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西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
鍋島左衛門大夫直茂、小佐々治部少丞純久、太田和治部少輔政直、一同に会す
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元亀二年 十月二日 京都 大使館
「久しいの治部少丞、息災であったか」
「これは利三郎様、お元気そうでなによりにございます。お心遣いかたじけのうございます」
純久は三年ぶりに上司である利三郎に会い、喜びもひとしおであった。
しかし一方で利三郎自らが上洛してくる事で、事の重大さを再認識したのだ。しかも直茂も同席している。
純久が「かなり、荒れたのでござるか」と尋ねると、「そのようですな」と直茂は人ごとのように言う。
「まったく、忙しいとは言え、たまには諫早に帰ってきてもよいでしょうに」
と直茂。
「諫早と京は遠いですからな。二人で弾正忠様に会いに堺から岐阜へ行ったのが懐かしい」
「まったくでござるな。しかし、あのような事は二度と御免被りたい」
あのような、とは岐阜城で純久に振られた無茶振りの事である。
直茂と純久は軽口を叩きながら笑い合う。一同は会議室へ談笑しながら向かい、純久は飲み物の好みを聞いて佐吉に持ってくるように命じた。
「彼が佐吉ですか、なかなか利発そうな子ですな」
直茂が褒めると純久は嬉しそうだ。
「そうですね。一を聞いて十を知るような子供です。今では囲碁も将棋も敵いませぬ」
「まったく、あのような若者がお主の配下とは、気苦労が絶えぬであろうに」
利三郎の言葉に純久が反論する。その横で直茂は横でうんうん、と首を縦にふる。
「何をおっしゃいます。私はこれでも東奔西走、寝る間も惜しんでお役目をしているのですぞ」
三人とも大笑いだ。そうこうしているうちに会議室に到着した。
「さて治三郎(純久)、孫四郎(直茂)よ、こたびの一件、わしは武田と織田の和睦なしでは話が進まぬと思うが、いかに?」
席に着き、飲み物を飲んで茶菓子を食べ、三人はしばらく世間話をした。そろそろ本題に入ろうという雰囲気になったとき、やはり年長で上司である利三郎が切り出したのだ。
「それがしも、それしかないと考えておりました」
「それがしも同じにございます」
純正、直茂ともに同じ意見のようだ。
「まず考えねばならぬのは、わが小佐々家中の事である。御屋形様が常々仰せになっている様に、戦がなく、誰にもいらわるる(干渉される)事なく、皆が平和で安心して暮らせる領国を作ることだ」
「「はい」」
「そのためには我らの力を、どこよりも高めねばならなかった。そうして今、ようやくそのようになったが、織田がこれ以上東へ北へと領国を拡げていけば、話は違う」
「仰せの通りにございます。織田と我らで戦はせずとも、様々なる事を言うてくるやもしれませぬ」
利三郎の言葉に直茂が反応する。
「然りとて、弾正忠様が、われらの言い分を是として武田と和睦するかが問題にござる」
純久が当然の事として間に入って意見を言った。
「そこよな。まずただでは和睦はすまい。織田にとって武田は避けては通れぬ道。順序として河内に大和、そして越前に伊賀、紀伊を平定して最後に本願寺となるであろう。その後は武田に向うは必定」
利三郎が、交渉する前の前提の最終確認を行う。
早ければ二、三年のうちに畿内とその周囲を平定するとの考えは、全員同じである。弱者より攻めるのが戦の常道であるし、織田のとってきた戦略でもあった。
「では、われらが武田と誼を通じる、というのは、最後にするのはいかがでしょうか」
純久が提案する。
「いきなり武田との話をもっていけば、弾正忠様の性を考えれば、裏切り者よ不義不忠の者よ、と烈火のごとく怒り狂うやもしれませぬ」
間違いない、という風な顔をして同意する直茂。
「そこで、われら小佐々と織田、そして徳川と浅井のすべての行いの末、武田と結ぶようになった、という体ですすめるのはいかがでしょうか」
「どういう事だ?」
利三郎は純久に尋ねる。
「弾正忠様、ならびに織田家中の皆様に、再び確かめるのでござるよ。わが主、御屋形様と真に志を同じくしているのか、という事を聞き、言質をとるのです」
「言質を取る、か……」
利三郎のその言葉に、言質を取ったところで……という思いが三人の脳裏に浮かぶ。発言した純久でさえ、絶対の自信はない。
「要するに、歯止めをかけるための、何からの力なりが要るという事にござるな」
と直茂。
「その通り」
純久は返事はするものの、有効な抑止策が見当たらない。要するに、波風を立てないように済まそうというのだが、それ自体が虫のいい話かもしれなかった。
「なにやら似ておるな」
「? 何に、でござるか?」
と直茂。
「と言いますと?」
続いて純久が聞く。
「いや何、我らと毛利との事よ。織田との攻守の盟とは違い、我らと毛利はつい去年まで不可侵の盟を結んで、対等の立場で話をしておった。むろん、実のところはわれらが大きく上回っておったが、名目上はそうじゃ」
「「はい」」
「九州を統べ、四国を統べる前から、我らのほうが上回っておったが、御屋形様は毛利を潰さず、減らしもせず、残された。無論、駿河守殿(吉川元春)の事はあったが、結局は謀反人のあぶり出しによって事なきを得たのじゃ」
純久は京にいて詳しい経緯は知らないが、直茂にとってあの会談は忘れようもない。
「後にそれが福となるか禍となるかは、誰にもわからぬ。御屋形様が決めた事には今さら逆らえぬし、信じて従うのみじゃ。然りながら我らと織田、そして織田と武田にも同じ事が言えよう」
二人とも、利三郎が言わんとしていることは理解できた。かつての毛利に織田を重ね、織田にとっての武田を重ねたのだ。
「然れど、あのとき我らには毛利の不義という動かぬ証があった。その上我らの勢が明らかに多く、銭においても戦道具においても、我らが勝っておった。それに公方様の御教書や宇喜多家中の戸川某の計略の事もありて……」
「あ!」
純久が利三郎の言葉を遮るように、場違いな声をあげた。
「なんだ治三郎(純久)、素っ頓狂な声をあげて、そういうところがお主は……」
直茂は怪訝そうな顔をして純久を見るが、どこか期待しているようにも見えた。
「公方様ににござるよ! 公方様!」
「だから公方様がどうした、と言うておるのだ。落ち着かぬか」
純久の言葉の意味が利三郎にはまだわからない。
天賦の才と経験から生まれる交渉能力には定評があったのだが、発想の転換という意味では二人には敵わないようだ。
直茂は何かを感じ取った。
「……つまりは、公方様を、昔公方様がなさったこと、命じた事を引き合いに出すという事にござるか?」
直茂の言葉に、純久はうんうん、と黙って力強くうなづく。変なところが子どもっぽい。
「左様。本願寺や三好、松永はこの際どうでもよいのです。向ってきた敵を討つのは必然。ここで取り合わねば(問題にしなければ)ならぬのは、公方様の命にて、はじめに討たんとした若狭の武藤しかり朝倉にござる」
純久は順を追って説明する。
「しかし、弾正忠様は挙げ句、公方様を遣ろうた(追放した)事となった。こうなれば、今までの事の良し悪しを論ずるは詮無き事としても、この先の大義名分は失せてしもうたのだ」
ここで利三郎の顔が明るくなり、話に入ってきた。
「つまりは弾正忠様は公方様を遣ろうた事で、この先の大義名分を失うてしまわれた、という事だな? それゆえこの先は新たな大義を見つけねばならぬ。となると、一つしかないであろう」
「「朝廷にござるな」」
妙に息があう二人だ。
「左様。弾正忠様の志が天下静謐にあるならば、戦をなくさねばならぬ。仕掛けられた戦ならいざ知らず、仕掛ける事などあってはならぬのだ。これは、誰がなんと言おうと、われら小佐々家がこれまでやってきた事だ」
利三郎が言うと、直茂がまとめようとする。
「では、弾正忠様にお目にかかる前に、朝廷にて根を廻さねばなりませぬな。これは治部少丞殿しかできますまい」
利三郎と直茂の二人が純久を見る。
「……左様にございますか。では……承りますが、せっかくの上洛です。関白様にお会いになってはいかがですか?」
「「! !」」
「久しいの治部少丞、息災であったか」
「これは利三郎様、お元気そうでなによりにございます。お心遣いかたじけのうございます」
純久は三年ぶりに上司である利三郎に会い、喜びもひとしおであった。
しかし一方で利三郎自らが上洛してくる事で、事の重大さを再認識したのだ。しかも直茂も同席している。
純久が「かなり、荒れたのでござるか」と尋ねると、「そのようですな」と直茂は人ごとのように言う。
「まったく、忙しいとは言え、たまには諫早に帰ってきてもよいでしょうに」
と直茂。
「諫早と京は遠いですからな。二人で弾正忠様に会いに堺から岐阜へ行ったのが懐かしい」
「まったくでござるな。しかし、あのような事は二度と御免被りたい」
あのような、とは岐阜城で純久に振られた無茶振りの事である。
直茂と純久は軽口を叩きながら笑い合う。一同は会議室へ談笑しながら向かい、純久は飲み物の好みを聞いて佐吉に持ってくるように命じた。
「彼が佐吉ですか、なかなか利発そうな子ですな」
直茂が褒めると純久は嬉しそうだ。
「そうですね。一を聞いて十を知るような子供です。今では囲碁も将棋も敵いませぬ」
「まったく、あのような若者がお主の配下とは、気苦労が絶えぬであろうに」
利三郎の言葉に純久が反論する。その横で直茂は横でうんうん、と首を縦にふる。
「何をおっしゃいます。私はこれでも東奔西走、寝る間も惜しんでお役目をしているのですぞ」
三人とも大笑いだ。そうこうしているうちに会議室に到着した。
「さて治三郎(純久)、孫四郎(直茂)よ、こたびの一件、わしは武田と織田の和睦なしでは話が進まぬと思うが、いかに?」
席に着き、飲み物を飲んで茶菓子を食べ、三人はしばらく世間話をした。そろそろ本題に入ろうという雰囲気になったとき、やはり年長で上司である利三郎が切り出したのだ。
「それがしも、それしかないと考えておりました」
「それがしも同じにございます」
純正、直茂ともに同じ意見のようだ。
「まず考えねばならぬのは、わが小佐々家中の事である。御屋形様が常々仰せになっている様に、戦がなく、誰にもいらわるる(干渉される)事なく、皆が平和で安心して暮らせる領国を作ることだ」
「「はい」」
「そのためには我らの力を、どこよりも高めねばならなかった。そうして今、ようやくそのようになったが、織田がこれ以上東へ北へと領国を拡げていけば、話は違う」
「仰せの通りにございます。織田と我らで戦はせずとも、様々なる事を言うてくるやもしれませぬ」
利三郎の言葉に直茂が反応する。
「然りとて、弾正忠様が、われらの言い分を是として武田と和睦するかが問題にござる」
純久が当然の事として間に入って意見を言った。
「そこよな。まずただでは和睦はすまい。織田にとって武田は避けては通れぬ道。順序として河内に大和、そして越前に伊賀、紀伊を平定して最後に本願寺となるであろう。その後は武田に向うは必定」
利三郎が、交渉する前の前提の最終確認を行う。
早ければ二、三年のうちに畿内とその周囲を平定するとの考えは、全員同じである。弱者より攻めるのが戦の常道であるし、織田のとってきた戦略でもあった。
「では、われらが武田と誼を通じる、というのは、最後にするのはいかがでしょうか」
純久が提案する。
「いきなり武田との話をもっていけば、弾正忠様の性を考えれば、裏切り者よ不義不忠の者よ、と烈火のごとく怒り狂うやもしれませぬ」
間違いない、という風な顔をして同意する直茂。
「そこで、われら小佐々と織田、そして徳川と浅井のすべての行いの末、武田と結ぶようになった、という体ですすめるのはいかがでしょうか」
「どういう事だ?」
利三郎は純久に尋ねる。
「弾正忠様、ならびに織田家中の皆様に、再び確かめるのでござるよ。わが主、御屋形様と真に志を同じくしているのか、という事を聞き、言質をとるのです」
「言質を取る、か……」
利三郎のその言葉に、言質を取ったところで……という思いが三人の脳裏に浮かぶ。発言した純久でさえ、絶対の自信はない。
「要するに、歯止めをかけるための、何からの力なりが要るという事にござるな」
と直茂。
「その通り」
純久は返事はするものの、有効な抑止策が見当たらない。要するに、波風を立てないように済まそうというのだが、それ自体が虫のいい話かもしれなかった。
「なにやら似ておるな」
「? 何に、でござるか?」
と直茂。
「と言いますと?」
続いて純久が聞く。
「いや何、我らと毛利との事よ。織田との攻守の盟とは違い、我らと毛利はつい去年まで不可侵の盟を結んで、対等の立場で話をしておった。むろん、実のところはわれらが大きく上回っておったが、名目上はそうじゃ」
「「はい」」
「九州を統べ、四国を統べる前から、我らのほうが上回っておったが、御屋形様は毛利を潰さず、減らしもせず、残された。無論、駿河守殿(吉川元春)の事はあったが、結局は謀反人のあぶり出しによって事なきを得たのじゃ」
純久は京にいて詳しい経緯は知らないが、直茂にとってあの会談は忘れようもない。
「後にそれが福となるか禍となるかは、誰にもわからぬ。御屋形様が決めた事には今さら逆らえぬし、信じて従うのみじゃ。然りながら我らと織田、そして織田と武田にも同じ事が言えよう」
二人とも、利三郎が言わんとしていることは理解できた。かつての毛利に織田を重ね、織田にとっての武田を重ねたのだ。
「然れど、あのとき我らには毛利の不義という動かぬ証があった。その上我らの勢が明らかに多く、銭においても戦道具においても、我らが勝っておった。それに公方様の御教書や宇喜多家中の戸川某の計略の事もありて……」
「あ!」
純久が利三郎の言葉を遮るように、場違いな声をあげた。
「なんだ治三郎(純久)、素っ頓狂な声をあげて、そういうところがお主は……」
直茂は怪訝そうな顔をして純久を見るが、どこか期待しているようにも見えた。
「公方様ににござるよ! 公方様!」
「だから公方様がどうした、と言うておるのだ。落ち着かぬか」
純久の言葉の意味が利三郎にはまだわからない。
天賦の才と経験から生まれる交渉能力には定評があったのだが、発想の転換という意味では二人には敵わないようだ。
直茂は何かを感じ取った。
「……つまりは、公方様を、昔公方様がなさったこと、命じた事を引き合いに出すという事にござるか?」
直茂の言葉に、純久はうんうん、と黙って力強くうなづく。変なところが子どもっぽい。
「左様。本願寺や三好、松永はこの際どうでもよいのです。向ってきた敵を討つのは必然。ここで取り合わねば(問題にしなければ)ならぬのは、公方様の命にて、はじめに討たんとした若狭の武藤しかり朝倉にござる」
純久は順を追って説明する。
「しかし、弾正忠様は挙げ句、公方様を遣ろうた(追放した)事となった。こうなれば、今までの事の良し悪しを論ずるは詮無き事としても、この先の大義名分は失せてしもうたのだ」
ここで利三郎の顔が明るくなり、話に入ってきた。
「つまりは弾正忠様は公方様を遣ろうた事で、この先の大義名分を失うてしまわれた、という事だな? それゆえこの先は新たな大義を見つけねばならぬ。となると、一つしかないであろう」
「「朝廷にござるな」」
妙に息があう二人だ。
「左様。弾正忠様の志が天下静謐にあるならば、戦をなくさねばならぬ。仕掛けられた戦ならいざ知らず、仕掛ける事などあってはならぬのだ。これは、誰がなんと言おうと、われら小佐々家がこれまでやってきた事だ」
利三郎が言うと、直茂がまとめようとする。
「では、弾正忠様にお目にかかる前に、朝廷にて根を廻さねばなりませぬな。これは治部少丞殿しかできますまい」
利三郎と直茂の二人が純久を見る。
「……左様にございますか。では……承りますが、せっかくの上洛です。関白様にお会いになってはいかがですか?」
「「! !」」
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