690 / 803
日ノ本未だ一統ならず-技術革新と内政の時、日本の内へ、外へ-
第689話 『殖産と産業育成政策』(1581/5/16)
しおりを挟む
天正十年四月十四日(1581/5/16) 小佐々家大使館
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。新政府の財源としている負担金であるが、予算の半数以上を我が家中が出して居る。その為、他の各国には負担金の分を上げてもらうべく、生業を興し栄えさせねばならぬ」
純正は財務大臣の太田屋弥市、農水大臣の曽根九郎次郎定政、経産大臣の岡甚右衛門、国交大臣の遠藤千右衛門を呼んで協議を重ねている。
「まず、最も費え(費用)が少なく、もっとも利幅の大きい産物を選んで銭を投じねばならぬ。お主らの考えを聞きたい」
太田屋弥市が一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「御屋形様、それがしの考えでは、塩が最も適しているかと存じます。流下式塩(塩田)の技を広めることで、少ない費え(費用)で大量の塩を生む事能いまする。塩は日々の営みに欠かせぬものであり、それが無くなる事はございませぬ」
農水大臣の定政が補足する。
「枝条架を用いる事より塩砂をかき混ぜなくても良くなり、人夫代も減りましてございます。また、陽の光と風により乾かすので短き時で多くを生む事能いました。あまり陽が照らぬ土地でも塩が作れるのです」
「ふむ。して定政よ、如何ほど増え、如何ほど儲かるのだ?」
定政は持参した帳面を見て答える。
「おおよそ三倍にはなろうかと存じます。然れど儲けに関しましてはそれがしの道(専門)ではありませぬゆえ」
ちらりと経産大臣の岡甚右衛門を見る。甚右衛門は弥市と目配せをして答える。
「まずは我が領内にございますが、お陰様で塩も行き渡り、おおよそ一升につき三文から六文の間で上がり下がりしております。されど幾内においてはいまだ、最も安き時でも九文でございます。ここで、若狭国の世久見浦を例えますと、六十六畝で塩が四千八百石取れます。こちらが三倍の一万四千四百石となると一万二千九百六十貫の利にございます」
加えて、と甚右衛門は続ける。
「流下式は砂浜がなくとも、汲み上げてよしずで作るので、他の場所でもこしらえれば、千貫、万貫と利があがりましょう」
「うむ。あい分かった。如何ほどの場所で塩田が出来るか分からぬが、それでも間違いなく利になるな。これは早速発議いたそう。如何ほどの費えとなろうか」
それについては科技省より見積もりがきましたが、と前置きをして弥市が答えた。
「幾内でつくれば一台四十貫ほどする『ポンプ』ですが、我が領内で大量につくれば、一台十一貫二千文だそうにございます。五十坪で一台要りますから、六十六畝で四百四十八貫となりますれば、十分に初年度でもとがとれます」
「よし」
純正は満足そうだ。自分の所以外の財政が潤えば持ち出しが減るからである。
「他には? 干鰯はいかがじゃ? 魚油も儲けにならんか?」
純正の問いかけに対し、農水大臣の曽根九郎次郎定政が再び口を開いた。
「御屋形様、干鰯や魚油も確かに有益な産物でございます。特に干鰯は肥料としての質が高く、求める者も多うございます。魚油も灯火用として濾過して使えば、煙も臭いもなく使えまする」
「それについては、つぶさな計らい(計画)はあるか?」
と純正が尋ねる。
「は、まず干鰯に関しては漁業を奨励し、取れ高を増やすための漁具や漁船をこしらえ、増やす事が肝要かと存じます。漁り場を管領(管理)し加工場を設け整えて、如何に質の高き品を多くつくるかを、極める事で利となりまする」
定政が説明してさらに続ける。
「魚油については、わが領内の搾りの技と工具を用いる事で、より多くの油を抜き出す事能いまする。また、質の管領に徹し、良い魚油を供すれば、民の求めにあいまする」
純正はしばし考えた後、頷いた。
「うべなるかな(なるほど)、それも誠に益なる案だ。干鰯と魚油の生産を奨励し、以後の生業を栄えさせよう。皆の考えをまとめ、早速実行するとしよう」
それから、と純正は続ける。
「以後の計らい(計画)についてつぶさなる段取りを決めるとしよう。まずは予算の確保と人員の配置が急務であるな。各大臣、それぞれの部署でつぶさな計らいを記し、次の会合で報告してもらうこととする」
「はは」
各大臣は一斉に頭を下げ、準備に取り掛かった。
塩の増産も干鰯や魚油に関しても、小佐々の基幹産業ではなかった。どれも初期に導入し、年を追うごとに増産してきたが、歳入の一割にも満たない。
だから技術を流出したとしても、そこまで打撃があるわけではない。微々たるものである。国内の産業とあわせて、北方と南方で他国の国家予算の数倍の利益を得ていたからだ。
せんだっての負担率はあくまで石高で算出されたが、他の税収や国外の歳入を入れれば、8割を超えるだろう。それだけ経済格差があり、その格差をこの先数十年で埋めていこうと純正は考えていたのだ。
小佐々家を含めて、家中意識からの脱却とともに、一国のなかの一地方であり、国家の中の家中であるという認識を根付かせるには時間がかかるだろう。
将来的に、本当に将来的には、国際連合のようなものも、視野には入れていた。
できるかどうかは、わからない。かなり厳しいだろうと思いつつ、少しずつでも進もうと考えていたのだ。
追伸
ああ、そうだ。公方様の事も考えなくちゃいけないし、朝廷にも中央政府の事をしっかり上奏しなくてはいけないな。傳奏は……やっぱり叔父上にやってもらおうか。
この後に及んで面倒なことは避けたい。
よろしく、叔父上。
次回 第690話 (仮)『公方と朝廷と北条』
「さて、皆に集まってもらったのは他でもない。新政府の財源としている負担金であるが、予算の半数以上を我が家中が出して居る。その為、他の各国には負担金の分を上げてもらうべく、生業を興し栄えさせねばならぬ」
純正は財務大臣の太田屋弥市、農水大臣の曽根九郎次郎定政、経産大臣の岡甚右衛門、国交大臣の遠藤千右衛門を呼んで協議を重ねている。
「まず、最も費え(費用)が少なく、もっとも利幅の大きい産物を選んで銭を投じねばならぬ。お主らの考えを聞きたい」
太田屋弥市が一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。
「御屋形様、それがしの考えでは、塩が最も適しているかと存じます。流下式塩(塩田)の技を広めることで、少ない費え(費用)で大量の塩を生む事能いまする。塩は日々の営みに欠かせぬものであり、それが無くなる事はございませぬ」
農水大臣の定政が補足する。
「枝条架を用いる事より塩砂をかき混ぜなくても良くなり、人夫代も減りましてございます。また、陽の光と風により乾かすので短き時で多くを生む事能いました。あまり陽が照らぬ土地でも塩が作れるのです」
「ふむ。して定政よ、如何ほど増え、如何ほど儲かるのだ?」
定政は持参した帳面を見て答える。
「おおよそ三倍にはなろうかと存じます。然れど儲けに関しましてはそれがしの道(専門)ではありませぬゆえ」
ちらりと経産大臣の岡甚右衛門を見る。甚右衛門は弥市と目配せをして答える。
「まずは我が領内にございますが、お陰様で塩も行き渡り、おおよそ一升につき三文から六文の間で上がり下がりしております。されど幾内においてはいまだ、最も安き時でも九文でございます。ここで、若狭国の世久見浦を例えますと、六十六畝で塩が四千八百石取れます。こちらが三倍の一万四千四百石となると一万二千九百六十貫の利にございます」
加えて、と甚右衛門は続ける。
「流下式は砂浜がなくとも、汲み上げてよしずで作るので、他の場所でもこしらえれば、千貫、万貫と利があがりましょう」
「うむ。あい分かった。如何ほどの場所で塩田が出来るか分からぬが、それでも間違いなく利になるな。これは早速発議いたそう。如何ほどの費えとなろうか」
それについては科技省より見積もりがきましたが、と前置きをして弥市が答えた。
「幾内でつくれば一台四十貫ほどする『ポンプ』ですが、我が領内で大量につくれば、一台十一貫二千文だそうにございます。五十坪で一台要りますから、六十六畝で四百四十八貫となりますれば、十分に初年度でもとがとれます」
「よし」
純正は満足そうだ。自分の所以外の財政が潤えば持ち出しが減るからである。
「他には? 干鰯はいかがじゃ? 魚油も儲けにならんか?」
純正の問いかけに対し、農水大臣の曽根九郎次郎定政が再び口を開いた。
「御屋形様、干鰯や魚油も確かに有益な産物でございます。特に干鰯は肥料としての質が高く、求める者も多うございます。魚油も灯火用として濾過して使えば、煙も臭いもなく使えまする」
「それについては、つぶさな計らい(計画)はあるか?」
と純正が尋ねる。
「は、まず干鰯に関しては漁業を奨励し、取れ高を増やすための漁具や漁船をこしらえ、増やす事が肝要かと存じます。漁り場を管領(管理)し加工場を設け整えて、如何に質の高き品を多くつくるかを、極める事で利となりまする」
定政が説明してさらに続ける。
「魚油については、わが領内の搾りの技と工具を用いる事で、より多くの油を抜き出す事能いまする。また、質の管領に徹し、良い魚油を供すれば、民の求めにあいまする」
純正はしばし考えた後、頷いた。
「うべなるかな(なるほど)、それも誠に益なる案だ。干鰯と魚油の生産を奨励し、以後の生業を栄えさせよう。皆の考えをまとめ、早速実行するとしよう」
それから、と純正は続ける。
「以後の計らい(計画)についてつぶさなる段取りを決めるとしよう。まずは予算の確保と人員の配置が急務であるな。各大臣、それぞれの部署でつぶさな計らいを記し、次の会合で報告してもらうこととする」
「はは」
各大臣は一斉に頭を下げ、準備に取り掛かった。
塩の増産も干鰯や魚油に関しても、小佐々の基幹産業ではなかった。どれも初期に導入し、年を追うごとに増産してきたが、歳入の一割にも満たない。
だから技術を流出したとしても、そこまで打撃があるわけではない。微々たるものである。国内の産業とあわせて、北方と南方で他国の国家予算の数倍の利益を得ていたからだ。
せんだっての負担率はあくまで石高で算出されたが、他の税収や国外の歳入を入れれば、8割を超えるだろう。それだけ経済格差があり、その格差をこの先数十年で埋めていこうと純正は考えていたのだ。
小佐々家を含めて、家中意識からの脱却とともに、一国のなかの一地方であり、国家の中の家中であるという認識を根付かせるには時間がかかるだろう。
将来的に、本当に将来的には、国際連合のようなものも、視野には入れていた。
できるかどうかは、わからない。かなり厳しいだろうと思いつつ、少しずつでも進もうと考えていたのだ。
追伸
ああ、そうだ。公方様の事も考えなくちゃいけないし、朝廷にも中央政府の事をしっかり上奏しなくてはいけないな。傳奏は……やっぱり叔父上にやってもらおうか。
この後に及んで面倒なことは避けたい。
よろしく、叔父上。
次回 第690話 (仮)『公方と朝廷と北条』
3
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王都を逃げ出した没落貴族、【農地再生】スキルで領地を黄金に変える
昼から山猫
ファンタジー
没落寸前の貴族家に生まれ、親族の遺産争いに嫌気が差して王都から逃げ出した主人公ゼフィル。辿り着いたのは荒地ばかりの辺境領だった。地位も金も名誉も無い状態でなぜか発現した彼のスキルは「農地再生」。痩せた大地を肥沃に蘇らせ、作物を驚くほど成長させる力があった。周囲から集まる貧困民や廃村を引き受けて復興に乗り出し、気づけば辺境が豊作溢れる“黄金郷”へ。王都で彼を見下していた連中も注目せざるを得なくなる。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ!
人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。
学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。
しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。
で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。
なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる