上 下
502 / 767
西国王小佐々純正と第三勢力-緊迫の極東と、より東へ-

信長、三度越前を攻める。

しおりを挟む
 天正元年(元亀三年・1572年) 二月月二日 

 雪解けを待って織田軍が越前へ侵攻した。

 織田家の直轄兵力が四万八千、浅井が一万二千、伊勢の兵が一万三千、合計七万三千である。

 これでも十分各地に守備兵を残しているのだ。越前では敦賀郡司が前回の戦いで寝返っており、大野郡司は織田への寝返りを察知されて殺されている。

 朝倉の敗北は火を見るより明らかであった。




 ■越前 一乗谷城

「おのおの方、いよいよもって危急の時にござる。信長が七万の軍をもって攻め入って来るとの由。事ここにいたっては、家門を守るために降るや否や。一戦交えるとしていかに戦うか」

 重臣であり杣山そまやま城主である河合安芸守吉統が発議した。
 
 敦賀郡司である朝倉景紀が織田に寝返ってからは南の防備を固め、城代に城を任せて軍議に参加したのである。

「論ずるなど詮無き事にござる。一戦すべし。信長恐るるに足らず、金で集めし兵など、一度負ければ蜘蛛の子を散らすかのように逃げるであろう」

 そう声を上げたのは南条郡池上村を領する豪傑、富田長繁である。
 
  戌山いぬやま城にて謀反を起こした朝倉景鏡かげあきらを討ち、逃散する兵をまとめて織田軍の侵攻を防いだ猛者であった。

「弥六郎(富田長繁)、その方の武勇はここにいる誰もが知っておる。御一門とは言え殿に背き、織田に寝返ろうとした者を討ち取った功はいかばかりか。然れどこたびは話が違う(たがう)」

 家老の山崎長門守吉家は冷静に状況を分析する。

「いかが違う(たがう)のですか?」

「よいか、一度目も二度目も、信長には我らの他に敵がおったのだ。それゆえ信長は全ての兵を我らに向ける事あたわず、退かねばならぬ事となった。ゆえに我らは浅井と小競り合いをいたす程で済んだのじゃ」

 吉家はそう言って座の中央にある地図を扇子で指し、信長の領土をぐるっと丸くなぞった。
 
 上座には朝倉義景、そして左右に河合吉統、山崎吉家をはじめとする家臣が順に並んでいる。長繁はどちらかというと下座の方が近い。

「然れどこたびは違う。武田は代替わりをして織田と和睦を結び、本願寺は長島を潰され、信長に刃向かう敵はおらぬ。今われらに与する者はおらず、一力(単独)で信長と戦わねばならぬのだ」

 そう言って武田、長島、本願寺等々を順番に扇子で指し示した。

 全員が地図を眺め、沈黙が訪れる。
 
 当主義景はというと、黙して語らない。自らの先見の明のなさが招いた結果ともいえるが、ここでも迷っているのだ。いや、単純に恐れていただけかもしれない。

 信長に降伏したとしても、義景は無事ではすまないだろう。信長は無能な男が嫌いである。好きな者はいないだろうが、自らの領国を治める者が無能では困る。
 
 家が残るとしても、減封され今の家格を保つことは出来ない。

 上洛の遅れについての弁明の書状も遅きに失した。
 
 決断を遅れに遅らせた挙句、信長の侵攻を招いたのである。ここで降伏するのなら、なぜもっと早く恭順の意を示さなかったのか……。

 しかし、今それを論じても仕方がない。

「各々方、よろしいか。降るにしては……遅きに失しておる」

 朝倉右兵衛尉景健かげたかである。
 
 大野郡司であった景鏡が謀反の罪で討たれ、金ヶ崎の敦賀郡司である朝倉景紀が織田に寝返った今、一門衆の三席であった景健が、筆頭となって発言したのだ。

「信長は先の二度の戦の前に我らに上洛を求めた。我らはそれに従わず、その後弁明の書状を書いたが、思い消たれけり(無視された)。ここで降ったとして我らに先はござらん。争うより他なし。相違あろうか?」

 一同がざわつく。景健は朝倉が品位を、命脈を保つにはそれしかないと考えていた。

「……。して孫三郎(景健)、争うとして、勝てるのか?」

 ドキドキしながら、というのが現代風でいう一番近い表現であろうか。義景は不安と期待の入り交じった表情で訊く。

「無論にござる。我に策あり。信長になどむざむざ負けはしませぬ」

 この考えを、無謀な戦いを先導する亡国の考えと断じるのは簡単である。
 
 しかし降伏したとして、信長が厳しい処分を下し、朝倉家はもとより、家臣一同が冷や飯食らいとなるのは前述の通り確かなのだ。

「まずはこの、わが朝倉の足溜あしだまり(本拠地)である一乗谷にござるが、この地がすなわち天嶮にございます。一乗谷川沿いに南北に長い盆地には北に下木戸、南に上木戸ありて土塁と石垣にて固めており申す」

 越前、加賀、美濃、近江、若狭が描かれた広域の地図の横に置かれた、一乗谷周辺の地形図を指す。

「さらに上下の木戸の戦の有り様をみて如何様にも助力能うよう、東に一乗谷城がありまする。南の上木戸のさらに南には、鹿俣と西新町村の間を西に抜ける街道ありて、ここを塞げば谷には入る事能いませぬ」

 一乗谷の町は川沿いの盆地に築かれており、南北に長く、その狭まった北側と南側の木戸を堅く守って塞ぐというのだ。
 
 まさに地形を最大限に活かした、守るに易く攻めるに難い城塞都市である。

「いま一つ。この一乗谷を攻めるには、東は戌山城、南は杣山城を抜かねばなりませぬ。戌山城、杣山城ともに天嶮にて、守るに易く攻めるに難しの城にござる。そこを守らば一月や三月、いやさ半年一年は耐える事能いましょう」

 おおお、と一同がざわめき立ったが、実のところ、持久戦の準備はしていたのだ。

 河合、山崎の両家老が先頭となり、兵糧矢弾の蓄えをしていた。再び信長が攻めてくる事はわかっていたので、書状を送ると同時に、できる限りの準備はしていたのだ。

 河合吉統と山崎吉家は腕を組み、目をつぶって考えている。

 確かに、そう考えれば、勝算が全くないわけではない。
 
 広範囲にわたる持久戦。戦果をあげつつ持久戦に持ち込めれば、反織田勢力が盛り返して、織田を後ろから攻撃するかもしれない。

 しかしあくまでも『~かもしれない』である。確証はなく、たらればの域を出ないのだ。

「右兵衛尉様(自称・景健)、この弥六郎、感服つかまつりました」

 最初に決戦を呼びかけた富田長繁が景健に同意する。
 
 するといつの間にか、そうだそうだと全体に伝播し、次第に朝倉家中は決戦もやむなしの雰囲気になっていく。

「殿、いかがなさいますか?」

 河合吉統が義景に裁可を仰ぐ。

「……」

「殿、いかなご決断であっても、われら一同、殿の御心に従いまする」

 山崎吉家が続く。

「……。あいわかった。では……われら朝倉は一丸となって、織田と雌雄を決する事といたす!」

 おおおおお! 全員がひときわ大きな歓声をあげた。

「して、布陣はいかがする?」

 義景が河合吉統に訊く。

「は、されば先ほどの右兵衛尉様(景健)の言葉どおり兵をわけ、一乗谷を最後の砦として、杣山と戌山を守りて長戦といたしましょう。敵の丹後、若狭、近江の軍は金ヶ崎にて落ち合いて、そのまま杣山城を攻めるでしょう」

「うむ」

「美濃からの攻め口はいくつかあれど、這法師はいぼうし峠と高倉峠は杣山に向っております。また、仏峠、油坂峠、三国峠は箱ヶ瀬村と角野村にてあわさり、戌山城へ向いまする」

 吉統は、考えている。

「いかがした?」

「は、信長がどこから来るかを考えておりまする。大軍を動かすには難儀なれど、ここを抜かれては、いささか面倒にございます」

 吉統は冠峠からまっすぐ北へ扇子を指して、松谷(松が谷)村、横越村、東・西河原村を抜け一乗谷城と戌山城の間の街道を指した。

「ここを抜かれれば後の守りは下木戸のみとなりまする。ゆえに西河原、東河原村あたりに兵を潜ませ、敵を止めねばなりませぬ」

 吉統は続ける。

「杣山はそれがしの城にて、身命を賭して守り抜きまする。あとは……」

「戌山は是非それがしに!」

 名乗りを上げたのは山崎吉家である。

「ではそれがしは、西河原にて敵を抑えましょう」

 景隆である。

「弥六郎(富田長繁)よ、そなたは街道を固め、もしわしが抜かれた際は、代わりにしかと敵を退けるのだぞ。なに、わしもそう簡単には抜かれはせぬ」

 わはははは! と豪快に笑ってみせる。本当に自信があるのか、それとも士気を上げるための空元気なのか、それはわからない。

 ともあれ軍議は終わり、杣山城に五千、戌山城に五千、西河原街道沿いに五千、一乗谷南から西へ抜ける朝倉街道に千、一乗谷には一万四千を残し、後詰めができるようにしたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

別に構いませんよ、離縁するので。

杉本凪咲
恋愛
父親から告げられたのは「出ていけ」という冷たい言葉。 他の家族もそれに賛同しているようで、どうやら私は捨てられてしまうらしい。 まあいいですけどね。私はこっそりと笑顔を浮かべた。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

公爵令嬢はアホ係から卒業する

依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」  婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。  そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。   いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?  何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。  エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。  彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。    *『小説家になろう』でも公開しています。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

美しい姉と痩せこけた妹

サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――

あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?

水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが… 私が平民だとどこで知ったのですか?

処理中です...