426 / 775
九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-新たなる戦乱の幕開け-
歴史の変化が人の死を早め、それがまた歴史を変える
しおりを挟む
元亀元年 十月十日 京都 室町御所
「公方様、備前の宇喜多の遣いと申す者が、お目通りを願っております」
「宇喜多……? 浦上ではなく、宇喜多だと?」
義昭は献上品の刀剣の品定めをしている最中に、政所執事である摂津広門から声をかけられ不機嫌である。
「はい、なにぶん火急の用件にて、取り急ぎお目通りを願っております」
「火急の用件のう。以前は浦上との仲介をしてやったが、こたびは何であろうの。そのように急ぎの用件なら、晴門、そちが代わりに聞けばよい」
晴門は困った顔をして答える。
「それがしもそう答えたのですが、その者、幕府の根幹を揺るがす事ゆえ、ぜひにと譲らぬのです」
「ふむ、そこまで言うのなら会うてみるか。暇ではないゆえ、くだらぬ話ならすぐに帰らせろ」
「はは」
そう言って義昭は晴門に命じ、花房越後守(正幸)を謁見の前に通した。
「こたびは突然の要望にも関わらず、謁見を許していただき感謝の至り、恐悦至極にございます。それがしは備前国邑久郡ならびに上道郡の領主、宇喜多三郎右衛門尉様が家臣、花房越後守正幸と申しまする」
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ」。
義昭は大上段に構え、正幸に顔を上げる事を許可する。
「して、こたびはいかがした。余も暇ではないが、幕府の根幹に関わる話と言うではないか。それゆえ会うておる。つまらぬ話なら、許さぬぞ」
「はは、ありがたき幸せ。まずはお礼申し上げまする。また先の浦上との和議の仲裁、誠に感謝にたえませぬ。それゆえこたびは、ひとえに幕府の、公方様の御為になる申し出をいたしたく、まかり越しました」
「ふむ、話してみよ」
義昭は、とりあえず話だけは聞いてやろうという気持ちである。
「は、まずは近ごろの畿内の情勢にてお話しいたしたく存じます。一昨年公方様は上洛を成し遂げられ、幕府のご威光のもと、この日ノ本を静謐に導くべく邁進されている事と存じます」
「うむ」
義昭も、こういったお世辞で取り入ろうとしている人間を多く見てきたのだろうか。表情を変えずに聞いているが、内心は嬉しいのだろう。
「しかるにその幕府の権威を失墜させ、あまつさえ公方様を傀儡のごとく扱い、幕府を軽んじないがしろにする輩も出てくる始末にござる」
「そちは一体、何を言いたいのだ? 誰のことを言っているのだ?」
正幸は一息おいて言う。
「それは、それがしが申し上げずとも、公方様ご自身が、よくお感じになっていらっしゃるのではないでしょうか」
義昭は眉をひそめながらも、しっかりと正幸の言葉を聞いている。
信長には殿中御掟二十一箇条を突きつけられた。御内書の乱発や将軍家家臣の横領が頻発して、社会問題になっていたためだ。
その内容は、幕府の先例や規範に則ったものであり、正論である。義昭も内容を確認して認めているのだが、面白くはない。
自由に何もできないのだ。
「ふむ、それで?」
「は、東は武田と北条、北は朝倉に上杉がおりまする。これ以上拡げるは、まだまだ刻がかかるでしょう。問題は西でござる。公方様のご意向を無視した行いをしている輩がいるとか、いないとか」
「ほう?」
義昭はニヤリと笑い、正幸に続きを話すように促した。
■相模国 小田原城
関東の雄である後北条氏の第三代、北条氏康が没した。史実では元亀二年十月三日の事であるが、一年早い。
氏康は関東から山内・扇谷両上杉氏を駆逐して領土を拡げ、武田氏・今川氏との間に結んだ甲相駿三国同盟はあまりにも有名だ。
関東を支配し、上杉謙信を退け、後世につながる民政制度を充実させるなど、政治的手腕も発揮した。
当主としての19年間と、隠居してなお第4代当主の北条氏政との共同統治を12年間続け、30年以上にわたって後北条氏を率いたのだ。
その氏康が没した。
通常、代替わりの際には近隣諸国からの介入や政治的混乱が発生するが、氏康の死による混乱はなかった。
これは氏康と氏政の二頭体制が、12年の長きに渡って行われていたからだろう。その後氏政は、上杉謙信と結んでいた越相同盟を破棄し、武田信玄と甲相同盟を結ぶ。
氏政は昨年、永禄十二年の六月に謙信と同盟を結んでいたが、その内容に齟齬があり、城や領土の領有についても行き違いがあったのだ。
北関東や房総半島を主戦場とする北条氏と、越中の平定に注力しようという双方の戦略の違いもあったのだろう。
結局は北条氏と上杉氏の双方にとって、同盟の効果は薄かったのだ。根本の利害が対立するだけに、同盟には無理が大き過ぎたともいえる。
また、甲相同盟の1年前倒しは、さらに歴史を変えた。
甲相同盟の甲である武田信玄は、昨年の永禄十二年に信長と足利義昭を通じて、上杉謙信といわゆる甲越和与と呼ばれる和睦を成立させている。
これにより、結果論にはなるが、信玄は後背を気にすることなく、西上作戦ができるようになるのである。
小佐々の領土肥大化と国力増大による三好の降伏。
それにともなう信長包囲網の弱体化と、義昭と信長の険悪化の促進。第二次信長包囲網(第三次?)と大国の参入。
様々な思惑が絡み合い、こうして歴史が早まり、新しい歴史の分岐点をつくり、その新しい歴史を人々が紡いでいくのであった。
■相模国 城ヶ島村 赤羽根海岸
「Ayúdame, dame algo de comer...」
(助け、て、くれ、なにか、食べるものを……)
「公方様、備前の宇喜多の遣いと申す者が、お目通りを願っております」
「宇喜多……? 浦上ではなく、宇喜多だと?」
義昭は献上品の刀剣の品定めをしている最中に、政所執事である摂津広門から声をかけられ不機嫌である。
「はい、なにぶん火急の用件にて、取り急ぎお目通りを願っております」
「火急の用件のう。以前は浦上との仲介をしてやったが、こたびは何であろうの。そのように急ぎの用件なら、晴門、そちが代わりに聞けばよい」
晴門は困った顔をして答える。
「それがしもそう答えたのですが、その者、幕府の根幹を揺るがす事ゆえ、ぜひにと譲らぬのです」
「ふむ、そこまで言うのなら会うてみるか。暇ではないゆえ、くだらぬ話ならすぐに帰らせろ」
「はは」
そう言って義昭は晴門に命じ、花房越後守(正幸)を謁見の前に通した。
「こたびは突然の要望にも関わらず、謁見を許していただき感謝の至り、恐悦至極にございます。それがしは備前国邑久郡ならびに上道郡の領主、宇喜多三郎右衛門尉様が家臣、花房越後守正幸と申しまする」
「うむ、苦しゅうない。面を上げよ」。
義昭は大上段に構え、正幸に顔を上げる事を許可する。
「して、こたびはいかがした。余も暇ではないが、幕府の根幹に関わる話と言うではないか。それゆえ会うておる。つまらぬ話なら、許さぬぞ」
「はは、ありがたき幸せ。まずはお礼申し上げまする。また先の浦上との和議の仲裁、誠に感謝にたえませぬ。それゆえこたびは、ひとえに幕府の、公方様の御為になる申し出をいたしたく、まかり越しました」
「ふむ、話してみよ」
義昭は、とりあえず話だけは聞いてやろうという気持ちである。
「は、まずは近ごろの畿内の情勢にてお話しいたしたく存じます。一昨年公方様は上洛を成し遂げられ、幕府のご威光のもと、この日ノ本を静謐に導くべく邁進されている事と存じます」
「うむ」
義昭も、こういったお世辞で取り入ろうとしている人間を多く見てきたのだろうか。表情を変えずに聞いているが、内心は嬉しいのだろう。
「しかるにその幕府の権威を失墜させ、あまつさえ公方様を傀儡のごとく扱い、幕府を軽んじないがしろにする輩も出てくる始末にござる」
「そちは一体、何を言いたいのだ? 誰のことを言っているのだ?」
正幸は一息おいて言う。
「それは、それがしが申し上げずとも、公方様ご自身が、よくお感じになっていらっしゃるのではないでしょうか」
義昭は眉をひそめながらも、しっかりと正幸の言葉を聞いている。
信長には殿中御掟二十一箇条を突きつけられた。御内書の乱発や将軍家家臣の横領が頻発して、社会問題になっていたためだ。
その内容は、幕府の先例や規範に則ったものであり、正論である。義昭も内容を確認して認めているのだが、面白くはない。
自由に何もできないのだ。
「ふむ、それで?」
「は、東は武田と北条、北は朝倉に上杉がおりまする。これ以上拡げるは、まだまだ刻がかかるでしょう。問題は西でござる。公方様のご意向を無視した行いをしている輩がいるとか、いないとか」
「ほう?」
義昭はニヤリと笑い、正幸に続きを話すように促した。
■相模国 小田原城
関東の雄である後北条氏の第三代、北条氏康が没した。史実では元亀二年十月三日の事であるが、一年早い。
氏康は関東から山内・扇谷両上杉氏を駆逐して領土を拡げ、武田氏・今川氏との間に結んだ甲相駿三国同盟はあまりにも有名だ。
関東を支配し、上杉謙信を退け、後世につながる民政制度を充実させるなど、政治的手腕も発揮した。
当主としての19年間と、隠居してなお第4代当主の北条氏政との共同統治を12年間続け、30年以上にわたって後北条氏を率いたのだ。
その氏康が没した。
通常、代替わりの際には近隣諸国からの介入や政治的混乱が発生するが、氏康の死による混乱はなかった。
これは氏康と氏政の二頭体制が、12年の長きに渡って行われていたからだろう。その後氏政は、上杉謙信と結んでいた越相同盟を破棄し、武田信玄と甲相同盟を結ぶ。
氏政は昨年、永禄十二年の六月に謙信と同盟を結んでいたが、その内容に齟齬があり、城や領土の領有についても行き違いがあったのだ。
北関東や房総半島を主戦場とする北条氏と、越中の平定に注力しようという双方の戦略の違いもあったのだろう。
結局は北条氏と上杉氏の双方にとって、同盟の効果は薄かったのだ。根本の利害が対立するだけに、同盟には無理が大き過ぎたともいえる。
また、甲相同盟の1年前倒しは、さらに歴史を変えた。
甲相同盟の甲である武田信玄は、昨年の永禄十二年に信長と足利義昭を通じて、上杉謙信といわゆる甲越和与と呼ばれる和睦を成立させている。
これにより、結果論にはなるが、信玄は後背を気にすることなく、西上作戦ができるようになるのである。
小佐々の領土肥大化と国力増大による三好の降伏。
それにともなう信長包囲網の弱体化と、義昭と信長の険悪化の促進。第二次信長包囲網(第三次?)と大国の参入。
様々な思惑が絡み合い、こうして歴史が早まり、新しい歴史の分岐点をつくり、その新しい歴史を人々が紡いでいくのであった。
■相模国 城ヶ島村 赤羽根海岸
「Ayúdame, dame algo de comer...」
(助け、て、くれ、なにか、食べるものを……)
2
お気に入りに追加
155
あなたにおすすめの小説
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる