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日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-
第599話 加賀一向宗、騒乱の幕引き(1574/2/10)
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天正三年一月十九日(1574/2/10) 加賀
「では三河守殿、どうあっても織田家との諍、弓を伏せて越前討ち入りを取りやめる気にはなりませぬか」
太田和利三郎政直はもう二刻(4時間)も話し込んでいる。それでも七里三河守頼周の考えは変わらない。
「われらも一時は信長と手を携え、共に生きる道を考えておった。されど信長は越前の一揆に対して無為無策。とても織田の威が越前まで届いているとは思えぬ。一昨年の桂田長俊の苛政に端を発した一揆においては、富田長繁とともに門徒は戦った」
七里頼周は事細かに経緯を説明し、織田とはもう修復不可能な状態だという事を示したのだ。
「此度こそ、われら民を思う政が行われると信じておったのじゃ。じゃが蓋を開けてみるとどうじゃ? 長俊を滅ぼした長繁が、長俊の代わりになっただけではないか。無為無策にして、仁者として領民に慕われていた魚住景固を、無理矢理に討ったことは天道に反する許しがたき所業。やはり門徒でなくば、われらのための政はできぬとの意趣にいたった」
「では織田と軍をなさるおつもりか?」
「織田が態度を改め、善政を敷き門徒を苦しめると約したとしても、信じることは能いませぬ」
頼周は決意を変えない。すでに何十回も議論に議論を重ねた結果、戦うより他はないという結論にいたったようだ。
しばしの沈黙が、流れた。
「左様にございますか。実はですな、三河守殿。この儀、すべて小佐々が預かる事にありなりました」
「!」
頼周の顔に緊張が走った。
「……それは、権中納言様は織田に与し、我らと刃を交えると?」
「然にあらず。今のわれらが本願寺の門徒衆と争うたとて、何の利もござらん。わが御屋形様、権中納言様はおやさしき徳のあるお方なれど、銭にならぬことはいたしませぬ」
「では、いかがいたすのでございますか? ……まさか我らの治に口入れすると仰せなのですか?」
頼周は慎重に、言葉を選びながら話す。日ノ本最強の小佐々軍と戦う事になるかもしれないのだ。一挙手一投足に、全神経を集中しなければならない。
「然にあらず。然りとて、まったく違うとも言い難い。半分は口入れ(介入)ととられても、致し方あるまい。それよりもまず、門徒の方々の要望を聞きたい。この一揆にも文(理由)があろう?」
「それは……」
「遠慮なさらず仰ってください。そのためにそれがしは来たのです」
「されば申し上げます。まずは富田長繁の罷免。加えて年貢・賦役・軍役の減免にございます。続く軍で門徒は苦しんでおります。これをまずは果たしていただきたい」
「あいわかった。ではこれより越前に向かい、そうなるよういたします。軍にはならないとは思いますが、もしそうなったら、勢が加賀を通り抜けるのを許していただきたい」
「それは……必ず」
頼周は半信半疑だ。いくら同盟国とは言え、西国を統べ織田をしのぐ軍事力が小佐々にあったとしても、越前に内政干渉する事などできるはずがない。
そう頼周は思っていた。
「加えてもう一つ、この儀がなったとき、加賀の治についても口入れせねばならない題目がありまする」
利三郎は真剣な眼差しを向けた。
「まずは加賀の政において、守護の富樫氏を筆頭に致すこと。守護代ならびに政の中より、本願寺の坊官を除く事」
「な! そんな馬鹿な。そのような事、認められる訳がないではありませぬか!」
「なにゆえにござるか?」
利三郎は涼しい顔をして言い放つ。
「そもそも坊官とは、いかなるものにございましょう。寺院の家政を取り仕切る僧侶の事ではございませぬか? 一国の差配など、本来の営みにあらず。分相応ではありませぬ。それとも加賀の地は、誰かが本願寺に寄進したのですか?」
「それは……」
そんなことあるはずがない。
門徒を弾圧した支配階級に対して反乱を起こし、なし崩し的に徐々に国人層から本願寺勢力へと加賀の支配勢力が移行していっただけなのだ。
「酒も財物も女も、本来は仏門には要らぬものでしょう? 門徒の宗派の保護、これさえやればいらぬ諍いなど起きぬのではないでしょうか? 過ぎたるは何も生みませぬ。足ることを知らねばなりませぬ」
頼周は何も言わない。
「挙げ句、摂津の本願寺の中央と袂を分かち戦われました。いかなる経緯かはつぶさには存じませぬが、一宗教であるだけならば、このような諍いは起きぬはずです」
「それは、加賀の一切の政からわれらは手を引き、御仏の教えを広めることに努めよ、と?」
「左様です。そうなればいらぬ諍いも生まれませぬし、越前討ち入りなど、不毛な戦いなどせずともすみます」
頼周はしばらく考え込んでいたが、一切の利権を捨て、聖職者として為すべき事のみを為せという事は、即決ができなかった。
「それがしの一存では決められませぬ。摂津の石山とも協議せねばなりませぬ。しばらく時をいただきたく存じます」
「無論の事。しかと考え、決めて下され」
「わかりました」
■摂津 石山本願寺
「なに? 加賀の頼周が来ているだと?」
本願寺顕如は耳を疑った。加賀で対織田戦のために準備をしているはずなのだ。何度か形ばかりの停戦とはなっているものの、その都度破られ・破り、今にいたっている。
本願寺、織田の双方とも開戦は時間の問題だと考えていた。
「法主様、こたびは火急の用件ありて罷り越しました」
「三河守、頼周よ。そなた、加賀にて織田との軍のために支度しておると思うておったが、違うのか?」
「は、されば案に違う(予想外の)事がおきまして、急ぎ法主様の御意趣を確かめとうございます」
「いかなる事か?」
頼周は小佐々利三郎が提案してきた事を事細かく話しだしたのだ。
「なんと! そのような事できようはずがない」
次回 第600話 戦争と平和
「では三河守殿、どうあっても織田家との諍、弓を伏せて越前討ち入りを取りやめる気にはなりませぬか」
太田和利三郎政直はもう二刻(4時間)も話し込んでいる。それでも七里三河守頼周の考えは変わらない。
「われらも一時は信長と手を携え、共に生きる道を考えておった。されど信長は越前の一揆に対して無為無策。とても織田の威が越前まで届いているとは思えぬ。一昨年の桂田長俊の苛政に端を発した一揆においては、富田長繁とともに門徒は戦った」
七里頼周は事細かに経緯を説明し、織田とはもう修復不可能な状態だという事を示したのだ。
「此度こそ、われら民を思う政が行われると信じておったのじゃ。じゃが蓋を開けてみるとどうじゃ? 長俊を滅ぼした長繁が、長俊の代わりになっただけではないか。無為無策にして、仁者として領民に慕われていた魚住景固を、無理矢理に討ったことは天道に反する許しがたき所業。やはり門徒でなくば、われらのための政はできぬとの意趣にいたった」
「では織田と軍をなさるおつもりか?」
「織田が態度を改め、善政を敷き門徒を苦しめると約したとしても、信じることは能いませぬ」
頼周は決意を変えない。すでに何十回も議論に議論を重ねた結果、戦うより他はないという結論にいたったようだ。
しばしの沈黙が、流れた。
「左様にございますか。実はですな、三河守殿。この儀、すべて小佐々が預かる事にありなりました」
「!」
頼周の顔に緊張が走った。
「……それは、権中納言様は織田に与し、我らと刃を交えると?」
「然にあらず。今のわれらが本願寺の門徒衆と争うたとて、何の利もござらん。わが御屋形様、権中納言様はおやさしき徳のあるお方なれど、銭にならぬことはいたしませぬ」
「では、いかがいたすのでございますか? ……まさか我らの治に口入れすると仰せなのですか?」
頼周は慎重に、言葉を選びながら話す。日ノ本最強の小佐々軍と戦う事になるかもしれないのだ。一挙手一投足に、全神経を集中しなければならない。
「然にあらず。然りとて、まったく違うとも言い難い。半分は口入れ(介入)ととられても、致し方あるまい。それよりもまず、門徒の方々の要望を聞きたい。この一揆にも文(理由)があろう?」
「それは……」
「遠慮なさらず仰ってください。そのためにそれがしは来たのです」
「されば申し上げます。まずは富田長繁の罷免。加えて年貢・賦役・軍役の減免にございます。続く軍で門徒は苦しんでおります。これをまずは果たしていただきたい」
「あいわかった。ではこれより越前に向かい、そうなるよういたします。軍にはならないとは思いますが、もしそうなったら、勢が加賀を通り抜けるのを許していただきたい」
「それは……必ず」
頼周は半信半疑だ。いくら同盟国とは言え、西国を統べ織田をしのぐ軍事力が小佐々にあったとしても、越前に内政干渉する事などできるはずがない。
そう頼周は思っていた。
「加えてもう一つ、この儀がなったとき、加賀の治についても口入れせねばならない題目がありまする」
利三郎は真剣な眼差しを向けた。
「まずは加賀の政において、守護の富樫氏を筆頭に致すこと。守護代ならびに政の中より、本願寺の坊官を除く事」
「な! そんな馬鹿な。そのような事、認められる訳がないではありませぬか!」
「なにゆえにござるか?」
利三郎は涼しい顔をして言い放つ。
「そもそも坊官とは、いかなるものにございましょう。寺院の家政を取り仕切る僧侶の事ではございませぬか? 一国の差配など、本来の営みにあらず。分相応ではありませぬ。それとも加賀の地は、誰かが本願寺に寄進したのですか?」
「それは……」
そんなことあるはずがない。
門徒を弾圧した支配階級に対して反乱を起こし、なし崩し的に徐々に国人層から本願寺勢力へと加賀の支配勢力が移行していっただけなのだ。
「酒も財物も女も、本来は仏門には要らぬものでしょう? 門徒の宗派の保護、これさえやればいらぬ諍いなど起きぬのではないでしょうか? 過ぎたるは何も生みませぬ。足ることを知らねばなりませぬ」
頼周は何も言わない。
「挙げ句、摂津の本願寺の中央と袂を分かち戦われました。いかなる経緯かはつぶさには存じませぬが、一宗教であるだけならば、このような諍いは起きぬはずです」
「それは、加賀の一切の政からわれらは手を引き、御仏の教えを広めることに努めよ、と?」
「左様です。そうなればいらぬ諍いも生まれませぬし、越前討ち入りなど、不毛な戦いなどせずともすみます」
頼周はしばらく考え込んでいたが、一切の利権を捨て、聖職者として為すべき事のみを為せという事は、即決ができなかった。
「それがしの一存では決められませぬ。摂津の石山とも協議せねばなりませぬ。しばらく時をいただきたく存じます」
「無論の事。しかと考え、決めて下され」
「わかりました」
■摂津 石山本願寺
「なに? 加賀の頼周が来ているだと?」
本願寺顕如は耳を疑った。加賀で対織田戦のために準備をしているはずなのだ。何度か形ばかりの停戦とはなっているものの、その都度破られ・破り、今にいたっている。
本願寺、織田の双方とも開戦は時間の問題だと考えていた。
「法主様、こたびは火急の用件ありて罷り越しました」
「三河守、頼周よ。そなた、加賀にて織田との軍のために支度しておると思うておったが、違うのか?」
「は、されば案に違う(予想外の)事がおきまして、急ぎ法主様の御意趣を確かめとうございます」
「いかなる事か?」
頼周は小佐々利三郎が提案してきた事を事細かく話しだしたのだ。
「なんと! そのような事できようはずがない」
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