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西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
悪人、吉川駿河守元春
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元亀二年 四月二十一日 伯耆国 岩倉城
吉川元春の軍勢が岩倉城を包囲した翌日、美作の小田草城へ向かっていた南条元続は急報を受けた。急ぎ陣払いをして岩倉城の救援に向かったのだが、すでに城は落とされた後であった。
吉川軍の裏切りという事態と明らかな劣勢という事もあいまって、兵が逃散し、防戦するも衆寡敵せず落とされたのだ。
城主の小鴨元清は捕虜となっていた。
岩倉城から北へ半里(約2km)の長坂村に陣を構えた南条元続の元に訪れたのは、使者の小笠原元枝(もとしげ)である。
「右衛門尉殿、それがしは小笠原弾正少忠と申します。こたびはわが主、吉川駿河守様の命により参上いたしました。もはやこの戦の趨勢天命の如し。されどわが主は、さらなる血の流るる事を望みませぬ。されば右衛門尉殿におかれては、民のため、兵のために降り給えとの仰せにござる」
「なんだと? 言うに事欠いて、降れだと? 笑止千万!」
元続は元枝のあまりに礼を欠いた、信じられないような口上を鼻で笑う。謀反を煽っておいて、さらに裏切り、その上どの口がそう言っているのか、とでも言いたいのだろう。
「千万? 千万とは、なにがそのように可笑しいのですか? 左衛門尉殿は、無駄だと知ってもなお戦い、あたら多くの兵を死なせてしまった。なにが可笑しいのですか?」
確かに、若干城攻めにて減ったとは言え、吉川軍は1万近く、対して南条元続軍は4,000である。数的不利であり、さらに吉川の後ろには小佐々軍がいる。
元続の軍は、小田草城攻めから成果も得られず伯耆へ逆戻りした。しかも岩倉城は落とされ、城主は囚われの身である。
疲れと士気の低下は否めない。
その上、数の上でも劣っていれば、勝ち目は少ないだろう。
小鴨元清(岩倉城主・南条元続の弟)は、勝ち負けや損得ではなく意地で戦をし、そして敗れたのだ。残って戦い、散っていった城兵は、逃げる暇はあったにもかかわらず、元清に従った。
味方(毛利方)であった自分たちを騙し、そして自らは強きに従って保身を図る。吉川元春は極悪非道の悪人に映ったであろう。
しかし、戦は騙し騙されである。
騙された方が悪いのだ。情報を鵜呑みにせず、しっかりと確かめた上で判断する。希望的観測を排除し、確実だと思えるまで動かない。
しかし、その確実さがどのラインなのかは誰にもわからない。
結果的に成功したらそれが正しいラインであり、失敗したらまだ足りなかったという、後付けでしか判断できないのだ。
「弟に、元清に会えまするか」
「両軍の中ほど、大宮村に双方の警固の兵をつけてならよろしいでしょう」
「忝し」
捕虜となっている小鴨元清と南条元続は、中間地点である大宮村で会うことを許された。
「兄上、いえ殿、傍若無人な極悪人、吉川元春に一矢報いてやりましたぞ。わはははは。しかし城兵を逃したとは言え、無駄に死なせてしまったのは事実。死に値します」
「何を言うか、生きてこそである」
「との」
「何じゃ」
「降りなされ」
「何い?」
「どう見ても勝てませぬ。元春は憎き敵にござれば、われらは元春に降るのではござらぬ。こたびは真に、真に近衛中将に降るのです」
「降ったとして、そなたの命は助かろうか?」
「殿、多くを死なせてしまった、それがしの命はどうでも良いのです。小鴨として、いえ南条としての意地は見せ申した。この上はあたら命を無駄にすることなく、降ることがもっとも良き幕引きかと存じます」
「そなた……」
陣幕には七つ割平四つ目の家紋が入っている。周囲には同じく丸に三つ引き両の家紋の旗印。小佐々家と吉川家の家紋である。
「南条家当主、南条右衛門尉元続にございます」
平伏して挨拶をする元続に対して純正が答える。
「近衛中将である。面をあげよ」
「はは」
元続は顔を上げて純正に正対する。御歳二十二の若者であり、元続とは一つ違いの年下である。
「よくぞ、決断された。武門の誉れや家門の恥だと言うて、無辜(むこ)の民を犠牲にする為政者のなんと多い事か。無論、誇りや名誉が意味のない事とは思わない。されど命ありてじゃと俺は思う」
「ありがたき幸せに存じまする」
「うむ、これからはわれらと共に、民のために働いてくれるか」
「はは、仰せの通りにいたします」
南条元続にとって無念ではあったが、いかんせん多勢に無勢。吉川元春に騙されはしたものの、元続の為政者としての評判は決して悪くはなかった。
「そうか、ありがとう。では、左衛門尉をこれへ」
しばらくして小鴨左衛門尉元清が呼ばれ、元続と同列にならんだ。
「兄上!」
「元清!」
抱擁こそしなかったものの、お互いの無事を喜んでいる。
「近衛中将様、これはいったい……」
「見ての通りじゃ。いやはや殺すには惜しい人材である。少し、昔を思い出しての」
「昔、でござるか」
「そうじゃ。昔大友と戦をしておった時、元毛利方(当時・現小佐々方)の門司城が落とされたのじゃ。その時、敵であった戸次道雪が城将の才を見込んで生かし、今はその城将、仁保右衛門大夫と申したか」
仁保隆慰の名前を出したときに、元春の表情が少しピクリとした。
「門司の城代として領民に慕われながら、善政を敷いておる」
「さようでございますか」
「そうじゃ。おれは無意味な死は好かぬ。これから、頼むぞ」
そう言って純正は二人を下がらせ、次なる目的地である因幡へ軍を進めることとした。
■天神山城
どうん、どおん、ぐわちゃん……。
どおん、がしゃん、どすん、ががん……。
初日の降伏勧告の後、西と南から一斉に砲弾の雨あられが、天神山城に降り注いだ。城壁、屋根瓦、建築物に対して容赦ない攻撃である。
砲撃の間に歩兵は渡河を行い、対岸に橋頭堡をつくる。
その後さらに砲撃が行われ、三の丸、二の丸の大手門や曲輪などが破壊される。城内の兵は防戦どころではない。
小佐々軍の攻撃になす術のない浦上軍からは、脱走兵が続出している。人は理解が出来ないものに恐怖を抱くというが、まさにそれである。
「父上! 母上や妻と子供は逃しました。このまま何もせぬまま降るのですか? この上は残った兵をかき集め、最後の突撃を試みとうございます!」
「愚か者! そなたの気持ちはよう分かる。しかし、それは無駄死と言うものだ。そなたはまだ若い。死ぬことはない。わしの首一つで城兵の命が助かるのなら、致し方あるまい。口惜しいが、元春の甘言にのり、時勢を読み誤ったわしの咎よ」
「父上!」
天神山城はその日の日暮れ前、全面降伏し、開城となった。
■京都 大使館
純久は大使として幕府や朝廷、さらに諸大名への対応業務を行っていた。それだけでなく、畿内の軍事指揮官でもある。必然的に情報は純久のもとに集まり、そして純正に送られていた。
とりわけ信長包囲網の動きは、最重要項目である。この日純久が純正に送った通信は、よい報せと言えるものではなかった。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 二俣城 アブナシ 天方城ヲハジメ 北遠江ノ 諸城 コトゴトク 落チリケリ サラニ 相模守(氏政)ノ 援軍アリテ 左京大夫殿(家康) 後詰メ ナラズ 一言坂ニテ 敗レリ 秘メ
吉川元春の軍勢が岩倉城を包囲した翌日、美作の小田草城へ向かっていた南条元続は急報を受けた。急ぎ陣払いをして岩倉城の救援に向かったのだが、すでに城は落とされた後であった。
吉川軍の裏切りという事態と明らかな劣勢という事もあいまって、兵が逃散し、防戦するも衆寡敵せず落とされたのだ。
城主の小鴨元清は捕虜となっていた。
岩倉城から北へ半里(約2km)の長坂村に陣を構えた南条元続の元に訪れたのは、使者の小笠原元枝(もとしげ)である。
「右衛門尉殿、それがしは小笠原弾正少忠と申します。こたびはわが主、吉川駿河守様の命により参上いたしました。もはやこの戦の趨勢天命の如し。されどわが主は、さらなる血の流るる事を望みませぬ。されば右衛門尉殿におかれては、民のため、兵のために降り給えとの仰せにござる」
「なんだと? 言うに事欠いて、降れだと? 笑止千万!」
元続は元枝のあまりに礼を欠いた、信じられないような口上を鼻で笑う。謀反を煽っておいて、さらに裏切り、その上どの口がそう言っているのか、とでも言いたいのだろう。
「千万? 千万とは、なにがそのように可笑しいのですか? 左衛門尉殿は、無駄だと知ってもなお戦い、あたら多くの兵を死なせてしまった。なにが可笑しいのですか?」
確かに、若干城攻めにて減ったとは言え、吉川軍は1万近く、対して南条元続軍は4,000である。数的不利であり、さらに吉川の後ろには小佐々軍がいる。
元続の軍は、小田草城攻めから成果も得られず伯耆へ逆戻りした。しかも岩倉城は落とされ、城主は囚われの身である。
疲れと士気の低下は否めない。
その上、数の上でも劣っていれば、勝ち目は少ないだろう。
小鴨元清(岩倉城主・南条元続の弟)は、勝ち負けや損得ではなく意地で戦をし、そして敗れたのだ。残って戦い、散っていった城兵は、逃げる暇はあったにもかかわらず、元清に従った。
味方(毛利方)であった自分たちを騙し、そして自らは強きに従って保身を図る。吉川元春は極悪非道の悪人に映ったであろう。
しかし、戦は騙し騙されである。
騙された方が悪いのだ。情報を鵜呑みにせず、しっかりと確かめた上で判断する。希望的観測を排除し、確実だと思えるまで動かない。
しかし、その確実さがどのラインなのかは誰にもわからない。
結果的に成功したらそれが正しいラインであり、失敗したらまだ足りなかったという、後付けでしか判断できないのだ。
「弟に、元清に会えまするか」
「両軍の中ほど、大宮村に双方の警固の兵をつけてならよろしいでしょう」
「忝し」
捕虜となっている小鴨元清と南条元続は、中間地点である大宮村で会うことを許された。
「兄上、いえ殿、傍若無人な極悪人、吉川元春に一矢報いてやりましたぞ。わはははは。しかし城兵を逃したとは言え、無駄に死なせてしまったのは事実。死に値します」
「何を言うか、生きてこそである」
「との」
「何じゃ」
「降りなされ」
「何い?」
「どう見ても勝てませぬ。元春は憎き敵にござれば、われらは元春に降るのではござらぬ。こたびは真に、真に近衛中将に降るのです」
「降ったとして、そなたの命は助かろうか?」
「殿、多くを死なせてしまった、それがしの命はどうでも良いのです。小鴨として、いえ南条としての意地は見せ申した。この上はあたら命を無駄にすることなく、降ることがもっとも良き幕引きかと存じます」
「そなた……」
陣幕には七つ割平四つ目の家紋が入っている。周囲には同じく丸に三つ引き両の家紋の旗印。小佐々家と吉川家の家紋である。
「南条家当主、南条右衛門尉元続にございます」
平伏して挨拶をする元続に対して純正が答える。
「近衛中将である。面をあげよ」
「はは」
元続は顔を上げて純正に正対する。御歳二十二の若者であり、元続とは一つ違いの年下である。
「よくぞ、決断された。武門の誉れや家門の恥だと言うて、無辜(むこ)の民を犠牲にする為政者のなんと多い事か。無論、誇りや名誉が意味のない事とは思わない。されど命ありてじゃと俺は思う」
「ありがたき幸せに存じまする」
「うむ、これからはわれらと共に、民のために働いてくれるか」
「はは、仰せの通りにいたします」
南条元続にとって無念ではあったが、いかんせん多勢に無勢。吉川元春に騙されはしたものの、元続の為政者としての評判は決して悪くはなかった。
「そうか、ありがとう。では、左衛門尉をこれへ」
しばらくして小鴨左衛門尉元清が呼ばれ、元続と同列にならんだ。
「兄上!」
「元清!」
抱擁こそしなかったものの、お互いの無事を喜んでいる。
「近衛中将様、これはいったい……」
「見ての通りじゃ。いやはや殺すには惜しい人材である。少し、昔を思い出しての」
「昔、でござるか」
「そうじゃ。昔大友と戦をしておった時、元毛利方(当時・現小佐々方)の門司城が落とされたのじゃ。その時、敵であった戸次道雪が城将の才を見込んで生かし、今はその城将、仁保右衛門大夫と申したか」
仁保隆慰の名前を出したときに、元春の表情が少しピクリとした。
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「さようでございますか」
「そうじゃ。おれは無意味な死は好かぬ。これから、頼むぞ」
そう言って純正は二人を下がらせ、次なる目的地である因幡へ軍を進めることとした。
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初日の降伏勧告の後、西と南から一斉に砲弾の雨あられが、天神山城に降り注いだ。城壁、屋根瓦、建築物に対して容赦ない攻撃である。
砲撃の間に歩兵は渡河を行い、対岸に橋頭堡をつくる。
その後さらに砲撃が行われ、三の丸、二の丸の大手門や曲輪などが破壊される。城内の兵は防戦どころではない。
小佐々軍の攻撃になす術のない浦上軍からは、脱走兵が続出している。人は理解が出来ないものに恐怖を抱くというが、まさにそれである。
「父上! 母上や妻と子供は逃しました。このまま何もせぬまま降るのですか? この上は残った兵をかき集め、最後の突撃を試みとうございます!」
「愚か者! そなたの気持ちはよう分かる。しかし、それは無駄死と言うものだ。そなたはまだ若い。死ぬことはない。わしの首一つで城兵の命が助かるのなら、致し方あるまい。口惜しいが、元春の甘言にのり、時勢を読み誤ったわしの咎よ」
「父上!」
天神山城はその日の日暮れ前、全面降伏し、開城となった。
■京都 大使館
純久は大使として幕府や朝廷、さらに諸大名への対応業務を行っていた。それだけでなく、畿内の軍事指揮官でもある。必然的に情報は純久のもとに集まり、そして純正に送られていた。
とりわけ信長包囲網の動きは、最重要項目である。この日純久が純正に送った通信は、よい報せと言えるものではなかった。
発 純久 宛 近衛中将
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