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西国王小佐々純正と第三勢力-緊迫の極東と、より東へ-

瑞泉寺証心と勝興寺顕栄、上杉謙信に、悩む。

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 天正元年(元亀三年・1572年) 正月十八日 越中 井波城

 越中一向一揆の中心となっていた土山御坊(勝興寺)の勝興寺住職である勝興寺顕栄と、瑞泉寺住職の瑞泉寺証心は今後の行動を決めかねていた。

 昨年、元亀二年(1571年)の二月から三月にかけて、越後の上杉軍が越中の一向一揆を殲滅すべく、大攻勢をかけたのだ。

 数年の間頑強に抵抗していた松倉城を陥落させ、富山城・新庄城・森山城などを含む多くの城が上杉方となった。

 越中の東半分は謙信に制圧され、椎名康胤や一揆勢を圧倒した。

「一時はどうなるかと思いましたが、武田が動いてくれたおかげで、何とか上杉勢を遠ざけることができましたね」

 顕栄が証心に話しかけると、証心も返す。

「左様。武田は上杉と和睦したものの、裏では石山御坊に根回しをしておったのでしょう。加賀の玄任殿の軍勢とあわせて、われらが息を吹き返したのは僥倖に近いものがありました」





 元亀二年四月には石山本願寺からの命を受けた杉浦玄任が、加賀から越中へ軍勢を動かし、さらに椎名康胤と神保長城(神保長職の子)も一揆勢に味方した。

 一揆勢は上杉軍の前線であった日宮城を降伏開城させ、守将の神保覚広や小島職鎮を能登の石動山天平寺へ敗走させたのだ。

 なおも勢いは止まらず、神通川西岸の白鳥城、東岸の富山城をも陥落させている。

 一揆勢は三万にも膨れ上がり、上杉勢を跳ね返し、越中全土を手中にする勢いにまでなったのだ。

 しかしその時、事件は起こった。

 突如、武田軍が撤退したのだ。

 信玄と謙信は川中島で死闘を繰り返し、お互いに尊敬しつつも、油断の出来ない存在であり続けた。そのため謙信は、越中の一揆制圧に全力を注ぐことができなかったのだ。

「武田が退かねば、あのまま越中より上杉を追い出すこと、能いけりやも(できたかも)しれぬのに。惜しい事です」

 事実信玄は、遠江三河へ侵攻する際、東濃を通って岩村城を陥落させている。謙信は万が一の時の備えのために、北信濃の飯山城と、越後側の国境に余剰戦力を割かなければならなかった。

 信玄は信玄で、今の越中の戦況では上杉も動けぬと考えており、結局は両軍共に遊軍を北信濃に置いている状態であった。

 しかし、武田が撤退した。

 本来であれば信玄が本国に戻る、いるという事は、上杉にとっては良い状況ではない。信玄が西上するからこそ、謙信も越中の一揆制圧に向えたからだ。

 だが謙信はこれを好機とみた。

 撤退などあり得ぬと考えていたところでの、撤退。当然信玄の身に何かが起こったと考えたのだ。となれば、武田は北信濃から越後をうかがうどころではない。

 謙信はそれまで以上に一揆鎮圧に力を注ぐ事となった。

 しかし一揆勢もさるものである。

 一進一退の攻防の中、本願寺と織田とは和睦となり、粘り勝ちで冬の到来の前に、上杉軍は備えの兵を残して越後に帰っていったのだ。





「あと、一月、二月で雪が溶けます。そうなればまた謙信は攻めてくるでしょう。加賀の尾山御坊はどうするでしょうか?」

 顕栄が証心に聞く。

「そうですね。去年は信長を囲む、という策で武田を動かし、武田は武田で、上杉を抑えるために越中で一揆を起こさせた。石山御坊はその願いに応じて、杉浦殿を越中へ遣わした訳ですが……」

 証心は考えた末に答える。

「次にもし、謙信が攻めてきたとて、動かぬと見た方が良いのではないかな?」

「動きませんか?」

 顕栄はゆっくりと訊いた。

「動かぬ、というよりは動かせぬ、という方が正しいやもしれませぬ。石山御坊が命を発すれば、尾山御坊は動きましょう。然りながら石山も織田との和睦で痛手を負いました。ここであえてしらがう(目立つ行動をする)事はせぬかと」

 一揆とは土一揆や国人一揆などいくつかに分類されるが、一向一揆は一言で言えば、寺が権益を守るために、奪おうとする領主に対して起こした一揆である。

 それに信徒がかり出される訳であるが、御仏の道を説こうとする者達(僧侶、寺)からその術を奪う仏敵、という図式を作り出して反乱を起こした、という事になる。

『当流(この時代、的な?)の安心は弥陀如来の本願にすがり一心に極楽往生を信ずることにある』

 という蓮如の教えに従う土豪的武士や、惣村(農民の自治組織)に集結する農民が強固な信仰組織を形成していたのだ。

 純正的に言えば、折り合いを付けて共存しよう、という話になるのだが、一般の戦国民に話して通じるものではない。

 どっちが良いか悪いかの二極論になってしまっているのだ。

「では、いずれにしても、謙信とは雌雄を決せねばなりませぬな。越中が落ちれば次は加賀、そして越前を攻め滅ぼした織田が北へ向うは必定なれど、自らの身に起きねば動きませぬか」

 顕栄の言葉に証心は答える。

「……。然れど尾山御坊とは密に文を交わしましょう。そして、われらは自らのために、自らが考え、自らで動いていかねばなりませぬ」





「御坊様、お客様がお見えになっています」

 まだ雪深いこの越中、瑞泉寺への客人とは誰であろうか?

「どなたがお見えになったのです?」

 証心は小坊主に訊く。
 
「それが……小佐々の甲斐守様とおっしゃる方にございます」

 十年近く第一線で小佐々家を支えてきた日高大和守であったが、六十を超えて体調を崩す事が多くなり、純正は隠居を許していた。

 今は非常勤で外務省に出勤しては後進の指導にあたっている。

 甲斐守喜は宗義調との渉外の際に、石けんの製法を教えるという約束をする大失態を犯したが、それも笑い話になるくらいの過去の話のようである。

 いくつもの経験を経て、外務省においては利三郎、純久に次ぐ実力者となっていた。

「小佐々権中納言様が家臣、日高甲斐守にございます。こたび、瑞泉寺証心様、勝興寺顕栄様のご尊顔を拝し、恐悦至極に存じまする」

「ずいぶんと仰々しいご挨拶ですね。御武家様には珍しい。証心です」

「顕栄にございます」

 喜の挨拶に対して二人は丁寧に返す。

「それで……見知らぬ間柄だとは存じますが、こたびはいったい何用でお越しになったのでしょうか」

 証心は問いかける。対上杉の重要な話をしていたのだ。関係ない話なら時間は割きたくない。

「然ればおいらか(率直)に申し上げまする。越後の事にて、申し上げたき儀がござりてまかり越しました」

 ……!
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