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日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-
第592話 一挺のフリントロック銃が欧州を変える
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1573年4月3日 ネーデルランド
ダダン、ダダン、ダダンダダンダダン。ダダン、ダダン、ダダンダダンダダン。(スネアドラムの音)
ga vooruit(前へすすめ!)
一列目の横隊の兵は銃を両手で持ち、銃口を前に向けて進み、二列目以降は左肩に銃を構えて続く。
ホッヒッホッヒッホッヒー。ホッヒッホッヒッホッヒー。(笛の音)
スネアドラムと笛の演奏に合わせて、指揮官の号令一下、整然と進む。中央には堂々と上からオレンジ・白・青の3色に染められた大きな旗が掲げられている。
2~300m先にはスペインの無敵テルシオがあった。
「なんだあれは? 全員が赤い服で、目立ちたがり屋の死にたがりなのか?」
このころスペインはネーデルランドの独立運動の鎮圧のために、テルシオを常時駐屯させていた。その他にも各地の反乱を予防するために、監視用の要塞を多数建設していたのだ。
その数は年々増えていた。
「まったくです。こんなやつらに手こずるわけありません。わが無敵のテルシオで粉砕してみせましょう」
スペイン国王フェリペ二世よりオランダ独立戦争の阻止と撲滅のために派遣された、アルバ公の軍とオラニエ公の軍が激突した。
スペイン軍の内訳で一番多いのはパイク兵の2,000名である。
次いでアルケビューズ(通常口径の火縄銃)兵500名、マスケット(通常より口径の大きい火縄銃)兵300名、士官200名で総数3,000名となる。
この隊をオランダやヨーロッパ各所に配置していたのだ。
スネアドラムと笛の音が響く中、その距離は300、250、200と縮まっていく。その距離が100メートルになろうかと言うとき、士官の号令とともに、ドラムロールが始まった。
ダラダラダラダラダラダラダラ……。
Bereid je voor om te schieten, schiet(撃ち方用意、撃て!)
ダダダダダダダダダダダダダダダーン。
ダダダダダダダダダダダダダダダーン。ダダダダダダダダダダダダダダダーン。
ものすごい発砲音が鳴り響いたかと思うと、あたり一面が真っ白な煙に覆われた。
直後、後方に陣取っていたアルバ公は茫然自失となった。
方陣の前方に配置していたマスケット兵が、わずか10分足らずの間に壊滅したのだ。信じられるはずがない。
テルシオと呼ばれる隊形は防備に徹している。
同数規模の部隊がぶつかった場合、槍兵の削りあいで耐えられなくなった方が壊滅して撤退するか、士気の低下で自己崩壊、というのがパターンだったのだ。
防御偏重の隊形は移動には適さない。
まさに要塞陣形だったのだが、火力の要たるマスケット兵が壊滅し、パイク兵が丸裸となったのだ。
「ば、馬鹿な! 右左翼のアルケビューズ兵を、ええい後方右左翼も持っていけ! 前方の敵を殲滅するのだ!」
アルバ公は急いで残りの銃兵を前方に集め、オラニエ公の軍に対応させようとするが、簡単に陣形変更などはできない。
そうしているうちにオランダ軍の戦列歩兵(とします)は隊列を組み直し、距離を保ったまま斉射を繰り返す。
ダダダダダダダダダダダダダダダーン。
為す術もないパイク兵が銃弾に倒れていく。
「ほうほうほう。いやあ、こんなに上手くはまるとは! 見事というかイスパニア兵が可哀想というか」
「さすが頭! えげつない戦法じゃ右に出るものはいませんぜ!」
「誰がえげつないじゃ! それに頭はやめろといっただろう。くらーすぞ!(なぜに九州弁?)」
史実でもオラニエ公は、スペインのテルシオに対抗するための陣形と戦術を生み出している。
テルシオよりも小規模な隊を基本陣形として、機動力を増したのだ。
その反面防御力は低下したが、そこまで心配はしていなかった。火器の発達によって往時より重騎兵の脅威が減っていたからである。
それに相手がテルシオならば、そもそも防御陣形のために攻めてくることはない。
オラニエ公が考案した戦法は、まず前列の兵が斉射した後に最後尾に後退し、装填を行う。その間に後列の兵が進み出て斉射をするのだ。
この繰り返しで理論上は間断なく斉射を行える。
こういった部隊行動には普段から訓練が必要であったが、オラニエ公は普段よりそれを行っていたのだ。
信長の長篠・設楽原の戦いが1575年である事を考えれば、ここが歴史の面白いところとも言えるのかもしれない。
もっともこの世界線? では長篠の戦いが起きる前に織田と武田は和睦している。
さらに、今世のオラニエ公のオランダ式大隊は、パイク兵がいない。
フリントロックマスケット銃兵に銃剣を持たせて、パイク兵のかわりとしているのだ。防御のためのパイク兵は攻守を兼ね備えた銃兵となった。
部隊あたりの兵数は減ったが、攻撃力は倍増、三倍増となった。
四方に配置していたスペイン軍のアルケビューズ兵(通常銃兵)が最前列に陣取った。
そしてようやくオランダ軍に反撃を試みようとしたとき、右翼、左翼、そして後方から同じようにドラムロールとともに銃声が鳴り響いたのだ。
軍を四分割して隠れていたオラニエ公の軍が、前方に注意が集中したスペイン軍を、包囲殲滅するべく攻撃を開始した。
その後の顛末は語るべくもない。
鳴り止まないドラムロールと銃声の繰り返しに、スペイン軍は壊滅した。
アルバ公はオラニエ公が率いるこの戦場での敗戦だけでなく、各地で同様のオランダ大隊の戦術に惨敗を喫したのだ。
スペインのテルシオの戦場における優位性が崩れた一戦であった。
史実ではこの一連のアルバ公による大軍の侵攻は激しい攻防戦となり、アルクマール市の攻囲戦が1573年の8月から10月にかけて行われる。
そこで激戦の末アルバ公は撤退し失脚するのだ。
後任は猛将レクェセンスである。
オランダ軍を率いるオラニエ公が実践したこの陣形と戦術は、欧州の各国で導入された。
テルシオ衰退の一因となるのであったが、オランダ独立戦争はまだまだ続くのであった。
次回 第593話 女真派遣団の帰国と蝦夷地開拓
ダダン、ダダン、ダダンダダンダダン。ダダン、ダダン、ダダンダダンダダン。(スネアドラムの音)
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一列目の横隊の兵は銃を両手で持ち、銃口を前に向けて進み、二列目以降は左肩に銃を構えて続く。
ホッヒッホッヒッホッヒー。ホッヒッホッヒッホッヒー。(笛の音)
スネアドラムと笛の演奏に合わせて、指揮官の号令一下、整然と進む。中央には堂々と上からオレンジ・白・青の3色に染められた大きな旗が掲げられている。
2~300m先にはスペインの無敵テルシオがあった。
「なんだあれは? 全員が赤い服で、目立ちたがり屋の死にたがりなのか?」
このころスペインはネーデルランドの独立運動の鎮圧のために、テルシオを常時駐屯させていた。その他にも各地の反乱を予防するために、監視用の要塞を多数建設していたのだ。
その数は年々増えていた。
「まったくです。こんなやつらに手こずるわけありません。わが無敵のテルシオで粉砕してみせましょう」
スペイン国王フェリペ二世よりオランダ独立戦争の阻止と撲滅のために派遣された、アルバ公の軍とオラニエ公の軍が激突した。
スペイン軍の内訳で一番多いのはパイク兵の2,000名である。
次いでアルケビューズ(通常口径の火縄銃)兵500名、マスケット(通常より口径の大きい火縄銃)兵300名、士官200名で総数3,000名となる。
この隊をオランダやヨーロッパ各所に配置していたのだ。
スネアドラムと笛の音が響く中、その距離は300、250、200と縮まっていく。その距離が100メートルになろうかと言うとき、士官の号令とともに、ドラムロールが始まった。
ダラダラダラダラダラダラダラ……。
Bereid je voor om te schieten, schiet(撃ち方用意、撃て!)
ダダダダダダダダダダダダダダダーン。
ダダダダダダダダダダダダダダダーン。ダダダダダダダダダダダダダダダーン。
ものすごい発砲音が鳴り響いたかと思うと、あたり一面が真っ白な煙に覆われた。
直後、後方に陣取っていたアルバ公は茫然自失となった。
方陣の前方に配置していたマスケット兵が、わずか10分足らずの間に壊滅したのだ。信じられるはずがない。
テルシオと呼ばれる隊形は防備に徹している。
同数規模の部隊がぶつかった場合、槍兵の削りあいで耐えられなくなった方が壊滅して撤退するか、士気の低下で自己崩壊、というのがパターンだったのだ。
防御偏重の隊形は移動には適さない。
まさに要塞陣形だったのだが、火力の要たるマスケット兵が壊滅し、パイク兵が丸裸となったのだ。
「ば、馬鹿な! 右左翼のアルケビューズ兵を、ええい後方右左翼も持っていけ! 前方の敵を殲滅するのだ!」
アルバ公は急いで残りの銃兵を前方に集め、オラニエ公の軍に対応させようとするが、簡単に陣形変更などはできない。
そうしているうちにオランダ軍の戦列歩兵(とします)は隊列を組み直し、距離を保ったまま斉射を繰り返す。
ダダダダダダダダダダダダダダダーン。
為す術もないパイク兵が銃弾に倒れていく。
「ほうほうほう。いやあ、こんなに上手くはまるとは! 見事というかイスパニア兵が可哀想というか」
「さすが頭! えげつない戦法じゃ右に出るものはいませんぜ!」
「誰がえげつないじゃ! それに頭はやめろといっただろう。くらーすぞ!(なぜに九州弁?)」
史実でもオラニエ公は、スペインのテルシオに対抗するための陣形と戦術を生み出している。
テルシオよりも小規模な隊を基本陣形として、機動力を増したのだ。
その反面防御力は低下したが、そこまで心配はしていなかった。火器の発達によって往時より重騎兵の脅威が減っていたからである。
それに相手がテルシオならば、そもそも防御陣形のために攻めてくることはない。
オラニエ公が考案した戦法は、まず前列の兵が斉射した後に最後尾に後退し、装填を行う。その間に後列の兵が進み出て斉射をするのだ。
この繰り返しで理論上は間断なく斉射を行える。
こういった部隊行動には普段から訓練が必要であったが、オラニエ公は普段よりそれを行っていたのだ。
信長の長篠・設楽原の戦いが1575年である事を考えれば、ここが歴史の面白いところとも言えるのかもしれない。
もっともこの世界線? では長篠の戦いが起きる前に織田と武田は和睦している。
さらに、今世のオラニエ公のオランダ式大隊は、パイク兵がいない。
フリントロックマスケット銃兵に銃剣を持たせて、パイク兵のかわりとしているのだ。防御のためのパイク兵は攻守を兼ね備えた銃兵となった。
部隊あたりの兵数は減ったが、攻撃力は倍増、三倍増となった。
四方に配置していたスペイン軍のアルケビューズ兵(通常銃兵)が最前列に陣取った。
そしてようやくオランダ軍に反撃を試みようとしたとき、右翼、左翼、そして後方から同じようにドラムロールとともに銃声が鳴り響いたのだ。
軍を四分割して隠れていたオラニエ公の軍が、前方に注意が集中したスペイン軍を、包囲殲滅するべく攻撃を開始した。
その後の顛末は語るべくもない。
鳴り止まないドラムロールと銃声の繰り返しに、スペイン軍は壊滅した。
アルバ公はオラニエ公が率いるこの戦場での敗戦だけでなく、各地で同様のオランダ大隊の戦術に惨敗を喫したのだ。
スペインのテルシオの戦場における優位性が崩れた一戦であった。
史実ではこの一連のアルバ公による大軍の侵攻は激しい攻防戦となり、アルクマール市の攻囲戦が1573年の8月から10月にかけて行われる。
そこで激戦の末アルバ公は撤退し失脚するのだ。
後任は猛将レクェセンスである。
オランダ軍を率いるオラニエ公が実践したこの陣形と戦術は、欧州の各国で導入された。
テルシオ衰退の一因となるのであったが、オランダ独立戦争はまだまだ続くのであった。
次回 第593話 女真派遣団の帰国と蝦夷地開拓
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