が何と言おうとも、減封である。
毛利にさしたる過ちがあった訳ではない。純正の中央集権構想下において、国内での唯一の心残りであり、不安材料であった大国毛利の、単なる封じ込めであった。
■安芸 新高山城
「父上、此度の減封の下知(命令)、如何なさいますか」
息子の小早川秀包が減封の知らせを受けて、父である隆景に聞いた。秀包は息子ではあるが実子ではない。小早川隆景の弟である。毛利元就の九男として永禄十年に生まれた。
6年前の天正八年に、母の乃美大方が小早川氏庶流の乃美氏の出身であるという縁で養子としていたのだ。弟とは言え34歳離れているので、父子といっても違和感はない。
「そうよの。十五年前の減封が、いま、申し渡された、という事であろうの」
「如何なる事にございますか?」
「秀包よ、お主はまだ三つの童であったから知らぬのも道理であるが、その後聞いてきたであろう? わが毛利はかつて小佐々と争って……いや、争ってはおらぬな。このわしが勝ち筋なしとみて降ったのだ。その折り、毛利の不義が露見しての。もし関白様がお許しにならなんだら、毛利は攻め滅ぼされておったであろう」
隆景の言葉に、秀包の表情が凛としたものに変わる。過去の出来事を聞かされ、その重みを改めて感じたようだ。室内に漂う緊張感が、二人の間にも静かに広がっていく。
「その後、関白様の慈悲により、毛利家は存続を許されたのだ」
隆景の言葉が途切れると、室内には再び沈黙が降り立つ。秀包は父の表情を注視するが、その目には家の存続をかけた苦渋の決断への理解と、未来への不安が交錯していた。
窓の外では、夏の陽光が城下町を照らし、平和な日常が広がっている。しかしこの部屋の中だけは、まるで時が止まったかのような緊張感に包まれていた。
やがて秀包が口を開く。
「では此度の減封は、十五年前になされなかった仕置きが、今あらためてなされている、ということでしょうか」
「然にあらず」
隆景は短く返事をする。
「其の上(当時)の仕置きは仕置きで、すでに終わっておる」
隆景は続けた。
「此度は新たなる下知じゃ。そうは言っても、其の上の仕置きにて斯様になされていても、誰も口舌(文句)は申せなかったはずじゃ。ゆえに、本来ならば減封となっておったところを、多少の割譲で済んだのだから、良しとすべきである。領内は栄え、民からは笑顔が絶えぬ。今ここで減封になったとて、致し方のない事。この上何を望むであろうか」
隆景は諭すように秀包に言う。
「父上、然れどそれでは、十五年前の事を知らぬ者どもからは、毛利は腰抜けと誹りをうけませぬか」
「ふふふふふ。誹りか。言いたい奴には言わせておけばよい。そして聞くのだ。ならば如何いたすのか、と。戦うのか? 十中八九、いや、十中十、負け戦となるがな」
「……委細承知いたしました。心に刻みまする」
「うむ」
■数日後……吉田郡山城
「殿、此度の減封の下知にございますが……」
「うむ、叔父上達は何と仰せか」
家臣の吉見広頼が当主輝元に聞くと、考える事もなく輝元は叔父二人の考えを聞いたのだ。広頼もそう来るだろうと思い、事前に吉川元春と小早川隆景の意見を聞いてきている。
「は、されば御二方とも、黙って下知に従うのが上策と仰せにございます」
「然様か」
祖父である元就がなくなる前に、家督を継いでいた嫡男の隆元が早世してしまった。輝元は10歳で家督を継いだが、その8年後に元就も死去し、叔父である吉川元春と小早川隆景の後見を受けての統治が続いたのだ。
「然様か、とは……何もなさらないのでございますか?」
「ふ……このわしに何ができようか。偉大なる祖父、そして早世した父、常に伺いを立てねば何もできぬ叔父二人に隠れて、操り人形の如き生き方をしてまいった。今さら、なにがどう変わろうか。二人の言がそうならば、その通りにしておけば間違いはあるまいよ」
「は……」
父の死後は祖父との二頭体制。元就の死後は親政を敷いて統治を行ったものの、その実は何事も後見である二人の意見を聞いてから決定されるという状態であった。
そういう意味では、その時期の経験が、成人となった今の輝元の性格を形成したといえなくもない。
かくて毛利の所領は減封され、各地に大名の所領は残るものの、その力を大きく勢力を制限された、中央集権のしくみが完成したのである。
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