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西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-

純正の決断、織田信長か武田勝頼か

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 元亀二年 九月二十五日 諫早城





 発 治部 宛 中将

 秘メ 武田家 家臣 曽根九郎ト 申ス者 来タリテ ワレラト 誼ヲ 通ジテハ 
 
 盛ンニ 商イヲ 行ヒタシ ト 申シケリ

 然レドモ ワレラト 織田ニ 盟約アリテ ソノ敵 武田ト 結ブハ 信ニ背キ 

 易キニ非ズ 御屋形様ノ オ考へヤ 如何ニ

 秘メ





「さて、京都の大使館からの通信で、このようなものが来た。皆の意見を聞きたい」

 純正の目の前には戦略会議室のメンバーと、外務大臣の太田和利三郎に情報大臣の藤原千方、次官の空閑三河守も同席している。

「利三郎、大使館は外務省管轄ではあるが、武田からは他に何か働きかけはあったか?」

「いえ、そのような事は何も。治部少丞には、まずは御屋形様へお知らせする様申し伝えておりますので」

 純正が純久を信頼しているように、利三郎も純久を信頼して任せているようであった。

「そうか。要するに治部少丞は、武田から親交を結びたいと言ってきたが、織田との盟約があるため即答せず、おれに判を仰いできた訳だ。皆はどう思う?」

「御屋形様、この件については、我らの答えはひとつ、考える事などないと存じまする」

 しばらく考えていたが、尾和谷弥三郎が先陣をきって発言する。

「弥三郎、どういう事だ?」

「無論断るのです。武田と誼を通じて我らに益する事などありませぬ。ましてや織田家との信義にもとります」

 純正は弥三郎を見た後、直茂、そして官兵衛、直家と順に顔を見る。庄兵衛は弥三郎に同意しているようだ。清良は考えている。

「官兵衛、そちはどう思う?」

「は、それがしは、一概に……損ばかりではないかと存じます」

 官兵衛は少し考えて答えたが、その答えに庄兵衛が驚いた顔をする。

「官兵衛殿、それは一体どういう事にござるか? われらに何か益があると思われるのですか?」

「庄兵衛、落ち着きなさい」

 傍らにいた直茂が佐志方庄兵衛をなだめる。

「官兵衛、聞かせて貰えるかな」

 直茂は戦略会議室、いわゆるここにいる中で、純正と外務省・情報省以外のトップである。

「は、有り体に申して短きに重きを置くならば、武田とは縁を持たずして、織田のみを相手とすれば良いかと存じます。然りながら……」

 全員が官兵衛の言葉を待つ。

「長きに重きを置くならば、決して上策にはござりませぬ」

「どういう事だ?」

 純正が問う。

「は、弾正忠様は、この先二年ないし三年で畿内とその周囲を平定するでしょう。いかな西国、小佐々の領国が富み栄えているとはいえ、京大坂をはじめ畿内を押さえているのは大きゅうござる」

「うむ」

 純正がうなずき、他も一様に相づちをうって聞き入っている。

「そうなれば織田の高は六百五十万石にはなり申す。さらに次に狙うは、まず間違いなく武田にござりましょう。不識庵謙信殿が在りしうちは、上杉とは事を構えぬと存じます」

 官兵衛はさらに続ける。

「武田がどのように動くかは存じませぬが、信玄の死はあまりに大きゅうございます。西上の際に武田に寝返った三河や美濃、遠江の国人衆も、旗色悪しと見れば、こぞって織田に寝返るでしょう」

 官兵衛が言っている事は至極もっともであり、今すぐにでも起きうることである。

「織田が武田を降し、その領国の百四十万石を加えると七百九十万石を越えまする。国の力は高のみに非ずして、金山からの銭や運上金、商いの益も加わりますが、それは織田も同じにござる」

 純正は、なんとなく官兵衛のいわんとする事がわかってきた。

 織田支持派の弥三郎と庄兵衛は、官兵衛が言っている事と自分の考えの相違点を探している。

「つまり?」

 純正は結論を促す。

「やがては織田が小佐々を上回るやもしれぬ、という事にございます。その時に織田が、弾正忠様が御屋形様と同じお考えなら、問題はありませぬ。然りながら……」

「官兵衛殿、結局は織田家が大きくなりすぎれば、わが小佐々家中にとっては見過ごせぬ事となる、といいたいのでござるか」

 弥三郎が結論を急ぐ。

「左様。弾正忠様は今、三十八歳にござる。あと十年もすれば、家督をお譲りになられてもおかしくはない年齢にござる。その時、織田家が日ノ本を二分する力を持ち、家臣の中によからぬ考えを持ちたる者がいれば、いかがなりましょうや」

「盟約を破りて、兵を起こすやもしれぬ、と?」

 弥三郎が答えると全員が黙り込み、しばらく沈黙があった。

「いずれにせよ」

 沈黙を破ったのは、会議を始めてからずっと黙っていた宇喜多直家であった。

「このような事を会して扱いたる(議題にする)は、こたびが初めてではございませぬ。日ノ本の半分を治めるようになりて、避けては通れぬ道にございます。おそらくは織田家中でも、少なからず扱いたる事かと存じます」

 直家はそう言って直茂を見る。

「いかがでしょうか、左衛門大夫(直茂)様」

 直家の言葉に促され、直茂は純正に正対し、進言する。

「御屋形様、重ねて申し上げまする」

「うむ」

「盟約とはすべからく、利を共にするか、害を共にしている時にのみ、功を奏しまする。然りながら織田家との盟約は、小佐々家にとりて、そのどちらでもございませぬ」

 官兵衛も直家も直茂も、要するにこれ以上織田家に介入するな、と言っているのだ。

「織田家と誼を通じし頃は、われらもまだまだ小さく、肥前と筑前、筑後に北肥後を従えるのみにござりました。京に大使館を設け、中央とのつながりをつくり、余計な介入をさせぬため、要り申した」

 確かに当時は特産品を贈呈し、中央の権力に親しいという理由で近づいたのだ。

 それがいつしか軍事力と経済力で上回り、織田家の力がなくても、周囲の脅威に対する事ができるようになってきた。

 その後の経緯は推して知るべしである。

 ギブアンドテイクではなく、ギブギブギブになってしまったのだ。これに関しては直茂に限らず、以前から家中でも問題視する声があがっていた。

 それでも純正は、あえて同盟国である織田家に対する優遇措置や、技術供与などを止める事はしなかったのだ。

 濃尾で産出される耐火粘土をタダでもらい受ける事や、紀伊半島南周りで熱田や津島へ向う際の帆別銭、関銭の減免において便宜を図って貰う事で、帳尻をあわせようとしていたのである。

 しかし実際は、それらを全て考慮しても、それでもギブが多いのであった。

「御屋形様、それがしは織田と手を切るようにとは申しておりませぬ。然りながらこれより後、われらからのさらなる持ち出しは、小佐々家の益にはなりませぬ」

 純正の眉間に皺が寄る。

「有り体に申せば、武田と手を組むことにより、織田のさらなる拡がりを抑える事あたうのです。さすれば織田家は加賀から越中に進む他なく、上杉と相対する事となりまする」

 純正はぐいっと冷めた珈琲を飲み干す。

 無言で机を叩いて近習を呼び、おかわりを命じる。控え室ではいつでもすぐに出せるようにお湯が沸かされており、すぐにの珈琲が運ばれてきた。

 近習は他の面々の器も確認し、下がる。

「その間われらはゆるゆると奥州を押さえながら南へ進み、南北から上杉、武田、北条を挟むことで、天下安寧の道も開けまする」

 ダン! と机を叩く音がした。

「それは真に! 真に天下静謐のため、民の安寧のためなのか? 小佐々の、この俺の利や欲でないと言い切れるのか?」

「言い切れまする! 御屋形様、言い切らねば成りませぬ! そもそもはじめは民の安寧のため、平和に暮らせる国を作るためには、強くあらねばならぬ! そう志してここまで領国を大きくしてきたのではありませぬか」

 直茂もまた語気を強め、純正の顔をまっすぐ見つめて話す。

「それを志してその果てに、望まぬながらもここまで、領国が大きゅうなったのです。然りながら! 織田がさらに大きゅうなり、小佐々を脅かすほどになれば、再び我らは同じ事を繰り返さねばなりませぬ」

 直茂はさらに続ける。

「御屋形様、早いか遅いかだけの違いにございます。どうか、どうかこの直茂の考え、お聞き届けいただきますよう、伏して願い奉りまする!」

 直茂が椅子から立ち上がり、床に平伏すると、それとほぼ同時に全員が同じように平伏した。

 ……。
 ……。
 ……。

「あい、わかった。少し熱くなりすぎたようだ。直茂の言、もっともである」

 純正は深呼吸をした後にゆっくりと答えた。

「然りながら、この世のすべては均衡、調和が要である。織田と武田、どちらも敵とならぬよう、戦にならぬようせねばならぬ。利三郎、直茂、京に向かいて治部少丞とともに弾正忠殿と会うのだ。できるな?」

「はは、身命を賭してやり遂げまする!」

 一時はどうなるかと思えたが、こうして純正が感情をあらわにしたのは、初めてなのかもしれなかった。
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