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日ノ本未だ一統ならず-技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ-
第689話 『殖産と産業育成政策』(1581/5/16)
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天正十年四月十四日(1581/5/16) 小佐々家大使館
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。新政府の財源としている負担金であるが、予算の半数以上を我が家中が出して居る。その為、他の各国には負担金の分を上げてもらうべく、生業を興し栄えさせねばならぬ」
純正は財務大臣の太田屋弥市、農水大臣の曽根九郎次郎定政、経産大臣の岡甚右衛門、国交大臣の遠藤千右衛門を呼んで協議を重ねている。
「まず、最も費え(費用)が少なく、もっとも利幅の大きい産物を選んで銭を投じねばならぬ。お主らの考えを聞きたい」
太田屋弥市が一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「御屋形様、それがしの考えでは、塩が最も適しているかと存じます。流下式塩(塩田)の技を広めることで、少ない費え(費用)で大量の塩を生む事能いまする。塩は日々の営みに欠かせぬものであり、それが無くなる事はございませぬ」
農水大臣の定政が補足する。
「枝条架を用いる事より塩砂をかき混ぜなくても良くなり、人夫代も減りましてございます。また、陽の光と風により乾かすので短き時で多くを生む事能いました。あまり陽が照らぬ土地でも塩が作れるのです」
「ふむ。して定政よ、如何ほど増え、如何ほど儲かるのだ?」
定政は持参した帳面を見て答える。
「おおよそ三倍にはなろうかと存じます。然れど儲けに関しましてはそれがしの道(専門)ではありませぬゆえ」
ちらりと経産大臣の岡甚右衛門を見る。甚右衛門は弥市と目配せをして答える。
「まずは我が領内にございますが、お陰様で塩も行き渡り、おおよそ一升につき三文から六文の間で上がり下がりしております。されど幾内においてはいまだ、最も安き時でも九文でございます。ここで、若狭国の世久見浦を例えますと、六十六畝で塩が四千八百石取れます。こちらが三倍の一万四千四百石となると一万二千九百六十貫の利にございます」
加えて、と甚右衛門は続ける。
「流下式は砂浜がなくとも、汲み上げてよしずで作るので、他の場所でもこしらえれば、千貫、万貫と利があがりましょう」
「うむ。あい分かった。如何ほどの場所で塩田が出来るか分からぬが、それでも間違いなく利になるな。これは早速発議いたそう。如何ほどの費えとなろうか」
それについては科技省より見積もりがきましたが、と前置きをして弥市が答えた。
「幾内でつくれば一台四十貫ほどする『ポンプ』ですが、我が領内で大量につくれば、一台十一貫二千文だそうにございます。五十坪で一台要りますから、六十六畝で四百四十八貫となりますれば、十分に初年度でもとがとれます」
「よし」
純正は満足そうだ。自分の所以外の財政が潤えば持ち出しが減るからである。
「他には? 干鰯はいかがじゃ? 魚油も儲けにならんか?」
純正の問いかけに対し、農水大臣の曽根九郎次郎定政が再び口を開いた。
「御屋形様、干鰯や魚油も確かに有益な産物でございます。特に干鰯は肥料としての質が高く、求める者も多うございます。魚油も灯火用として濾過して使えば、煙も臭いもなく使えまする」
「それについては、つぶさな計らい(計画)はあるか?」
と純正が尋ねる。
「は、まず干鰯に関しては漁業を奨励し、取れ高を増やすための漁具や漁船をこしらえ、増やす事が肝要かと存じます。漁り場を管領(管理)し加工場を設け整えて、如何に質の高き品を多くつくるかを、極める事で利となりまする」
定政が説明してさらに続ける。
「魚油については、わが領内の搾りの技と工具を用いる事で、より多くの油を抜き出す事能いまする。また、質の管領に徹し、良い魚油を供すれば、民の求めにあいまする」
純正はしばし考えた後、頷いた。
「うべなるかな(なるほど)、それも誠に益なる案だ。干鰯と魚油の生産を奨励し、以後の生業を栄えさせよう。皆の考えをまとめ、早速実行するとしよう」
それから、と純正は続ける。
「以後の計らい(計画)についてつぶさなる段取りを決めるとしよう。まずは予算の確保と人員の配置が急務であるな。各大臣、それぞれの部署でつぶさな計らいを記し、次の会合で報告してもらうこととする」
「はは」
各大臣は一斉に頭を下げ、準備に取り掛かった。
塩の増産も干鰯や魚油に関しても、小佐々の基幹産業ではなかった。どれも初期に導入し、年を追うごとに増産してきたが、歳入の一割にも満たない。
だから技術を流出したとしても、そこまで打撃があるわけではない。微々たるものである。国内の産業とあわせて、北方と南方で他国の国家予算の数倍の利益を得ていたからだ。
せんだっての負担率はあくまで石高で算出されたが、他の税収や国外の歳入を入れれば、8割を超えるだろう。それだけ経済格差があり、その格差をこの先数十年で埋めていこうと純正は考えていたのだ。
小佐々家を含めて、家中意識からの脱却とともに、一国のなかの一地方であり、国家の中の家中であるという認識を根付かせるには時間がかかるだろう。
将来的に、本当に将来的には、国際連合のようなものも、視野には入れていた。
できるかどうかは、わからない。かなり厳しいだろうと思いつつ、少しずつでも進もうと考えていたのだ。
追伸
ああ、そうだ。公方様の事も考えなくちゃいけないし、朝廷にも中央政府の事をしっかり上奏しなくてはいけないな。傳奏は……やっぱり叔父上にやってもらおうか。
この後に及んで面倒なことは避けたい。
よろしく、叔父上。
次回 第690話 (仮)『公方と朝廷と北条』
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。新政府の財源としている負担金であるが、予算の半数以上を我が家中が出して居る。その為、他の各国には負担金の分を上げてもらうべく、生業を興し栄えさせねばならぬ」
純正は財務大臣の太田屋弥市、農水大臣の曽根九郎次郎定政、経産大臣の岡甚右衛門、国交大臣の遠藤千右衛門を呼んで協議を重ねている。
「まず、最も費え(費用)が少なく、もっとも利幅の大きい産物を選んで銭を投じねばならぬ。お主らの考えを聞きたい」
太田屋弥市が一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「御屋形様、それがしの考えでは、塩が最も適しているかと存じます。流下式塩(塩田)の技を広めることで、少ない費え(費用)で大量の塩を生む事能いまする。塩は日々の営みに欠かせぬものであり、それが無くなる事はございませぬ」
農水大臣の定政が補足する。
「枝条架を用いる事より塩砂をかき混ぜなくても良くなり、人夫代も減りましてございます。また、陽の光と風により乾かすので短き時で多くを生む事能いました。あまり陽が照らぬ土地でも塩が作れるのです」
「ふむ。して定政よ、如何ほど増え、如何ほど儲かるのだ?」
定政は持参した帳面を見て答える。
「おおよそ三倍にはなろうかと存じます。然れど儲けに関しましてはそれがしの道(専門)ではありませぬゆえ」
ちらりと経産大臣の岡甚右衛門を見る。甚右衛門は弥市と目配せをして答える。
「まずは我が領内にございますが、お陰様で塩も行き渡り、おおよそ一升につき三文から六文の間で上がり下がりしております。されど幾内においてはいまだ、最も安き時でも九文でございます。ここで、若狭国の世久見浦を例えますと、六十六畝で塩が四千八百石取れます。こちらが三倍の一万四千四百石となると一万二千九百六十貫の利にございます」
加えて、と甚右衛門は続ける。
「流下式は砂浜がなくとも、汲み上げてよしずで作るので、他の場所でもこしらえれば、千貫、万貫と利があがりましょう」
「うむ。あい分かった。如何ほどの場所で塩田が出来るか分からぬが、それでも間違いなく利になるな。これは早速発議いたそう。如何ほどの費えとなろうか」
それについては科技省より見積もりがきましたが、と前置きをして弥市が答えた。
「幾内でつくれば一台四十貫ほどする『ポンプ』ですが、我が領内で大量につくれば、一台十一貫二千文だそうにございます。五十坪で一台要りますから、六十六畝で四百四十八貫となりますれば、十分に初年度でもとがとれます」
「よし」
純正は満足そうだ。自分の所以外の財政が潤えば持ち出しが減るからである。
「他には? 干鰯はいかがじゃ? 魚油も儲けにならんか?」
純正の問いかけに対し、農水大臣の曽根九郎次郎定政が再び口を開いた。
「御屋形様、干鰯や魚油も確かに有益な産物でございます。特に干鰯は肥料としての質が高く、求める者も多うございます。魚油も灯火用として濾過して使えば、煙も臭いもなく使えまする」
「それについては、つぶさな計らい(計画)はあるか?」
と純正が尋ねる。
「は、まず干鰯に関しては漁業を奨励し、取れ高を増やすための漁具や漁船をこしらえ、増やす事が肝要かと存じます。漁り場を管領(管理)し加工場を設け整えて、如何に質の高き品を多くつくるかを、極める事で利となりまする」
定政が説明してさらに続ける。
「魚油については、わが領内の搾りの技と工具を用いる事で、より多くの油を抜き出す事能いまする。また、質の管領に徹し、良い魚油を供すれば、民の求めにあいまする」
純正はしばし考えた後、頷いた。
「うべなるかな(なるほど)、それも誠に益なる案だ。干鰯と魚油の生産を奨励し、以後の生業を栄えさせよう。皆の考えをまとめ、早速実行するとしよう」
それから、と純正は続ける。
「以後の計らい(計画)についてつぶさなる段取りを決めるとしよう。まずは予算の確保と人員の配置が急務であるな。各大臣、それぞれの部署でつぶさな計らいを記し、次の会合で報告してもらうこととする」
「はは」
各大臣は一斉に頭を下げ、準備に取り掛かった。
塩の増産も干鰯や魚油に関しても、小佐々の基幹産業ではなかった。どれも初期に導入し、年を追うごとに増産してきたが、歳入の一割にも満たない。
だから技術を流出したとしても、そこまで打撃があるわけではない。微々たるものである。国内の産業とあわせて、北方と南方で他国の国家予算の数倍の利益を得ていたからだ。
せんだっての負担率はあくまで石高で算出されたが、他の税収や国外の歳入を入れれば、8割を超えるだろう。それだけ経済格差があり、その格差をこの先数十年で埋めていこうと純正は考えていたのだ。
小佐々家を含めて、家中意識からの脱却とともに、一国のなかの一地方であり、国家の中の家中であるという認識を根付かせるには時間がかかるだろう。
将来的に、本当に将来的には、国際連合のようなものも、視野には入れていた。
できるかどうかは、わからない。かなり厳しいだろうと思いつつ、少しずつでも進もうと考えていたのだ。
追伸
ああ、そうだ。公方様の事も考えなくちゃいけないし、朝廷にも中央政府の事をしっかり上奏しなくてはいけないな。傳奏は……やっぱり叔父上にやってもらおうか。
この後に及んで面倒なことは避けたい。
よろしく、叔父上。
次回 第690話 (仮)『公方と朝廷と北条』
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