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日ノ本未だ一統ならず-内政拡充技術革新と新たなる大戦への備え-

電気という概念と様々な試行錯誤

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 天正元年(1572)六月一日

『磁気的現象と電気的現象についての考察:天正元年六月一日(注:ユリウス暦1572/7/10):太田和忠右衛門藤政』

 そう題された論文の中身を読み返し、頭をひねりながら修正を繰り返しているのは、科学技術省大臣であり、純正の叔父である太田和忠右衛門藤政である。

 彼は欧州への留学経験はなかったが、研究の虫であり、純正が肥前の小領主だった頃から技術面で支えてきた。

 組織上、兵器開発部門の国友一貫斎や、息子の源五郎秀政の上司にあたる。

 立場上は大臣となっているが、実務は次官以下にまかせ、報告や連絡を聞いては決裁し、閣僚会議に出席だけしている。

 根っからの技術者だ。

 蒸気機関を研究中の、息子の源五郎秀政は次男で留学経験がある理論派である。

 対して忠右衛門は一貫斎と同じく、博士号レベルの知識と実績がある、たたき上げの現場主義者なのだ。

「ぐああ! もう! 訳くちゃわからんごと(訳がわからなく)なってきた!」

 研究室から『うがー!』『はっはーん(諦めの声)』『あっはっは~(もう笑うしかない時の声)』など、多種多様な声(音?)が聞こえてくる。





「父上、いかがなされたのですか?」

「おお息子よ! そなただけだぞ、わしを案じてくれるのは」

 嫡男である次郎右衛門勝政が、昼休みの昼食を弁当で持ってきたのだ。

 次男の源五郎秀政は同じ学者・技術者という事もあって反発することも多々ある。

 しかし長男の勝政は、純粋に言えばこの時代の人である。武家の嫡男らしく学問と武道を学び、家督を継いでいる。

「何を仰せですか。母も源五郎も、父上の身を案じているのですぞ」

「そ、そうか? そのような素振りはまったく見せぬぞ」

「二人とも不器用なのですよ」

 そうかぁ? と疑問の声をあげる忠右衛門に向かって、勝正はふふふ、と笑みを浮かべる。

「それがしは父上がなさっている『化学』やら『科学』の事は存じませぬが、何をお悩みになっておいでなのですか?」

「いや、なに。来月合同学会というものがあってな。一貫斎や源五郎はもちろん、大学の各分野、各研究所の面々が集まって研究議題を発表して討論するのだ」

「はい」

「わしはあまりそういうのは得手ではないのだ。前回もそうであったが、こういうまとめて文にするのが不得手でな」

「そうでございましたか。……では僭越ながら、一つ申し上げてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「父上の門下生で、この研究所内で働いている者の中で、文をまとめ、書くのを得手とするものを探すのです。その者に手伝わせればよいのでは? 父上はなんでも一人でやるきらいがございますゆえ」

「……それはわしも考えたが、実験や考察をともにやるならともかく、ただ文をまとめて書いてくれというのは、余計な仕事を増やす事になる」

 執筆能力や校正能力に長けたものを手伝わせるという事だが、負担になるのでは? というのが忠右衛門の心配である。

「ゆえに無理強いはできませぬ。されど、その論文とやらの父上の名前の横に、共著~や第一助手~、または編集~という風に名前をつければ、その者の格もあがろうというもの。それに……」

「それに、なんじゃ?」

「何事もそうですが、人に知らせる教えるとなれば、自らがことごとく体得していなければなし得ませぬ。それ故父上の論文の校正、編纂をすることで、その者の力を上げる事にもなりませぬか?」

「なるほど、そうか! いや、助かった」

「いえ、父上のお役に立てたのなら幸いです」

 そう言ってニコニコしながら勝政は研究室を出て行った。


 

 ・地球が巨大な磁石であること。(球状の磁石で証明)
 ・磁力は天然の力で働く自然のままの性質であり、電気的性質は摩擦によって生じる。
 ・磁石は鉄のみ吸い付ける。電気は軽い物体ならなんでも引きつける。
 ・磁石は磁極の磁荷を単独に分離できない。
 ・電気による牽引と反発は真空中で作用し得る。
 ・物体には導体と絶縁体がある。
 
 忠右衛門の論文には、その他様々な磁力・電力に関する実験結果の考察や理論が記述された。





「忠右衛門、いいか?」

「ああ! これは御屋形様!」

 いきなり現れた純正に驚きを隠せない忠右衛門である。

「忙しいところ悪いな。今、耐火レンガと反射炉の状況はどうだ?」

「はい。鉄の溶解については南蛮の溶鉱炉を用い、改良を加えていますので問題ありませぬ。されど、反射炉につきましては、大型化の段階で止まっております。銑鉄から純度の高い錬鉄をつくるには構造の改善が必要です。今少し時間をいただきたく存じます」

「そうか、なるべく早く、と言いたいところだが、急がずともよい。試行錯誤が要るだろうが、諦めずに続けてほしい」

「は、ありがたきお言葉」

「うん、では頼……ん? 忠右衛門、あれはなんだ?」

「ああ、あれですか? あれは静電摩擦発電機ですな」

 純正が指を指した先には、台の上に設置された中が空洞になっているガラス球があった。手回しで球体がグルグル回るようになっている。

「な! 静電気~! ? ……電気か?」

「はい。電気と名づけました」

 忠右衛門は事もなげにいう。

「なぜ、なぜ報告しなかったのだ?」

「いえ、取り立てて役に立つようなものでもないと思いましたので」

「なにい? ?」

 純正的には電気は大事な発明課題の一つである。どちらかというと、真空ポンプより重要かもしれない。

「いや、いやいい……それはまあいい。忠右衛門、発電してみてくれ」

「わかりました」

 そういうと忠右衛門は研究員に言って、窓のカーテンを閉めさせた。

 忠右衛門はガラス球を高速回転させて、布でそれを擦ってみせる。すると球内の真空に雷のような紫色の光が満ち、その明るさで読書ができるほどであった。





「忠右衛門! 電気だよ! これが何を意味するかわかるか?」

「……申し訳ありませぬ」

「これだけの明るさがあれば、ロウソクも油もいらぬではないか!」

「然れど御屋形様、明るさは一定ではありませぬし、この取っ手を回しながらでなければ光はでませぬ」

「ためればいいではないか! 電池だよ! まあ、いずれにしても大発見だ! 忠右衛門! 反射炉の錬鉄も大事だ。もちろん大事だが、この電気の研究もすすめよ! よいな! いや、お願いできますか、叔父上!」

 純正の目は輝きに満ち、広がる可能性に顔が紅潮していた。

「は、はい。かしこまりました」





 小佐々領の技術革新は続く……。

 次回 576話 オラニエ公、イスパニアの敗報を知る。





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