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西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
純正と秀安 裏の裏の裏の話
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元亀元年 十月二十日 諫早城
小早川隆景との会談を終えた数日後、純正は朝食を食べ終わって、コーヒーを飲んで新聞『肥前新聞』を読んでいた。
第一回の遣欧使節が帰国したとき、グーテンベルクの活版印刷機を輸入していたのだ。
その後印刷機の仕組みを研究し、膨大な漢字の活字を作製して一般にも販売していた。
街頭でも販売し、各世帯に配達もしている。街頭売りは一部で二文なのだが、月間の購読は月に五十文と割引されるのだ。
純正が読んでいる理由は、生の民間の情報を知るためである。
政治的な内容は情報省経由で入ってくるが、領内の状況などは家臣からの報告だけよりも、民間(市井)の物の方が実情を反映しているものが多い。
もちろん巡回もしているのだが、広すぎるのだ。
そんな朝のひとときを感じているときに、純正に珍客があった。
珍客とは文字通り珍しい客、予想外の客という意味だが、今回は後者であり、思いがけない客であった。
「このたびはご尊顔を拝し奉る栄誉を賜り、感謝の至りにございます。それがし、宇喜多三郎右衛門尉様(直家)が家臣、戸川秀安と申します」
丁寧すぎる挨拶であったが、特別な理由を除き、基本的に来るもの拒まず誰とでも会うのが純正である。
「ご挨拶、痛み入る。近衛中将である」。
秀安は平伏したままである。
「ああ、これは失礼した。良い、面をあげよ。して、こたびはいかがした」
秀安は顔を上げ、純正をみる。二十歳前後の若武者である。しかし、言葉遣いや丁寧な所作の中にも、威厳が感じられる。
「は。この度は初めての訪問に加え、はなはだ厚かましき所存とは存じますれども、近衛中将様のお考えをお伺いしたく、ここに伏してお願い申し上げまする」
最近、このフレーズばかりだな、と純正は思った。しかし、それだけ純正の影響力が増しているという事でもある。
「話が大きくて見えぬが、具体的には何について聞きたいのだ?」
純正は、服属の使者や書状が宇喜多にだけ届いてないのはなぜか? という質問だとわかってはいたが、相手がどの程度の認識を持っているか確かめるために、わざと聞いたのだ。
「は、されば申し上げまする。中将様はわが宇喜多の盟約の相手である浦上家中、ならびに播磨の赤松や別所をはじめとした大名国人に、服属を求める使者や書状を送られたと聞き及んでおります」
「うむ」
「いったい、どのような御存念なのでしょうか。そればかりか、わが宇喜多には音沙汰がありませぬ。盟約とは運命をともにするに等しい約定。一方が服属となれば、話が全く違ってまいりまする」
秀安が言っている事は正論だ。
同盟相手がどこかに服属しているなど聞いた事がない。極端に言えば、宇喜多も服属しなければ、孤立する事を意味している。
しかし、当の宇喜多には音沙汰がないのだ。
「われら宇喜多による小佐々家中の商船や領民への乱暴狼藉など、事実無根にございます。そのような事実は、誓ってございませぬ」
「そうであろうの」
「な! それならば、なぜ」
やはりそうか! 殿がおっしゃっていたように、小佐々は宇喜多を潰すつもりなのだ! しかし、なぜ我らなのだ。秀安はそこが理解できないでいる。
「いや、なんと言うか、理由はないのだ。そのまあ、スケープ……(スケープゴートってなんていうんだっけ?)……身代わり悪だ、身代わり悪」
正直なところ、歴史を知っているから、裏切りの宇喜多直家、中国の三大謀将だから、という理由では納得できないだろう。
ならば正攻法で説明するしかない、と純正は考えた。
「一体何をおっしゃっているのですか」
「なに、簡単な事じゃ。宇喜多殿に恨みはない。そして領民や商船の話も、あれは嘘じゃ」
「な!」
「まあ、聞かれよ。訳あって毛利とは戦をせねばならぬかもしれぬ、という状況にあいなった。ではどうする?」
秀安は狐につままれたような顔をしている。
「われら小佐々は、西国において毛利を凌ぐ力はあると自負しておるが、それでも毛利と戦となれば無傷では済むまい。そこでより優位に戦をすすめるために、毛利の力を弱める必要があったのじゃ」
なんだか純正は、ここ半月から一月の間に、同じような話を何度もしているのではないかと思い、正直面倒くさくなっていた。
いっそのこと武力で押しつぶす、という考えも起きたが、それをやってしまえば純正ではなくなる。
避けられる戦は避けねばならぬ。
直茂や戦略会議のメンバーにはくどくど言われるかもしれないが、それでも戦をせずにすめば、それに越したことはない。
「そこで目をつけたのが三村よ。三村を毛利から切り離せれば、そうとうな痛手となろう? そうするにはどうするか? 宇喜多と毛利を結ばせれば良い、そう考えたのだ」
スケープゴートにされた宇喜多にとってはたまったものではないが、権謀術数だと考えれば、直家に人のことは言えないであろう。
「宇喜多が毛利と結ぶようにするにはどうするか? 浦上に使者を送り服属を求める事、宇喜多には送らない事で疑心暗鬼にさせ、浦上を見限って毛利につくように仕向けたのだ」
「それは……それが、われらに使者を送らなかった理由にござるか?」
「左様。しかし、秀安殿、常日ごろから毛利や三村だけでなく、われらの動きにも忍びの者を放っておけば、毛利や都に使者を送る必要もなかったろうに。行ったのであろう? 毛利へ」
! 秀安は無表情を装うことが出来なかった。純正は宇喜多の動きまでお見通しだったのだ。
「それは、そこまでお見通しだったのですか。それでは、それがしが来ることも……」
「否、それには驚いた。俺の考えでは幕府と毛利を動かして、播磨や備前、美作の国人たちの心の乱れを誘い、反小佐々の盟約を交わすのでは、と見越しておったのだが」
「まさに、その通りにございます」
「では、最初はここに来る予定は、なかったと?」
「はい」
「なぜ考えが変わったのじゃ?」
「は、はじめは中将様の元へ伺うことも考えておりました。しかし、最初に使者が来なかったと言う事は、われらは敵としてみられていると判断しました」
「うむ」
「そこで、限られた時間のなか、それがしが毛利へ向かい、花房正幸が京へ向かうことになったのです」
「毛利はどうであった?」
「は、それがしが謁見した際は右衛門督様と恵瓊殿しかおられなかったゆえ、検討の上お返事ください、と退座したのでございます」
秀安は続ける。
「しかし、待っている間にこれで良いのか、という疑問にかられ申した。それゆえ、できることはすべてやっておかねばという思いがあり、まかりこしました」
「うむ、そうであったか。秀安殿、紙一重にござったな。先日、毛利の小早川中務大輔殿(隆景)が参っての、毛利とは四分六の盟約を結んだのじゃ」
「なんと!」
秀安は言葉にならなかった。本当に紙一重である。もし、ここに来なければ、宇喜多の家はなくなっていたかもしれぬ。そう思ったのだ。
「では話は早い、秀安殿、宇喜多はわれらに服属する気はあるのか?」
「無論にございます」
「しかし、三村の件があるゆえ、ただで服属、という訳にはまいらぬ」
「と、いいますと?」
「おそらくは、和泉守殿の隠居、は覚悟した方がよかろう」
「な!」
当主を隠居させるという事は、一番影響力のある人物を政治から排除するという事であり、つまるところ小佐々の影響下に入れて、自由を奪うという意味にもとれる。
しかし純正は過去に平戸松浦が降伏した際、条件として松浦隆信の隠居を蹴り、切腹を申し渡している。
今回は実際に刃を交えていない分、譲歩したともいえるのかもしれない。
「それぐらいは、致し方あるまい。毛利と幕府に使者を送り、われらと敵対しようとしていたのだ。まっすぐにここに来ておれば、良かったものを」
「ぐ、それは、確かに仰せの通りにございます」
「しかし、それも交渉次第じゃ。年内に皆で集まって会議を開く。和泉守殿も参加するように」
「はい、かしこまりました」
こうして宇喜多は、首の皮一枚で滅亡を免れたのである。
どのような条件になるのかは会議の進行しだいであるが、秀安は岡山城へ戻り、詳細を報告して直家を説得し、対策を練るのであった。
小早川隆景との会談を終えた数日後、純正は朝食を食べ終わって、コーヒーを飲んで新聞『肥前新聞』を読んでいた。
第一回の遣欧使節が帰国したとき、グーテンベルクの活版印刷機を輸入していたのだ。
その後印刷機の仕組みを研究し、膨大な漢字の活字を作製して一般にも販売していた。
街頭でも販売し、各世帯に配達もしている。街頭売りは一部で二文なのだが、月間の購読は月に五十文と割引されるのだ。
純正が読んでいる理由は、生の民間の情報を知るためである。
政治的な内容は情報省経由で入ってくるが、領内の状況などは家臣からの報告だけよりも、民間(市井)の物の方が実情を反映しているものが多い。
もちろん巡回もしているのだが、広すぎるのだ。
そんな朝のひとときを感じているときに、純正に珍客があった。
珍客とは文字通り珍しい客、予想外の客という意味だが、今回は後者であり、思いがけない客であった。
「このたびはご尊顔を拝し奉る栄誉を賜り、感謝の至りにございます。それがし、宇喜多三郎右衛門尉様(直家)が家臣、戸川秀安と申します」
丁寧すぎる挨拶であったが、特別な理由を除き、基本的に来るもの拒まず誰とでも会うのが純正である。
「ご挨拶、痛み入る。近衛中将である」。
秀安は平伏したままである。
「ああ、これは失礼した。良い、面をあげよ。して、こたびはいかがした」
秀安は顔を上げ、純正をみる。二十歳前後の若武者である。しかし、言葉遣いや丁寧な所作の中にも、威厳が感じられる。
「は。この度は初めての訪問に加え、はなはだ厚かましき所存とは存じますれども、近衛中将様のお考えをお伺いしたく、ここに伏してお願い申し上げまする」
最近、このフレーズばかりだな、と純正は思った。しかし、それだけ純正の影響力が増しているという事でもある。
「話が大きくて見えぬが、具体的には何について聞きたいのだ?」
純正は、服属の使者や書状が宇喜多にだけ届いてないのはなぜか? という質問だとわかってはいたが、相手がどの程度の認識を持っているか確かめるために、わざと聞いたのだ。
「は、されば申し上げまする。中将様はわが宇喜多の盟約の相手である浦上家中、ならびに播磨の赤松や別所をはじめとした大名国人に、服属を求める使者や書状を送られたと聞き及んでおります」
「うむ」
「いったい、どのような御存念なのでしょうか。そればかりか、わが宇喜多には音沙汰がありませぬ。盟約とは運命をともにするに等しい約定。一方が服属となれば、話が全く違ってまいりまする」
秀安が言っている事は正論だ。
同盟相手がどこかに服属しているなど聞いた事がない。極端に言えば、宇喜多も服属しなければ、孤立する事を意味している。
しかし、当の宇喜多には音沙汰がないのだ。
「われら宇喜多による小佐々家中の商船や領民への乱暴狼藉など、事実無根にございます。そのような事実は、誓ってございませぬ」
「そうであろうの」
「な! それならば、なぜ」
やはりそうか! 殿がおっしゃっていたように、小佐々は宇喜多を潰すつもりなのだ! しかし、なぜ我らなのだ。秀安はそこが理解できないでいる。
「いや、なんと言うか、理由はないのだ。そのまあ、スケープ……(スケープゴートってなんていうんだっけ?)……身代わり悪だ、身代わり悪」
正直なところ、歴史を知っているから、裏切りの宇喜多直家、中国の三大謀将だから、という理由では納得できないだろう。
ならば正攻法で説明するしかない、と純正は考えた。
「一体何をおっしゃっているのですか」
「なに、簡単な事じゃ。宇喜多殿に恨みはない。そして領民や商船の話も、あれは嘘じゃ」
「な!」
「まあ、聞かれよ。訳あって毛利とは戦をせねばならぬかもしれぬ、という状況にあいなった。ではどうする?」
秀安は狐につままれたような顔をしている。
「われら小佐々は、西国において毛利を凌ぐ力はあると自負しておるが、それでも毛利と戦となれば無傷では済むまい。そこでより優位に戦をすすめるために、毛利の力を弱める必要があったのじゃ」
なんだか純正は、ここ半月から一月の間に、同じような話を何度もしているのではないかと思い、正直面倒くさくなっていた。
いっそのこと武力で押しつぶす、という考えも起きたが、それをやってしまえば純正ではなくなる。
避けられる戦は避けねばならぬ。
直茂や戦略会議のメンバーにはくどくど言われるかもしれないが、それでも戦をせずにすめば、それに越したことはない。
「そこで目をつけたのが三村よ。三村を毛利から切り離せれば、そうとうな痛手となろう? そうするにはどうするか? 宇喜多と毛利を結ばせれば良い、そう考えたのだ」
スケープゴートにされた宇喜多にとってはたまったものではないが、権謀術数だと考えれば、直家に人のことは言えないであろう。
「宇喜多が毛利と結ぶようにするにはどうするか? 浦上に使者を送り服属を求める事、宇喜多には送らない事で疑心暗鬼にさせ、浦上を見限って毛利につくように仕向けたのだ」
「それは……それが、われらに使者を送らなかった理由にござるか?」
「左様。しかし、秀安殿、常日ごろから毛利や三村だけでなく、われらの動きにも忍びの者を放っておけば、毛利や都に使者を送る必要もなかったろうに。行ったのであろう? 毛利へ」
! 秀安は無表情を装うことが出来なかった。純正は宇喜多の動きまでお見通しだったのだ。
「それは、そこまでお見通しだったのですか。それでは、それがしが来ることも……」
「否、それには驚いた。俺の考えでは幕府と毛利を動かして、播磨や備前、美作の国人たちの心の乱れを誘い、反小佐々の盟約を交わすのでは、と見越しておったのだが」
「まさに、その通りにございます」
「では、最初はここに来る予定は、なかったと?」
「はい」
「なぜ考えが変わったのじゃ?」
「は、はじめは中将様の元へ伺うことも考えておりました。しかし、最初に使者が来なかったと言う事は、われらは敵としてみられていると判断しました」
「うむ」
「そこで、限られた時間のなか、それがしが毛利へ向かい、花房正幸が京へ向かうことになったのです」
「毛利はどうであった?」
「は、それがしが謁見した際は右衛門督様と恵瓊殿しかおられなかったゆえ、検討の上お返事ください、と退座したのでございます」
秀安は続ける。
「しかし、待っている間にこれで良いのか、という疑問にかられ申した。それゆえ、できることはすべてやっておかねばという思いがあり、まかりこしました」
「うむ、そうであったか。秀安殿、紙一重にござったな。先日、毛利の小早川中務大輔殿(隆景)が参っての、毛利とは四分六の盟約を結んだのじゃ」
「なんと!」
秀安は言葉にならなかった。本当に紙一重である。もし、ここに来なければ、宇喜多の家はなくなっていたかもしれぬ。そう思ったのだ。
「では話は早い、秀安殿、宇喜多はわれらに服属する気はあるのか?」
「無論にございます」
「しかし、三村の件があるゆえ、ただで服属、という訳にはまいらぬ」
「と、いいますと?」
「おそらくは、和泉守殿の隠居、は覚悟した方がよかろう」
「な!」
当主を隠居させるという事は、一番影響力のある人物を政治から排除するという事であり、つまるところ小佐々の影響下に入れて、自由を奪うという意味にもとれる。
しかし純正は過去に平戸松浦が降伏した際、条件として松浦隆信の隠居を蹴り、切腹を申し渡している。
今回は実際に刃を交えていない分、譲歩したともいえるのかもしれない。
「それぐらいは、致し方あるまい。毛利と幕府に使者を送り、われらと敵対しようとしていたのだ。まっすぐにここに来ておれば、良かったものを」
「ぐ、それは、確かに仰せの通りにございます」
「しかし、それも交渉次第じゃ。年内に皆で集まって会議を開く。和泉守殿も参加するように」
「はい、かしこまりました」
こうして宇喜多は、首の皮一枚で滅亡を免れたのである。
どのような条件になるのかは会議の進行しだいであるが、秀安は岡山城へ戻り、詳細を報告して直家を説得し、対策を練るのであった。
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