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天下一統して大日本国となる。-天下百年の計?-
第719話 『汽帆船対戦列艦』
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天正十三年八月五日(1584/9/9) 角力灘
夏の暑さがまだ残る日の午前9時、2隻の巨船が波間に浮かんでいた。
肥前国海軍第一艦隊の誇る1,750トン74門戦列艦『八島』と、最新の蒸気機関を搭載した1,800トンの汽帆船『多聞丸』。この日、両船は10回にわたる演習を行い、その能力を競い合うことになっていた。
勝負はどちらが多く風上をとるかという、いたってシンプルなものだ。6月に行われた海軍内の会議で、蒸気機関を軍艦に導入するか否かの議題があがり、実際に演習にて決める事となったのだ。
八島の艦橋に立つ赤崎伊予守中将は、緊張した面持ちで海面を見つめていた。角力灘特有の風の兆しを捉えようと注意深く観察しているのだ。
一方多聞丸の船橋では、比志島左馬助義基中将が冷静に状況を分析していた。機関士たちは入念に蒸気機関を点検し、船員達は索具や帆の状態を万全に保つよう努めている。
勝敗は各艦に2名ずつ乗艦している審査官が決める。風上に立ったかどうかを風向風速計と羅針盤で確認して決定するのだ。決定すれば両艦は同じ位置に戻り、審査官は公平を期すように乗り換える。
1日で10回の勝敗がつかなければ、翌日に持ち越す。日をまたぐ戦いになるが、実際の海戦では風上を取るために何日も艦隊運動を続ける事はざらであった。
最初の演習が始まると、両船の特性が如実に現れた。八島は風を巧みに利用し、赤崎中将の指示のもとに風の変化を読みながら動く。
「タッキング用意!」
赤崎中将の声が艦橋に響いた。
「舵を風上へ!」
赤崎の鋭い指示に、舵手が即座に反応する。
甲板では水夫たちが素早く動き、帆の調整に取り掛かる。風を切る帆の音と、張り詰めた索具のきしむ音が響く。
「主帆、反対舷へ!」
八島が風に向かって旋回を始めると、すでに多聞丸の機関からは黒煙が立ち昇り、比志島の冷静な声が聞こえる。
「機関長、全速力だ」
比志島の命令に応じ、多聞丸の機関が唸りを上げる。黒煙を立ち上らせながら、船は真っすぐ北に向かって進み始めた。
一方、八島では赤崎が次々と指示を飛ばしている。
「左舷からの風を受けろ! タッキングの準備!」
八島は風に対して斜めに進みながらジグザグの航路を取っていくが、両艦の戦略の違いが明確になる。多聞丸は風向きに関係なく最短距離で風上を目指し、八島は風を巧みに利用しながら少しずつ北上を試みる。
「このままでは負けるぞ」
赤崎は懸命に操艦して風上を目指したが、第1回目の演習は多聞丸の圧勝に終わった。誰の目にも蒸気機関の威力が如実に示される結果となったのだ。
「次こそは」
赤崎は歯を食いしばる。蒸気機関を否定している訳ではない。防御力と火力の面で大幅に劣る汽帆船方式を軍艦に採用して本当にいいのか? その不安がこの勝負となったのだ。
2回目の演習が始まった。今度は八島が先手を打つ。
「帆を最大限に張れ! 風の変化を見逃すな!」
経験豊富な水夫たちは微妙な海の変化を感じ取りながら、帆の調整を続ける。潮流を読んでわずかな有利を掴もうとする必死の努力が続く。
一方多聞丸は、相変わらず直進を続ける。
比志島は冷静に状況を見極めながら、時折指示を出す。両船の競争は、まるで亀と兎の童話のようだった。しかし、ここでは兎が止まることはない。
3回目、4回目と演習が進むにつれ、多聞丸の優位性は揺るがなくなっていく。それでも八島の乗組員たちは諦めない。彼らの技術と経験が、少しずつではあるが、差を縮めていく。
第5回の演習中、突如として風向きが変わる。赤崎はこの機を逃さなかった。
「今だ! 舵を切れ!」
八島が一気に距離を詰めるが、多聞丸もすぐに機関の出力を上げ、優位性を守り抜く。
昼過ぎ、第7回の演習が始まった頃、多聞丸に異変が起きた。
「機関長! 缶の圧力が急上昇しています!」
機関室からの報告に比志島の表情が一瞬曇るが、迅速な処置により事なきをえた。しかしこの僅かな隙を、赤崎は見逃さない。八島は一気に風上へと駆け上がり、ついに一勝を挙げる。
艦橋で赤崎は静かに微笑む。
「まだ勝負は終わっていない」
すでに6勝1敗で多聞丸の優位は揺るがなかったが、それでも赤崎は諦めなかった。
やがて日が傾き始める頃、最終的な結果が出た。9勝1敗。多聞丸の圧倒的勝利だった。両中将は肥前国の海軍幹部と共に結果を分析する。議論は白熱し、深夜まで及んだ。
「蒸気機関の利は明らかだ。然れど燃料や整備の難も思い消つ事能わぬ(無視できない)」
「整備は湊を整えれば良いだけの事、何の障りもない」
様々な意見がでたが、最終的に多聞丸のような汽帆船を主力とする方針が固まる。燃料庫や機関部の設置による艦内スペースの減少と砲門数減少は、船体を大きくする事で改善する事となった。
「此度の演習で、汽帆船が優れている事が明らかになった」と比志島が語る。
赤崎も同意する。
「安定した推進力と、帆による燃料節約や順風時の快速。実際に競ってみてよう分かった」
「然れど難もある。如何に修繕する事なく用いるか、無駄なく燃料を使うかを、よくよく考えねばならぬ」
海軍の技術者が指摘した。
議論は艦の改良点や乗組員の教育にまで及んだ。汽帆船の性能をさらに引き出すには、従来の帆船技術と新しい機関技術の両方に精通した人材が必要となる。
すでに海軍兵学校では商船を用いた汽帆船の運用を学んでいたが、さらに充実させ、軍艦として運用する際に支障がでないようにしなければならない。
角力灘に浮かぶ八島と多聞丸。純粋な帆船と、蒸気機関を備えた汽帆船。その姿は、まさに海軍の現在と未来を象徴しているかのようだった。
次回 第720話 (仮)『セバスティアン一世の治世と在ポルトガル肥前国(大日本国)大使館』
夏の暑さがまだ残る日の午前9時、2隻の巨船が波間に浮かんでいた。
肥前国海軍第一艦隊の誇る1,750トン74門戦列艦『八島』と、最新の蒸気機関を搭載した1,800トンの汽帆船『多聞丸』。この日、両船は10回にわたる演習を行い、その能力を競い合うことになっていた。
勝負はどちらが多く風上をとるかという、いたってシンプルなものだ。6月に行われた海軍内の会議で、蒸気機関を軍艦に導入するか否かの議題があがり、実際に演習にて決める事となったのだ。
八島の艦橋に立つ赤崎伊予守中将は、緊張した面持ちで海面を見つめていた。角力灘特有の風の兆しを捉えようと注意深く観察しているのだ。
一方多聞丸の船橋では、比志島左馬助義基中将が冷静に状況を分析していた。機関士たちは入念に蒸気機関を点検し、船員達は索具や帆の状態を万全に保つよう努めている。
勝敗は各艦に2名ずつ乗艦している審査官が決める。風上に立ったかどうかを風向風速計と羅針盤で確認して決定するのだ。決定すれば両艦は同じ位置に戻り、審査官は公平を期すように乗り換える。
1日で10回の勝敗がつかなければ、翌日に持ち越す。日をまたぐ戦いになるが、実際の海戦では風上を取るために何日も艦隊運動を続ける事はざらであった。
最初の演習が始まると、両船の特性が如実に現れた。八島は風を巧みに利用し、赤崎中将の指示のもとに風の変化を読みながら動く。
「タッキング用意!」
赤崎中将の声が艦橋に響いた。
「舵を風上へ!」
赤崎の鋭い指示に、舵手が即座に反応する。
甲板では水夫たちが素早く動き、帆の調整に取り掛かる。風を切る帆の音と、張り詰めた索具のきしむ音が響く。
「主帆、反対舷へ!」
八島が風に向かって旋回を始めると、すでに多聞丸の機関からは黒煙が立ち昇り、比志島の冷静な声が聞こえる。
「機関長、全速力だ」
比志島の命令に応じ、多聞丸の機関が唸りを上げる。黒煙を立ち上らせながら、船は真っすぐ北に向かって進み始めた。
一方、八島では赤崎が次々と指示を飛ばしている。
「左舷からの風を受けろ! タッキングの準備!」
八島は風に対して斜めに進みながらジグザグの航路を取っていくが、両艦の戦略の違いが明確になる。多聞丸は風向きに関係なく最短距離で風上を目指し、八島は風を巧みに利用しながら少しずつ北上を試みる。
「このままでは負けるぞ」
赤崎は懸命に操艦して風上を目指したが、第1回目の演習は多聞丸の圧勝に終わった。誰の目にも蒸気機関の威力が如実に示される結果となったのだ。
「次こそは」
赤崎は歯を食いしばる。蒸気機関を否定している訳ではない。防御力と火力の面で大幅に劣る汽帆船方式を軍艦に採用して本当にいいのか? その不安がこの勝負となったのだ。
2回目の演習が始まった。今度は八島が先手を打つ。
「帆を最大限に張れ! 風の変化を見逃すな!」
経験豊富な水夫たちは微妙な海の変化を感じ取りながら、帆の調整を続ける。潮流を読んでわずかな有利を掴もうとする必死の努力が続く。
一方多聞丸は、相変わらず直進を続ける。
比志島は冷静に状況を見極めながら、時折指示を出す。両船の競争は、まるで亀と兎の童話のようだった。しかし、ここでは兎が止まることはない。
3回目、4回目と演習が進むにつれ、多聞丸の優位性は揺るがなくなっていく。それでも八島の乗組員たちは諦めない。彼らの技術と経験が、少しずつではあるが、差を縮めていく。
第5回の演習中、突如として風向きが変わる。赤崎はこの機を逃さなかった。
「今だ! 舵を切れ!」
八島が一気に距離を詰めるが、多聞丸もすぐに機関の出力を上げ、優位性を守り抜く。
昼過ぎ、第7回の演習が始まった頃、多聞丸に異変が起きた。
「機関長! 缶の圧力が急上昇しています!」
機関室からの報告に比志島の表情が一瞬曇るが、迅速な処置により事なきをえた。しかしこの僅かな隙を、赤崎は見逃さない。八島は一気に風上へと駆け上がり、ついに一勝を挙げる。
艦橋で赤崎は静かに微笑む。
「まだ勝負は終わっていない」
すでに6勝1敗で多聞丸の優位は揺るがなかったが、それでも赤崎は諦めなかった。
やがて日が傾き始める頃、最終的な結果が出た。9勝1敗。多聞丸の圧倒的勝利だった。両中将は肥前国の海軍幹部と共に結果を分析する。議論は白熱し、深夜まで及んだ。
「蒸気機関の利は明らかだ。然れど燃料や整備の難も思い消つ事能わぬ(無視できない)」
「整備は湊を整えれば良いだけの事、何の障りもない」
様々な意見がでたが、最終的に多聞丸のような汽帆船を主力とする方針が固まる。燃料庫や機関部の設置による艦内スペースの減少と砲門数減少は、船体を大きくする事で改善する事となった。
「此度の演習で、汽帆船が優れている事が明らかになった」と比志島が語る。
赤崎も同意する。
「安定した推進力と、帆による燃料節約や順風時の快速。実際に競ってみてよう分かった」
「然れど難もある。如何に修繕する事なく用いるか、無駄なく燃料を使うかを、よくよく考えねばならぬ」
海軍の技術者が指摘した。
議論は艦の改良点や乗組員の教育にまで及んだ。汽帆船の性能をさらに引き出すには、従来の帆船技術と新しい機関技術の両方に精通した人材が必要となる。
すでに海軍兵学校では商船を用いた汽帆船の運用を学んでいたが、さらに充実させ、軍艦として運用する際に支障がでないようにしなければならない。
角力灘に浮かぶ八島と多聞丸。純粋な帆船と、蒸気機関を備えた汽帆船。その姿は、まさに海軍の現在と未来を象徴しているかのようだった。
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