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日ノ本未だ一統ならず-北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。-
第639話 『景轍玄蘇、ヌエバ・エスパーニャ副王領、フィリピン総督フランシスコ・デ・サンデ・ピコンと相対す』(1578/4/8)
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天正七年三月二日(1578/4/8) ビサヤ諸島 セブ島
「何? KOZASAの使者が来ていると? KOZASAというのは、あのKOZASAなのか?」
フィリピン総督のピコンは、伝令に対して聞き直した。
「はい。間違いありません。出で立ちはもちろん。言葉もKOZASA以外は考えられません」
「ふむ。で、何の用なのだ? わがイスパニアと彼の国とは戦争状態にある。今さら来たという事は、なんらかの意図があるのだろうが……。よし、会おう」
ピコンは伝令にその旨を伝え、側近には面会の準備をさせた。
「肥前国外務省、外交担当官、景轍玄蘇にございます」
「同じく補佐官、松浦九郎にございます」
景轍玄蘇は挨拶のみスペイン語で行った。ついで九郎(親)もスペイン語で挨拶をし、以降は玄蘇の発言を親が通訳をしながら交渉を行う事となる。
外交交渉の場で『肥前国』と国号のように自らの所属を明示したのは、今回が初めてである。純正とも話し、閣議決定されたのだが、国外ではそう呼ぶことにしたのだ。
「大イスパニア王国ヌエバ・エスパーニャ副王領、フィリピン総督フランシスコ・デ・サンデ・ピコンと申す」
ピコンの言い方は尊大だが、振る舞いはそうでもない。威圧感は感じなかった。
「さて、会うのは初めてかと思うが、いったい何の用件でおいでになったのか」
「親よ、何と言っておるのだ?」
「は。何用じゃ、と申しております」
日本語を解すものがいないのだろう。北条氏と副王が本国の許可を得て貿易をしているのは知っていたが、セブ島総督府においてはあまり関係がない。
「ははは……白々しい。同時通訳は能うか?」
玄蘇は相手にわからないと思って、ニコニコしながら悪態をつく。
「お任せを」
「今回お伺いしたのは、6年前の戦闘における賠償についてです」
「賠償? 戦闘? いったい何のことだ?」
玄蘇はあくまでポーカーフェイスだ。
「(この野郎、言うに事欠いて何の事だ、だと?)6年前にマニラ沖で貴国によって攻撃された我らの艦隊、わが要塞の兵に城壁の補修等、賠償をいかがなさるのか、という事をお伺いいたしたい」
玄蘇の問いに、ピコンはきょとんとしている。
「はて、はてはて。そのような知らせは受けてないの。なにせ6年前と言えば、余の前任の、そのまた前任の事であるからの。そのような昔のこと、われ関せずじゃ」
「これは! これは異な事を承る」
「え! ? (ええっと……)見解の相違ですね」
親の同時通訳が少しズレた。
……。
……。
「仮に……」
しばらくの沈黙の後、ピコンが返事をした。
「仮にわが軍との間に戦闘があったとして、それは本当にわが軍から仕掛けた事なのだろうか?」
「なに? それは、このわしが、嘘を申しておるということか?」
顔はニコニコしているが、玄蘇の心は憤りを覚えている。この期に及んで何をしらばっくれているのだ。そう思っているのだ。
「そうではありません。ただ記録もなく報告もない。申し継ぎでもなかったような事実を、認めろと言われても、無理があるでしょう? あなたが逆の立場で、まったくの寝耳に水で同じ事を言われたらどう思いますか?」
ピコンの言っていることは、筋が通っている。
字面だけを見れば、筋が通っているのだ。しかし戦闘は間違いなく行われ、双方に多大な損害がでたのだ。実際のところ、本当にピコンは知らないのかもしれない。
そう思わせるような言動である。
玄蘇は黙った。何度も何度も深く深呼吸をし、次に発する言葉を考えた。
いま玄蘇は、重要な決断を迫られているのだ。
事前の協議では、スペインは戦闘行為を認めた上で、悪びれる事なく自らの正当性を訴えるだろうと考えられていた。
しかしそうではない。まったくの知らぬ存ぜぬなのだ。
どうすればいい?
どう言えば自国に有利な話に持って行けるだろうか。そもそも条件を引き出すのが会談の目的ではない。交渉をもったという事実が欲しいだけなのだ。
口実をつくり、相手の意思を確認した上で、総攻撃をしかけるつもりだったのだから。
「わかりました。では、では伺おう。貴国にその事実確認をする意思はおありか?」
「事実確認? ……必要ならばいたしましょう。こちらもこのままでは後味が悪い。入念に調べれば、なにかわかるかもしれません」
してやったり、という顔をしているのか? それとも元々なのだろうか。
「そうですね。半年もあれば、なにがしかの情報を掴むことができるでしょう」
「わかりました。ではその調査の後、戦闘の事実があったというならば、その後の交渉に進むということでよろしいか」
「構いません」
そう言った直後に、ああそれから、とピコンは付け加えた。
「その間、なんらかの行き違いがあっては困る。絶対に戦闘行為は行わないと、取り決めを結んでいただけるか?」
「構いませぬ」
そうして玄蘇は、当初の意に反して半年間の停戦協定を結んだのであった。
「閣下、よろしいのですか? あのような約束をしても。我らが戦ったというのは間違いのない事実。時間稼ぎにしかなりません」
「その時間稼ぎだよ。おそらく奴らは、戦争をしかける前提で話をしにきている。こちらが譲歩する事など頭にないはずだ。最低でも半年あれば、行って帰ってこれる」
「え! ? そうなると、いずれにしても攻め込んでくると言う事ですか? 行って、帰る?」
「そうだ。前々任者の失策をあげつらいたくはないが、なんとした事か。事実はなかった、と言ったところで納得はしまい。戦争になる。アカプルコに急ぎ使者を送れ! 副王陛下に、全兵力をもってフィリピーナ諸島へ援軍を願う、とな」
「玄蘇さま。よろしいのですか?」
「致し方あるまい。まさかやつらが知らぬ存ぜぬを通してくるとは。されど、戦をするというのは決まっておる事だ。おそらく半年ないし十月で、やつらは兵を整えようとするであろう」
「いかがなさいますか?」
「それを考えるのはわしの仕事ではない。逆に考えよ、半年時間ができたと。戦はしかけぬ、と言うたが、死人に口なしじゃ。急ぎマニラに戻って、御屋形様に報告じゃ」
「はは」
次回 第640話 (仮)『虚々実々、南海の大戦まで半年』
「何? KOZASAの使者が来ていると? KOZASAというのは、あのKOZASAなのか?」
フィリピン総督のピコンは、伝令に対して聞き直した。
「はい。間違いありません。出で立ちはもちろん。言葉もKOZASA以外は考えられません」
「ふむ。で、何の用なのだ? わがイスパニアと彼の国とは戦争状態にある。今さら来たという事は、なんらかの意図があるのだろうが……。よし、会おう」
ピコンは伝令にその旨を伝え、側近には面会の準備をさせた。
「肥前国外務省、外交担当官、景轍玄蘇にございます」
「同じく補佐官、松浦九郎にございます」
景轍玄蘇は挨拶のみスペイン語で行った。ついで九郎(親)もスペイン語で挨拶をし、以降は玄蘇の発言を親が通訳をしながら交渉を行う事となる。
外交交渉の場で『肥前国』と国号のように自らの所属を明示したのは、今回が初めてである。純正とも話し、閣議決定されたのだが、国外ではそう呼ぶことにしたのだ。
「大イスパニア王国ヌエバ・エスパーニャ副王領、フィリピン総督フランシスコ・デ・サンデ・ピコンと申す」
ピコンの言い方は尊大だが、振る舞いはそうでもない。威圧感は感じなかった。
「さて、会うのは初めてかと思うが、いったい何の用件でおいでになったのか」
「親よ、何と言っておるのだ?」
「は。何用じゃ、と申しております」
日本語を解すものがいないのだろう。北条氏と副王が本国の許可を得て貿易をしているのは知っていたが、セブ島総督府においてはあまり関係がない。
「ははは……白々しい。同時通訳は能うか?」
玄蘇は相手にわからないと思って、ニコニコしながら悪態をつく。
「お任せを」
「今回お伺いしたのは、6年前の戦闘における賠償についてです」
「賠償? 戦闘? いったい何のことだ?」
玄蘇はあくまでポーカーフェイスだ。
「(この野郎、言うに事欠いて何の事だ、だと?)6年前にマニラ沖で貴国によって攻撃された我らの艦隊、わが要塞の兵に城壁の補修等、賠償をいかがなさるのか、という事をお伺いいたしたい」
玄蘇の問いに、ピコンはきょとんとしている。
「はて、はてはて。そのような知らせは受けてないの。なにせ6年前と言えば、余の前任の、そのまた前任の事であるからの。そのような昔のこと、われ関せずじゃ」
「これは! これは異な事を承る」
「え! ? (ええっと……)見解の相違ですね」
親の同時通訳が少しズレた。
……。
……。
「仮に……」
しばらくの沈黙の後、ピコンが返事をした。
「仮にわが軍との間に戦闘があったとして、それは本当にわが軍から仕掛けた事なのだろうか?」
「なに? それは、このわしが、嘘を申しておるということか?」
顔はニコニコしているが、玄蘇の心は憤りを覚えている。この期に及んで何をしらばっくれているのだ。そう思っているのだ。
「そうではありません。ただ記録もなく報告もない。申し継ぎでもなかったような事実を、認めろと言われても、無理があるでしょう? あなたが逆の立場で、まったくの寝耳に水で同じ事を言われたらどう思いますか?」
ピコンの言っていることは、筋が通っている。
字面だけを見れば、筋が通っているのだ。しかし戦闘は間違いなく行われ、双方に多大な損害がでたのだ。実際のところ、本当にピコンは知らないのかもしれない。
そう思わせるような言動である。
玄蘇は黙った。何度も何度も深く深呼吸をし、次に発する言葉を考えた。
いま玄蘇は、重要な決断を迫られているのだ。
事前の協議では、スペインは戦闘行為を認めた上で、悪びれる事なく自らの正当性を訴えるだろうと考えられていた。
しかしそうではない。まったくの知らぬ存ぜぬなのだ。
どうすればいい?
どう言えば自国に有利な話に持って行けるだろうか。そもそも条件を引き出すのが会談の目的ではない。交渉をもったという事実が欲しいだけなのだ。
口実をつくり、相手の意思を確認した上で、総攻撃をしかけるつもりだったのだから。
「わかりました。では、では伺おう。貴国にその事実確認をする意思はおありか?」
「事実確認? ……必要ならばいたしましょう。こちらもこのままでは後味が悪い。入念に調べれば、なにかわかるかもしれません」
してやったり、という顔をしているのか? それとも元々なのだろうか。
「そうですね。半年もあれば、なにがしかの情報を掴むことができるでしょう」
「わかりました。ではその調査の後、戦闘の事実があったというならば、その後の交渉に進むということでよろしいか」
「構いません」
そう言った直後に、ああそれから、とピコンは付け加えた。
「その間、なんらかの行き違いがあっては困る。絶対に戦闘行為は行わないと、取り決めを結んでいただけるか?」
「構いませぬ」
そうして玄蘇は、当初の意に反して半年間の停戦協定を結んだのであった。
「閣下、よろしいのですか? あのような約束をしても。我らが戦ったというのは間違いのない事実。時間稼ぎにしかなりません」
「その時間稼ぎだよ。おそらく奴らは、戦争をしかける前提で話をしにきている。こちらが譲歩する事など頭にないはずだ。最低でも半年あれば、行って帰ってこれる」
「え! ? そうなると、いずれにしても攻め込んでくると言う事ですか? 行って、帰る?」
「そうだ。前々任者の失策をあげつらいたくはないが、なんとした事か。事実はなかった、と言ったところで納得はしまい。戦争になる。アカプルコに急ぎ使者を送れ! 副王陛下に、全兵力をもってフィリピーナ諸島へ援軍を願う、とな」
「玄蘇さま。よろしいのですか?」
「致し方あるまい。まさかやつらが知らぬ存ぜぬを通してくるとは。されど、戦をするというのは決まっておる事だ。おそらく半年ないし十月で、やつらは兵を整えようとするであろう」
「いかがなさいますか?」
「それを考えるのはわしの仕事ではない。逆に考えよ、半年時間ができたと。戦はしかけぬ、と言うたが、死人に口なしじゃ。急ぎマニラに戻って、御屋形様に報告じゃ」
「はは」
次回 第640話 (仮)『虚々実々、南海の大戦まで半年』
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