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西国王小佐々純正と第三勢力-対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む-

武田の鉱山と葡萄と天蚕 ~甲州ワイン誕生なるか?~

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 天正元年 三月十九日 甲斐国 躑躅ヶ崎館

 二日前の三月十七日に、利三郎が勝頼と信玄に謁見して許可を得た小佐々軍の領内通過と、信越国境ならびに飛越国境の駐屯が行われる事となった。

 荷留においては、それに加えて上野の武田領(真田領含む)においても同じ事が行われる。完全に武田領からの物流の遮断である。

 二月二十日に純正より発令された命令により、吉原の湊の港湾整備と拡大、黒川金山をはじめとした鉱山資源の開発、あわせて甲斐信濃の気候に合わせた農作物の選別と導入が行われた。

 ちなみに純正が出した『秘メ 吉原ガ 租借 ナラズバ 他ノ 八ツノウチ イズレカヲ ナセ 近ク 上洛ス ソノ後 東国ヲ 廻ル ヨロシク 秘メ』に関しては、家臣全員の反対によって取り下げられた。

 能登に関しては必須のため、それ以外が取りやめとなったのだ。

「不幸中の幸い、なんとか平九郎の東国行脚を止めさせる事が能うた。まったく、気持ちはわからんでもないが、当主としての自覚をもたねば」

 いつまでたってもかわいい甥っ子だからこその心配なのだろうか。純久は肩をなで下ろしていた。

 純正自身は残念極まりない事だっただろう。
 
 しかし上杉・本願寺の和睦交渉の失敗と、謙信の越中侵攻が明らかになった今、京都にあって全軍の指揮をとらなければならない事態となったのだ。
 
 仕方がない。

 武田領の金銀の鉱山に関しては、毛利領に行った施策と同じように、大規模な山師の集団を派遣し、鉱脈を探させた。

 鉱脈が見つかると、金子や掘大工らの坑夫、板取や吹大工といった選鉱製練人ら専業の人員を投入する。
 
 小佐々領内の発展した坑道穿鑿せんさくの技術を用いて大規模な坑道を掘るのだ。

 犬走りと呼ばれる斜坑や水平坑道が併用され、排水坑や排気坑などが掘られるようになるだろう。鉱脈に直角に切り当てる横相や、方位をたてて掘る寸法切りも同時に行う。

 吉原の湊に関してはコンクリートを用いた護岸・拡張工事、ならびに河川の灌漑かんがい・治水工事を行う。
 
 大型船舶が停泊可能になるよう拡張するのは、なにも今回の陸軍派遣のためだけではない。

 怪しげな動きを見せる北条への牽制でもあったのだ。

 家老の曽根虎盛と金山奉行の田辺四郎左衛門、吉原湊の代官矢部美濃守は真剣に話を聞いていたが、うれしい発見もあった。

『天蚕』である。

 これは、発見したというより探したというのが早いだろう。
 
 養蚕による絹糸・シルク・絹織物の国産化は小佐々領でも行われており、明国製の品質・量をしのいで主要な産業となっている。

 そこで純正の中途半端な知識が役立った。
 
 前世、カイコ関連で調べ物をしていた際、カイコの仲間や祖先を見つけ、天蚕が日本・台湾・朝鮮半島・中国に生息している種で江戸時代から飼育されていたのを知っていたのだ。

 といっても『山奥』『天蚕』『クヌギ』『高級品』という認識程度である。

 天蚕糸はカイコの仲間である天蚕(ヤママユガ)を使った糸で、飼育して糸の生産が始まるのは18世紀末になってからなのだ。

 ヤママユガはクヌギ・コナラ・カシワ・シラカシなどの葉を食べて育つのだが、ぶっちゃけ、超超超高級品である。
 
 現代では通常のシルクの軽く100倍から150倍の値段にもなるのだ。

 その天蚕の餌であるクヌギの原生林が、信濃国安曇郡の橋爪村・耳塚村・新屋村・嵩下たけのす村・古厩ふるまや村・立足村・富田村にあり、ヤママユガが広く生息していたのがわかった。

 しかしこれだけでは宝にはならない。
 
 小佐々領内でも天蚕の飼育は始まったばかりである。成功し、順調に収益をあげるのはどちらが先になるかわからないのだ。

 しかし、これだけ広大なクヌギの原生林というのも、また別格であった。

 もうひとつは、ブドウである。これも小佐々領内各地で生産されていたが、純正が求めていたのは単なるブドウの栽培ではない。

 ブドウの栽培はすでに奈良時代には始まっている。

 甲斐国勝沼(山梨県甲州市(旧・勝沼町))でも行われているが、気候の関係で適する場所とそうでない場所があり、全国的には広まってはいない。

 小佐々領内でもさかんに栽培が行われているが、生食とあわせてワインの製造のためである。

 ぶどうの栽培に適した気候は、長い日照時間と適度な少なめの降水量、そして1日の寒暖差が大きい事なのだが、甲斐はその全てをみたしているのだ。

 純正は武田領の国家事業としてブドウの栽培を推進した。もちろん『甲州ワイン』のためである。ちかくに醸造所をつくり買い取ったブドウでつくる。

 ブドウ酒(ワイン)自体が珍しいが、徐々に消費量が伸びてきている。

 KDAの課題は多いが、将来の展望も明るい。特に天蚕は、今までの武田が見たこともない金を生み出すだろう。




 ■京 大使館

 警察機構設立の概略は昨日策定したのであるが、他にもいくつかテコ入れをしたものがあった。

 ・各国国守ならびに一門、筆頭家老と重臣、大臣や副大臣、政務次官などの閣僚と上級官僚の警備を行う警備部(内の警護班)を、警保寮内部に設置する。

 ・海賊や倭寇などの対策として水上検非所を設置、密輸・密漁等の犯罪の防止と災害時の対処を行う。各国警保所に所属する。

 ・国土交通省の外局として、海上検非庁を設置して、水上検非所より広範囲の警備、保全を行う。

 ・内務省の外局として消防庁を設置。

 ・陸軍憲兵隊、海軍特別警察隊の設置。規律維持と情報漏洩ろうえい防止のため。

「ひとつ、よろしいでしょうか」

 発言を求めたのは、南肥後を本貫地とする相良修理大夫義陽よしひである。
 
 その横には、相良より先に服属した阿蘇惟将これまさがいる。惟将からみれば義陽は新参なのだ。

 純久の悩みの種のひとつであるが、肥後は相良と阿蘇で勢力が二分されており、北肥後の阿蘇惟将が国守となっているものの、南肥後の相良陣営からの不満も見え隠れしていたのだ。

 肥後国を南北に分けて統治しているのであるが、肥後国全体の政治に関しては、完全に二大政党制の様相となっている。
 
 阿蘇が国主であり知事なのだが、副知事の相良は野党党首のようなものである。

 現代のように完全に政党制になればよいのだろうが、主義主張でまとまっているというより、土地に根付いた集団なので、どうしても利権誘導型にならざるを得ない。

 明治維新後ですら藩閥政治になったのだ。
 
 江戸時代の、そのまた昔の安土桃山、さらに前の戦国時代である。その戦国の世に導入すれば、領内各地で内乱の勃発は間違いない。

 肥後は……今後要注意、かもしれない。

「なんであろうか相良殿(~守等々官職の重複が多いので、姓で呼称)、なにか良い案、または改めるべき事があるだろうか?」

 純正は尋ねる。

「は、その守護(警護)の事、警備部にございますが、けりょう(例えば)それがしの守護(警護)を阿蘇殿の御家中の者が行いたり、その逆もありとの事にございましょうか」

「そうなるであろうな。無論肥後国だけではなく、俺の所領すべてから集めた武家の男子なんしを選抜し、鍛えて配すゆえ、りんと(正確に)言えば違うだろう」

 義陽は少し遠慮がちに聞いている。

「これはその……それがしだけにあらずして、阿蘇殿も同じお考えかと存じまする」

 ちらっと惟将をみる。惟将は小さくうなずく。

「ふう……まあ、なんだ、気持ちはわからんでもないが、それは俺を信用できないという事か?」

 純正は怒るでもなく、淡々と聞いた。

「滅相もございませぬ! ただ、どうしても身辺を見知らぬ者に守護されるというのは……」

 暗殺を恐れている? いや、そこまで険悪ではないはずだ。
 
 阿蘇惟将もうなずいてはいたが、そのような険悪さは感じられない。だとすれば、やはり警護の人数などで威容をみせたいのだろうか?

 配下の大名や国人は純正にとって、大臣と同等の人材であり、領内の統治になくてはならない存在である。
 
 ずいぶん前になるが、造船所と兵器工しょうが破壊された事があった。

 同じ目的で大名や国人の命を狙ったり、施設を破壊する輩が出てこないとも限らない。そのために設立するのだ。

 もう一つの理由は中央集権化である。

 大名・国人の支配領域に少しずつ純正の影響力を増していく。そのための警備部設置でもあった。

「なに、すべてを変えるという事ではござらぬよ。近習や警護はそのままでも良い。ただし、警備の策や権をこちらがもつという事だ」
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