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日ノ本未だ一統ならず-北条と東北。明とスペイン、欧州情勢。-
第615話 関東騒乱終結。北条の勢力拡大と、宇都宮と佐竹の弱体化(1574/10/27)
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天正三年十月十三日(1574/10/27) 交渉3日目 茂木城
「陸奥守殿、そう譲れぬ譲れぬの一点張りでは、決まるものも決まりませぬ。ここは関東の雄、大国としての徳と民への慈愛をもって、為すべき事を為すほうが良いかと存ずるが、いかに」
(……肥前介とやら、言いよるわ。徳と慈愛じゃと?)
「うべなるかな(なるほど)。肥前介殿の言も一理あり。して、いかにすれば、と聞きたいところじゃが、すでに三日経っておる。戦を止めると決めたなら、早う帰って兵も休ませたいでの。こちらから題目を出すとしよう」
氏照は、勝行の心の内を読むかのような発言で条件を出した。
氏照の譲歩により蘆名と那須家もしぶしぶ応じたのだが、どうやら北条勢も最初からこうなると考えていたようだ。
・常陸は茨城郡の水戸城、鰐淵城、小幡城を返還。国人である江戸氏とは誓紙をもって北条氏から佐竹氏へ服属する事を明記。
・国人の知行地に関してはあずかり知らぬが、待遇に不服の申し出があれば、佐竹を離れ北条の勢となっても致し方なしとする。
・笠間城、宍戸城をはじめとした茨城郡西部は北条領とし、下野の芳賀郡茂木城も北条領とする。
・上記以南の常陸は北条領。
・下野の宇都宮領のうち、返還するのは壬生氏の旧領の猪倉城、鹿沼城、壬生城。常陸の江戸氏と同じ扱いとする。
・益子、芳賀、多功氏の所領は北条領。
・蘆名家は併合した日光山城を返還。
・那須家も同じく船尾城を返還。
上記の国分に従えば、下野の那須家・烏山城から茂木城~常陸の笠間城~宍戸城~南常陸へとがつながることになる。
宇都宮家と佐竹家が完全に分断されることになるのだ。
佐竹家は服属を含めた所領の四割を失う事になり、宇都宮家もまた、四割の所領を失う事になる。
対して北条氏は二割五分増しである。下総の支配権をほとんど失う事なく、下野と常陸に影響力を持つことになるのだ。
「さて、いかがかな。本来なら和睦すら……せずとも良いかと思うていたが、これであれば下野守(宇都宮広綱)殿も常陸介(佐竹義重)殿も、得心のいく(納得のできる)題目かとぞんずるが」
氏照はえらぶるでもなく、納得して当然だろうという面持ちで発言した。
「……」
深沢勝行も伊集院忠棟も発言しない。
北条から譲歩を引き出したとしても、これが限界であろうと思われるラインを提示してきたからだ。ここで無理をしては破談になりかねない。
小佐々にとっては縁もゆかりもない土地であり、北条は和睦する必要すらないのだ。小佐々としては里見はもちろんだが、滅亡寸前の佐竹と宇都宮に大きな貸しをつくった形になる。
「我らとしてはこれ以上は譲れぬ」
蘆名盛興と那須資胤も断言する。
交渉と言うよりも、最後通牒のようなものだ。ただ、それでも佐竹義重や宇都宮広綱にとってみれば、生き延びる為に呑まざるを得なかったのである。
■小田原城
「さようか。小佐々の横やりが入った時にはどうかと思ったが、やはり我らとの戦を避けて、和睦の道を選んだか」
「ある程度はこうなると、読んでいたのでしょう。されど、我らには時が要るのです。イスパニアも同じにござるが、いかに力を蓄え、いかに優れた戦道具を揃えるか。それにつきるでしょう」
「少なくとも……十年は要ろうな」
「はは」
■スペイン マドリード王宮
「ええい! まだネーデルランドの反乱は鎮圧できぬのか!」
スペイン王フェリペ2世は気が気ではない。一気に鎮圧を図ったアルバ公が大敗し、各地で反乱の火の手が上がってはスペイン軍を撃破していたのだ。
アルバ公の後任のパルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼが、南部ネーデルランドを主として鎮圧を図っていたが、史実のようには上手くいっていない。
オラニエ公が生み出した新しい戦術に太刀打ちができなかったのだ。
また、オラニエ公はカトリック系貴族の多かった南部10州(現ベルギー・ルクセンブルク)の統治に腐心し、プロテスタントとカトリックの共存を図っていた。
■ポルトガル リスボン王宮
「陛下、スペイン王室から御使者がお見えです」
「またか」
セバスティアン1世は王宮内にある中庭で、ドン・アレイジョとともに剣術の稽古をしながら汗を流していた。
「どうせまた、援軍を寄越せだの、戦費を都合してくれと言うのだろう」
端にある椅子に腰をかけ、水を飲みながら汗を拭くセバスティアンは、ため息まじりに言った。
「良し、会おう」
ポルトガルではセバスティアン1世の善政により国庫にゆとりができつつあり、飢餓に苦しむ民衆も皆無となっていたのだ。
■伊豆国 君沢郡 長浜村(静岡県沼津市) 長浜城下の湊
「¿Es suficiente con formar al supervisor de la obra y al personal?」
(現場監督と乗組員の訓練だけでいいのか?)
「Sí, eso es todo lo que quieren, aparentemente. Es mejor que arriesgarlo todo para ir a Filipinas".」
(ああ、それだけでいいらしい。危険を冒してフィリピーナにいくより、割のいい稼ぎだ)
「Dicen que tienen todo el dinero, los bienes y la gente, así que el rey adjunto no puede permitirse no subir a bordo.」
(金も物も人も、全部あいつらが持つらしいから、副王様にしてみれば、乗らない手はないわな)
「¡No soy diferente! ¡ja,ja,ja,ja,ja」
(違えねえや! わはははは!)
次回 第616話 電気のその後と世界初の冷凍庫?
「陸奥守殿、そう譲れぬ譲れぬの一点張りでは、決まるものも決まりませぬ。ここは関東の雄、大国としての徳と民への慈愛をもって、為すべき事を為すほうが良いかと存ずるが、いかに」
(……肥前介とやら、言いよるわ。徳と慈愛じゃと?)
「うべなるかな(なるほど)。肥前介殿の言も一理あり。して、いかにすれば、と聞きたいところじゃが、すでに三日経っておる。戦を止めると決めたなら、早う帰って兵も休ませたいでの。こちらから題目を出すとしよう」
氏照は、勝行の心の内を読むかのような発言で条件を出した。
氏照の譲歩により蘆名と那須家もしぶしぶ応じたのだが、どうやら北条勢も最初からこうなると考えていたようだ。
・常陸は茨城郡の水戸城、鰐淵城、小幡城を返還。国人である江戸氏とは誓紙をもって北条氏から佐竹氏へ服属する事を明記。
・国人の知行地に関してはあずかり知らぬが、待遇に不服の申し出があれば、佐竹を離れ北条の勢となっても致し方なしとする。
・笠間城、宍戸城をはじめとした茨城郡西部は北条領とし、下野の芳賀郡茂木城も北条領とする。
・上記以南の常陸は北条領。
・下野の宇都宮領のうち、返還するのは壬生氏の旧領の猪倉城、鹿沼城、壬生城。常陸の江戸氏と同じ扱いとする。
・益子、芳賀、多功氏の所領は北条領。
・蘆名家は併合した日光山城を返還。
・那須家も同じく船尾城を返還。
上記の国分に従えば、下野の那須家・烏山城から茂木城~常陸の笠間城~宍戸城~南常陸へとがつながることになる。
宇都宮家と佐竹家が完全に分断されることになるのだ。
佐竹家は服属を含めた所領の四割を失う事になり、宇都宮家もまた、四割の所領を失う事になる。
対して北条氏は二割五分増しである。下総の支配権をほとんど失う事なく、下野と常陸に影響力を持つことになるのだ。
「さて、いかがかな。本来なら和睦すら……せずとも良いかと思うていたが、これであれば下野守(宇都宮広綱)殿も常陸介(佐竹義重)殿も、得心のいく(納得のできる)題目かとぞんずるが」
氏照はえらぶるでもなく、納得して当然だろうという面持ちで発言した。
「……」
深沢勝行も伊集院忠棟も発言しない。
北条から譲歩を引き出したとしても、これが限界であろうと思われるラインを提示してきたからだ。ここで無理をしては破談になりかねない。
小佐々にとっては縁もゆかりもない土地であり、北条は和睦する必要すらないのだ。小佐々としては里見はもちろんだが、滅亡寸前の佐竹と宇都宮に大きな貸しをつくった形になる。
「我らとしてはこれ以上は譲れぬ」
蘆名盛興と那須資胤も断言する。
交渉と言うよりも、最後通牒のようなものだ。ただ、それでも佐竹義重や宇都宮広綱にとってみれば、生き延びる為に呑まざるを得なかったのである。
■小田原城
「さようか。小佐々の横やりが入った時にはどうかと思ったが、やはり我らとの戦を避けて、和睦の道を選んだか」
「ある程度はこうなると、読んでいたのでしょう。されど、我らには時が要るのです。イスパニアも同じにござるが、いかに力を蓄え、いかに優れた戦道具を揃えるか。それにつきるでしょう」
「少なくとも……十年は要ろうな」
「はは」
■スペイン マドリード王宮
「ええい! まだネーデルランドの反乱は鎮圧できぬのか!」
スペイン王フェリペ2世は気が気ではない。一気に鎮圧を図ったアルバ公が大敗し、各地で反乱の火の手が上がってはスペイン軍を撃破していたのだ。
アルバ公の後任のパルマ公アレッサンドロ・ファルネーゼが、南部ネーデルランドを主として鎮圧を図っていたが、史実のようには上手くいっていない。
オラニエ公が生み出した新しい戦術に太刀打ちができなかったのだ。
また、オラニエ公はカトリック系貴族の多かった南部10州(現ベルギー・ルクセンブルク)の統治に腐心し、プロテスタントとカトリックの共存を図っていた。
■ポルトガル リスボン王宮
「陛下、スペイン王室から御使者がお見えです」
「またか」
セバスティアン1世は王宮内にある中庭で、ドン・アレイジョとともに剣術の稽古をしながら汗を流していた。
「どうせまた、援軍を寄越せだの、戦費を都合してくれと言うのだろう」
端にある椅子に腰をかけ、水を飲みながら汗を拭くセバスティアンは、ため息まじりに言った。
「良し、会おう」
ポルトガルではセバスティアン1世の善政により国庫にゆとりができつつあり、飢餓に苦しむ民衆も皆無となっていたのだ。
■伊豆国 君沢郡 長浜村(静岡県沼津市) 長浜城下の湊
「¿Es suficiente con formar al supervisor de la obra y al personal?」
(現場監督と乗組員の訓練だけでいいのか?)
「Sí, eso es todo lo que quieren, aparentemente. Es mejor que arriesgarlo todo para ir a Filipinas".」
(ああ、それだけでいいらしい。危険を冒してフィリピーナにいくより、割のいい稼ぎだ)
「Dicen que tienen todo el dinero, los bienes y la gente, así que el rey adjunto no puede permitirse no subir a bordo.」
(金も物も人も、全部あいつらが持つらしいから、副王様にしてみれば、乗らない手はないわな)
「¡No soy diferente! ¡ja,ja,ja,ja,ja」
(違えねえや! わはははは!)
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