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西国王小佐々純正と第三勢力-対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む-
享年六十四歳
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天正元年 四月四日 午一つ刻(1100) 能登 七尾城
「待たれよ。降るとして、殿(畠山義慶)は小佐々に与するとして越中へ向かったのだぞ。謙信も殿が小佐々に与しているなど、とうに知っておるであろう。如何様にして取り繕うのじゃ?」
温井景隆の言葉に、長続連は黙ったままだが、遊佐続光は続ける。
「知れた事、殿が出陣なさる時に、われら七人で決めていたではないか」
「まさか、殿を隠居させるおつもりか?」
いかに傀儡であろうと、度重なる政権交代は内外に不信感を抱かせる。すでに6年前に先代当主、畠山義綱を追放しているのだ。
「隠居で済めば良し。すまねばそれなりの事をせねばなるまいて」
「いかがすると言うのだ?」
「それは、それがしの口からは言えぬ。わかっておるのではないか? 対馬守殿(長続連)」
「……」
遊佐続光と温井景隆の会話を黙って聞いていた長続連であったが、ようやく口を開いた。
「御二方、さきほどから聞いておれば、まるで上杉が勝つのが然るべき(当然の)話をしておるが、負ける事は考えておらぬのですか?」
「何を申しておるのだ? 謙信は越中で小佐々に臨むというのに、この所口湊にあのような船手(水軍)を寄越してきておるのだ。我らに信をおいてはおらぬと言うこと。降らねば滅ぼすと言うておるのだ」
遊佐続光が言った。
「左様。そもそも謙信が合力した先代(畠山義綱)を我らは廃したのだ。信などない。加えて、既にあの船手(水軍)を見ればわかるであろう? 寄せん(攻め寄せてくる)ならば如何いたすのじゃ?」
温井景隆は、謙信の勝ち負けよりも、今ここにある水軍にどう対処するかに論点を置いている。
「うべなうべな(なるほどなるほど)。御二方のお考え、よう分かった。ではそれがしの考えを申すといたそう。そも(そもそも)、何故に上杉が勝つと仰せなのか?」
沈黙を破って長続連が話し始めた。
「正に(確かに)、打ち合い(戦い)が一度なれば謙信が勝つやもしれぬ。二度でも勝つやもしれぬ。然れど、三度四度となれば如何にござろうか? 勢のみならず矢玉に米も、銭も軍道具も要り申そう。謙信は幾度軍ができようか?」
「な、何を申しておるのだ?」
「一度や二度謙信が勝ったとて、小佐々を倒すには至らぬ、という事を言いたいのだ。それに、あの船手の事じゃが、この七尾の城はそう簡単には落ちぬよ。われらの勢は五百と少ないが、小佐々のおかげで兵糧矢玉は備えがある。領国に早馬を飛ばして後詰めを出せば四千にはなろう。然すれば恐るるに足らず。小佐々の後詰めも来ようて」
長続連は降伏などもっての外、籠城一択であるという。
「申し上げます! 上杉の船手の大将より、使者がお越しにございます!」
「……! 通すが良い」
しばらくして上杉水軍の長である山吉景長が謁見の間に通された。
「長対馬守(長続連)にござる」
「遊佐美作守(遊佐続光)にござる」
「温井備中守(温井景隆)にござる」
「山吉景長にござる。長々と口上を述べるつもりもござらぬゆえ、単刀直入に申し上げる。ごらんの通り、七尾の所口湊はわれら上杉の船手が塞いでござる。勢は一万はおりますが、みたところ、城方は千もおらぬご様子。なかなかに立派な城にござるが、一日も持ちますまい。弓を伏されよ(降伏されよ)」
景長は三人とは初見であったが、謙信が書状を送っていた事は知っていた。名乗りをあげた遊佐続光と温井景隆の方をチラリと見る。
「御使者殿、我らは越中での軍を扱いけれども(仲裁したけれども)、互に(互いに)争うような間柄ではござらぬ。何故にこのような仕儀とあいなったか、皆目見当がつかぬ。小佐々の調略にていまだ若き殿を諫め能わざりけりは、我らの不徳のいたすところではあるが、争いたくはない。お退きくだされ」
長続連は畠山の総意、七人衆の総意かのごとく景長に話をするが、景長は聞き流している。
「然うでござるか、おっしゃる意味がよく分かりませぬが、これにて帰りまする。日没までに答えをお出しくだされ」
景長はそう言って、本当に長居せず帰って行った。
景長が帰った後、七人衆のうち三人だけが残り、降伏はせず、戦う事に決まった。
それぞれが城から屋敷へ帰る途中の事である。
「然れど、あの使者の口上はなんとも鼻につく物言いでござったな。一日も持たぬとは。わららを侮るにもほどがあるわ」
長続連は先を歩き、ついで遊佐続光、温井景隆と続く。
「長殿、先ほどの儀にござるが……」
「? 如何された?」
何も言わない続光に、しばらくして続連は立ち止まり、振り返る。
「如何……」
「御免! 畠山家の御為にござる!」
ブスリ、とにぶい音がして、ボタボタと血のしたたる音がする。
「こ、これは……いったい、お、の、れ……」
「すまぬ!」
さらにブスリと温井景隆の放った一撃が続連の命を奪った。
「皆の者! 良いか! 長続連は己の身を保つことのみを考え、家中の行く末を誤るところであった! ゆえに我らが討ち取ったり! 長家は謀反人の家ぞ!」
「佐兵衛殿(長綱連)! いみじく(大変な)事にございます!」
城から急いで戻ってきた原田孫七郎が続連の長男である長綱連へ叫びながら知らせる。
純正が能登で義慶と会談した後、戸塚雲海と同じく親織田派の長家とは馬が合い、近しいつきあいをしていたのだ。
その他の者達も同様である。
「これは孫七郎どの、いかがなされた?」
「お父君が、対馬守様が害せられ(殺され)ましてございます!」
「なんと! 父上が! ? 馬鹿な? 誰が害したのじゃ?」
「つぶさには存じませぬが、間者の類いは見つかっておらず、美作守様(遊佐続光)と備中守様(温井景隆)がおられたそうにございます!」
「何と言う事だ……おのれ、おのれ続光! 景隆よ! こうしてはおれん! 急ぎ勢を集めよ! 登城して父の敵である二人を討つのじゃ!」
「お待ちください! いま城に行かれても多勢に無勢、それどころか佐兵衛殿も九郎殿(長連龍)も、返り討ちにあいますぞ! ここは馬を用意しております! われらも警固にあたりますゆえ、まずは穴水城へ落ち延びられませ!」
いつになるかわからないが、反乱が起きるかもしれない、と純正からの指示で逃走経路と準備を怠らなかったのが幸いした。
「ぐ、むう、……無念である」
こうして長続連の嫡男、次男とその家族他は、孫七郎と戸塚雲海(治療要員)をはじめとした商人兵(村山等安、安藤市右衛門、高島茂春ら)と近習を含めた一団と一緒に、長家の居城である穴水城へと向かった。
長対馬守続連、享年六十四。
「待たれよ。降るとして、殿(畠山義慶)は小佐々に与するとして越中へ向かったのだぞ。謙信も殿が小佐々に与しているなど、とうに知っておるであろう。如何様にして取り繕うのじゃ?」
温井景隆の言葉に、長続連は黙ったままだが、遊佐続光は続ける。
「知れた事、殿が出陣なさる時に、われら七人で決めていたではないか」
「まさか、殿を隠居させるおつもりか?」
いかに傀儡であろうと、度重なる政権交代は内外に不信感を抱かせる。すでに6年前に先代当主、畠山義綱を追放しているのだ。
「隠居で済めば良し。すまねばそれなりの事をせねばなるまいて」
「いかがすると言うのだ?」
「それは、それがしの口からは言えぬ。わかっておるのではないか? 対馬守殿(長続連)」
「……」
遊佐続光と温井景隆の会話を黙って聞いていた長続連であったが、ようやく口を開いた。
「御二方、さきほどから聞いておれば、まるで上杉が勝つのが然るべき(当然の)話をしておるが、負ける事は考えておらぬのですか?」
「何を申しておるのだ? 謙信は越中で小佐々に臨むというのに、この所口湊にあのような船手(水軍)を寄越してきておるのだ。我らに信をおいてはおらぬと言うこと。降らねば滅ぼすと言うておるのだ」
遊佐続光が言った。
「左様。そもそも謙信が合力した先代(畠山義綱)を我らは廃したのだ。信などない。加えて、既にあの船手(水軍)を見ればわかるであろう? 寄せん(攻め寄せてくる)ならば如何いたすのじゃ?」
温井景隆は、謙信の勝ち負けよりも、今ここにある水軍にどう対処するかに論点を置いている。
「うべなうべな(なるほどなるほど)。御二方のお考え、よう分かった。ではそれがしの考えを申すといたそう。そも(そもそも)、何故に上杉が勝つと仰せなのか?」
沈黙を破って長続連が話し始めた。
「正に(確かに)、打ち合い(戦い)が一度なれば謙信が勝つやもしれぬ。二度でも勝つやもしれぬ。然れど、三度四度となれば如何にござろうか? 勢のみならず矢玉に米も、銭も軍道具も要り申そう。謙信は幾度軍ができようか?」
「な、何を申しておるのだ?」
「一度や二度謙信が勝ったとて、小佐々を倒すには至らぬ、という事を言いたいのだ。それに、あの船手の事じゃが、この七尾の城はそう簡単には落ちぬよ。われらの勢は五百と少ないが、小佐々のおかげで兵糧矢玉は備えがある。領国に早馬を飛ばして後詰めを出せば四千にはなろう。然すれば恐るるに足らず。小佐々の後詰めも来ようて」
長続連は降伏などもっての外、籠城一択であるという。
「申し上げます! 上杉の船手の大将より、使者がお越しにございます!」
「……! 通すが良い」
しばらくして上杉水軍の長である山吉景長が謁見の間に通された。
「長対馬守(長続連)にござる」
「遊佐美作守(遊佐続光)にござる」
「温井備中守(温井景隆)にござる」
「山吉景長にござる。長々と口上を述べるつもりもござらぬゆえ、単刀直入に申し上げる。ごらんの通り、七尾の所口湊はわれら上杉の船手が塞いでござる。勢は一万はおりますが、みたところ、城方は千もおらぬご様子。なかなかに立派な城にござるが、一日も持ちますまい。弓を伏されよ(降伏されよ)」
景長は三人とは初見であったが、謙信が書状を送っていた事は知っていた。名乗りをあげた遊佐続光と温井景隆の方をチラリと見る。
「御使者殿、我らは越中での軍を扱いけれども(仲裁したけれども)、互に(互いに)争うような間柄ではござらぬ。何故にこのような仕儀とあいなったか、皆目見当がつかぬ。小佐々の調略にていまだ若き殿を諫め能わざりけりは、我らの不徳のいたすところではあるが、争いたくはない。お退きくだされ」
長続連は畠山の総意、七人衆の総意かのごとく景長に話をするが、景長は聞き流している。
「然うでござるか、おっしゃる意味がよく分かりませぬが、これにて帰りまする。日没までに答えをお出しくだされ」
景長はそう言って、本当に長居せず帰って行った。
景長が帰った後、七人衆のうち三人だけが残り、降伏はせず、戦う事に決まった。
それぞれが城から屋敷へ帰る途中の事である。
「然れど、あの使者の口上はなんとも鼻につく物言いでござったな。一日も持たぬとは。わららを侮るにもほどがあるわ」
長続連は先を歩き、ついで遊佐続光、温井景隆と続く。
「長殿、先ほどの儀にござるが……」
「? 如何された?」
何も言わない続光に、しばらくして続連は立ち止まり、振り返る。
「如何……」
「御免! 畠山家の御為にござる!」
ブスリ、とにぶい音がして、ボタボタと血のしたたる音がする。
「こ、これは……いったい、お、の、れ……」
「すまぬ!」
さらにブスリと温井景隆の放った一撃が続連の命を奪った。
「皆の者! 良いか! 長続連は己の身を保つことのみを考え、家中の行く末を誤るところであった! ゆえに我らが討ち取ったり! 長家は謀反人の家ぞ!」
「佐兵衛殿(長綱連)! いみじく(大変な)事にございます!」
城から急いで戻ってきた原田孫七郎が続連の長男である長綱連へ叫びながら知らせる。
純正が能登で義慶と会談した後、戸塚雲海と同じく親織田派の長家とは馬が合い、近しいつきあいをしていたのだ。
その他の者達も同様である。
「これは孫七郎どの、いかがなされた?」
「お父君が、対馬守様が害せられ(殺され)ましてございます!」
「なんと! 父上が! ? 馬鹿な? 誰が害したのじゃ?」
「つぶさには存じませぬが、間者の類いは見つかっておらず、美作守様(遊佐続光)と備中守様(温井景隆)がおられたそうにございます!」
「何と言う事だ……おのれ、おのれ続光! 景隆よ! こうしてはおれん! 急ぎ勢を集めよ! 登城して父の敵である二人を討つのじゃ!」
「お待ちください! いま城に行かれても多勢に無勢、それどころか佐兵衛殿も九郎殿(長連龍)も、返り討ちにあいますぞ! ここは馬を用意しております! われらも警固にあたりますゆえ、まずは穴水城へ落ち延びられませ!」
いつになるかわからないが、反乱が起きるかもしれない、と純正からの指示で逃走経路と準備を怠らなかったのが幸いした。
「ぐ、むう、……無念である」
こうして長続連の嫡男、次男とその家族他は、孫七郎と戸塚雲海(治療要員)をはじめとした商人兵(村山等安、安藤市右衛門、高島茂春ら)と近習を含めた一団と一緒に、長家の居城である穴水城へと向かった。
長対馬守続連、享年六十四。
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