上 下
439 / 801
西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-

尼子家の苦悩と復興

しおりを挟む
 元亀元年 十一月二十二日 伊予 湯築城 酉三つ刻(1800)

 ■別所家中

「叔父上、やはり中将様はひとかどの人物ですね。くぐってきた修羅場もそうであるし、話も飽きぬ。なにより、戦を好まぬ姿は好きです」

 別所長治は叔父で一門、家老の別所重宗に対して本音を吐露する。

「仰せの通りですな。われらは織田と親しいゆえ、中将様の覚えもよろしかろうと存じます」

 播州美作と備前の三国騒乱では、親織田だった別所家は気楽に構えている。

「われら別所は蔵入地は少ない。配下の国人を無視して事を起こすことは出来ぬゆえ、助かったかもしれませぬ。加西、加東、美嚢郡の三郡でも十万と少しにござるからな」

「では、書状の通り、服属で異論はありませぬか?」

 長治は確認するように、聞いた。まだ若い、それゆえ自分の決断に不安が残るのだ。

「ございませぬ。家臣一同、殿のご判断に従うでしょう」

「わかりました」

 2人はにこやかに談笑を続ける。

 ■尼子家中

「鹿之助、中将様はそれがしと二つしか歳が変わらぬのに、なぜこのように違うのだろうか」

「殿、ご自身の器量を、いまある状況でのみ測ってはなりませぬ。今というのは過去の行いの結末にございますが、人一人の器量でのみ、決まるものではございませぬ」

 勝久は還俗したは良いが、一度毛利に兵を起こして敗れ、今また兵を起こそうとしてここにいる。自身が惨めに思えてきたのかもしれない。

 山中鹿之助は、我に七難八苦を与えたまえ、と願ったらしいが、普通の人ならそんな考えを起こす前に萎える。

「そうか、過去を嘆いても何も変わらないという事だな」

「左様にございます」

「では、こたびの会合で、われらはどうなるだろうか。鹿之助は助力を中将様にお願いしたというが、戦をしないならばどうなる? われらの旧領は、本領は戻ってこようか」

「殿、こたびは戦って奪い返したものにあらず、この上は提示されたものに納得するか否か、というだけにございます」

「どれほど戻ってくるだろうか?」

「わかりませぬ。中将様というお人は腹の底が見えませぬ。ただ、足る事を知らねばなりますまい」

「どういう事だ?」

「今は、にございます。まずは安定した足場を作りましょう。そして時期を待つのです。先の事は誰にもわかりませぬ」

 鹿之助はなおも続けた。

「一つ言えるのは、あせってせっかくの機を逃す事のないようにしなければなりません。殿はまだ若い、いかようにも挽回できまする」

 鹿之助のこの予言が、当たるや、否や。

 ■因幡山名(豊国)家中

「われらは、中将殿とはつきあいがない。ゆえにひいきもされず、蔑ろにもされないであろう。それは伯父上も同じはずである」

「左様にございます。われれらは因幡の守護とは言え、その権威によりてようやく家を保てている有り様にござれば、知多郡、高草郡は毛利派の武田高信に押えられておりまする」

 家臣の用瀬備前守は続ける。

 山名家は因幡と但馬に分裂しており、現在の但馬守護である祐豊が、一族統一を目指して因幡に攻め入り、統一して弟の豊定を送り込んでいた。

 ところが弟が死んだため自らの嫡男である棟豊を立てた。しかしその棟豊も18歳で亡くなり、祐豊の甥(豊定の遺児)である豊数が守護代となったのだ。

 しかし当時の因幡は独立を目指す国人勢力が八上郡、八東郡を中心に根強く、家中掌握もままならないうえに、豊数はこれらの勢力との争いに苦慮することになった。

 そんな中、永禄七年に豊数が亡くなり、弟の豊国が家督をついだのだ。

「今は、生き延びる事が肝要。強きにつき、機を見て動かねばならぬ」

「仰せの通りにございます」

「うむ、しかし毛利に服属しておる武田や南条はどうなるのであろうか? もはや隠してもわかるわ。毛利は小佐々の支配下のようなものではないか」

「毛利の体裁を考えて、中将様があえて詳しくは言わぬのでしょう。しかし、毛利としては屈辱的なはず」

「そうだな。まずは中将殿に近づき、武田や南条の動きには目を光らせておくのだぞ」

「ははあ」

 伯耆の南条、因幡の武田。いずれも毛利傘下の国人であるが、火種となるのであろうか。
 
 ■但馬山名(祐豊)家中

「まだまだ豊国は若い。わしがしかと、支えてやらねばならぬが、もう歳じゃ」

 山名祐豊は、会談に参加した大名の中では高齢である。名門山名家の威光を復活させようと、奮闘してきた歴史を刻む、はっきりとした皺が物語っている。

「殿、何を仰せになりますか。まだまだお若い。義親様は元服をなされておりますが、山名にはまだまだ殿が必要にございます」

 家老の垣屋光成は言う。お世辞ではない。

 斜陽の極みである四職の山名家を、なんとか保っているのは、祐豊の力に依るところが大きい。やはり、人なのだ。

 史実では、永禄十二年(1569年)に、尼子に対抗するために毛利から要請を受けた信長が、秀吉に命じて但馬を攻めている。しかし、今世ではそうではない。

 秀吉の軍勢を押しとどめ、苦戦させたおかげで、尼子は毛利に対して一時的にも優位に立つことができたのだ。

 その後、純正の調停で和議が成立している。

 小佐々と毛利は不可侵を結んではいたが、あくまで不可侵である。それにすでに関係は冷え切っていたのだ。文句を言われる筋合いはない。

 また、純正はこの会合について、大使館で信長に話していた。西国は、好きなようにする、的なものだ。但馬と播磨が境界線だが、丹波と摂津は微妙だ。

 しかし、信長がどう思おうが、西国での純正の影響力は、織田を凌いでいたのは事実である。

「それで、どうだ光成。おぬしの目から見た中将殿は」

「は、やはり当代きっての傑物かと存じまする。まずはここにいる諸将を、一堂に集めている事に意義がありまする。誰もそのような事は考えぬでしょうし、考えたとて出来ませぬ」

「その通りだ。それだけで推して知るべしであるし、信長と和議が結べたのも、中将殿の力によるもの。考えずとも、わしの答えはきまっておる」

 光成は静かにうなずいた。両山名家の思惑は違えど、純正に服属する方向で決まったのは間違いなかった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

聖人様は自重せずに人生を楽しみます!

紫南
ファンタジー
前世で多くの国々の王さえも頼りにし、慕われていた教皇だったキリアルートは、神として迎えられる前に、人としての最後の人生を与えられて転生した。 人生を楽しむためにも、少しでも楽に、その力を発揮するためにもと生まれる場所を神が選んだはずだったのだが、早々に送られたのは問題の絶えない辺境の地だった。これは神にも予想できなかったようだ。 そこで前世からの性か、周りが直面する問題を解決していく。 助けてくれるのは、情報通で特異技能を持つ霊達や従魔達だ。キリアルートの役に立とうと時に暴走する彼らに振り回されながらも楽しんだり、当たり前のように前世からの能力を使うキリアルートに、お供達が『ちょっと待て』と言いながら、世界を見聞する。 裏方として人々を支える生き方をしてきた聖人様は、今生では人々の先頭に立って駆け抜けて行く! 『好きに生きろと言われたからには目一杯今生を楽しみます!』 ちょっと腹黒なところもある元聖人様が、お供達と好き勝手にやって、周りを驚かせながらも世界を席巻していきます!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

処理中です...