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日ノ本未だ一統ならず-北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。-
第617話 対イスパニア戦略(1575/2/20)
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天正四年一月十日(1575/2/20) 諫早城
「さてみんな、国内においてはおおよそ平和になった。奥州では大道寺家が同盟に加わり、北条の動きも抑えた。他の大名は参加の答えは来ていないが、敵対もせぬであろう。佐竹と宇都宮は知っての通りだ」
純正は居並ぶ閣僚に向かって挨拶をして、今後の方針を固めようとした。閣僚会議の参加者はいつもの通りだが、部分的に改編がされている。
まず、情報省。これは領内と領外に分かれ、さらに国外にも分かれていたが、国内部門と国外部門に統一した。
数年前からアジア系の言語の他、イスラム語・ポルトガル語・スペイン語・オランダ語・英語・ロシアなどの習得と現地人の訓練により、海外部門を独立させたのだ。
情報省内で国内・国外情報局として分離し、国内はさらに領内と領外に分かれたが、国外はアジア局と欧米局とにわかれた。
そこからさらに東アジア課、東南アジア課などに細分化されたのだ。
「御屋形様、一つよろしいでしょうか」
空閑三河守が発言した。
「なんだ?」
「は。北条にございますが、イスパニアと交易を行なっているのは間違いのない事実にございます。風魔の目が厳しく、つぶさには調べる事能いませんでしたが、背が高く眼光鋭く、日ノ本の民とも朝鮮や明の者とも思えぬ男が何人もおりました」
「うむ」
「さらに、港にて大船を造ってございます」
「なにい!」
予想していた事だが、やはりそうきたか。
純正は思った。
スペインから技師を呼んで、ガレオン船を作っているのだろう。造船を行なっていると聞いて、全員がざわめく。
「一隻だけか?」
「わかりませぬ。ただ、織田がつくりし船よりも大きく、大砲も数多く積んでおりました」
どの程度の大きさだ? 織田より大きいという事は5~600トンくらいだろうか。戦列艦は17世紀に入ってからだ。
しかし、3本マストで50門以上の大砲を搭載していれば戦列艦と呼ぶ。
厳密に言えば舷側砲なのだろうが、ガレオン船のアドラーフォンリューベックは過渡期なのだろうか、138門搭載していた。
純正は不安を拭いきれなかったが、閣僚の前ではそんな素振りを見せるわけにはいかなかった。
「あいわかった。されど少なき知らせで事を判じてはし損じる畏れもある。三河守よ、いっそう諜報をすすめ、北条がいかほどイスパニアより助力を受けているのかを調べるのだ」
「はは」
まずは情報収集だ。里見や近隣の大名を侵略するにたる軍事力を持とうとしているのなら、守らねばならない。
「御屋形様、それがしからもよろしいでしょうか」
次に発言したのは、またも情報省の藤原千方であった。
「呂宋の事でございますが……」
「うむ」
「今のところ、イスパニアの現地の軍は、マニラに侵攻する様子はありませぬ」
純正を含めた全員が、ほっと胸をなでおろす。
「されど」
「なんじゃ」
「セブの湊を広く整え、明国の福建や広東の商人を呼び込んでいるようにございます」
「イスパニアが明と交易を盛んに行なっていると?」
「はい」
経産省の岡甚右衛門が驚きを露わにした。
純正の指示のもと、昨年の7月から明へ朝貢している国々にアプローチをかけ、明との取引を減らす戦略をとっていたのだ。
これは、結論から言うと、純正の指示によって明がスペインに近づいた訳ではない。それ以前に兆候があったのだ。
スペインがもたらしたメキシコのポトシ銀山の銀は、明の経済を潤す働きをした。それが現在進行形なのだ。
しかし、ガレオン貿易自体はフィリピンに富をもたらしてはいない。
マニラが海運の便が良く、明や周辺の商人が多くあつまっていたからに過ぎないのだ。
純正の戦略によって明の貿易量は今後もっと減る。顧客を求めて明がスペインにたどり着くのは、当然の流れだろう。
「そうか。明に対する施策が裏目に出たようだな。されど、止めなければならない理由はない。これを機に明におもねるなど、あってはならない」
「では、いかがいたしましょうか」
直茂が純正に聞く。
「ふむ、そうよの。純賢、イスパニア海軍に動きはないのだな?」
「はい。艦隊の再編も終わり、日々訓練に励んでおります」
海軍大臣の深堀純賢が答える。
「陸軍はいかがだ?」
「同じにございます。われらも次の戦はいつかと心待ちにしております」
陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続も同様だ。
「そうか……ではみんなどう思う? イスパニアがはじめてマニラに来たのは五年前の事だが、その翌年、宣戦布告なく討ち入ってきた。イスパニアにおいても、ポルトガルやその他の欧州においても、宣戦布告の概念がある事は周知の事実であるが……」
実際に文献として残っている。
インディオに対するスペインの侵略戦争を正当化した人物に、フアン・ヒネス・デ・セプルベダがいる。
バリャドリッド論争と呼ばれるものがあるが、そこで主張したのだ。その第一の要件に、君主が正しい目的のもとに宣戦布告をするもの、とある。
要するに戦争をするに値する理由があり、かつ正しい宣戦布告がなされなければならないのだ。
ただし、理由については割愛する(第387話)が、その宣戦布告が省略されてもいい場合があった。
『神学者の同意するところでは、効果のない通告は省略され、とりわけ公共の利益のためならば強制手段に訴えうる』
というものである。
公共の利益など……白人の利益だろうが、と純正は思う。
インディオへの宣戦布告が有効でないと考えられる理由は次の通り。
・地理的・言語的な隔たりのために実施が困難。
・宗教や習慣を転換させる強制力として不十分。
したがって布告の有無に執着することは、インディオをキリスト教のもとに文明化させ、平和を確立するという戦争目的の実現を妨げる恐れがある。
そのため望ましくないというのだ。
つまり宣戦布告の欠如は、戦争目的を優先させるために許容されるべきだとするのである。
良し悪しは除いて、人の数だけ大儀がある。しかし、セブ島以南を占領している以上、共通語であるマレー語での意思の疎通は可能なのだ。
転換させる力として不十分、というのは意味がわからないが、スペインの論理でいうところでも、宣戦布告を除外する正当な理由がない。
つまり、こちらに正義があるのだ。
純正は緊急に、フィリピン全土の占領計画の大儀とその他を検討することにした。
次回 第618話 対イスパニア戦、再び?
「さてみんな、国内においてはおおよそ平和になった。奥州では大道寺家が同盟に加わり、北条の動きも抑えた。他の大名は参加の答えは来ていないが、敵対もせぬであろう。佐竹と宇都宮は知っての通りだ」
純正は居並ぶ閣僚に向かって挨拶をして、今後の方針を固めようとした。閣僚会議の参加者はいつもの通りだが、部分的に改編がされている。
まず、情報省。これは領内と領外に分かれ、さらに国外にも分かれていたが、国内部門と国外部門に統一した。
数年前からアジア系の言語の他、イスラム語・ポルトガル語・スペイン語・オランダ語・英語・ロシアなどの習得と現地人の訓練により、海外部門を独立させたのだ。
情報省内で国内・国外情報局として分離し、国内はさらに領内と領外に分かれたが、国外はアジア局と欧米局とにわかれた。
そこからさらに東アジア課、東南アジア課などに細分化されたのだ。
「御屋形様、一つよろしいでしょうか」
空閑三河守が発言した。
「なんだ?」
「は。北条にございますが、イスパニアと交易を行なっているのは間違いのない事実にございます。風魔の目が厳しく、つぶさには調べる事能いませんでしたが、背が高く眼光鋭く、日ノ本の民とも朝鮮や明の者とも思えぬ男が何人もおりました」
「うむ」
「さらに、港にて大船を造ってございます」
「なにい!」
予想していた事だが、やはりそうきたか。
純正は思った。
スペインから技師を呼んで、ガレオン船を作っているのだろう。造船を行なっていると聞いて、全員がざわめく。
「一隻だけか?」
「わかりませぬ。ただ、織田がつくりし船よりも大きく、大砲も数多く積んでおりました」
どの程度の大きさだ? 織田より大きいという事は5~600トンくらいだろうか。戦列艦は17世紀に入ってからだ。
しかし、3本マストで50門以上の大砲を搭載していれば戦列艦と呼ぶ。
厳密に言えば舷側砲なのだろうが、ガレオン船のアドラーフォンリューベックは過渡期なのだろうか、138門搭載していた。
純正は不安を拭いきれなかったが、閣僚の前ではそんな素振りを見せるわけにはいかなかった。
「あいわかった。されど少なき知らせで事を判じてはし損じる畏れもある。三河守よ、いっそう諜報をすすめ、北条がいかほどイスパニアより助力を受けているのかを調べるのだ」
「はは」
まずは情報収集だ。里見や近隣の大名を侵略するにたる軍事力を持とうとしているのなら、守らねばならない。
「御屋形様、それがしからもよろしいでしょうか」
次に発言したのは、またも情報省の藤原千方であった。
「呂宋の事でございますが……」
「うむ」
「今のところ、イスパニアの現地の軍は、マニラに侵攻する様子はありませぬ」
純正を含めた全員が、ほっと胸をなでおろす。
「されど」
「なんじゃ」
「セブの湊を広く整え、明国の福建や広東の商人を呼び込んでいるようにございます」
「イスパニアが明と交易を盛んに行なっていると?」
「はい」
経産省の岡甚右衛門が驚きを露わにした。
純正の指示のもと、昨年の7月から明へ朝貢している国々にアプローチをかけ、明との取引を減らす戦略をとっていたのだ。
これは、結論から言うと、純正の指示によって明がスペインに近づいた訳ではない。それ以前に兆候があったのだ。
スペインがもたらしたメキシコのポトシ銀山の銀は、明の経済を潤す働きをした。それが現在進行形なのだ。
しかし、ガレオン貿易自体はフィリピンに富をもたらしてはいない。
マニラが海運の便が良く、明や周辺の商人が多くあつまっていたからに過ぎないのだ。
純正の戦略によって明の貿易量は今後もっと減る。顧客を求めて明がスペインにたどり着くのは、当然の流れだろう。
「そうか。明に対する施策が裏目に出たようだな。されど、止めなければならない理由はない。これを機に明におもねるなど、あってはならない」
「では、いかがいたしましょうか」
直茂が純正に聞く。
「ふむ、そうよの。純賢、イスパニア海軍に動きはないのだな?」
「はい。艦隊の再編も終わり、日々訓練に励んでおります」
海軍大臣の深堀純賢が答える。
「陸軍はいかがだ?」
「同じにございます。われらも次の戦はいつかと心待ちにしております」
陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続も同様だ。
「そうか……ではみんなどう思う? イスパニアがはじめてマニラに来たのは五年前の事だが、その翌年、宣戦布告なく討ち入ってきた。イスパニアにおいても、ポルトガルやその他の欧州においても、宣戦布告の概念がある事は周知の事実であるが……」
実際に文献として残っている。
インディオに対するスペインの侵略戦争を正当化した人物に、フアン・ヒネス・デ・セプルベダがいる。
バリャドリッド論争と呼ばれるものがあるが、そこで主張したのだ。その第一の要件に、君主が正しい目的のもとに宣戦布告をするもの、とある。
要するに戦争をするに値する理由があり、かつ正しい宣戦布告がなされなければならないのだ。
ただし、理由については割愛する(第387話)が、その宣戦布告が省略されてもいい場合があった。
『神学者の同意するところでは、効果のない通告は省略され、とりわけ公共の利益のためならば強制手段に訴えうる』
というものである。
公共の利益など……白人の利益だろうが、と純正は思う。
インディオへの宣戦布告が有効でないと考えられる理由は次の通り。
・地理的・言語的な隔たりのために実施が困難。
・宗教や習慣を転換させる強制力として不十分。
したがって布告の有無に執着することは、インディオをキリスト教のもとに文明化させ、平和を確立するという戦争目的の実現を妨げる恐れがある。
そのため望ましくないというのだ。
つまり宣戦布告の欠如は、戦争目的を優先させるために許容されるべきだとするのである。
良し悪しは除いて、人の数だけ大儀がある。しかし、セブ島以南を占領している以上、共通語であるマレー語での意思の疎通は可能なのだ。
転換させる力として不十分、というのは意味がわからないが、スペインの論理でいうところでも、宣戦布告を除外する正当な理由がない。
つまり、こちらに正義があるのだ。
純正は緊急に、フィリピン全土の占領計画の大儀とその他を検討することにした。
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