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西国王小佐々純正と第三勢力-緊迫の極東と、より東へ-
みせかけの和議と越後の龍を封ずる方法
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天正元年(元亀三年・1572年) 二月三日
発 甲斐守(日高喜) 宛 権中納言(純正) 複 治部大丞(純久)
秘メ 越中 一向宗 利得ノ権 放チ(手放シ)難シニテ 和睦ハ 難シト 思ヘドモ 上杉トノ 戦 望マザル 模様ニテ 和睦ノ調停 受ク トノ由 秘メ
発 治部少輔(太田和利三郎) 宛 権中納言(純正) 複 治部大丞(純久)
秘メ 謙信公 義ノ戦ヲ 行ヘド ソノ実 他ト 変ワラズ 利勘(計算ズク)ニテ 天下万民ノ 義 ニ非ズ 上杉ノ 当主 タランガ為ノ 義ニ候 然レドモ 扱ヒ(調停)ニハ 感謝セラレキ候 成ル成ラヌハ 互イノ事ニテ 不明 ナレド 一旦ハ 言問(協議)ノ 場ニ 赴カムト 仰セニ候
ふう、思ったとおりだな、と純正はつぶやいた。
「皆、この文を見てどう思う? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」
あまりにも予想通りの外務省二人の通信文に、ため息しか出ない。
「は、されば申し上げまする。考えますに、上杉の大義は神保からの助力願いによりて起こりし事にて、その神保を助けるべく本願寺との扱い(調停)をすれば、事なきをえようかと存じます」
直茂は直接上杉と本願寺一向宗(瑞泉寺と勝興寺)とを調停するのではなく、原因となった神保と一向宗を調停することで、謙信の大義をなくそうというのだ。
「上杉はつい此間まで、松倉城の椎名と戦をしておりました。その経緯は如何様なものであったか。十年前椎名は上杉より取子(養子)を迎えけり。それによりて越中で抜きん出んと考えたが、椎名の仇敵である神保と昵懇な畠山義継に、合力するため上杉が出兵したゆえだ。これにより椎名は上杉に反するようになりけりと存じます」
神保と敵対していた椎名康胤は単独では神保に抵抗できず上杉を頼った。蜜月の関係が続いたが、神保が敗走した後も謙信は中郡(婦負・射水郡)の支配権を神保長職に安堵したのだ。
さらに四年前の出兵で康胤は不信感を覚えた。それが信玄の西上に際しての椎名康胤の上杉離反につながったのだ。
官兵衛が分析をすると直家も続く。
「左様、そのような事は予てより話を椎名に通しておけば、戦にはならなかったはずにございます。つまりは越中にても力を持たんと欲したがゆえ、そのような仕儀となったと存じます」
直茂も官兵衛も直家も、謙信が大義とは名ばかりに動いていると言うのだろう。
「弥三郎、庄兵衛、清良、その方らはどう考える?」
「は、それがしも御三方の考えに甘心(同意する)いたします。謙信はおそらく、七金山と放生津の利得の権を欲しているのではないかと存じます。それゆえその反目を巧みに使い、徐々に力を弱め傀儡とするつもりではないでしょうか」
「ふむ」
弥三郎に庄兵衛が続く。
「神保と一向宗との間をとりもち、扱い(調停)をいたさば、事なきを得ましょう。その上で上杉がさらに肩入れをするとなれば、話は違えてまいります。われらも一手打つ必要があるかと存じまする」
「いかがするのだ?」
「されば、そもそもの越中の争いの種(原因)は、守護である畠山の力が家臣の争いを抑えきれず、越中の諍いに肩入れが出来なくなりき事にございます。さらにはその家臣によって、先の当主と当主親子が遣らわれけり(追放された)て、守護代の神保と椎名の争いとなったのでございます」
「ふむ」
「その畠山に力を貸せば、越中への力も強まり、諍いの元が消えまする。神保と一向宗の扱い(調停)もやり易くなる事かと」
能登畠山と同盟を結び、越中の混乱を収め、加賀と越後に睨みを利かせようというのだろう。そして最後は、放生津も七金山も。
「蝦夷地との交易が始まれば、北海の湊に寄る要はなくなり申す。されど織田と上杉の力の整い(バランス)が要なれば、畠山に力を与えて我らもその益を受くるは、善なる事かと存じます」
土居清良が、結論づけるかのように結んだ。
「ふふ、ふふふふふ。さすがだな。さすがわが小佐々の会議衆、評定衆よ。実はな、その畠山の件。おれも考えておったのだ」
寒の入りを迎へ、修理大夫殿におかれましては益々ご健勝の事と心よりお慶び申し上げます。
さて、われらは近ごろ、蝦夷地との間に交易を始めき候。肥前より湊に寄らず蝦夷地に向かい、また同じくして蝦夷地より肥前にもどる事能へども、冬の時節の北海の海は波高き事この上なきに候。
そのような中、能登の国はまさに間にありし候。何とぞ我らと誼を通じていただきたく、お願い申し上げ候。
西海の産物、蝦夷地の産物等、種々の物を持ち寄ることも能いて候。
聞くところによれば、越中の国の事にて悩まるると存じ奉りて候。
遠き西国が領国なれば、武による合力は能わざると候へども、交易による財にて合力つかまつりたく、存じ上げ候。
つきましては使者を遣はしき候へば、よろしくお取りなしのほど、お願い申し上げ候。
恐惶謹言
天正元年 一月 六日
小佐々権中納言純正
畠山修理大夫殿
「御屋形様、これは……」
「気づいたか、直茂」
「は、あえて恐々謹厳ではなく恐惶謹言と。さらには宛所をお名前と同じ列に書いてございます」
直茂は書状を見、全員に回しながら答えた。
「その通り、まあ俺は官位や家柄などあまり気にしないが、気にする奴らが多いであろう? では奴らに合わせるのが早いではないか。『西国を統べるあの小佐々純正が、恐惶謹言と文を寄越してきた。さすがは三管領よ』となるのではないか? 遣いにやった喜には苦労をさせるが、見事交易と誼を通じてこよう」
「御屋形様、それでは……」
「そうだ、文にも書いたが、今は兵を出せん。しかしそれでも、見せてやろうではないか。銭の戦を」
おおお……と満座に歓声があがる。
「聞けば、今の当主である畠山義慶は家臣に擁立された傀儡ときく。しかし若いながらに、なかなかに器量のある人物というではないか。傀儡にしておくのは、のう? もったいないな」
発 甲斐守 宛 権中納言 複 治部大丞
秘メ 畠山修理大夫様 殊ノ外 ヲ喜ビニナリ ワレラトノ 交易 盛ンニシテ 大イニ 栄エタシト 仰セニ候
ツヒテハ 産物ト アワセ 鉄砲 武具 戦道具ニ 兵糧矢弾ノ 商ヒモ 求メル トノ 仰セニ 候
発 甲斐守(日高喜) 宛 権中納言(純正) 複 治部大丞(純久)
秘メ 越中 一向宗 利得ノ権 放チ(手放シ)難シニテ 和睦ハ 難シト 思ヘドモ 上杉トノ 戦 望マザル 模様ニテ 和睦ノ調停 受ク トノ由 秘メ
発 治部少輔(太田和利三郎) 宛 権中納言(純正) 複 治部大丞(純久)
秘メ 謙信公 義ノ戦ヲ 行ヘド ソノ実 他ト 変ワラズ 利勘(計算ズク)ニテ 天下万民ノ 義 ニ非ズ 上杉ノ 当主 タランガ為ノ 義ニ候 然レドモ 扱ヒ(調停)ニハ 感謝セラレキ候 成ル成ラヌハ 互イノ事ニテ 不明 ナレド 一旦ハ 言問(協議)ノ 場ニ 赴カムト 仰セニ候
ふう、思ったとおりだな、と純正はつぶやいた。
「皆、この文を見てどう思う? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」
あまりにも予想通りの外務省二人の通信文に、ため息しか出ない。
「は、されば申し上げまする。考えますに、上杉の大義は神保からの助力願いによりて起こりし事にて、その神保を助けるべく本願寺との扱い(調停)をすれば、事なきをえようかと存じます」
直茂は直接上杉と本願寺一向宗(瑞泉寺と勝興寺)とを調停するのではなく、原因となった神保と一向宗を調停することで、謙信の大義をなくそうというのだ。
「上杉はつい此間まで、松倉城の椎名と戦をしておりました。その経緯は如何様なものであったか。十年前椎名は上杉より取子(養子)を迎えけり。それによりて越中で抜きん出んと考えたが、椎名の仇敵である神保と昵懇な畠山義継に、合力するため上杉が出兵したゆえだ。これにより椎名は上杉に反するようになりけりと存じます」
神保と敵対していた椎名康胤は単独では神保に抵抗できず上杉を頼った。蜜月の関係が続いたが、神保が敗走した後も謙信は中郡(婦負・射水郡)の支配権を神保長職に安堵したのだ。
さらに四年前の出兵で康胤は不信感を覚えた。それが信玄の西上に際しての椎名康胤の上杉離反につながったのだ。
官兵衛が分析をすると直家も続く。
「左様、そのような事は予てより話を椎名に通しておけば、戦にはならなかったはずにございます。つまりは越中にても力を持たんと欲したがゆえ、そのような仕儀となったと存じます」
直茂も官兵衛も直家も、謙信が大義とは名ばかりに動いていると言うのだろう。
「弥三郎、庄兵衛、清良、その方らはどう考える?」
「は、それがしも御三方の考えに甘心(同意する)いたします。謙信はおそらく、七金山と放生津の利得の権を欲しているのではないかと存じます。それゆえその反目を巧みに使い、徐々に力を弱め傀儡とするつもりではないでしょうか」
「ふむ」
弥三郎に庄兵衛が続く。
「神保と一向宗との間をとりもち、扱い(調停)をいたさば、事なきを得ましょう。その上で上杉がさらに肩入れをするとなれば、話は違えてまいります。われらも一手打つ必要があるかと存じまする」
「いかがするのだ?」
「されば、そもそもの越中の争いの種(原因)は、守護である畠山の力が家臣の争いを抑えきれず、越中の諍いに肩入れが出来なくなりき事にございます。さらにはその家臣によって、先の当主と当主親子が遣らわれけり(追放された)て、守護代の神保と椎名の争いとなったのでございます」
「ふむ」
「その畠山に力を貸せば、越中への力も強まり、諍いの元が消えまする。神保と一向宗の扱い(調停)もやり易くなる事かと」
能登畠山と同盟を結び、越中の混乱を収め、加賀と越後に睨みを利かせようというのだろう。そして最後は、放生津も七金山も。
「蝦夷地との交易が始まれば、北海の湊に寄る要はなくなり申す。されど織田と上杉の力の整い(バランス)が要なれば、畠山に力を与えて我らもその益を受くるは、善なる事かと存じます」
土居清良が、結論づけるかのように結んだ。
「ふふ、ふふふふふ。さすがだな。さすがわが小佐々の会議衆、評定衆よ。実はな、その畠山の件。おれも考えておったのだ」
寒の入りを迎へ、修理大夫殿におかれましては益々ご健勝の事と心よりお慶び申し上げます。
さて、われらは近ごろ、蝦夷地との間に交易を始めき候。肥前より湊に寄らず蝦夷地に向かい、また同じくして蝦夷地より肥前にもどる事能へども、冬の時節の北海の海は波高き事この上なきに候。
そのような中、能登の国はまさに間にありし候。何とぞ我らと誼を通じていただきたく、お願い申し上げ候。
西海の産物、蝦夷地の産物等、種々の物を持ち寄ることも能いて候。
聞くところによれば、越中の国の事にて悩まるると存じ奉りて候。
遠き西国が領国なれば、武による合力は能わざると候へども、交易による財にて合力つかまつりたく、存じ上げ候。
つきましては使者を遣はしき候へば、よろしくお取りなしのほど、お願い申し上げ候。
恐惶謹言
天正元年 一月 六日
小佐々権中納言純正
畠山修理大夫殿
「御屋形様、これは……」
「気づいたか、直茂」
「は、あえて恐々謹厳ではなく恐惶謹言と。さらには宛所をお名前と同じ列に書いてございます」
直茂は書状を見、全員に回しながら答えた。
「その通り、まあ俺は官位や家柄などあまり気にしないが、気にする奴らが多いであろう? では奴らに合わせるのが早いではないか。『西国を統べるあの小佐々純正が、恐惶謹言と文を寄越してきた。さすがは三管領よ』となるのではないか? 遣いにやった喜には苦労をさせるが、見事交易と誼を通じてこよう」
「御屋形様、それでは……」
「そうだ、文にも書いたが、今は兵を出せん。しかしそれでも、見せてやろうではないか。銭の戦を」
おおお……と満座に歓声があがる。
「聞けば、今の当主である畠山義慶は家臣に擁立された傀儡ときく。しかし若いながらに、なかなかに器量のある人物というではないか。傀儡にしておくのは、のう? もったいないな」
発 甲斐守 宛 権中納言 複 治部大丞
秘メ 畠山修理大夫様 殊ノ外 ヲ喜ビニナリ ワレラトノ 交易 盛ンニシテ 大イニ 栄エタシト 仰セニ候
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