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日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-
織田信長&徳川家康&浅井長政の野望
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天正元年(1572)九月十一日 岐阜城
「さて、小佐々が謙信と軍をしておる間、荷留と津留のみであるが、われらも助力いたした。その間、伊賀と紀伊において進展はあったか?」
「は、伊賀においては最低限の権益を与えることで服属をさせました。紀伊にございますが、まずは仰せの通り雑賀へむけ調略を進めており、すでに雑賀の太田党の調略が済みましてございます」
「うむ、重畳である」
信長の問いに対して、光秀が詳細に報告した。
実は雑賀衆に関しては、昨年元亀二年の三月以降、純正が調略を行っていた。
雑賀衆のうち太田党(中郷・宮郷・南郷)と呼ばれる勢力は山間部にあり、農業は盛んであったが塩などの海産物やその他の交易品において、海側にある雑賀党(十ヶ郷・雑賀荘)に依存している部分が多かったのだ。
そこを純正が、信長の意向とは関係なく、経済面で支援するから織田には向かうな、と調略をかけていたのだ。
太田党は織田にも小佐々にも服属はせず、独立を保って経済的恩恵のみを享受していた。
しかし形だけとはいえ本願寺と織田の和睦が成り、長島の門徒はすでになく、信玄の脅威もなくなった今、純正も太田党の援助をする必要がなくなった。
織田からの調略は、太田党にとって渡りに船だったのかもしれない。和睦によって雑賀党との付き合いは復活したものの、いつまた止められるかわからないからだ。
「よし、では残りは朝廷への根回しであるな。光秀、頼むぞ」
「ははっ」
「……さて、越前と加賀はいかような事の様(状況)か?」
「は、そちらもつつがなく」
秀吉が答える。
「ふむ」
「ひそかに加賀の一揆を煽動しておりますので、ふたたび越前に攻め入るかと存じます。また越前の桂田長俊も悪政をしいているため、加賀勢と糾合して大事になるは必定。奴一人の手には負えますまい」
「ふむ。権力の味というものは一度味わえば忘れられぬもの。長俊は所詮その程度の男であったのだ。厳しく臨め、とは言うたが、迫害せよとは言うておらぬ。すべては奴のさじ加減じゃ」
「は、小佐々の扱い(調停)もありましたが、結局のところ、われらと奴らは相容れませぬ。水の利や漁り場の利得で仲間内で揉めておったくせに、今度は仲間を救うためなどと申して、昨日の敵を仲間にしております」
「ふふふ……まあその経緯はどうでもよい。要するに加賀の一揆勢が再び越前に攻め入った、という事実が重し(重要)なのだ。これを大義名分といわずなんと言おうか。一揆の持ちたる国など、害悪でしかない事を世にしらしめようぞ」
信長は虎視眈々と加賀の一揆が越前に攻め入るのを待つのであった。
■岡崎城
「数正に忠次、奥三河に北遠江はいかがじゃ?」
「「は……」」
石川数正と酒井忠次は返す言葉がない。居並ぶ諸将も同じである。満座が静まりかえる中、一人の武将が声を上げた。
「恐れながら申し上げます」
「なんじゃ?」
発言したのは遠江井伊谷城主、井伊次郎法師直虎である。女性でありながら凜としたたたずまいは、他の諸将と比べても見劣りするものではない。
「奥三河の事の様(状況)は知り得ませぬが、北三河においてはいささか良き筋が見えておりまする」
「おお? いかような事じゃ?」
「殿は天野七郎景泰と、その息子の七郎元景をご存じでしょうか?」
「七郎……七郎親子か? 存じておるぞ! 見知って(会って・会った)はおらぬが、以前天野が今川からこちらに降る際、いまいましい藤秀(景貫)が、七郎親子が天野惣領家について訴訟を起こしても許容しないようにとの申し出があった」
実は北遠江で権勢をふるっている天野藤秀(景貫)は、もともとは庶流であった。
天野家は今川氏の被官として犬居谷一円を支配していたが、惣領家である安芸守(七郎)の系統と宮内右衛門尉(四郎)の系統の二派が存在していたのだ。
二家は対立をしていたが、今川氏真の裁定に不満を持った景泰が反旗を翻した。
しかしこの離反は、景泰が領内の被官や農民らとも対立していたため成功せず、安芸守七郎家は没落したのだ。
「こたびの天野の武田への離反、七郎親子(天野景泰・元景)は仕方なく従ってはおりますが、本意ではありませぬ。また、藤秀は武田の威を借りては悪政をしいており、領民や被官からも怨嗟の声があがっております」
「ふふふ……それは、面白いのう……」
「は、本領安堵と天野惣領家の地位を保障いたせばよいかと。いや、そもそも庶流であった宮内右衛門尉家を取り潰す事を約せば、北遠江は再び徳川の勢となりましょう」
「あい分かった。直虎よ、よきに計らえ。頼むぞ」
「ははっ」
「ふっ……。苦しきなかにも、光明は見えてくるものであるな」
■小谷城
「越前の桂田殿には困ったものよの……。いくらこちらが言うても聞く耳を持たぬ。あれでは遠からず再び一揆が起きるぞ。義兄上も何故あのような者を越前の国主となさっておるのか。いかに景紀よりマシとはいえ、解せぬ」
甘言にそそのかされ、身内を裏切るようなものに、一国は任せられない。
長政は景紀の敦賀郡司としての権限も奪い、手中にしていた。
その後の景紀の行方は定かではない。いたら害になることはあっても益にはならない、との判断から長政が手を下したとの噂もあった。
「兄上、兵部卿様(信長)はもしや、ことさら(わざと)何もせぬのではないでしょうか?」
「いかような(どういう)事じゃ?」
弟の浅井玄蕃頭政元の発言に、驚きというよりも興味がおこった長政は聞いた。あの信長である。多少の事をやったとしても、驚かない。
「されば今、兵部卿様が一番望まれていることはなんでしょうか?」
「義兄上が望まれている事? それは岐阜城を獲った時から変わらぬ。天下布武……あ、そういう事か」
長政は気付いたようだ。
「は。西へ版図を拡げる事は能いませぬ。ゆえに東となりますが、武田とは和睦をいたしました。然れば、北陸しかございませぬ。然りとて権中納言様は軍を好まれぬゆえ、よほどの大儀がなくば、加賀に攻め入る事能いませぬ」
「それゆえ、一揆を煽動して越前に討ち入らせようと? 越前の門徒も桂田殿の悪政で立ち上がり、二ヶ国をはさんだ大乱となる。それを鎮めるために義兄上が加賀へ出兵し、治めるという算段であろうか」
「左様にござりましょう。さればすべて辻褄があいまする。無論ここまで単純ではないかと存じますが、これより他に織田家が威を大きくする術はございますまい」
「さようか。……いずれにしても我らは義兄上とともにある。出来うる限りの助力はいたすとしよう。して、丹波はいかがじゃ?」
長政は話を越前・加賀から切り替え、自らの所領である丹後若狭に接している、丹波の状況を確認する。
「は、丹波の何鹿郡八田郷の大槻清秀、同じく何鹿郡上林庄の上林久茂、桑田郡島城主の川勝継氏ら国人衆は本領安堵で調略を終えております」
「うむ、重畳である。赤井に波多野、内藤に与する国人衆は難しかろうて、まずはその何鹿郡と桑田郡の二郡が手に入ったのは大きい。あとはゆるりと攻めればよい」
武田との戦いで勢力を半減させた徳川家と違い、父と袂をわけて信長に協力して来た浅井家は、北近江に若狭と丹後、越前敦賀郡の一部と丹波の二郡を領する勢力となっていた。
次回 第582話 房総の雄 里見佐馬頭義弘
「さて、小佐々が謙信と軍をしておる間、荷留と津留のみであるが、われらも助力いたした。その間、伊賀と紀伊において進展はあったか?」
「は、伊賀においては最低限の権益を与えることで服属をさせました。紀伊にございますが、まずは仰せの通り雑賀へむけ調略を進めており、すでに雑賀の太田党の調略が済みましてございます」
「うむ、重畳である」
信長の問いに対して、光秀が詳細に報告した。
実は雑賀衆に関しては、昨年元亀二年の三月以降、純正が調略を行っていた。
雑賀衆のうち太田党(中郷・宮郷・南郷)と呼ばれる勢力は山間部にあり、農業は盛んであったが塩などの海産物やその他の交易品において、海側にある雑賀党(十ヶ郷・雑賀荘)に依存している部分が多かったのだ。
そこを純正が、信長の意向とは関係なく、経済面で支援するから織田には向かうな、と調略をかけていたのだ。
太田党は織田にも小佐々にも服属はせず、独立を保って経済的恩恵のみを享受していた。
しかし形だけとはいえ本願寺と織田の和睦が成り、長島の門徒はすでになく、信玄の脅威もなくなった今、純正も太田党の援助をする必要がなくなった。
織田からの調略は、太田党にとって渡りに船だったのかもしれない。和睦によって雑賀党との付き合いは復活したものの、いつまた止められるかわからないからだ。
「よし、では残りは朝廷への根回しであるな。光秀、頼むぞ」
「ははっ」
「……さて、越前と加賀はいかような事の様(状況)か?」
「は、そちらもつつがなく」
秀吉が答える。
「ふむ」
「ひそかに加賀の一揆を煽動しておりますので、ふたたび越前に攻め入るかと存じます。また越前の桂田長俊も悪政をしいているため、加賀勢と糾合して大事になるは必定。奴一人の手には負えますまい」
「ふむ。権力の味というものは一度味わえば忘れられぬもの。長俊は所詮その程度の男であったのだ。厳しく臨め、とは言うたが、迫害せよとは言うておらぬ。すべては奴のさじ加減じゃ」
「は、小佐々の扱い(調停)もありましたが、結局のところ、われらと奴らは相容れませぬ。水の利や漁り場の利得で仲間内で揉めておったくせに、今度は仲間を救うためなどと申して、昨日の敵を仲間にしております」
「ふふふ……まあその経緯はどうでもよい。要するに加賀の一揆勢が再び越前に攻め入った、という事実が重し(重要)なのだ。これを大義名分といわずなんと言おうか。一揆の持ちたる国など、害悪でしかない事を世にしらしめようぞ」
信長は虎視眈々と加賀の一揆が越前に攻め入るのを待つのであった。
■岡崎城
「数正に忠次、奥三河に北遠江はいかがじゃ?」
「「は……」」
石川数正と酒井忠次は返す言葉がない。居並ぶ諸将も同じである。満座が静まりかえる中、一人の武将が声を上げた。
「恐れながら申し上げます」
「なんじゃ?」
発言したのは遠江井伊谷城主、井伊次郎法師直虎である。女性でありながら凜としたたたずまいは、他の諸将と比べても見劣りするものではない。
「奥三河の事の様(状況)は知り得ませぬが、北三河においてはいささか良き筋が見えておりまする」
「おお? いかような事じゃ?」
「殿は天野七郎景泰と、その息子の七郎元景をご存じでしょうか?」
「七郎……七郎親子か? 存じておるぞ! 見知って(会って・会った)はおらぬが、以前天野が今川からこちらに降る際、いまいましい藤秀(景貫)が、七郎親子が天野惣領家について訴訟を起こしても許容しないようにとの申し出があった」
実は北遠江で権勢をふるっている天野藤秀(景貫)は、もともとは庶流であった。
天野家は今川氏の被官として犬居谷一円を支配していたが、惣領家である安芸守(七郎)の系統と宮内右衛門尉(四郎)の系統の二派が存在していたのだ。
二家は対立をしていたが、今川氏真の裁定に不満を持った景泰が反旗を翻した。
しかしこの離反は、景泰が領内の被官や農民らとも対立していたため成功せず、安芸守七郎家は没落したのだ。
「こたびの天野の武田への離反、七郎親子(天野景泰・元景)は仕方なく従ってはおりますが、本意ではありませぬ。また、藤秀は武田の威を借りては悪政をしいており、領民や被官からも怨嗟の声があがっております」
「ふふふ……それは、面白いのう……」
「は、本領安堵と天野惣領家の地位を保障いたせばよいかと。いや、そもそも庶流であった宮内右衛門尉家を取り潰す事を約せば、北遠江は再び徳川の勢となりましょう」
「あい分かった。直虎よ、よきに計らえ。頼むぞ」
「ははっ」
「ふっ……。苦しきなかにも、光明は見えてくるものであるな」
■小谷城
「越前の桂田殿には困ったものよの……。いくらこちらが言うても聞く耳を持たぬ。あれでは遠からず再び一揆が起きるぞ。義兄上も何故あのような者を越前の国主となさっておるのか。いかに景紀よりマシとはいえ、解せぬ」
甘言にそそのかされ、身内を裏切るようなものに、一国は任せられない。
長政は景紀の敦賀郡司としての権限も奪い、手中にしていた。
その後の景紀の行方は定かではない。いたら害になることはあっても益にはならない、との判断から長政が手を下したとの噂もあった。
「兄上、兵部卿様(信長)はもしや、ことさら(わざと)何もせぬのではないでしょうか?」
「いかような(どういう)事じゃ?」
弟の浅井玄蕃頭政元の発言に、驚きというよりも興味がおこった長政は聞いた。あの信長である。多少の事をやったとしても、驚かない。
「されば今、兵部卿様が一番望まれていることはなんでしょうか?」
「義兄上が望まれている事? それは岐阜城を獲った時から変わらぬ。天下布武……あ、そういう事か」
長政は気付いたようだ。
「は。西へ版図を拡げる事は能いませぬ。ゆえに東となりますが、武田とは和睦をいたしました。然れば、北陸しかございませぬ。然りとて権中納言様は軍を好まれぬゆえ、よほどの大儀がなくば、加賀に攻め入る事能いませぬ」
「それゆえ、一揆を煽動して越前に討ち入らせようと? 越前の門徒も桂田殿の悪政で立ち上がり、二ヶ国をはさんだ大乱となる。それを鎮めるために義兄上が加賀へ出兵し、治めるという算段であろうか」
「左様にござりましょう。さればすべて辻褄があいまする。無論ここまで単純ではないかと存じますが、これより他に織田家が威を大きくする術はございますまい」
「さようか。……いずれにしても我らは義兄上とともにある。出来うる限りの助力はいたすとしよう。して、丹波はいかがじゃ?」
長政は話を越前・加賀から切り替え、自らの所領である丹後若狭に接している、丹波の状況を確認する。
「は、丹波の何鹿郡八田郷の大槻清秀、同じく何鹿郡上林庄の上林久茂、桑田郡島城主の川勝継氏ら国人衆は本領安堵で調略を終えております」
「うむ、重畳である。赤井に波多野、内藤に与する国人衆は難しかろうて、まずはその何鹿郡と桑田郡の二郡が手に入ったのは大きい。あとはゆるりと攻めればよい」
武田との戦いで勢力を半減させた徳川家と違い、父と袂をわけて信長に協力して来た浅井家は、北近江に若狭と丹後、越前敦賀郡の一部と丹波の二郡を領する勢力となっていた。
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