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西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
純正上洛ス 将軍義昭二問フ
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元亀元年 十一月一日 京都 室町御所
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 公方様ヘ 宇喜多ノ 使者 謁見セリ 御教書ヲ 当家 ナラビニ 毛利 山陽 山陰 各大名ニ 送ルトノ 風聞アリ 内容ハ 播磨、美作、備前ノ 輩ハ 毛利ノ家人 タルベシ トノ事 真偽ヲ 確カメル要 アリト 認ム 秘メ 一○一○
発 石宗山陽 宛 総司令部
秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)
発 近衛中将 宛 純久
秘メ 御内書 二アラズ 御教書 ナリヤ モシ 発給 スルナラバ 何ユヱ タルヤ ソノ意図ヲ 確カメルベシ 秘メ 一○一三
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 御教書 ナリ オ考エ アレド ヰマダ 発給セズ 確カナラザレド 小佐々ノ 拡ガリヲ 制スル モノ也 速ヤカニ 遮ルベシト 進言 致シマス 秘メ 一○一七
発 近衛中将 宛 純久
秘メ 近ク 上洛 ヰタス 公方様ニハ 努ゝ 軽挙妄動ヲ 慎ムベシ ト 伝ヱヨ 秘メ 一○二一
京都大使館には情報省所属の職員(忍び)がいる。当然だが純久は、各地の商人情報ネットワークの他に、情報省の情報を分析し外交にいかしている。
そして情報は内容にかかわらず肥前の情報省に送られ、純正のもとに届けられるのだ。
「御内書ではなく、あえて御教書として出だすか。現時点での最高格の公文書だな。いっそのこともっと遡って、下文や奉書にすれば良かったのに」
純正はつぶやいた。
しかし権威の力というのは、まだまだ無視できるものではない。同盟国の信長がいるとしても、他の勢力が反小佐々になるのは非常に面倒くさい。
正式に発給される前に止めた方がいい。一度発給されてしまえば、簡単に撤回できるものではない。
なぜなら簡単に撤回できるのなら、御教書自体の重みがなくなってしまうからだ。それすなわち、将軍であり幕府の権威の失墜を意味する。
十月の二十一日に、純久にあてて通信を送った後、純正が謁見のために上洛したのは、月が変わって十一月の一日であった。
■室町御所
大使館から室町御所まで向かう途中で、純正は考えていた。
毛利に対する処遇はあれでよかったのだろうか、と。まず、自分が輝元だったらどうだろうか? 吉川元春なら? 小早川隆景なら?
やはり隆景が言ったように、元就没後、不可侵から攻守の盟約に切り上げていくよう進めていただろうか?
小佐々の勢力が拡大すればするほど、毛利は小佐々の同盟相手としての価値を下げる。
小佐々純正として考えるならば、沢森政忠として、肥前彼杵の弱小国人のそのまた下の、土豪の嫡男として生まれた。
それゆえ、生き馬の目を抜く戦国の世を生き抜くためには、最大限の注意が必要であった。
ある時はへりくだり、傍若無人な振る舞いにも耐えなければならなかった。
毛利の3人はどうだ? 輝元が生まれた頃は大寧寺の変の後で、毛利氏は大内の中核をなす有力大名であった。
その2年後には安芸、備後を制し、大内、尼子に比するまでになった。
輝元が元服する永禄六年(1563年)頃には、西は北九州まで勢力を伸ばし、尼子を出雲の東に追いやっている。
輝元は子供ながらに、毛利の苦難と成長を見てきているのだ。
いわんや元春と隆景はその前からである。
毛利氏が安芸吉田庄の、それこそ純正(沢森政忠)が生まれた頃の小佐々より、少し大きいくらいの国人領主だった頃に生まれている。
苦難の上に成長してきたことを、身をもって体験しているはずなのだ。純正はそう考えて、やはり失策、大国となった毛利ゆえの慢心でしかない、と結論づけた。
「公方様におかれましては、霜月の頃、ご健勝の事とお慶び申し上げます」
慇懃無礼にならないように、丁寧に挨拶をしたつもりの純正であったが、予想通り義昭は不機嫌である。
「純正か、久しいの。正月の挨拶以来であるか」。
「はは」
「して、こたびはいかがした。純久から聞いておるが、御教書の件か」
面をあげよ、と許されていないので、純正は平伏したままである。
「はは、仰せの通りにございます。こたびはその御教書の中身についてお伺いいたしたく、まかりこしました」
お伺いしたく……。何度も聞いたフレーズだが、今回は逆に純正が聞いている。
「中身、であるか。中身は純正が特段気にするような事ではないが、播磨と備前、美作の件についてじゃ」
「その三国をいかがされたのでしょうか」
純正は問う。
「知っての通り昨年、余と弾正忠で播磨に軍を差し向けたのじゃ。播磨の赤松の家督争いと、備前の勢力争いを鎮める意味もあったのだが、結局立ち消えになっておる」
弾正忠だと? 弾正忠殿でも、岳父殿でも、御父でもなく、弾正忠? これほどまでに冷え込んでいるのか? そう純正は感じた。
「は、その経緯は不肖この純正も、存じ上げております。しかしなにゆえに、三国の輩は毛利の家人たるべし、なのでしょうか」
しつこいのう、深い意味はないのじゃ、と義昭は続ける。
「播磨はともかく、備前美作は毛利に与する者もおるゆえ、いっその事三国まとめて毛利が統べれば問題はない、と思うたのじゃ」
深い意味はない? 特に意味もなく、幕府の公式文書である御教書を、軽々しく発給しようとしているのか?
純正は驚きを越えて呆れてしまった。
「されば、はばかりながらお伺いいたしまする」
「……なんじゃ」
言葉の節々に嫌々話しているのが感じられる。
「それがし、不肖の身なれども、西国においては幾ばくかの力を有して、公方様にお仕え申し上げておりまする。しかるに、それがしではなく毛利にお任せになるとは、わが身の力量が足りぬと見受けられたのか、心中恥じ入るばかりにございます」
「いやいや、そうではない。純正も京においては検非違使に所司代と忙しかろう? それに領国の治めもありて、余計な役目を増やしとうないと思うただけじゃ」
嘘だ。俺の対立軸として毛利を強めようとの魂胆が、ありありとわかる。さらに面倒くささに拍車がかかっている。
「はは、わが思慮が浅きため、お耳を汚したこと、お詫び申し上げます。あわせてもう一つ」。
「なんじゃ、まだあるのか」
純正は、まだ平伏したままである。
「は、こたびの御教書の件、織田弾正忠殿はご存じなのでしょうか」
平伏しているため、義昭の姿は見る事ができない。しかし、明らかに場の空気が変わった。
「知らぬ。知らせてもおらぬ」。
口調が若干強くなっている。しばらく沈黙が流れたあと、純正が口を開いた。
「恐れながら申し上げます。公方様におかれましては織田弾正忠殿と協議の上、殿中御掟をお定めになった事と存じ上げております」
義昭は、何がいいたいのか、とでも言いたげなそぶりである。
「しかるにこの御教書の発給されたるは、追加の条文『諸国へ御内書をもって仰せ出さる子細あらば、信長に仰せ聞せられ、書状を添え申すべき事』に反しておりまする。いかなる御存念ありやと、お伺い申し上げ奉りまする」
「信長、信長、信長と……」
ようやく聞き取れるくらいの小さな声で、義昭がつぶやいた。
「申し訳ございませぬ。今一度、お聞かせいただきとう存じます」
「ええい、もうよい! 第一、掟に関わる事は純正と論ずるにあらず、余と信長との間の事ゆえ、余計な詮索をするでない! その方は自らの役目を全うすればよいのじゃ」
信長?
「お待ちを! 今しばらくお待ちくだされ。かようなことをなされれば、弾正忠殿がどうお考えになるかわかりませぬ!」
純正は平伏したまま語気を強め、訴える。
「万が一、万が一公方様と弾正忠殿の間柄に溝が生まれるならば、天下の一大事。民草は再び戦が起きると騒ぎ立て、天下の静謐など夢のまた夢にございます」
「くどい! 不愉快じゃ。下がれ!」
義昭はとうとう純正に面を上げることを許さず、退座した。
残された純正は、両手の拳を握りながら震える。やはり、やはり、歴史通りになるのか、と歯がゆい思いにさいなまれながら、御所を後にしたのである。
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 公方様ヘ 宇喜多ノ 使者 謁見セリ 御教書ヲ 当家 ナラビニ 毛利 山陽 山陰 各大名ニ 送ルトノ 風聞アリ 内容ハ 播磨、美作、備前ノ 輩ハ 毛利ノ家人 タルベシ トノ事 真偽ヲ 確カメル要 アリト 認ム 秘メ 一○一○
発 石宗山陽 宛 総司令部
秘メ 宇喜多ノ 使者 戸川秀安 輝元ニ 会ヱリ 詳細ハ 不明ナレド 浦上ノ 名代ニ アラズ マタ 両川ハ 不在ナリ 一○○七 秘メ 経由 門司信号所 一○一一 午三つ刻(1200)
発 近衛中将 宛 純久
秘メ 御内書 二アラズ 御教書 ナリヤ モシ 発給 スルナラバ 何ユヱ タルヤ ソノ意図ヲ 確カメルベシ 秘メ 一○一三
発 純久 宛 近衛中将
秘メ 御教書 ナリ オ考エ アレド ヰマダ 発給セズ 確カナラザレド 小佐々ノ 拡ガリヲ 制スル モノ也 速ヤカニ 遮ルベシト 進言 致シマス 秘メ 一○一七
発 近衛中将 宛 純久
秘メ 近ク 上洛 ヰタス 公方様ニハ 努ゝ 軽挙妄動ヲ 慎ムベシ ト 伝ヱヨ 秘メ 一○二一
京都大使館には情報省所属の職員(忍び)がいる。当然だが純久は、各地の商人情報ネットワークの他に、情報省の情報を分析し外交にいかしている。
そして情報は内容にかかわらず肥前の情報省に送られ、純正のもとに届けられるのだ。
「御内書ではなく、あえて御教書として出だすか。現時点での最高格の公文書だな。いっそのこともっと遡って、下文や奉書にすれば良かったのに」
純正はつぶやいた。
しかし権威の力というのは、まだまだ無視できるものではない。同盟国の信長がいるとしても、他の勢力が反小佐々になるのは非常に面倒くさい。
正式に発給される前に止めた方がいい。一度発給されてしまえば、簡単に撤回できるものではない。
なぜなら簡単に撤回できるのなら、御教書自体の重みがなくなってしまうからだ。それすなわち、将軍であり幕府の権威の失墜を意味する。
十月の二十一日に、純久にあてて通信を送った後、純正が謁見のために上洛したのは、月が変わって十一月の一日であった。
■室町御所
大使館から室町御所まで向かう途中で、純正は考えていた。
毛利に対する処遇はあれでよかったのだろうか、と。まず、自分が輝元だったらどうだろうか? 吉川元春なら? 小早川隆景なら?
やはり隆景が言ったように、元就没後、不可侵から攻守の盟約に切り上げていくよう進めていただろうか?
小佐々の勢力が拡大すればするほど、毛利は小佐々の同盟相手としての価値を下げる。
小佐々純正として考えるならば、沢森政忠として、肥前彼杵の弱小国人のそのまた下の、土豪の嫡男として生まれた。
それゆえ、生き馬の目を抜く戦国の世を生き抜くためには、最大限の注意が必要であった。
ある時はへりくだり、傍若無人な振る舞いにも耐えなければならなかった。
毛利の3人はどうだ? 輝元が生まれた頃は大寧寺の変の後で、毛利氏は大内の中核をなす有力大名であった。
その2年後には安芸、備後を制し、大内、尼子に比するまでになった。
輝元が元服する永禄六年(1563年)頃には、西は北九州まで勢力を伸ばし、尼子を出雲の東に追いやっている。
輝元は子供ながらに、毛利の苦難と成長を見てきているのだ。
いわんや元春と隆景はその前からである。
毛利氏が安芸吉田庄の、それこそ純正(沢森政忠)が生まれた頃の小佐々より、少し大きいくらいの国人領主だった頃に生まれている。
苦難の上に成長してきたことを、身をもって体験しているはずなのだ。純正はそう考えて、やはり失策、大国となった毛利ゆえの慢心でしかない、と結論づけた。
「公方様におかれましては、霜月の頃、ご健勝の事とお慶び申し上げます」
慇懃無礼にならないように、丁寧に挨拶をしたつもりの純正であったが、予想通り義昭は不機嫌である。
「純正か、久しいの。正月の挨拶以来であるか」。
「はは」
「して、こたびはいかがした。純久から聞いておるが、御教書の件か」
面をあげよ、と許されていないので、純正は平伏したままである。
「はは、仰せの通りにございます。こたびはその御教書の中身についてお伺いいたしたく、まかりこしました」
お伺いしたく……。何度も聞いたフレーズだが、今回は逆に純正が聞いている。
「中身、であるか。中身は純正が特段気にするような事ではないが、播磨と備前、美作の件についてじゃ」
「その三国をいかがされたのでしょうか」
純正は問う。
「知っての通り昨年、余と弾正忠で播磨に軍を差し向けたのじゃ。播磨の赤松の家督争いと、備前の勢力争いを鎮める意味もあったのだが、結局立ち消えになっておる」
弾正忠だと? 弾正忠殿でも、岳父殿でも、御父でもなく、弾正忠? これほどまでに冷え込んでいるのか? そう純正は感じた。
「は、その経緯は不肖この純正も、存じ上げております。しかしなにゆえに、三国の輩は毛利の家人たるべし、なのでしょうか」
しつこいのう、深い意味はないのじゃ、と義昭は続ける。
「播磨はともかく、備前美作は毛利に与する者もおるゆえ、いっその事三国まとめて毛利が統べれば問題はない、と思うたのじゃ」
深い意味はない? 特に意味もなく、幕府の公式文書である御教書を、軽々しく発給しようとしているのか?
純正は驚きを越えて呆れてしまった。
「されば、はばかりながらお伺いいたしまする」
「……なんじゃ」
言葉の節々に嫌々話しているのが感じられる。
「それがし、不肖の身なれども、西国においては幾ばくかの力を有して、公方様にお仕え申し上げておりまする。しかるに、それがしではなく毛利にお任せになるとは、わが身の力量が足りぬと見受けられたのか、心中恥じ入るばかりにございます」
「いやいや、そうではない。純正も京においては検非違使に所司代と忙しかろう? それに領国の治めもありて、余計な役目を増やしとうないと思うただけじゃ」
嘘だ。俺の対立軸として毛利を強めようとの魂胆が、ありありとわかる。さらに面倒くささに拍車がかかっている。
「はは、わが思慮が浅きため、お耳を汚したこと、お詫び申し上げます。あわせてもう一つ」。
「なんじゃ、まだあるのか」
純正は、まだ平伏したままである。
「は、こたびの御教書の件、織田弾正忠殿はご存じなのでしょうか」
平伏しているため、義昭の姿は見る事ができない。しかし、明らかに場の空気が変わった。
「知らぬ。知らせてもおらぬ」。
口調が若干強くなっている。しばらく沈黙が流れたあと、純正が口を開いた。
「恐れながら申し上げます。公方様におかれましては織田弾正忠殿と協議の上、殿中御掟をお定めになった事と存じ上げております」
義昭は、何がいいたいのか、とでも言いたげなそぶりである。
「しかるにこの御教書の発給されたるは、追加の条文『諸国へ御内書をもって仰せ出さる子細あらば、信長に仰せ聞せられ、書状を添え申すべき事』に反しておりまする。いかなる御存念ありやと、お伺い申し上げ奉りまする」
「信長、信長、信長と……」
ようやく聞き取れるくらいの小さな声で、義昭がつぶやいた。
「申し訳ございませぬ。今一度、お聞かせいただきとう存じます」
「ええい、もうよい! 第一、掟に関わる事は純正と論ずるにあらず、余と信長との間の事ゆえ、余計な詮索をするでない! その方は自らの役目を全うすればよいのじゃ」
信長?
「お待ちを! 今しばらくお待ちくだされ。かようなことをなされれば、弾正忠殿がどうお考えになるかわかりませぬ!」
純正は平伏したまま語気を強め、訴える。
「万が一、万が一公方様と弾正忠殿の間柄に溝が生まれるならば、天下の一大事。民草は再び戦が起きると騒ぎ立て、天下の静謐など夢のまた夢にございます」
「くどい! 不愉快じゃ。下がれ!」
義昭はとうとう純正に面を上げることを許さず、退座した。
残された純正は、両手の拳を握りながら震える。やはり、やはり、歴史通りになるのか、と歯がゆい思いにさいなまれながら、御所を後にしたのである。
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