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西国王小佐々純正と第三勢力-緊迫の極東と、より東へ-

悲報?朗報?リスボン王宮にて隣国の不幸を聞くセバスティアン一世

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 天正元年(元亀三年・1572年) 二月一日 ポルトガル リスボン王宮

「陛下、東インド艦隊のフランシスコ・デ・アルメイダ提督より報告文が届いております」

 セバスティアン1世は、昨年の三月にも小佐々領の状況を聞いていた。そのアルメイダからのさらなる報告に、期待を募らせる。





 親愛なるセバスティアン1世陛下

 陛下、私は神の恩寵と陛下の信任に心より感謝し、マカオより報告をいたします。

 今日、天が私たちに微笑み、そして私たちの友であり友好国である小佐々軍がフィリピンにおいて、イスパニアの艦隊に勝利した事を、喜ばしい心で報告いたします。

 イスパニアのガレオン船11隻で編成された艦隊が、勇敢な小佐々軍によって撃沈、撃破され、その強大な力は砕かれました。

 陛下、小佐々領の発展については前回の報告書のとおりですが、イスパニアとの関係は、わがポルトガル王国にとっても重要な意味を持っているかと存じます。

 小佐々領はこれより、軍事、商業、そして学術の各分野で革新的な進展を遂げ、繁栄していくでしょう。

 しかしイスパニアの進出は、われらポルトガル王国にとって脅威となっています。

 条約に反してフィリピンの先取権を主張し、東インドの国々から品々を持ち帰る事による莫大な利益を目指しています。

 今回の小佐々軍の勝利は、イスパニアの野望を打ち砕き、小佐々王とわがポルトガル王国の友好関係をさらに強固にしました。

 陛下、小佐々領との連携は、われらポルトガルが東方での立場を強化し、イスパニアの野望を制限する上で重要である事を進言いたします。

 最後に、私は神と陛下に感謝し、そして今後も陛下の賢明な指導のもとで、東方の地で陛下の名のもとに奉仕することを誓います。

 陛下の健康と長寿、そしてポルトガルの栄光と繁栄を心より祈っております。

 東インド艦隊司令官 フランシスコ・デ・アルメイダ





「なにい! ! あの……あの、イスパニアの艦隊を破ったのか! ? 信じられない。ガレオン船11隻と言えば、アカプルコにあるヌエバ・エスパーニャ艦隊の半数以上ではないか?」

 セバスティアンはまず枢機卿であるドン・エンリケを見て、その後守り役で顧問に昇格させたドン・アレイジョ、最後にイエズス会のカマラ神父を順に見回した。

「陛下、イスパニアの艦隊は、昨年10月、レパントにおいてオスマンの艦隊を破っております。この世界でオスマンを破ったとなれば世界最強、その最強を、オスマンを超えるイスパニアの艦隊を破ったとは……おいそれとは信じられません」

 こう述べるのは枢機卿のドン・エンリケであるが、もちろん確証があるわけではない。そのはずだ、そんなはずはない、という希望的観測である。

「恐れながら枢機卿、艦隊司令の報告に、嘘偽りはないかと思われます。あり得ない話ですが、万が一司令が保身のみを考える方だったとして、自らの艦隊の事であれば粉飾して報告するでしょう。しかしながら、まったく司令の管轄とは関係のない、ジパングの事です。嘘をつく理由が見当たりません」

 当然である。アジア・アフリカを転戦した生粋の軍人であるドン・アレイジョの軍事に関する意見や見識は重い。

「ただし前線から司令部に報告が伝わる段階で、若干の誤差が生まれる事がないとは言えません。あってはならぬ事ではありますが、人づてである以上、これは致し方ない事です。だとしても11隻が10隻に変わる事はあっても、勝ちが負けにはなりませんし、『撃沈した』が『撃沈された』には変わりません」

 事実と経験に基づくアドバイスである。

「なるほど。イスパニアは縁戚ではあるが、条約を無視して子午線より西に領土を拡げ、フィリピンを得ようとしている。フィリピンがイスパニアのものになれば、わが国の東インドにおける優位が脅かされよう。……肥前王の支援をすべきであろうか」

 世界の二大国である。しかし史実において8年後に同君連合となるように、縁戚とはいえ国家間の諍いがないわけではない。

 そしてフェリペ2世は野心家である。

「陛下、それは性急な判断かと存じます。イスパニアの艦隊が撃破されたのはもっけの幸い。再建には時間と金がかかりましょう。わが国としては、肥前王とはいままで通り交易を中心に国交を強化し、内政に努めて富国強兵を実施すべきかと」

 ドン・アレイジョは自信に満ちた声で提案した。

「そうですな。イスパニアはオスマンを破ったとは言えネーデルランドで独立運動があり、フランスの宗教戦争にも介入しております。金がいくらあっても足りぬでしょう。ここで東インドの地で艦隊が壊滅したとなれば、大きな痛手となるはずです。我々は宗教的には中立を保って争いには加わらず、国力の増強に努めるべきかと」
 
 枢機卿も同意した。

「うむ、枢機卿の考えもアレイジョの考えももっともだ。カマラ神父はどうだ?」

 セバスティアン1世は国王となるべく英才教育を受けてきたが、ここ数年は純正から送られてきた本であったり、肥前国(西日本)の状況や思想、社会制度などに大きな影響を受けている。

 片道1年以上かかる距離にある両国であるが、できる限りの手紙のやり取りを行っていたのだ。もちろん、毎年来る留学生から聞く話はセバスティアンの心を躍らせた。

「私は……聖職者という立場で言えば、プロテスタントの教義とは相容れないものがあります。しかし……個人的には、すべての民が主の元に等しく、心の中におられる神に違いはないと考えます。神の教えをどのように解釈し、どのように実践するかだけの違いで、いたずらに争い、血を流すべきではないと考えます」

 カマラ神父はいわゆる中道派である。

 カトリックの神父として教義を守りつつも、プロテスタントを頭ごなしに否定するのではなく、妥協点を見いだして共存できないか、という考えだ。

「よし、ではイスパニアとはつかず離れず、宗教は中立で、フランスから新教徒が逃れてきたら保護するのを忘れるなよ。枢機卿、飢饉対策で始めているトウモロコシとじゃがいもの栽培はどうだ? 街道の整備は順調だろうか? 国庫から金を出してでも雇用を増やして、生活を豊かにして税収を増やさなければならない」

 じゃがいもやトウモロコシは、ヨーロッパの食を支えた重要な食物である。

 トウモロコシはコロンブスが新大陸を発見した際に持ち帰り、栽培が始まって70年が経つ。

 最初の大規模な栽培はオスマン帝国から始まったが、16世紀末までにはイギリスや東ヨーロッパでも栽培されるようになっていった。

 それを知っている純正が、輸入を依頼し、ヨーロッパでの栽培を奨めていたのだ。

 ヨーロッパにおいては当初は貧困層の食糧として受け容れられ、その収穫率の高さから、後に「17世紀の危機」を迎えて増大していた人口圧力を緩和する事になる。

 セバスティアンは、まず初めに民衆の食の安定を考えたのだ。衣食足りて礼節を知る。これを中国の古書で知ってか知らずか、飢えをなくすために実践した。

 ジャガイモも同じである。

 じゃがいもは史実では1570年にスペインに伝来したが、一般家庭に食料として普及するまでにはかなりの年月が必要だった。

 17世紀までは植物学者による小規模な菜園栽培が主だったからだ。

 これも純正が輸入と引き換えに大規模な栽培を奨めたからであるが、セバスティアン一世は名君への道を、着実に歩み始めていた。
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