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西国王小佐々純正と第三勢力-対上杉謙信 奥州東国をも巻き込む-

上杉謙信と武田信玄 戦国のカリスマと純正の外交戦略

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 天正元年 三月十七日 越中射水いみず郡 守山城(富山県高岡市東海老坂)

「申し上げます。小佐々権中納言様が郎等ろうどう(家臣)、日高甲斐守と仰せの方がお見えです」

「なんと? 今一度申せ」

「は、権中納言様が郎等、日高甲斐守様、お見えにございます」

「(この忙しい時に)……よし、お通しせよ」

 小佐々家といえば今、飛ぶ鳥を落とす勢いで、織田家をもしのぐというではないか。宗家から陣触れがでておったが、何か関わりがあるのだろうか。

 そう、氏張は思った。

「初めてお目に掛かります、小佐々権中納言が郎等、日高甲斐守にございます。こたびさしくみにおとなひしも(突然の訪問にもかかわらず)、謁見を賜り、誠に有り難く存じます」

「安芸守(神保氏張)にござる。見ての通り今はあわただしでな。用件のみ承ろう」

「これは申し訳ございませぬ。では手短に申し上げます」

「うむ」

「然れば、いくさ支度の最中さなかと存じますが、支度はしてもいくさはせぬ事をお願いいたしたく存じます」

「? これは異な事を。……さらば一向宗と謙信公との間で和議がなされ、然れども和睦にいたらず、と聞き及んでおったが、本願寺からの差し金であるか?」

「然に候わず(そうではありません)。朝廷・幕府とも越中の騒ぎ(戦乱)には心痛められ、ここに越中守護の畠山修理大夫様の名において、静謐せいひつをなせ、との事にございます」

「なんと! ……りながら、そは、いささかかたし儀にござる。われら争うは長きに渡り、越中守護の修理大夫様と仰せでも、初めて(いまさら)にござる」

 越中守護の権威は地に落ちており、確かに氏張の言う事は的を得ていたのだ。

「それに、われらは上杉方として一向宗と争うておる。いままさに、支度しておるのだ。いくさをせぬ、とはいかなる了見であろうか」

「安芸守様、よくよくお考えくだされ。われらは何も、くみして(味方して)いただきたいとは申しておりませぬ。そも(そもそも)、いくさをしたくはないのです。よし(万が一)いくさがおこったとて、お約束いただければ、われらは安芸守様に掛かり(攻撃)はいたしませぬ」

「……」

「加えて、神保当主は、安芸守様の方が然るべし(適している)かと存じますが、いかなるご意趣(お考え)にござりましょうや……とてもかくても(いずれにしても)われらは安芸守様のお味方にございます」

「……」




 多くは語らず、このむは守山城を後にした。




 ■能登 所口湊 第四艦隊旗艦 霧島丸

「長官、御屋形様より通信が入っております」

「うむ、読め」

 第四艦隊司令長官の佐々清左衛門加雲かうん少将は、通信参謀の報告を聞いてそう命じた。飲んでいるのは苦めの珈琲である。

 まだまだ貴重品であるのだが、特に陸海軍においては食を重視して優先的に配備している。食事を目当てに志願する者が多いのも、事実である。




「発 権中納言 宛 第四艦隊司令長官

 秘メ 直チニ 出港シ 越後出入リノ 全テノ船ヲ 拿捕だほ 能登ヘ 曳航えいこう セヨ ナホ 証文ニ モトノ 売値ヲ 記スベシ 秘メ

 秘メ 任務 遂行中 越後 水軍ヨリ 攻撃ヲ 受ケナバ タダチニ 応戦シ 殲滅せんめつセヨ 秘メ」




「相変わらず、人使いが荒いお人じゃのう」

 加雲は最後に残った珈琲を飲み干し、弾薬、物資等の補給状況を確認する。

「とてもかくても(いずれにしても)、出港は明日の朝じゃ。今日の積み込みが終えたりなば、しかと休み、明日朝出港とする。酒も良いが、門限は子の三、いや○○○○までとする」




 ■甲斐 躑躅ヶ崎館

「初めてお目通り叶い、恐悦至極にございます。小佐々権中納言様が郎等ろうどう(家来)、太田和治部少輔にございます」

「大膳大夫にござる。ささ、どうかとうと(気楽に)になさってくだされ」

 先触れを出していたので、躑躅ヶ崎館には馬場美濃守信春、山県三郎兵衛尉昌景、内藤修理亮昌豊、高坂弾正昌信、秋山伯耆守虎繁らが並んでいる。

 末席には武藤喜兵衛と曽根虎盛の姿もあった。

 百戦錬磨の利三郎でも、まったく緊張しなかったといえば、嘘になるかもしれない。敵中なら、たとえば正月に訪問した上杉謙信と相対しても、逆にふっきれている。

 味方であり、信玄が病床にあるとはいえ、最強の騎馬軍団を擁する武田家家中である。他に二十人近く集まっていた。
 
 利三郎が、なぜ今甲斐にいるのか?

 この二ヶ月、を訪問してきたのだ。

「して、こたびはいずこといくさをいたすのかな?」

「戯れ言を仰せになるのは止めてくだされ。いくさをするのではございませぬ。加えて助勢の求めにもござらん」

「かっかっかっかっ。ではなにゆえに、くれぐれ(はるばる)この甲府まで。茶を飲みに来た訳ではあるまいて」

 馬場信春は高笑いをして利三郎に尋ねる。

「は、されば二つ求めたく、まかり越しました」

 場が少しざわつく。信春は勝頼の方を向き、無言で質問の許可を求める。

「では、お聞かせ願おうか」

「は、まずは一つ、近々わが軍兵が駿河吉原の湊に着き申す。その軍兵に所領の内を通る許しをいただきたい」

「何い! ?」

 さらにざわつく。これは利三郎にとってはもう見慣れた光景であるが、念のため、ゆっくりと説明をする。

「念のため申し上げますが、この軍兵はいくさのためにあらず、如何に況んいかにいわんや(言うまでもなく)武田と事を構えるつもりなど、万に一つもございませぬ」

 利三郎の一言一言に、ざわめきが大きく起こる。

「して、今ひとつは何であろうか」

 今度は山県三郎兵衛昌景が尋ねる。

「は、されば、武田領の甲斐、上野、信濃、飛騨から上杉領への荷留をお願いしたく存じます」

「なんと!」

 武田領全域での荷留となれば、かなり広範囲になる。当然、上杉領からの荷も荷留にあうだろう。

 高坂、秋山、内藤の三人は黙って聴いている。

「では、伺おう。まずはわが武田領からの荷留であるが、商人はいずこに売ればよいのだ? また越後からも荷留にあうかと存ずるが、われらはいずこより買えば良いのだ?」

「ははははは、そは、すべてわが小佐々が買いて、ひさき(売り)まする」

「まさか! 全てにござるか?」

「左様、全てにござる。いかがにござろうか? 軍兵の儀はさきほどお話しした通りにござる」

 おおお! という感嘆と、驚きと疑いの混じった大きなざわめきが起きる。そして全員が勝頼の顔を見て、決断を促す。

 勝頼は、目をつむり、しばらく考えていたが、意を決したように話した。

「わしは……わしは利三郎どのの求めに応じようかと思う。この武田は小佐々とよしみを通わし、その陰にて織田や徳川と和睦なったのだ。いま、ここで信をなして頼まねば、われらもまた頼まるる事なし」

 賛成意見と反対意見が入り混じった、ざわざわとした空気が流れた。

 その時である。

「四郎よ、よくぞ申した」

 全員がその男の方へ体を向け、平伏する。勝頼は平伏はさすがにしなかったが、それでも一礼して礼を失する事のないように振る舞った。

 甲斐の虎、武田信玄である。

 病床にあり、老いたりとはいえ眼光鋭く、周りを圧するその存在感は、唯一無二のものであろうか。

「屋形は四郎である。家督を譲ったゆえ、政に口をだすつもりはないが、遠く小佐々の使者が来たと言うではないか。挨拶せぬのも礼を失するというもの」

 信玄はそう言って利三郎を見る。

「小佐々権中納言様が郎等、太田和治部少輔にございます」

「うむ、信玄である。とうと(楽)にされよ。皆の者、先代と当代の屋形が決めたこと、ゆめゆめ疑うべからず。四郎のもと、ひとつとなりてこの武田を豊かにするのだ」

 ざわめきが、ピタリと止んだ。これが、カリスマというものだろうか。




 ■出羽置賜郡 米沢城(山形県米沢市丸の内)

「殿、せんだっての文の返書はいかがなされるのですか?」

「わからぬ、今思案中だ。おいそれとは決められぬ。相馬に最上、こちらが隙をみせれば勢い討ち入ってくるであろう」

「左様にござりますな。然れど今ひとつの求めは、我らには害なく、利はあるかと存じます。然りながら、その先も考えねばなりませぬ」

「うむ」




 ■陸奥会津郡 黒川城(福島県会津若松市追手町)

「さて、いかがすべきか……まさに千載の一遇ではあるが、よくよく考えねば。東の二本松に二階堂は良いが、南の宇都宮はどう処すべきか……」

「殿、まずは使者を遣わし和議の算段をなされてはいかがにござろうか。和議ならずともこれまでと同じ。なったなれば、その書状の求めどおりにいたさばよろしいかと」

「ふむ、南の結城もおるゆえ、やつらにもまたく(全く)利がないわけでもないであろうしな」




 ■下野河内郡 宇都宮城(栃木県宇都宮市本丸町)

「なんと……されど……この求めに応じるには、一工夫要るな」

「左様にございますな。われら佐竹の他はみな敵にござれば、いくさはなきとも気は抜けませぬ」




 ■出羽村山郡 山形城(山形県山形市霞城町)

「ほほう。これはまた、面白い書状であるな……いかがいたそう」

「は、東の葛西さえ抑えれば、出来ぬ事はないかと。然りながら今ひとつは、われらが為しても、さほど要無し(意味がない)かと存じます」

「そうよのう……」 




 ■出羽国田川郡 尾浦城(山形県鶴岡市大山)

「これは誠か? 確かにわれらにとりては利のある話ではあるが、怪しむことなく信を成してもよいものか……」
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