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西国王小佐々純正と第三勢力-緊迫の極東と、より東へ-
信長、三度越前を攻める。
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天正元年(元亀三年・1572年) 二月月二日
雪解けを待って織田軍が越前へ侵攻した。
織田家の直轄兵力が四万八千、浅井が一万二千、伊勢の兵が一万三千、合計七万三千である。
これでも十分各地に守備兵を残しているのだ。越前では敦賀郡司が前回の戦いで寝返っており、大野郡司は織田への寝返りを察知されて殺されている。
朝倉の敗北は火を見るより明らかであった。
■越前 一乗谷城
「おのおの方、いよいよもって危急の時にござる。信長が七万の軍をもって攻め入って来るとの由。事ここにいたっては、家門を守るために降るや否や。一戦交えるとしていかに戦うか」
重臣であり杣山城主である河合安芸守吉統が発議した。
敦賀郡司である朝倉景紀が織田に寝返ってからは南の防備を固め、城代に城を任せて軍議に参加したのである。
「論ずるなど詮無き事にござる。一戦すべし。信長恐るるに足らず、金で集めし兵など、一度負ければ蜘蛛の子を散らすかのように逃げるであろう」
そう声を上げたのは南条郡池上村を領する豪傑、富田長繁である。
戌山城にて謀反を起こした朝倉景鏡を討ち、逃散する兵をまとめて織田軍の侵攻を防いだ猛者であった。
「弥六郎(富田長繁)、その方の武勇はここにいる誰もが知っておる。御一門とは言え殿に背き、織田に寝返ろうとした者を討ち取った功はいかばかりか。然れどこたびは話が違う(たがう)」
家老の山崎長門守吉家は冷静に状況を分析する。
「いかが違う(たがう)のですか?」
「よいか、一度目も二度目も、信長には我らの他に敵がおったのだ。それゆえ信長は全ての兵を我らに向ける事あたわず、退かねばならぬ事となった。ゆえに我らは浅井と小競り合いをいたす程で済んだのじゃ」
吉家はそう言って座の中央にある地図を扇子で指し、信長の領土をぐるっと丸くなぞった。
上座には朝倉義景、そして左右に河合吉統、山崎吉家をはじめとする家臣が順に並んでいる。長繁はどちらかというと下座の方が近い。
「然れどこたびは違う。武田は代替わりをして織田と和睦を結び、本願寺は長島を潰され、信長に刃向かう敵はおらぬ。今われらに与する者はおらず、一力(単独)で信長と戦わねばならぬのだ」
そう言って武田、長島、本願寺等々を順番に扇子で指し示した。
全員が地図を眺め、沈黙が訪れる。
当主義景はというと、黙して語らない。自らの先見の明のなさが招いた結果ともいえるが、ここでも迷っているのだ。いや、単純に恐れていただけかもしれない。
信長に降伏したとしても、義景は無事ではすまないだろう。信長は無能な男が嫌いである。好きな者はいないだろうが、自らの領国を治める者が無能では困る。
家が残るとしても、減封され今の家格を保つことは出来ない。
上洛の遅れについての弁明の書状も遅きに失した。
決断を遅れに遅らせた挙句、信長の侵攻を招いたのである。ここで降伏するのなら、なぜもっと早く恭順の意を示さなかったのか……。
しかし、今それを論じても仕方がない。
「各々方、よろしいか。降るにしては……遅きに失しておる」
朝倉右兵衛尉景健である。
大野郡司であった景鏡が謀反の罪で討たれ、金ヶ崎の敦賀郡司である朝倉景紀が織田に寝返った今、一門衆の三席であった景健が、筆頭となって発言したのだ。
「信長は先の二度の戦の前に我らに上洛を求めた。我らはそれに従わず、その後弁明の書状を書いたが、思い消たれけり(無視された)。ここで降ったとして我らに先はござらん。争うより他なし。相違あろうか?」
一同がざわつく。景健は朝倉が品位を持ちつつ、命脈を保つにはそれしかないと考えていた。
「……。して孫三郎(景健)、争うとして、勝てるのか?」
ドキドキしながら、というのが現代風でいう一番近い表現であろうか。義景は不安と期待の入り交じった表情で訊く。
「無論にござる。我に策あり。信長になどむざむざ負けはしませぬ」
この考えを、無謀な戦いを先導する亡国の考えと断じるのは簡単である。
しかし降伏したとして、信長が厳しい処分を下し、朝倉家はもとより、家臣一同が冷や飯食らいとなるのは前述の通り確かなのだ。
「まずはこの、わが朝倉の足溜(本拠地)である一乗谷にござるが、この地がすなわち天嶮にございます。一乗谷川沿いに南北に長い盆地には北に下木戸、南に上木戸ありて土塁と石垣にて固めており申す」
越前、加賀、美濃、近江、若狭が描かれた広域の地図の横に置かれた、一乗谷周辺の地形図を指す。
「さらに上下の木戸の戦の有り様をみて如何様にも助力能うよう、東に一乗谷城がありまする。南の上木戸のさらに南には、鹿俣と西新町村の間を西に抜ける街道ありて、ここを塞げば谷には入る事能いませぬ」
一乗谷の町は川沿いの盆地に築かれており、南北に長く、その狭まった北側と南側の木戸を堅く守って塞ぐというのだ。
まさに地形を最大限に活かした、守るに易く攻めるに難い城塞都市である。
「いま一つ。この一乗谷を攻めるには、東は戌山城、南は杣山城を抜かねばなりませぬ。戌山城、杣山城ともに天嶮にて、守るに易く攻めるに難しの城にござる。そこを守らば一月や三月、いやさ半年一年は耐える事能いましょう」
おおお、と一同がざわめき立ったが、実のところ、持久戦の準備はしていたのだ。
河合、山崎の両家老が先頭となり、兵糧矢弾の蓄えをしていた。再び信長が攻めてくる事はわかっていたので、書状を送ると同時に、できる限りの準備はしていたのだ。
河合吉統と山崎吉家は腕を組み、目をつぶって考えている。
確かに、そう考えれば、勝算が全くないわけではない。
広範囲にわたる持久戦。戦果をあげつつ持久戦に持ち込めれば、反織田勢力が盛り返して、織田を後ろから攻撃するかもしれない。
しかしあくまでも『~かもしれない』である。確証はなく、たらればの域を出ないのだ。
「右兵衛尉様(自称・景健)、この弥六郎、感服つかまつりました」
最初に決戦を呼びかけた富田長繁が景健に同意する。
するといつの間にか、そうだそうだと全体に伝播し、次第に朝倉家中は決戦もやむなしの雰囲気になっていく。
「殿、いかがなさいますか?」
河合吉統が義景に裁可を仰ぐ。
「……」
「殿、いかなご決断であっても、われら一同、殿の御心に従いまする」
山崎吉家が続く。
「……。あいわかった。では……われら朝倉は一丸となって、織田と雌雄を決する事といたす!」
おおおおお! 全員がひときわ大きな歓声をあげた。
「して、布陣はいかがする?」
義景が河合吉統に訊く。
「は、されば先ほどの右兵衛尉様(景健)の言葉どおり兵をわけ、一乗谷を最後の砦として、杣山と戌山を守りて長戦といたしましょう。敵の丹後、若狭、近江の軍は金ヶ崎にて落ち合いて、そのまま杣山城を攻めるでしょう」
「うむ」
「美濃からの攻め口はいくつかあれど、這法師峠と高倉峠は杣山に向っております。また、仏峠、油坂峠、三国峠は箱ヶ瀬村と角野村にてあわさり、戌山城へ向いまする」
吉統は、考えている。
「いかがした?」
「は、信長がどこから来るかを考えておりまする。大軍を動かすには難儀なれど、ここを抜かれては、いささか面倒にございます」
吉統は冠峠からまっすぐ北へ扇子を指して、松谷(松が谷)村、横越村、東・西河原村を抜け一乗谷城と戌山城の間の街道を指した。
「ここを抜かれれば後の守りは下木戸のみとなりまする。ゆえに西河原、東河原村あたりに兵を潜ませ、敵を止めねばなりませぬ」
吉統は続ける。
「杣山はそれがしの城にて、身命を賭して守り抜きまする。あとは……」
「戌山は是非それがしに!」
名乗りを上げたのは山崎吉家である。
「ではそれがしは、西河原にて敵を抑えましょう」
景隆である。
「弥六郎(富田長繁)よ、そなたは街道を固め、もしわしが抜かれた際は、代わりにしかと敵を退けるのだぞ。なに、わしもそう簡単には抜かれはせぬ」
わはははは! と豪快に笑ってみせる。本当に自信があるのか、それとも士気を上げるための空元気なのか、それはわからない。
ともあれ軍議は終わり、杣山城に五千、戌山城に五千、西河原街道沿いに五千、一乗谷南から西へ抜ける朝倉街道に千、一乗谷には一万四千を残し、後詰めができるようにしたのだった。
雪解けを待って織田軍が越前へ侵攻した。
織田家の直轄兵力が四万八千、浅井が一万二千、伊勢の兵が一万三千、合計七万三千である。
これでも十分各地に守備兵を残しているのだ。越前では敦賀郡司が前回の戦いで寝返っており、大野郡司は織田への寝返りを察知されて殺されている。
朝倉の敗北は火を見るより明らかであった。
■越前 一乗谷城
「おのおの方、いよいよもって危急の時にござる。信長が七万の軍をもって攻め入って来るとの由。事ここにいたっては、家門を守るために降るや否や。一戦交えるとしていかに戦うか」
重臣であり杣山城主である河合安芸守吉統が発議した。
敦賀郡司である朝倉景紀が織田に寝返ってからは南の防備を固め、城代に城を任せて軍議に参加したのである。
「論ずるなど詮無き事にござる。一戦すべし。信長恐るるに足らず、金で集めし兵など、一度負ければ蜘蛛の子を散らすかのように逃げるであろう」
そう声を上げたのは南条郡池上村を領する豪傑、富田長繁である。
戌山城にて謀反を起こした朝倉景鏡を討ち、逃散する兵をまとめて織田軍の侵攻を防いだ猛者であった。
「弥六郎(富田長繁)、その方の武勇はここにいる誰もが知っておる。御一門とは言え殿に背き、織田に寝返ろうとした者を討ち取った功はいかばかりか。然れどこたびは話が違う(たがう)」
家老の山崎長門守吉家は冷静に状況を分析する。
「いかが違う(たがう)のですか?」
「よいか、一度目も二度目も、信長には我らの他に敵がおったのだ。それゆえ信長は全ての兵を我らに向ける事あたわず、退かねばならぬ事となった。ゆえに我らは浅井と小競り合いをいたす程で済んだのじゃ」
吉家はそう言って座の中央にある地図を扇子で指し、信長の領土をぐるっと丸くなぞった。
上座には朝倉義景、そして左右に河合吉統、山崎吉家をはじめとする家臣が順に並んでいる。長繁はどちらかというと下座の方が近い。
「然れどこたびは違う。武田は代替わりをして織田と和睦を結び、本願寺は長島を潰され、信長に刃向かう敵はおらぬ。今われらに与する者はおらず、一力(単独)で信長と戦わねばならぬのだ」
そう言って武田、長島、本願寺等々を順番に扇子で指し示した。
全員が地図を眺め、沈黙が訪れる。
当主義景はというと、黙して語らない。自らの先見の明のなさが招いた結果ともいえるが、ここでも迷っているのだ。いや、単純に恐れていただけかもしれない。
信長に降伏したとしても、義景は無事ではすまないだろう。信長は無能な男が嫌いである。好きな者はいないだろうが、自らの領国を治める者が無能では困る。
家が残るとしても、減封され今の家格を保つことは出来ない。
上洛の遅れについての弁明の書状も遅きに失した。
決断を遅れに遅らせた挙句、信長の侵攻を招いたのである。ここで降伏するのなら、なぜもっと早く恭順の意を示さなかったのか……。
しかし、今それを論じても仕方がない。
「各々方、よろしいか。降るにしては……遅きに失しておる」
朝倉右兵衛尉景健である。
大野郡司であった景鏡が謀反の罪で討たれ、金ヶ崎の敦賀郡司である朝倉景紀が織田に寝返った今、一門衆の三席であった景健が、筆頭となって発言したのだ。
「信長は先の二度の戦の前に我らに上洛を求めた。我らはそれに従わず、その後弁明の書状を書いたが、思い消たれけり(無視された)。ここで降ったとして我らに先はござらん。争うより他なし。相違あろうか?」
一同がざわつく。景健は朝倉が品位を持ちつつ、命脈を保つにはそれしかないと考えていた。
「……。して孫三郎(景健)、争うとして、勝てるのか?」
ドキドキしながら、というのが現代風でいう一番近い表現であろうか。義景は不安と期待の入り交じった表情で訊く。
「無論にござる。我に策あり。信長になどむざむざ負けはしませぬ」
この考えを、無謀な戦いを先導する亡国の考えと断じるのは簡単である。
しかし降伏したとして、信長が厳しい処分を下し、朝倉家はもとより、家臣一同が冷や飯食らいとなるのは前述の通り確かなのだ。
「まずはこの、わが朝倉の足溜(本拠地)である一乗谷にござるが、この地がすなわち天嶮にございます。一乗谷川沿いに南北に長い盆地には北に下木戸、南に上木戸ありて土塁と石垣にて固めており申す」
越前、加賀、美濃、近江、若狭が描かれた広域の地図の横に置かれた、一乗谷周辺の地形図を指す。
「さらに上下の木戸の戦の有り様をみて如何様にも助力能うよう、東に一乗谷城がありまする。南の上木戸のさらに南には、鹿俣と西新町村の間を西に抜ける街道ありて、ここを塞げば谷には入る事能いませぬ」
一乗谷の町は川沿いの盆地に築かれており、南北に長く、その狭まった北側と南側の木戸を堅く守って塞ぐというのだ。
まさに地形を最大限に活かした、守るに易く攻めるに難い城塞都市である。
「いま一つ。この一乗谷を攻めるには、東は戌山城、南は杣山城を抜かねばなりませぬ。戌山城、杣山城ともに天嶮にて、守るに易く攻めるに難しの城にござる。そこを守らば一月や三月、いやさ半年一年は耐える事能いましょう」
おおお、と一同がざわめき立ったが、実のところ、持久戦の準備はしていたのだ。
河合、山崎の両家老が先頭となり、兵糧矢弾の蓄えをしていた。再び信長が攻めてくる事はわかっていたので、書状を送ると同時に、できる限りの準備はしていたのだ。
河合吉統と山崎吉家は腕を組み、目をつぶって考えている。
確かに、そう考えれば、勝算が全くないわけではない。
広範囲にわたる持久戦。戦果をあげつつ持久戦に持ち込めれば、反織田勢力が盛り返して、織田を後ろから攻撃するかもしれない。
しかしあくまでも『~かもしれない』である。確証はなく、たらればの域を出ないのだ。
「右兵衛尉様(自称・景健)、この弥六郎、感服つかまつりました」
最初に決戦を呼びかけた富田長繁が景健に同意する。
するといつの間にか、そうだそうだと全体に伝播し、次第に朝倉家中は決戦もやむなしの雰囲気になっていく。
「殿、いかがなさいますか?」
河合吉統が義景に裁可を仰ぐ。
「……」
「殿、いかなご決断であっても、われら一同、殿の御心に従いまする」
山崎吉家が続く。
「……。あいわかった。では……われら朝倉は一丸となって、織田と雌雄を決する事といたす!」
おおおおお! 全員がひときわ大きな歓声をあげた。
「して、布陣はいかがする?」
義景が河合吉統に訊く。
「は、されば先ほどの右兵衛尉様(景健)の言葉どおり兵をわけ、一乗谷を最後の砦として、杣山と戌山を守りて長戦といたしましょう。敵の丹後、若狭、近江の軍は金ヶ崎にて落ち合いて、そのまま杣山城を攻めるでしょう」
「うむ」
「美濃からの攻め口はいくつかあれど、這法師峠と高倉峠は杣山に向っております。また、仏峠、油坂峠、三国峠は箱ヶ瀬村と角野村にてあわさり、戌山城へ向いまする」
吉統は、考えている。
「いかがした?」
「は、信長がどこから来るかを考えておりまする。大軍を動かすには難儀なれど、ここを抜かれては、いささか面倒にございます」
吉統は冠峠からまっすぐ北へ扇子を指して、松谷(松が谷)村、横越村、東・西河原村を抜け一乗谷城と戌山城の間の街道を指した。
「ここを抜かれれば後の守りは下木戸のみとなりまする。ゆえに西河原、東河原村あたりに兵を潜ませ、敵を止めねばなりませぬ」
吉統は続ける。
「杣山はそれがしの城にて、身命を賭して守り抜きまする。あとは……」
「戌山は是非それがしに!」
名乗りを上げたのは山崎吉家である。
「ではそれがしは、西河原にて敵を抑えましょう」
景隆である。
「弥六郎(富田長繁)よ、そなたは街道を固め、もしわしが抜かれた際は、代わりにしかと敵を退けるのだぞ。なに、わしもそう簡単には抜かれはせぬ」
わはははは! と豪快に笑ってみせる。本当に自信があるのか、それとも士気を上げるための空元気なのか、それはわからない。
ともあれ軍議は終わり、杣山城に五千、戌山城に五千、西河原街道沿いに五千、一乗谷南から西へ抜ける朝倉街道に千、一乗谷には一万四千を残し、後詰めができるようにしたのだった。
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