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日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-
第589話 終戦決定と責任。そして大国の拒否権発動。
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天正二年 一月十七日(1573/02/19) 近江国蒲生郡 日ノ本大同盟合議所
『日ノ本大同盟』の憲章、そして細部規約の制定と同意のための会談も大詰めである。
・終戦の可否とその時期の決定基準
・大同盟軍内での各国(甲)の作戦行動による各国(乙)ならびに全体の損害が発生した場合の責任の所在と確定方法。
上記の2点について話し合われた。
「これにつきましては、これまでの軍と変りませぬ。相手からの降伏の申し出があった時に終戦とします。また、戦況によって軍を続くか止めるかの判断ですが、合議判断といたします」
「それは如何なる事ですか?」
里見家の正木頼忠が発言する。
「策を練り、それにそって各御家中の勢がそれぞれ失(損害)を被ったといたします。このままでは軍を続ける事が能わぬとなった時は、評定にて諮り、その失の多き御家中は、軍より退いてもよしといたします」
「それは軍兵の多寡に限らずでございますか? いちいち合議に諮っていては、打ち合うておるその勢は下手をすると破れ滅びる事になりかねませんぞ」
頼忠の発言はもっともだ。
「先ほどの発言は、あくまで御家中すべての勢において、という事にござる。一将の預かる少なき勢にてそのような事は、将の判に委ねるほかありませぬ。然もなければ、仰せの通り一人残らず滅びまする」
「ではそれにより、他の勢、または全体に失が及ぶとしてもでござるか?」
「それは致し方ございませぬ。将は兵を退くときは一報を入れ、認められて退くが上策にござる。然れど留まればいたずらに兵を損ねるのみと判じたならば、その将の責において退くは、必ずしも咎められる事にはなりませぬ」
頼忠はもちろんだが、他の面々も少し納得がいかない様子であった。
参った、と純正は思った。予想された事だが、結局自国の兵は失いたくなく、その補填を誰がどのようにするのか? という事なのだろう。
「どの御家中の勢が、如何なる有り様でそうなるかは誰にもわかりませぬ。命を違えて(命令違反で)生じた失ならば厳重に処罰されねばなりませぬが、こと勢を退く儀に関しては、事後に慎重に協議しなければなりますまい。どうしても、というのならば、この小佐々が補いましょう」
おおお、という声が上がった。
恩賞においては以前決めた通りであるが、被る被害に関しては、その順番とは限らないのだ。仮に畠山が一番参加兵力が少ないとしても、損失も一番少ないとは断言できない。
「然れど、事後つぶさに調べあげ、偽りが露見した時は相応の裁きを覚悟していただきたい」
当然のことである。
死者やけが人を水増しして報告されても困るし、虚偽の損失補填などたまったものではない。この時代の戦果報告や死傷者数なんて、けっこういい加減だったりするのだ。
「では、一通り題目の中身はお知らせし、尋ねる事もなければ文言を決めて起請文をつくりたいと思いますが、いかに?」
損失補填の問題が解決されたところで、大同盟会議は終了するかに見えた。
「ひとつ、よろしいか?」
信長である。
「なんでしょう、兵部卿殿」
純正はにこやかに返す。
「おおよそ得心はしたのだが、ひとつ発議したき儀がござる」
「いかなる儀にございましょうや?」
なにやら不穏な空気が流れ始めた。小佐々と織田以外の参加者は固唾をのんで見守っている。
「なに、ことさら難し儀ではありませぬ」
そう信長は前置きをして、続ける。
「ここに参列された皆様は同列として話をしておりました。それについてはそれがしも異を唱える事はござらん。然れどその実、わが織田は無論の事、中納言殿や大膳大夫殿は数カ国を領し、領内とそれに接する国のみならず、津々浦々に少なからず力を及ぼしておりまする」
しいん、となった。誰もが信長の発言に耳を傾けている。
「そのため一方では悪しき事でも、一方では良き事というのも往々にして起こりえまする。例えば、例えばでござるが、武田家の隣の北条に攻め込むという発議があったとします。賛成はしつつも、わが領内の津島や熱田は古来より商いの湊。伊豆相模ともさかんに商人が行きかっております。然れば、その発議の可否を論ずるは易しにあらず」
純正は心の中でにやりと笑った。それは腹案がある、という意味ではない。信長は七ヶ国大同盟の発議に対して、拒否権をもって行使したいのだ、と。
「つまり?」
「その発議そのものに対して否と答える権を持つべきだ、という事にござる」
持ちたい、ではなく、持つべきだ、か。これが純正の心中である。
「中納言殿の御存念をお伺いしたい」
信長の発言の後、全員の視線が純正に移る。純正は目をつむってじっくり考えている。
「良いのではないでしょうか」
ほお……。
というのが信長の率直な気持ちであった。もっと慎重に『即答すべき題目ではない』とか『後日さらなる協議のもと』という返事を予想していたのだ。
「然れど、いくつか題目(条件)を設ける事で、より盤石となるかと存ずる」
「それは如何なる題目でしょうか」
まずは、と前置きして純正が提示したのが以下の条件である。
一つ、紛争当事国(攻め入る国、攻められた国)ならびに、明らかに経済的相互依存国の拒否権は認めない。
一つ、拒否権が発動された場合、発動した国はその理由を明確に説明すべし。
一つ、説明責任を果たした後、それ以外の六ヶ国で拒否権の可否を審議する。この場合軍事介入・派兵される国と国境を接する国には投票権がない。
一つ、拒否権を持つ大国は、さきに決めた損失補填の責を負う。
大同盟の軍事行動を、大国の拒否権で左右しようという信長の意図を完全に封じたものである。
「一つ目は、多くを語らずとも良いでしょう。国境を接している国については、全ての責を負う代わりに全ての利得を得たいものです。然れども、その御家中が否と言う権、拒んでいるので拒否権とでも申しますか。それを発して自ら軍を起こすは、大同盟の意義に反しまする。皆が認める大義ではなくなりますゆえ。利と害の関わりが大なる国も同じにござる」
純正は説明した。
これには信長も困ったはずだ。
自らの大義名分を唱えて加賀に侵攻しようとすれば、必ず大同盟会議が発足する。そして仮に侵攻するとなっても、織田主導ではない。
それをさせぬための拒否権であるが、使えないなら意味がないのだ。
「いかがでしょうか。さきほど津々浦々に少なからず力を及ぼす、とありましたが、国境はその最たるもの。境を接している国以上に力を及ぼし、及ぼされる国はないかと存ずる。ゆえに至極まっとうな題目であると考えまする」
信長は眼光するどく純正を見ている。睨む、というより自然とそういう目つきになっていたのだ。勝頼は黙っている。
「拒否権を発すにあたり、発した国は説明の責がある、との題目はそのままの意味にござる。何の意味もなく発されれば、この大同盟の意義がなくなります。しかるべき理由を説明していただくのが道理にございます」
これについては誰も異論を挟まなかった。というより、小佐々・織田・武田以外にはあまり関係のない話なので、関心が薄かったのかもしれない。
「加えて説明の後、その可否を問う決をとります。拒否権を発した国、ならびに境を接する国は参加できぬものとします」
こうなればもう、拒否権とは名ばかりの、何の意味も持たない権利となる。信長の企みは潰えてしまうのだ。
織田と武田が共謀し、加賀の件に関して武田が拒否権を発動したとしても、織田は当事国なので投票権がない。残った五ヶ国で投票を行うが、畠山と里見は親小佐々である。
浅井と徳川が拒否権を可としても、残りの三ヶ国で否決され、拒否権が無効となるのだ。
「最後はさきほどの失に関わる補填にございますが、拒否権を持つ国が等分に負うものとします。はじめは我が小佐々がと考えておりましたが、兵部卿殿より拒否権の儀が発せられましたので、全体の決議を左右する権にございますれば、これも得心していただけるものかと存じます」
勝頼は相変わらず無表情だが、信長は苦虫を噛みつぶしたような顔をしているようにも見える。
「方々、お尋ねになる事はございませぬか? なければ草案を作り、起請文へと移りたいと存じますが、いかがでしょう?」
それぞれの家中で話し合うような声が聞こえたが、これ以上の反対意見はないようだった。
「それでは……」
「待たれよ」
信長である。
なんだよ! と言いたい気持ちを純正はぐっとこらえる。
「拒否権の儀、ならびにその他の題目についてもおおよそ得心しておる。然れど一つだけ、一つだけ発議いたしたい」
この期に及んで、信長はまだ言いたいことがあるようだ。
次回 第590話 信長の悪あがきと純正の妥協
『日ノ本大同盟』の憲章、そして細部規約の制定と同意のための会談も大詰めである。
・終戦の可否とその時期の決定基準
・大同盟軍内での各国(甲)の作戦行動による各国(乙)ならびに全体の損害が発生した場合の責任の所在と確定方法。
上記の2点について話し合われた。
「これにつきましては、これまでの軍と変りませぬ。相手からの降伏の申し出があった時に終戦とします。また、戦況によって軍を続くか止めるかの判断ですが、合議判断といたします」
「それは如何なる事ですか?」
里見家の正木頼忠が発言する。
「策を練り、それにそって各御家中の勢がそれぞれ失(損害)を被ったといたします。このままでは軍を続ける事が能わぬとなった時は、評定にて諮り、その失の多き御家中は、軍より退いてもよしといたします」
「それは軍兵の多寡に限らずでございますか? いちいち合議に諮っていては、打ち合うておるその勢は下手をすると破れ滅びる事になりかねませんぞ」
頼忠の発言はもっともだ。
「先ほどの発言は、あくまで御家中すべての勢において、という事にござる。一将の預かる少なき勢にてそのような事は、将の判に委ねるほかありませぬ。然もなければ、仰せの通り一人残らず滅びまする」
「ではそれにより、他の勢、または全体に失が及ぶとしてもでござるか?」
「それは致し方ございませぬ。将は兵を退くときは一報を入れ、認められて退くが上策にござる。然れど留まればいたずらに兵を損ねるのみと判じたならば、その将の責において退くは、必ずしも咎められる事にはなりませぬ」
頼忠はもちろんだが、他の面々も少し納得がいかない様子であった。
参った、と純正は思った。予想された事だが、結局自国の兵は失いたくなく、その補填を誰がどのようにするのか? という事なのだろう。
「どの御家中の勢が、如何なる有り様でそうなるかは誰にもわかりませぬ。命を違えて(命令違反で)生じた失ならば厳重に処罰されねばなりませぬが、こと勢を退く儀に関しては、事後に慎重に協議しなければなりますまい。どうしても、というのならば、この小佐々が補いましょう」
おおお、という声が上がった。
恩賞においては以前決めた通りであるが、被る被害に関しては、その順番とは限らないのだ。仮に畠山が一番参加兵力が少ないとしても、損失も一番少ないとは断言できない。
「然れど、事後つぶさに調べあげ、偽りが露見した時は相応の裁きを覚悟していただきたい」
当然のことである。
死者やけが人を水増しして報告されても困るし、虚偽の損失補填などたまったものではない。この時代の戦果報告や死傷者数なんて、けっこういい加減だったりするのだ。
「では、一通り題目の中身はお知らせし、尋ねる事もなければ文言を決めて起請文をつくりたいと思いますが、いかに?」
損失補填の問題が解決されたところで、大同盟会議は終了するかに見えた。
「ひとつ、よろしいか?」
信長である。
「なんでしょう、兵部卿殿」
純正はにこやかに返す。
「おおよそ得心はしたのだが、ひとつ発議したき儀がござる」
「いかなる儀にございましょうや?」
なにやら不穏な空気が流れ始めた。小佐々と織田以外の参加者は固唾をのんで見守っている。
「なに、ことさら難し儀ではありませぬ」
そう信長は前置きをして、続ける。
「ここに参列された皆様は同列として話をしておりました。それについてはそれがしも異を唱える事はござらん。然れどその実、わが織田は無論の事、中納言殿や大膳大夫殿は数カ国を領し、領内とそれに接する国のみならず、津々浦々に少なからず力を及ぼしておりまする」
しいん、となった。誰もが信長の発言に耳を傾けている。
「そのため一方では悪しき事でも、一方では良き事というのも往々にして起こりえまする。例えば、例えばでござるが、武田家の隣の北条に攻め込むという発議があったとします。賛成はしつつも、わが領内の津島や熱田は古来より商いの湊。伊豆相模ともさかんに商人が行きかっております。然れば、その発議の可否を論ずるは易しにあらず」
純正は心の中でにやりと笑った。それは腹案がある、という意味ではない。信長は七ヶ国大同盟の発議に対して、拒否権をもって行使したいのだ、と。
「つまり?」
「その発議そのものに対して否と答える権を持つべきだ、という事にござる」
持ちたい、ではなく、持つべきだ、か。これが純正の心中である。
「中納言殿の御存念をお伺いしたい」
信長の発言の後、全員の視線が純正に移る。純正は目をつむってじっくり考えている。
「良いのではないでしょうか」
ほお……。
というのが信長の率直な気持ちであった。もっと慎重に『即答すべき題目ではない』とか『後日さらなる協議のもと』という返事を予想していたのだ。
「然れど、いくつか題目(条件)を設ける事で、より盤石となるかと存ずる」
「それは如何なる題目でしょうか」
まずは、と前置きして純正が提示したのが以下の条件である。
一つ、紛争当事国(攻め入る国、攻められた国)ならびに、明らかに経済的相互依存国の拒否権は認めない。
一つ、拒否権が発動された場合、発動した国はその理由を明確に説明すべし。
一つ、説明責任を果たした後、それ以外の六ヶ国で拒否権の可否を審議する。この場合軍事介入・派兵される国と国境を接する国には投票権がない。
一つ、拒否権を持つ大国は、さきに決めた損失補填の責を負う。
大同盟の軍事行動を、大国の拒否権で左右しようという信長の意図を完全に封じたものである。
「一つ目は、多くを語らずとも良いでしょう。国境を接している国については、全ての責を負う代わりに全ての利得を得たいものです。然れども、その御家中が否と言う権、拒んでいるので拒否権とでも申しますか。それを発して自ら軍を起こすは、大同盟の意義に反しまする。皆が認める大義ではなくなりますゆえ。利と害の関わりが大なる国も同じにござる」
純正は説明した。
これには信長も困ったはずだ。
自らの大義名分を唱えて加賀に侵攻しようとすれば、必ず大同盟会議が発足する。そして仮に侵攻するとなっても、織田主導ではない。
それをさせぬための拒否権であるが、使えないなら意味がないのだ。
「いかがでしょうか。さきほど津々浦々に少なからず力を及ぼす、とありましたが、国境はその最たるもの。境を接している国以上に力を及ぼし、及ぼされる国はないかと存ずる。ゆえに至極まっとうな題目であると考えまする」
信長は眼光するどく純正を見ている。睨む、というより自然とそういう目つきになっていたのだ。勝頼は黙っている。
「拒否権を発すにあたり、発した国は説明の責がある、との題目はそのままの意味にござる。何の意味もなく発されれば、この大同盟の意義がなくなります。しかるべき理由を説明していただくのが道理にございます」
これについては誰も異論を挟まなかった。というより、小佐々・織田・武田以外にはあまり関係のない話なので、関心が薄かったのかもしれない。
「加えて説明の後、その可否を問う決をとります。拒否権を発した国、ならびに境を接する国は参加できぬものとします」
こうなればもう、拒否権とは名ばかりの、何の意味も持たない権利となる。信長の企みは潰えてしまうのだ。
織田と武田が共謀し、加賀の件に関して武田が拒否権を発動したとしても、織田は当事国なので投票権がない。残った五ヶ国で投票を行うが、畠山と里見は親小佐々である。
浅井と徳川が拒否権を可としても、残りの三ヶ国で否決され、拒否権が無効となるのだ。
「最後はさきほどの失に関わる補填にございますが、拒否権を持つ国が等分に負うものとします。はじめは我が小佐々がと考えておりましたが、兵部卿殿より拒否権の儀が発せられましたので、全体の決議を左右する権にございますれば、これも得心していただけるものかと存じます」
勝頼は相変わらず無表情だが、信長は苦虫を噛みつぶしたような顔をしているようにも見える。
「方々、お尋ねになる事はございませぬか? なければ草案を作り、起請文へと移りたいと存じますが、いかがでしょう?」
それぞれの家中で話し合うような声が聞こえたが、これ以上の反対意見はないようだった。
「それでは……」
「待たれよ」
信長である。
なんだよ! と言いたい気持ちを純正はぐっとこらえる。
「拒否権の儀、ならびにその他の題目についてもおおよそ得心しておる。然れど一つだけ、一つだけ発議いたしたい」
この期に及んで、信長はまだ言いたいことがあるようだ。
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