上 下
431 / 766
西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-

純正上洛ス 将軍義昭二問フ

しおりを挟む
 元亀元年 十一月一日 京都 室町御所




 発 純久 宛 近衛中将

 秘メ 公方様ヘ 宇喜多ノ 使者 謁見セリ 御教書ヲ 当家 ナラビニ 毛利 山陽 山陰 各大名ニ 送ルトノ 風聞アリ 内容ハ 播磨、美作、備前ノ 輩ハ 毛利ノ家人 タルベシ トノ事 真偽ヲ 確カメル要 アリト 認ム 秘メ 一○一○




 発 石宗山陽 宛 総司令部

 秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)




 発 近衛中将 宛 純久

 秘メ 御内書 二アラズ 御教書 ナリヤ モシ 発給 スルナラバ 何ユヱ タルヤ ソノ意図ヲ 確カメルベシ 秘メ 一○一三




 発 純久 宛 近衛中将

 秘メ 御教書 ナリ オ考エ アレド ヰマダ 発給セズ 確カナラザレド 小佐々ノ 拡ガリヲ 制スル モノ也 速ヤカニ 遮ルベシト 進言 致シマス 秘メ 一○一七




 発 近衛中将 宛 純久

 秘メ 近ク 上洛 ヰタス 公方様ニハ 努ゝ 軽挙妄動ヲ 慎ムベシ ト 伝ヱヨ 秘メ 一○二一




 京都大使館には情報省所属の職員(忍び)がいる。当然だが純久は、各地の商人情報ネットワークの他に、情報省の情報を分析し外交にいかしている。

 そして情報は内容にかかわらず肥前の情報省に送られ、純正のもとに届けられるのだ。

「御内書ではなく、あえて御教書として出だすか。現時点での最高格の公文書だな。いっそのこともっと遡って、下文や奉書にすれば良かったのに」

 純正はつぶやいた。

 しかし権威の力というのは、まだまだ無視できるものではない。同盟国の信長がいるとしても、他の勢力が反小佐々になるのは非常に面倒くさい。

 正式に発給される前に止めた方がいい。一度発給されてしまえば、簡単に撤回できるものではない。

 なぜなら簡単に撤回できるのなら、御教書自体の重みがなくなってしまうからだ。それすなわち、将軍であり幕府の権威の失墜を意味する。

 十月の二十一日に、純久にあてて通信を送った後、純正が謁見のために上洛したのは、月が変わって十一月の一日であった。

 ■室町御所

 大使館から室町御所まで向かう途中で、純正は考えていた。

 毛利に対する処遇はあれでよかったのだろうか、と。まず、自分が輝元だったらどうだろうか? 吉川元春なら? 小早川隆景なら?

 やはり隆景が言ったように、元就没後、不可侵から攻守の盟約に切り上げていくよう進めていただろうか? 

 小佐々の勢力が拡大すればするほど、毛利は小佐々の同盟相手としての価値を下げる。

 小佐々純正として考えるならば、沢森政忠として、肥前彼杵の弱小国人のそのまた下の、土豪の嫡男として生まれた。

 それゆえ、生き馬の目を抜く戦国の世を生き抜くためには、最大限の注意が必要であった。

 ある時はへりくだり、傍若無人な振る舞いにも耐えなければならなかった。

 毛利の3人はどうだ? 輝元が生まれた頃は大寧寺の変の後で、毛利氏は大内の中核をなす有力大名であった。

 その2年後には安芸、備後を制し、大内、尼子に比するまでになった。

 輝元が元服する永禄六年(1563年)頃には、西は北九州まで勢力を伸ばし、尼子を出雲の東に追いやっている。

 輝元は子供ながらに、毛利の苦難と成長を見てきているのだ。

 いわんや元春と隆景はその前からである。

 毛利氏が安芸吉田庄の、それこそ純正(沢森政忠)が生まれた頃の小佐々より、少し大きいくらいの国人領主だった頃に生まれている。

 苦難の上に成長してきたことを、身をもって体験しているはずなのだ。純正はそう考えて、やはり失策、大国となった毛利ゆえの慢心でしかない、と結論づけた。





「公方様におかれましては、霜月の頃、ご健勝の事とお慶び申し上げます」

 慇懃無礼にならないように、丁寧に挨拶をしたつもりの純正であったが、予想通り義昭は不機嫌である。

「純正か、久しいの。正月の挨拶以来であるか」。

「はは」

「して、こたびはいかがした。純久から聞いておるが、御教書の件か」

 面をあげよ、と許されていないので、純正は平伏したままである。

「はは、仰せの通りにございます。こたびはその御教書の中身についてお伺いいたしたく、まかりこしました」

 お伺いしたく……。何度も聞いたフレーズだが、今回は逆に純正が聞いている。

「中身、であるか。中身は純正が特段気にするような事ではないが、播磨と備前、美作の件についてじゃ」

「その三国をいかがされたのでしょうか」

 純正は問う。

「知っての通り昨年、余と弾正忠で播磨に軍を差し向けたのじゃ。播磨の赤松の家督争いと、備前の勢力争いを鎮める意味もあったのだが、結局立ち消えになっておる」

 弾正忠だと? 弾正忠殿でも、岳父殿でも、御父でもなく、弾正忠? これほどまでに冷え込んでいるのか? そう純正は感じた。

「は、その経緯は不肖この純正も、存じ上げております。しかしなにゆえに、三国の輩は毛利の家人たるべし、なのでしょうか」

 しつこいのう、深い意味はないのじゃ、と義昭は続ける。

「播磨はともかく、備前美作は毛利に与する者もおるゆえ、いっその事三国まとめて毛利が統べれば問題はない、と思うたのじゃ」

 深い意味はない? 特に意味もなく、幕府の公式文書である御教書を、軽々しく発給しようとしているのか? 

 純正は驚きを越えて呆れてしまった。

「されば、はばかりながらお伺いいたしまする」

「……なんじゃ」

 言葉の節々に嫌々話しているのが感じられる。
 
「それがし、不肖の身なれども、西国においては幾ばくかの力を有して、公方様にお仕え申し上げておりまする。しかるに、それがしではなく毛利にお任せになるとは、わが身の力量が足りぬと見受けられたのか、心中恥じ入るばかりにございます」

「いやいや、そうではない。純正も京においては検非違使に所司代と忙しかろう? それに領国の治めもありて、余計な役目を増やしとうないと思うただけじゃ」

 嘘だ。俺の対立軸として毛利を強めようとの魂胆が、ありありとわかる。さらに面倒くささに拍車がかかっている。

「はは、わが思慮が浅きため、お耳を汚したこと、お詫び申し上げます。あわせてもう一つ」。

「なんじゃ、まだあるのか」

 純正は、まだ平伏したままである。

「は、こたびの御教書の件、織田弾正忠殿はご存じなのでしょうか」

 平伏しているため、義昭の姿は見る事ができない。しかし、明らかに場の空気が変わった。

「知らぬ。知らせてもおらぬ」。

 口調が若干強くなっている。しばらく沈黙が流れたあと、純正が口を開いた。

「恐れながら申し上げます。公方様におかれましては織田弾正忠殿と協議の上、殿中御掟をお定めになった事と存じ上げております」

 義昭は、何がいいたいのか、とでも言いたげなそぶりである。

「しかるにこの御教書の発給されたるは、追加の条文『諸国へ御内書をもって仰せ出さる子細あらば、信長に仰せ聞せられ、書状を添え申すべき事』に反しておりまする。いかなる御存念ありやと、お伺い申し上げ奉りまする」

「信長、信長、信長と……」

 ようやく聞き取れるくらいの小さな声で、義昭がつぶやいた。

「申し訳ございませぬ。今一度、お聞かせいただきとう存じます」

「ええい、もうよい! 第一、掟に関わる事は純正と論ずるにあらず、余と信長との間の事ゆえ、余計な詮索をするでない! その方は自らの役目を全うすればよいのじゃ」

 信長?

「お待ちを! 今しばらくお待ちくだされ。かようなことをなされれば、弾正忠殿がどうお考えになるかわかりませぬ!」

 純正は平伏したまま語気を強め、訴える。

「万が一、万が一公方様と弾正忠殿の間柄に溝が生まれるならば、天下の一大事。民草は再び戦が起きると騒ぎ立て、天下の静謐など夢のまた夢にございます」

「くどい! 不愉快じゃ。下がれ!」

 義昭はとうとう純正に面を上げることを許さず、退座した。

 残された純正は、両手の拳を握りながら震える。やはり、やはり、歴史通りになるのか、と歯がゆい思いにさいなまれながら、御所を後にしたのである。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...