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日ノ本未だ一統ならず-技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ-

第694話 『新政府議員の諫早紀行』(1582/2/21)

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 天正十一年一月二十九日(1582/2/21) 堺

「純正め、また面妖な船を造りおって」

 信長は聞こえない程度の小さな声で呟いた。

 多くの商人や労働者で賑わう堺の湊には、見たこともない形をした新造船を見ようという見物人が大勢集っている。

「な、なんじゃあこれは……」

「なんと面妖な……」

「奇っ怪なる船じゃ」

 機帆船を目にした一同は各々感想が口から漏れるが、みんな似たり寄ったりである。

「これは……」

「助五郎(北条氏規)様、やはり我らは正しかったようですぞ。房総で里見との戦の折、船手衆が壊滅したとの報せを聞いたときは耳を疑いましたが、かような船を造る者達と、戦などできませぬ」

「……」

 大きさこそ関船程度であり、同時期の大型の関船や安宅船に比べると小さい。しかしその見た目は異様である。中央に大きなマストを備え、前後にもマストがあり、長さは約42mである。

 陽光きらめく海面に浮かぶその姿は、従来の和船とは全く異なる姿なのだ。

 ごおんごおんごおん、がこんがこんがこんと聞き慣れない音が響き、それだけでも見物客が集まる理由になっている。やがて純正が全員に向かって伝えた。

「さあどうぞ。皆様、わが小佐々家の蒸気機帆船にて諫早までご案内いたします」

 そう言って議員大名(以降議員と表記)を促して乗艦する。小佐々家初の機帆船の艦名は『開明丸』だ。全員を乗せた船は微速で岸を離れ始めた。

「な! 誠に、誠に動いておるぞ!」

 出港する際も人の手を使わずに船が動いた。
  
 当たり前だが全員が驚く。信長だけは動じないふりをしていたが、内心は驚いていたはずだ。1,500トンクラスの戦闘艦は見たことがあるが、機帆船は初めてなのだから。

 この日の堺周辺の瀬戸内海は天気晴朗。しかし西の風で2㏏。逆風である。

 3しょうスクーナー型で逆風でも航行可能ではあったが、風自体が弱いので帆走は厳しい。誰もがそう思っていたが、出港してしばらくたっても風が強まらないので汽走でそのまま航行する。

「風が、風がないのに、漕ぎもせずに動くなど……」

 一行は汽走のまま明石海峡を渡り、日が沈んでからも航行を続け、夜9時過ぎには播磨の室津に到着した。夜の静けさを破る蒸気機関の「ごおんごおん」という音が、海面に反響している。

「この音、まるで獣がうなっているようだな」

 信長はその音を聞きながら、純正に独り言のように言う。

「申し訳ござらぬ中将殿、未だ改良のさなかゆえ、このような仕儀にて」

「いやいや、そう言う意味ではない。ただ感じた事を口にしたまでじゃ。気を悪くせんでくれ」

 付き合いが長く信長の方が年上なので、時々こういう口調になる。

 室津湊では船員たちが早速石炭と水の補給に取りかかっていた。議員たちは船内で夕食を取りながら、今日の航海について語り合っている。

「今日の船旅は実に快適であった。夜間もこれほどの速度で進めるとは思わなかった」

 徳川家康は、航行の効率の高さに感心していた。純正はそんな家康に向かって言う。

「侍従殿、蒸気機関の力で、風の有無に関わらず船を走らせる事能うのです。次の湊にもすぐに着到いたすでしょう」




 翌朝、一行は再び出港し、この日は東の風12㏏で帆走に切り替えた。帆が風を受けて膨らみ、開明丸は滑るように進んでいく。午後3時頃まで帆走を続けた後、風が弱まり再び汽走に切り替えた。

「帆と蒸気とやらを使い分けるとは、実に賢明な策だ、風がなくとも、止まることなく進めるとは驚きである」

 武田勝頼が感心しつつ言った。

 午後7時に伊予二間津に到着したが、ここでもまた迅速に水と石炭の補給が行われた。議員たちは翌日の航海に備えて、宗麟の歓迎の宴の後、早めに休むことにした。

 翌日、早朝に出港した開明丸は、穏やかな海を順調に進んでいく。午後4時過ぎには豊後府内に到着した。港に入ると、その堂々たる姿に周囲の人々が驚きの声を上げた。

「これが蒸気船……煙を吐いてすすむ船らしいぞ。素晴らしい」

「まるで妖術の如きだな……驚いた」


 

 ■天正十一年二月三日(1582/2/25) 豊後府内

「これは御屋形様、加えて新政府のお歴々の方々、ようこそ豊後府内へお越し頂きました。どうぞこちらへ」

 昨晩の二間津での宗麟の歓迎もあったので、純正にとってはありがたさ半分ではあったが、こちらが招いたのであるから、もてなさなければならない。

「これは五郎殿(大友義むね)、かたじけない。ではありがたく。ささ、皆様どうぞ」

 純正は豊後国主(知事)の代表である大友五郎義統の挨拶を受け、同行する議員たちを案内する。広々とした港には、多くの町民が新政府の大名たちを一目見ようと集まっていた。

 船を降りた純正達を、町民たちの大歓声が迎える。

「ようこそお越し下さいました!」

 町民たちは口々に歓迎の言葉を述べ、進呈の品の受け渡しが相次いだ。純正はその様子を見て少し誇らしげに微笑んだが、よく見ると商人らしき人間もチラホラ見かける。

 目ざとい人達だ。いや、商魂たくましいと言うべきか。

「この歓迎、誠にありがたい。大儀である」

 純正の言葉に、大友五郎義統は深々と頭を下げた。

「お褒めいただき、恐れ入ります。どうぞお疲れでしょうから、まずは休息の場へご案内いたします」

 一行は義統の案内で、用意された迎賓館へと向かう。道中、純正は信長や家康らと共に町の様子を観察するが、活気に満ち、商人や職人たちが忙しそうに働いている。

「豊後府内は、実に栄えておるな。湊の倉庫も旅籠も長屋も、二階建てが多く見受けられた」

 信長が感心したように言うと、義統は嬉しそうにうなずいた。

「はい、御屋形様のお陰をもちまして、我が府内もくの如き栄えております」

 迎賓館に到着すると、一行はまず休息を取ることとなった。

 広々とした館内には、快適な部屋や温かな食事が用意されていた。館内には石炭ストーブがかれており、寒さを感じさせない暖かな空間が広がっている。外の冷気とは対照的なそのぬくもりに、議員たちはほっと一息ついた。

「この暖かさ……なんだ?」

 徳川家康が辺りを見回しながら不思議そうに呟くと、純正は微笑んで答えた。

「これは石炭という燃える石を用いた囲炉裏の力で、冬の寒さも障りなく過ごせるのです。どうぞ方々、ゆるりとお休みください」

 議員たちは感謝の意を表しつつ、名物の食事と酒に舌鼓をうつ。




 一行の小佐々領内紀行はまだまだ続く。




 次回 第695話 (仮)『花の大諫早』
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