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日ノ本未だ一統ならず-北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。-
第616話 電気のその後のライデン瓶とジエチルエーテルの冷凍庫?(1575/1/30)
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天正三年十二月十九日(1575/1/30) 諫早城
『磁気的現象と電気的現象についての考察:天正元年六月一日(注:ユリウス暦1572/7/10):太田和忠右衛門藤政』
天正元年(1572)六月一日に発表された論文なのだが、これは今まで忠右衛門が研究してきた内容を合同学会にて発表したものである。
その際に忠右衛門は、純正が言った『貯める』という概念について考え、仮説、検証、実証を繰り返していたのだ。
やるべき事は無数にある。
忠右衛門だけでなく、一貫斎も政秀も、東玄甫も宇田川松庵もマルチタスクで研究している。
しかし時折見せる純正の天啓のごときヒラメキは、忠右衛門達学者をうならせるのだ。
電気を貯める、というのは一体どういう事だ?
静電気は発生するが、その量も明るさもまちまちで、こちらが操作することはできない。ハンドルを回す速さや回数で変わる程度だ。
そして発生する光が電気とするならば、光っては消え、光っては消える。継続的に光らせる事ができ、オンオフができないとダメなのだ。
摩擦によって静電気は発生するのだが、1年を通して計測した結果、冬の方が発生しやすいと言う事がわかった。
人工的に作る事もできるが、自然界に当たり前のように存在する。この電気という存在の性質を確かめ、突き詰めれば、貯めることができるかもしれない。
「おや、叔父上。まだ研究ですか? あまり根を詰めすぎると体に悪いですよ」
「お、なんだ九十郎(秋政・天文学者)ではないか。いかがした?」
朝方である。政秋(純正の叔父の利三郎の次男)は夜間の星の観測を終えて、研究所の明かりがついていたので寄ってみたのだ。
「いかがも何も、今夜の観測が終わって帰るところに、まだ明かりがついてたので気になったんですよ。それはそうと、ちゃんと寝てますか? たまには休まないと」
「わかっておる。されど御屋形様のご期待に添うには、研究しかないのじゃ」
「……今はなんの研究をなさっているのですか?」
「電気じゃ。ほれ、二年前の学会で発表して、それからも似たような論文を出したであろう?」
「……ああ、あの静電気というものですか」
「そうじゃ。その静電気をためる事はできぬか、と御屋形様が仰せでの。色々とやっておるのだが、なかなか前に進まぬ」
甥の前では弱音を吐きたくない忠右衛門であったが、同じ学者としては、わらにもすがりたい気持ちでもあった。
「そうですね……では叔父上、素人考えで申し訳ありませんが、その静電気は、あのバチバチというやつでしょう?」
「そうだ」
「夏よりも、冬の方が多く感じますが、いかがですか?」
「その通り。神無月(新暦12月)から霜月(新暦1月)くらいが多い事がわかっている。他の月はあまり変わらぬ」
「では、その二月と他の十月の違いが何かを調べてみてはいかがでしょうか? 叔父上の論文には、確かその……電気を通しやすいものと、通さない物があると書かれていましたよね? だから……」
「あああ! いい! いいい! もういい! ありがとう! あとは自分で考える。さあ、早く帰って寝ろ」
「……はいはい」
父と子の関係や、年長者と年少者の礼儀に厳しい時代であるが、小佐々領内、特に小佐々一家では関係ないようだ。
数ヶ月後、ガラス瓶を水で満たして真鍮の棒を入れたものが電気を貯める事を発見した。放電するには、その棒と何かをつなげるだけで良い。
原始的なライデン瓶の完成である。
■宇田川松庵研究室
松庵は化学者であり、薬学者であり、物理学者でもあった。
広範囲に知識を網羅しているのがこの時代の学者の特徴であるが、徐々に専門が分かれ、細分化していく過程なのだろうか。
一貫斎の空気圧の研究をも自らの知識に取り込み、気体や各元素の発見と生成に取り組んでいたのだ。
その過程でアルコールからジエチルエーテルを生成する事に成功する。
松庵が、氷を発見したのは、まったくの偶然であった。そうしようとした訳ではなく、行為の果てにそれが起きたのだ。
「よし、このジエチルエーテルを入れた瓶の中を真空にすると、どうなるだろうか?」
圧力が気体や液体に及ぼす影響を調べている時の事だ。
圧力を下げるポンプに関しては、真空ポンプを作った忠右衛門や、蒸気機関の政秀の協力で小型のものが作られていた。
手動のアスピレーターのようなものである。
ジエチルエーテルが蒸発しやすいのは証明されていた。
アルコールを肌につけるとひんやりして、すぐに蒸発して乾燥するのがイメージできるだろう。
常温が沸点であり、そのままでも気化するのだ。そのジエチルエーテルを密閉した容器の中に入れ、手動ポンプで瓶の中を減圧していく。
「おお! 圧力が下がると、どんどん蒸発していくではないか!」
容器中の圧力を下げると、ジエチルエーテルが蒸発していったのだ。
「ん? なんだこれは?」
ガラス瓶と板の間にあった水が、凍り付いて瓶にくっついたのだ。
「おおお! これはまた新しい発見じゃ! エーテルが蒸発すると水が凍る……ということは、温度が下がるという事だな。ん? 氷ができるという事は……これはもしや!」
■数日後
「松庵よ、珍しいな」
純正は松庵の研究室に実験結果の再現のために呼び出された。
一貫斎や忠右衛門、そして政秀の研究結果は大々的に目を惹く物が多いのだが、松庵のそれは、いわゆる地味であった。
「は。このたびは御屋形様にご覧に入れたき儀がございまして、お越しいただきました」
「ほう。それは楽しみじゃのう」
松庵は何度も繰り返した実験結果を、最も効果的に見えるように、工夫した。
「……ようやった松庵よ。褒めて遣わす。褒美は何がよいか、何なりと申すが良い。銭はいくらかかっても構わぬ。実用化をいそぐのじゃ」
純正はキンキンに冷えたビールを思い浮かべ、よだれをたらすのであった。
次回 第617話 対イスパニア戦略(1575/2/20)
『磁気的現象と電気的現象についての考察:天正元年六月一日(注:ユリウス暦1572/7/10):太田和忠右衛門藤政』
天正元年(1572)六月一日に発表された論文なのだが、これは今まで忠右衛門が研究してきた内容を合同学会にて発表したものである。
その際に忠右衛門は、純正が言った『貯める』という概念について考え、仮説、検証、実証を繰り返していたのだ。
やるべき事は無数にある。
忠右衛門だけでなく、一貫斎も政秀も、東玄甫も宇田川松庵もマルチタスクで研究している。
しかし時折見せる純正の天啓のごときヒラメキは、忠右衛門達学者をうならせるのだ。
電気を貯める、というのは一体どういう事だ?
静電気は発生するが、その量も明るさもまちまちで、こちらが操作することはできない。ハンドルを回す速さや回数で変わる程度だ。
そして発生する光が電気とするならば、光っては消え、光っては消える。継続的に光らせる事ができ、オンオフができないとダメなのだ。
摩擦によって静電気は発生するのだが、1年を通して計測した結果、冬の方が発生しやすいと言う事がわかった。
人工的に作る事もできるが、自然界に当たり前のように存在する。この電気という存在の性質を確かめ、突き詰めれば、貯めることができるかもしれない。
「おや、叔父上。まだ研究ですか? あまり根を詰めすぎると体に悪いですよ」
「お、なんだ九十郎(秋政・天文学者)ではないか。いかがした?」
朝方である。政秋(純正の叔父の利三郎の次男)は夜間の星の観測を終えて、研究所の明かりがついていたので寄ってみたのだ。
「いかがも何も、今夜の観測が終わって帰るところに、まだ明かりがついてたので気になったんですよ。それはそうと、ちゃんと寝てますか? たまには休まないと」
「わかっておる。されど御屋形様のご期待に添うには、研究しかないのじゃ」
「……今はなんの研究をなさっているのですか?」
「電気じゃ。ほれ、二年前の学会で発表して、それからも似たような論文を出したであろう?」
「……ああ、あの静電気というものですか」
「そうじゃ。その静電気をためる事はできぬか、と御屋形様が仰せでの。色々とやっておるのだが、なかなか前に進まぬ」
甥の前では弱音を吐きたくない忠右衛門であったが、同じ学者としては、わらにもすがりたい気持ちでもあった。
「そうですね……では叔父上、素人考えで申し訳ありませんが、その静電気は、あのバチバチというやつでしょう?」
「そうだ」
「夏よりも、冬の方が多く感じますが、いかがですか?」
「その通り。神無月(新暦12月)から霜月(新暦1月)くらいが多い事がわかっている。他の月はあまり変わらぬ」
「では、その二月と他の十月の違いが何かを調べてみてはいかがでしょうか? 叔父上の論文には、確かその……電気を通しやすいものと、通さない物があると書かれていましたよね? だから……」
「あああ! いい! いいい! もういい! ありがとう! あとは自分で考える。さあ、早く帰って寝ろ」
「……はいはい」
父と子の関係や、年長者と年少者の礼儀に厳しい時代であるが、小佐々領内、特に小佐々一家では関係ないようだ。
数ヶ月後、ガラス瓶を水で満たして真鍮の棒を入れたものが電気を貯める事を発見した。放電するには、その棒と何かをつなげるだけで良い。
原始的なライデン瓶の完成である。
■宇田川松庵研究室
松庵は化学者であり、薬学者であり、物理学者でもあった。
広範囲に知識を網羅しているのがこの時代の学者の特徴であるが、徐々に専門が分かれ、細分化していく過程なのだろうか。
一貫斎の空気圧の研究をも自らの知識に取り込み、気体や各元素の発見と生成に取り組んでいたのだ。
その過程でアルコールからジエチルエーテルを生成する事に成功する。
松庵が、氷を発見したのは、まったくの偶然であった。そうしようとした訳ではなく、行為の果てにそれが起きたのだ。
「よし、このジエチルエーテルを入れた瓶の中を真空にすると、どうなるだろうか?」
圧力が気体や液体に及ぼす影響を調べている時の事だ。
圧力を下げるポンプに関しては、真空ポンプを作った忠右衛門や、蒸気機関の政秀の協力で小型のものが作られていた。
手動のアスピレーターのようなものである。
ジエチルエーテルが蒸発しやすいのは証明されていた。
アルコールを肌につけるとひんやりして、すぐに蒸発して乾燥するのがイメージできるだろう。
常温が沸点であり、そのままでも気化するのだ。そのジエチルエーテルを密閉した容器の中に入れ、手動ポンプで瓶の中を減圧していく。
「おお! 圧力が下がると、どんどん蒸発していくではないか!」
容器中の圧力を下げると、ジエチルエーテルが蒸発していったのだ。
「ん? なんだこれは?」
ガラス瓶と板の間にあった水が、凍り付いて瓶にくっついたのだ。
「おおお! これはまた新しい発見じゃ! エーテルが蒸発すると水が凍る……ということは、温度が下がるという事だな。ん? 氷ができるという事は……これはもしや!」
■数日後
「松庵よ、珍しいな」
純正は松庵の研究室に実験結果の再現のために呼び出された。
一貫斎や忠右衛門、そして政秀の研究結果は大々的に目を惹く物が多いのだが、松庵のそれは、いわゆる地味であった。
「は。このたびは御屋形様にご覧に入れたき儀がございまして、お越しいただきました」
「ほう。それは楽しみじゃのう」
松庵は何度も繰り返した実験結果を、最も効果的に見えるように、工夫した。
「……ようやった松庵よ。褒めて遣わす。褒美は何がよいか、何なりと申すが良い。銭はいくらかかっても構わぬ。実用化をいそぐのじゃ」
純正はキンキンに冷えたビールを思い浮かべ、よだれをたらすのであった。
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