587 / 828
日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-
第587話 織田信長と武田勝頼の密談会盟。軍事行動合議制の可否
しおりを挟む
天正二年 一月十四日(1573/02/16) 夜 近江国蒲生郡 武佐宿村 織田宿舎
「殿、いかがなさるおつもりですか?」
「左様、このままでは織田は完全に小佐々の下風に立ち、顔色をうかがわねばならなくなりますぞ」
光秀の言葉に秀吉が同調する。珍しい事であったが、これが信長の意図するところでもあった。
「ほう? お主ら二人の考えが時を経ずして同じとは、いかに重しかを物語っておるのう」
ふはははは、と信長は笑う。
「「笑い事ではございませぬ」」
「ははは、まあそう怒るな。考えあっての事じゃ。お主らは本当に、この会盟、大同盟が小佐々のみで成り立つと思うておるのか?」
「……そは、小佐々の一力(単独)では、なせぬと?」
「なにか秘策がおありなのですか?」
光秀に続き秀吉も信長の言葉を待つ。
「わが織田と、浅井徳川、そして武田が組んで小佐々と相対するならば、なんとする?」
「「! !」」
光秀と秀吉は顔を見合わせた。
「長政や家康には言質をとっておる。もとより両家は織田と一蓮托生。誓詞を交わしたとて簡単には我らに討ち入るなどできるはずもない。されど、取り合うべきは(問題にするのは)そこではない」
「では?」
光秀は目をつむり考えているが、秀吉は身を乗り出して信長の答えを促す。
「いついかなる時でも我らと意を一にする、という事じゃ。それから武田とも話をして、これも賛同を得ておる」
「な! いつ勝頼、いや大膳大夫様とお会いになったのですか?」
秀吉は驚きの声をあげるが、それは光秀も同じだ。
「事が露見してはならぬゆえ、密かに会うたのじゃ。心配いたすな。風はわれらに逆風ばかりではない」
■日ノ本大同盟会談の前日 某所
「これは兵部卿様、いや……織田殿、勘九郎殿の御父君とお呼びすればよいのですかな?」
勝頼は信長の呼び方に苦慮した。
「いや、遠慮はいらぬ。……いりませぬ。松姫の御父君。確かに我らが高は上にて、歳もわしが上ではあるが、格式で言えば武田が上にござろう。……いやいや、此度はそのような事を話にきたのではないのじゃ」
信長も苦慮している。他者に対してこういう呼び方をするのは久しぶりであろうか。純正に対するより腰が低いかもしれない。
それだけ勝頼の、武田の位置づけが織田にとって重要だという事だろう。かつての仇敵が、織田の命運を握っているといっても過言ではない。
「では互いに織田殿、武田殿でいかがでしょうか」
「そういたそう」
ふふ、と二人の顔に笑みがこぼれた。
「して、此度は如何なるご用件でしょうか。明日は中納言様主催の七大名の会談ですぞ」
「存じております。武田殿は此度の会談の内容は聞き及んでおりますか?」
「つぶさには(詳細は)存じませんが、なにやら我らのうち、如何なる国においても、勢(軍勢)を起こして他国に討ち入る儀は合議にて諮るべしと」
「その通り。この儀についての武田殿の御存念を伺いたい」
「ふむ。存念にござるか。然れば、いささか窮屈な儀にはござるが、あながちそればかりではないかと存ずる。軍には大儀が要るが、皆が認める大義なくば、挙句は自らを窮する事となる。合議の上ならば、それもあるまい」
勝頼は、みずからの大義を掲げても、納得されるものでなければ、小佐々をはじめとした諸大名から非難をうけると言いたいのだ。
それはつまり、小佐々との同盟破棄や軍事制裁の対象となりうるという意味である。しかし合議の上の戦争ならば、その心配はない。
「されどそれでは小佐々の、権中納言殿の力を助長する事になりませぬか? 我らは小佐々家に服属しているわけではありませぬ。高は及ばねど、対等の盟約なのです」
信長の発言にたいして勝頼は答える。
「然にあらず。既に小佐々より様々なる恩恵を受けておる上、名目上は対等であっても、その実は銭や様々なる匠の技にて、明らかに下でござる。それは、うすうす感じておられるのではありませぬか?」
「そは確かに否定はできぬが、軍門に降った訳ではない」
「然に候(そうです)。ゆえにこの合議制は、我らの行いを制するものではなく、小佐々の行いを制するものと同義なのです」
「……うべなるかな(なるほど)。さすがに信玄公の世継ぎにして甲斐武田家のご当主にござる。ではその御存念をお聞きした上で、それをさらに強しとなす腹案がそれがしにござるが、ご同意なされるか?」
「うべなうべな(なるほどなるほど)。それがし、得心いたした。小佐々に害する事でもなし、至極まっとうな権にござる。同意いたします」
「忝し」
■天正二年 一月十五日(1573/02/17) 近江国蒲生郡 武佐宿村 小佐々織田合議所
「では、中納言様が仰せの合議における勢を起こす、つまりは兵事にござるが、その兵事の行いを合議するのは何処から何処までの定(範囲)にござるか?」
武田家の家老、曽根虎盛が発議した。
「そは律令の通りなり。北は陸奥に出羽から、南は薩摩大隅までにございます」
小佐々家外務大臣、太田和利三郎が答えた。
「ひとつお伺いしたいが、小佐々家は薩摩大隅の南、琉球を超えた高山国や呂宋国も領土となしていると聞く。これは含まれぬので?」
「含まれませぬ。これはあくまで朝廷に願い出て、高山国や呂宋国を治めるわが郎党の小佐々家中の立場を明らかにするためのもの。ゆくゆくは、日ノ本が一統された時には含むかもしれませぬが、今はまだ含むべきではないかと考えまする」
おおお、という声が満座に響き渡った。
それもそのはずだ。呂宋や高山など、どこにあって誰が住むのか全く知らないのだ。そんなところまで含められたら、たまったものではない。
想像もつかない場所での事など、構う余裕などないのだ。
純正にしても、明やスペインが攻めてきたら、援軍は一人でも多い方がありがたいが、すぐではない。戦況が悪ければ、最後の手段で緊急事案として発議すればいい。
賛成されなくても、いないものとして戦略を練っている。最悪、全軍全力で南下して雌雄を決すればよいのだ。
まだまだ続く。
次回 第588話 報復行動の可否と恩賞の基準
「殿、いかがなさるおつもりですか?」
「左様、このままでは織田は完全に小佐々の下風に立ち、顔色をうかがわねばならなくなりますぞ」
光秀の言葉に秀吉が同調する。珍しい事であったが、これが信長の意図するところでもあった。
「ほう? お主ら二人の考えが時を経ずして同じとは、いかに重しかを物語っておるのう」
ふはははは、と信長は笑う。
「「笑い事ではございませぬ」」
「ははは、まあそう怒るな。考えあっての事じゃ。お主らは本当に、この会盟、大同盟が小佐々のみで成り立つと思うておるのか?」
「……そは、小佐々の一力(単独)では、なせぬと?」
「なにか秘策がおありなのですか?」
光秀に続き秀吉も信長の言葉を待つ。
「わが織田と、浅井徳川、そして武田が組んで小佐々と相対するならば、なんとする?」
「「! !」」
光秀と秀吉は顔を見合わせた。
「長政や家康には言質をとっておる。もとより両家は織田と一蓮托生。誓詞を交わしたとて簡単には我らに討ち入るなどできるはずもない。されど、取り合うべきは(問題にするのは)そこではない」
「では?」
光秀は目をつむり考えているが、秀吉は身を乗り出して信長の答えを促す。
「いついかなる時でも我らと意を一にする、という事じゃ。それから武田とも話をして、これも賛同を得ておる」
「な! いつ勝頼、いや大膳大夫様とお会いになったのですか?」
秀吉は驚きの声をあげるが、それは光秀も同じだ。
「事が露見してはならぬゆえ、密かに会うたのじゃ。心配いたすな。風はわれらに逆風ばかりではない」
■日ノ本大同盟会談の前日 某所
「これは兵部卿様、いや……織田殿、勘九郎殿の御父君とお呼びすればよいのですかな?」
勝頼は信長の呼び方に苦慮した。
「いや、遠慮はいらぬ。……いりませぬ。松姫の御父君。確かに我らが高は上にて、歳もわしが上ではあるが、格式で言えば武田が上にござろう。……いやいや、此度はそのような事を話にきたのではないのじゃ」
信長も苦慮している。他者に対してこういう呼び方をするのは久しぶりであろうか。純正に対するより腰が低いかもしれない。
それだけ勝頼の、武田の位置づけが織田にとって重要だという事だろう。かつての仇敵が、織田の命運を握っているといっても過言ではない。
「では互いに織田殿、武田殿でいかがでしょうか」
「そういたそう」
ふふ、と二人の顔に笑みがこぼれた。
「して、此度は如何なるご用件でしょうか。明日は中納言様主催の七大名の会談ですぞ」
「存じております。武田殿は此度の会談の内容は聞き及んでおりますか?」
「つぶさには(詳細は)存じませんが、なにやら我らのうち、如何なる国においても、勢(軍勢)を起こして他国に討ち入る儀は合議にて諮るべしと」
「その通り。この儀についての武田殿の御存念を伺いたい」
「ふむ。存念にござるか。然れば、いささか窮屈な儀にはござるが、あながちそればかりではないかと存ずる。軍には大儀が要るが、皆が認める大義なくば、挙句は自らを窮する事となる。合議の上ならば、それもあるまい」
勝頼は、みずからの大義を掲げても、納得されるものでなければ、小佐々をはじめとした諸大名から非難をうけると言いたいのだ。
それはつまり、小佐々との同盟破棄や軍事制裁の対象となりうるという意味である。しかし合議の上の戦争ならば、その心配はない。
「されどそれでは小佐々の、権中納言殿の力を助長する事になりませぬか? 我らは小佐々家に服属しているわけではありませぬ。高は及ばねど、対等の盟約なのです」
信長の発言にたいして勝頼は答える。
「然にあらず。既に小佐々より様々なる恩恵を受けておる上、名目上は対等であっても、その実は銭や様々なる匠の技にて、明らかに下でござる。それは、うすうす感じておられるのではありませぬか?」
「そは確かに否定はできぬが、軍門に降った訳ではない」
「然に候(そうです)。ゆえにこの合議制は、我らの行いを制するものではなく、小佐々の行いを制するものと同義なのです」
「……うべなるかな(なるほど)。さすがに信玄公の世継ぎにして甲斐武田家のご当主にござる。ではその御存念をお聞きした上で、それをさらに強しとなす腹案がそれがしにござるが、ご同意なされるか?」
「うべなうべな(なるほどなるほど)。それがし、得心いたした。小佐々に害する事でもなし、至極まっとうな権にござる。同意いたします」
「忝し」
■天正二年 一月十五日(1573/02/17) 近江国蒲生郡 武佐宿村 小佐々織田合議所
「では、中納言様が仰せの合議における勢を起こす、つまりは兵事にござるが、その兵事の行いを合議するのは何処から何処までの定(範囲)にござるか?」
武田家の家老、曽根虎盛が発議した。
「そは律令の通りなり。北は陸奥に出羽から、南は薩摩大隅までにございます」
小佐々家外務大臣、太田和利三郎が答えた。
「ひとつお伺いしたいが、小佐々家は薩摩大隅の南、琉球を超えた高山国や呂宋国も領土となしていると聞く。これは含まれぬので?」
「含まれませぬ。これはあくまで朝廷に願い出て、高山国や呂宋国を治めるわが郎党の小佐々家中の立場を明らかにするためのもの。ゆくゆくは、日ノ本が一統された時には含むかもしれませぬが、今はまだ含むべきではないかと考えまする」
おおお、という声が満座に響き渡った。
それもそのはずだ。呂宋や高山など、どこにあって誰が住むのか全く知らないのだ。そんなところまで含められたら、たまったものではない。
想像もつかない場所での事など、構う余裕などないのだ。
純正にしても、明やスペインが攻めてきたら、援軍は一人でも多い方がありがたいが、すぐではない。戦況が悪ければ、最後の手段で緊急事案として発議すればいい。
賛成されなくても、いないものとして戦略を練っている。最悪、全軍全力で南下して雌雄を決すればよいのだ。
まだまだ続く。
次回 第588話 報復行動の可否と恩賞の基準
2
お気に入りに追加
163
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
スキルが【アイテムボックス】だけってどうなのよ?
山ノ内虎之助
ファンタジー
高校生宮原幸也は転生者である。
2度目の人生を目立たぬよう生きてきた幸也だが、ある日クラスメイト15人と一緒に異世界に転移されてしまう。
異世界で与えられたスキルは【アイテムボックス】のみ。
唯一のスキルを創意工夫しながら異世界を生き抜いていく。


魔道具作ってたら断罪回避できてたわw
かぜかおる
ファンタジー
転生して魔法があったからそっちを楽しんで生きてます!
って、あれまあ私悪役令嬢だったんですか(笑)
フワッと設定、ざまあなし、落ちなし、軽〜く読んでくださいな。

帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす
黄昏人
ファンタジー
ハヤトは15歳、中学3年生の時に異世界に召喚され、7年の苦労の後、22歳にて魔族と魔王を滅ぼして日本に帰還した。帰還の際には、莫大な財宝を持たされ、さらに身につけた魔法を始めとする能力も保持できたが、マナの濃度の低い地球における能力は限定的なものであった。しかし、それでも圧倒的な体力と戦闘能力、限定的とは言え魔法能力は現代日本を、いや世界を大きく動かすのであった。
4年前に書いたものをリライトして載せてみます。

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる