427 / 775
西国王小佐々純正と第三勢力-第2.5次信長包囲網と迫り来る陰-
小早川隆景、伊予から豊後、そして肥前へ。小佐々純正という男
しおりを挟む
元亀元年 十月十四日
隆景は翌日の八日の朝から安芸倉橋島へ向かい、そこからさらに船に乗った。
忽那の島々をへて伊予鹿島城下へ着いたのは九日の夕刻である。
一泊して湯殿城下を経て、喜多郡の佐多岬半島の佐田浦、三崎浦までは街道がすでに整っており、駅馬車で向かった。
距離にして113km。普通に馬で向かえば二日、つまり到着は十一日になる予定が、十日の夕刻には着いたのである。
それがまず隆景を驚かせた。牛車は知っているが、馬車など見た事もない。
十一日の朝から三崎浦から出ている定期船にのり府内湊へ向かう。朝一番の船で、昼過ぎの未三つ刻(1400)についたのだが、驚いたのはその賑やかさだ。
毛利領内のどの湊とも違う、異国の空気ただよう熱気ある湊である。
そこから駅馬車に乗り換え、日田へ向かう。久留米、佐賀、鹿島、太良を経て、諫早へ到着したのが十三日の未四つ刻(1430)であった。
隆景は先触れを送り、翌日の十四日、登城する旨を伝えた。
■諫早城
「初めてお目にかかります、毛利右衛門督様が家臣、小早川中務大輔隆景にございます」
「これはこれは小早川殿、わざわざ毛利の両川たるお方が、いかなるご用件かな?」
諫早城の天守にある、謁見の間で隆景を迎えた純正は機嫌良く答える。
そういえば純正は、いつの頃からか出向くより迎える方が多くなった。出向くのは朝廷、将軍、信長くらいであろうか。
「は、さればわが主、右衛門督様は、中将様のお考えをお伺いしたいと仰せにございます」
「ほう」
純正は短く答える。これ、同じような質問なかったかな? 尼子? 浦上?
そう考える純正の正面で、隆景は全てに圧倒されていた。予想はしていた。予想はしていたのだが、すべてが規格外で隆景の考えを上回る物ばかりだったのだ。
領内に張り巡らされた街道には、『があどれいる』なるものがあり、歩行者と馬や馬車が区別されている。
駅馬車の存在と速さには度肝を抜かれたが、何よりも領民がみな笑顔なのだ。
戦乱の悲壮感というのが全くない。
街道の領民は笑顔にあふれ、仕事にいそしみ、買い物をしたり娯楽を楽しみ、食事を楽しんでいる。毛利の領内も前線以外は平穏だと思っていたが、それとは違う。
小佐々にとっての国境である伊予鹿島ですら、戦乱の雰囲気がない。
もちろん毛利とは同盟国で、交戦国や非同盟国との国境ではない。しかし道中で何泊かしたが、そのたびに隆景は領民や宿の主人、旅人に聞いて驚いたのだ。
皆口々に言う。『やっと安心して暮らせる』と。小佐々が負ける事は考えないのか? と聞いても、笑われるだけであった。
府内で軍船もみた。隆景が見た軍船は小型で古いものであったが、それでも軍事技術の差を見せつけられたのだ。
「されば、お伺いいたします。近ごろ中将様は、播磨、備前、美作、因幡、但馬の大名国人衆に、服属を促すような書状、ならびに使者を遣わされていると聞き及んでおります」
「ふむ」
「これは、いかなる御存念か、お伺いいたしとう存じます」
隆景は至極丁寧に、言葉を選び、純正の表情を見ながら聞いた。
「? なんで? なぜにそのような事、小早川殿にお答えせねばならぬのか、皆目見当がつかぬが、これいかに?」
隆景がひきつる。失敗した! 聞き方を間違えたか。
「いかに、とおっしゃれてましても、その……くだんの意図をお伺いいたしたい、としかお答えしようがございませぬ」
「ふむ、残念である。それではこれ以上話すことはないようじゃ。遠路、ご苦労でござった。小早川殿、言葉足らずでござるぞ」
純正は立ち上がり、退座しようとする。隆景は慌てて叫ぶ。
「お待ちを! どうかお待ちを! いましばらく!」
倍近く歳の違う純正に対して、隆景は押されっぱなしである。初手から間違えたか? どうする? どうする? あ!
「改めまして、新たに言上つかまつりまする。こたびは、先ほどの件をお伺いする前に、謝罪の儀、これありて参上つかまつりました」
うむ、と純正は大きくうなずいた。
「中将様伊予攻めの折、我らは密かに策を巡らせ、宇都宮と手を組み、これを我らの味方と致しました。さらに、中将様の西園寺攻めの足止めのため、宇都宮より西園寺へ兵糧や矢弾を供せんと致しましたること、申し訳なく存じまする」
隆景は平伏したまま、微動だにしない。
「そうか、それを踏まえてなにか申し開きはあるか、小早川殿、面を上げよ」
純正は、丁寧な物言いから、少しずつ威圧感を増している。
そして二通の書状をもってこさせ、隆景に見せた。それは昨年の十二月十日に、宗麟が間者から奪った密書であった。
毛利も、小佐々も、龍造寺も長宗我部も、もともとは小さな、吹けば飛ぶような国人領主である。それが一代の英雄によって拡大し、現在の版図を得た。
龍造寺と長宗我部は、小佐々に出会うのが早かったのだ。
だから純正には、気持ちがわかる。そうしなければ滅ぼされるという恐怖心が、今回の行動を起こさせたのだろう。
毛利は大国となっても、その意識は残っていたのだ。それはある意味正解でもあり、今回に限って言えば、間違いであった。
「は、亡き我が父である元就公は、中将様を畏怖なさっておいででした。それゆえ不可侵の盟を結んだのです。本心であれば、攻守の盟を結びたかったはずでございます」
隆景は純正の許しを得て、話し始めた。
隆景は翌日の八日の朝から安芸倉橋島へ向かい、そこからさらに船に乗った。
忽那の島々をへて伊予鹿島城下へ着いたのは九日の夕刻である。
一泊して湯殿城下を経て、喜多郡の佐多岬半島の佐田浦、三崎浦までは街道がすでに整っており、駅馬車で向かった。
距離にして113km。普通に馬で向かえば二日、つまり到着は十一日になる予定が、十日の夕刻には着いたのである。
それがまず隆景を驚かせた。牛車は知っているが、馬車など見た事もない。
十一日の朝から三崎浦から出ている定期船にのり府内湊へ向かう。朝一番の船で、昼過ぎの未三つ刻(1400)についたのだが、驚いたのはその賑やかさだ。
毛利領内のどの湊とも違う、異国の空気ただよう熱気ある湊である。
そこから駅馬車に乗り換え、日田へ向かう。久留米、佐賀、鹿島、太良を経て、諫早へ到着したのが十三日の未四つ刻(1430)であった。
隆景は先触れを送り、翌日の十四日、登城する旨を伝えた。
■諫早城
「初めてお目にかかります、毛利右衛門督様が家臣、小早川中務大輔隆景にございます」
「これはこれは小早川殿、わざわざ毛利の両川たるお方が、いかなるご用件かな?」
諫早城の天守にある、謁見の間で隆景を迎えた純正は機嫌良く答える。
そういえば純正は、いつの頃からか出向くより迎える方が多くなった。出向くのは朝廷、将軍、信長くらいであろうか。
「は、さればわが主、右衛門督様は、中将様のお考えをお伺いしたいと仰せにございます」
「ほう」
純正は短く答える。これ、同じような質問なかったかな? 尼子? 浦上?
そう考える純正の正面で、隆景は全てに圧倒されていた。予想はしていた。予想はしていたのだが、すべてが規格外で隆景の考えを上回る物ばかりだったのだ。
領内に張り巡らされた街道には、『があどれいる』なるものがあり、歩行者と馬や馬車が区別されている。
駅馬車の存在と速さには度肝を抜かれたが、何よりも領民がみな笑顔なのだ。
戦乱の悲壮感というのが全くない。
街道の領民は笑顔にあふれ、仕事にいそしみ、買い物をしたり娯楽を楽しみ、食事を楽しんでいる。毛利の領内も前線以外は平穏だと思っていたが、それとは違う。
小佐々にとっての国境である伊予鹿島ですら、戦乱の雰囲気がない。
もちろん毛利とは同盟国で、交戦国や非同盟国との国境ではない。しかし道中で何泊かしたが、そのたびに隆景は領民や宿の主人、旅人に聞いて驚いたのだ。
皆口々に言う。『やっと安心して暮らせる』と。小佐々が負ける事は考えないのか? と聞いても、笑われるだけであった。
府内で軍船もみた。隆景が見た軍船は小型で古いものであったが、それでも軍事技術の差を見せつけられたのだ。
「されば、お伺いいたします。近ごろ中将様は、播磨、備前、美作、因幡、但馬の大名国人衆に、服属を促すような書状、ならびに使者を遣わされていると聞き及んでおります」
「ふむ」
「これは、いかなる御存念か、お伺いいたしとう存じます」
隆景は至極丁寧に、言葉を選び、純正の表情を見ながら聞いた。
「? なんで? なぜにそのような事、小早川殿にお答えせねばならぬのか、皆目見当がつかぬが、これいかに?」
隆景がひきつる。失敗した! 聞き方を間違えたか。
「いかに、とおっしゃれてましても、その……くだんの意図をお伺いいたしたい、としかお答えしようがございませぬ」
「ふむ、残念である。それではこれ以上話すことはないようじゃ。遠路、ご苦労でござった。小早川殿、言葉足らずでござるぞ」
純正は立ち上がり、退座しようとする。隆景は慌てて叫ぶ。
「お待ちを! どうかお待ちを! いましばらく!」
倍近く歳の違う純正に対して、隆景は押されっぱなしである。初手から間違えたか? どうする? どうする? あ!
「改めまして、新たに言上つかまつりまする。こたびは、先ほどの件をお伺いする前に、謝罪の儀、これありて参上つかまつりました」
うむ、と純正は大きくうなずいた。
「中将様伊予攻めの折、我らは密かに策を巡らせ、宇都宮と手を組み、これを我らの味方と致しました。さらに、中将様の西園寺攻めの足止めのため、宇都宮より西園寺へ兵糧や矢弾を供せんと致しましたること、申し訳なく存じまする」
隆景は平伏したまま、微動だにしない。
「そうか、それを踏まえてなにか申し開きはあるか、小早川殿、面を上げよ」
純正は、丁寧な物言いから、少しずつ威圧感を増している。
そして二通の書状をもってこさせ、隆景に見せた。それは昨年の十二月十日に、宗麟が間者から奪った密書であった。
毛利も、小佐々も、龍造寺も長宗我部も、もともとは小さな、吹けば飛ぶような国人領主である。それが一代の英雄によって拡大し、現在の版図を得た。
龍造寺と長宗我部は、小佐々に出会うのが早かったのだ。
だから純正には、気持ちがわかる。そうしなければ滅ぼされるという恐怖心が、今回の行動を起こさせたのだろう。
毛利は大国となっても、その意識は残っていたのだ。それはある意味正解でもあり、今回に限って言えば、間違いであった。
「は、亡き我が父である元就公は、中将様を畏怖なさっておいででした。それゆえ不可侵の盟を結んだのです。本心であれば、攻守の盟を結びたかったはずでございます」
隆景は純正の許しを得て、話し始めた。
2
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。
だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。
十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。
ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。
元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。
そして更に二年、とうとうその日が来た……
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。
彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。
父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。
わー、凄いテンプレ展開ですね!
ふふふ、私はこの時を待っていた!
いざ行かん、正義の旅へ!
え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。
でも……美味しいは正義、ですよね?
2021/02/19 第一部完結
2021/02/21 第二部連載開始
2021/05/05 第二部完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる