379 / 828
九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-西国の動乱まだ止まぬ-
かかった火の粉がいつの間にか四百万石
しおりを挟む
永禄十二年 十一月十六日 諫早城
純正は各方面から届けられる書状や通信文書を読みながら、定例会議を開いて今後の対策を考えていた。
空閑三河守、藤原千方(親)、鍋島直茂、尾和谷弥三郎、佐志方庄兵衛の五人が傍らにいる。そして閣僚の面々。
「千方よ、景親を責めるなよ。親に認められたいという気持ちは、子供は誰もが持っているものだ。かくいう俺も、家督をついだ時に一度だけ言われたが、それより後は言われたことがない」
わはははは、と大きく笑う純正である。
「は、心得ております。あれは、ああ見えて気の小さいところはありますが、親ばかかもしれませぬが、腕は一品でございます」
「うん、千方がそう言うならそうなのだろう」
この主従の信頼関係は揺るがない。
思えば八年、最初にできた外様で、今では譜代である。なにが外様で何が譜代なのか厳密な基準はないが、今のところ大きい戦、大友戦の前後かもしれない。
それを考えれば四国遠征の宗麟は、自分から言いだしたとはいえ、大抜擢である。
「みな、よいか。情報の共有ということで必要な事は全部話す。まずは南九州と南方の件だ」。
そう言って話し始める。
「配った資料のように、伊東、相良、肝付、そして島津には禄を提示した。他の主だった国人には、知行地は減らして残りを銭で支給する。他は個々で違うが、ほとんどが納得して一から三のうちどれかを選んだ」
しかし、と純正は続ける。
「薩州島津と北郷、加治木肝付に佐多、頴娃の五家はいまだ返事をよこして来ぬ。おそらくは直茂が行った調略にて疑心暗鬼に陥っているのだろうが、それは伊東も同じ」
そう言って壁にかけてある暦を指差す。
「伊東家に対し幕府が出した御内書の件であるが、日隅薩の三カ国で、渋谷と島津以外は伊東が統べるべし、との内容である。これが本物であれば、伊東の処遇を考えねばならぬが、おそらくは偽書であろう」
一同がざわつく。
「仮に偽書だったとしても、百年も昔の事、義祐が行ったのも十年前じゃ。ゆえに祐青を罪には問わぬし当主も同様。処遇は変わらぬ。ただ、問題は謀反を起こすかどうかだ」
全員が純正を見る。
「五人の国人には噂をばら撒いた。おれが知行を減らしたあと銭も払わず、取り潰すつもりだ、とな。それから伊東と薩州にはお互いに偽の使者をだし、十二月一日に日隅薩肥で一斉に蜂起する、とも」
「殿はどうお考えなのですかな」
陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続である。
「もし、偽書だと知っておるなら、おそらくは反旗を翻すであろう。ただでさえ所領を減らされ、口約束の仕置きなど、あてにはできぬであろうからな」
「その時は?」
「無論、討伐する。仕置きは誰に対しても公平でなくてはならぬ。取り潰して従順なものに与えた方がよほど良い。しかし、祐青という男が、本当に家を思っているのであれば、待つ」
「待つ?」
治郎兵衛の返事に純正はニヤリと笑う。
「周到に準備して挙兵の用意をしつつ、結果を待つのだ。偽書で結果が悪くなるのであれば挙兵するであろうし、良くなるのであれば何もしない。現状維持でも、何もしない」
「どちらでしょうか」
「わからん。俺としては無駄な戦はしたくないので動かない方がいいが、いずれにしても今月の末か来月のあたまには、幕府からの返書が届こう」
「そのほかはどうなりましょうや」
海軍大臣の深堀純賢である。
「千方、何か動きはあるか」
「いえ、いまのところは、何もございませぬ」
「そうか、であればわからぬ。相良と肝付は動かぬだろう。仕置きの際の安心した顔は、自分の予想より良かったからだ。島津宗家も、無念であろうが、実力差をわかって観念している」
「では……」
「そうだ。問題は残りの五つの国人じゃ。あわせれば十五万石ほどにはなろう」。
十五万石……。全員が静まる。
「もし逆らえば、島津にやってもらう。無論、相良や肝付にも助力してもらう。伊東が動けばたたきつぶす。これで誰が敵かはっきりする。早いか遅いかだけの違いじゃ」。
南九州を平定したとはいえ、まだ緊張は残っている。
「陸海軍ともに臨戦態勢にてのぞめ」
はは、と二人は返事をした。
「台湾、フィリピンはどうじゃ」
「は、海軍は人員移送と兵糧矢弾の輸送とあわせて、航行訓練を行っております。種子島から琉球、台湾、フィリピンの間の最適な航路の選出と航海ができるよう努めております」
うむ、と純正。
「陸軍においては、マニラの防衛の準備は整っております。周りは木々が生い茂り、日の本の山道ほどもありませぬ。ゆえに敵が攻めてくるとすれば、間違いなく海路にございます」
「では海沿いに砲台を集中して配置しておるのだな?」
「は、八割を集中させております。残りはその狭い道の箇所に設置しておりますが、鉄砲も配置しておりますれば問題ございませぬ」
「兵糧や矢弾の備えはどれほどか?」
「さらば、三ヶ月の備えはござりまする。要塞の内にも、稲や野菜の作付けを進めておりますれば、節制すれば半年は耐えうることができまする。鉄砲は一万発、大砲は三千発の備えがございます」
「イスパニアの動きはどうか」
「さらば、ルソンの南の地、ミンドロ島のマンブラオ、並びに南西のルバング島とも、既に敵の手中となりておりまする。船の行き交いも多く、来月、もしくは年の初めにも、敵は我が地に攻め入るであろうと見受けられます」
「うむ、あいわかった。万事抜かりなく備えておくように。台湾はどうじゃ?」
「はい、今の所現地の民よりの襲撃の気配はござりませぬ。マニラの如くとは参りませぬが、こちらも城塞を構え備えておりまする」
「台湾、フィリピンともに重要な拠点ゆえ、頼んだぞ」
ははあ、と再び二人が頭を下げた。
純正は各方面から届けられる書状や通信文書を読みながら、定例会議を開いて今後の対策を考えていた。
空閑三河守、藤原千方(親)、鍋島直茂、尾和谷弥三郎、佐志方庄兵衛の五人が傍らにいる。そして閣僚の面々。
「千方よ、景親を責めるなよ。親に認められたいという気持ちは、子供は誰もが持っているものだ。かくいう俺も、家督をついだ時に一度だけ言われたが、それより後は言われたことがない」
わはははは、と大きく笑う純正である。
「は、心得ております。あれは、ああ見えて気の小さいところはありますが、親ばかかもしれませぬが、腕は一品でございます」
「うん、千方がそう言うならそうなのだろう」
この主従の信頼関係は揺るがない。
思えば八年、最初にできた外様で、今では譜代である。なにが外様で何が譜代なのか厳密な基準はないが、今のところ大きい戦、大友戦の前後かもしれない。
それを考えれば四国遠征の宗麟は、自分から言いだしたとはいえ、大抜擢である。
「みな、よいか。情報の共有ということで必要な事は全部話す。まずは南九州と南方の件だ」。
そう言って話し始める。
「配った資料のように、伊東、相良、肝付、そして島津には禄を提示した。他の主だった国人には、知行地は減らして残りを銭で支給する。他は個々で違うが、ほとんどが納得して一から三のうちどれかを選んだ」
しかし、と純正は続ける。
「薩州島津と北郷、加治木肝付に佐多、頴娃の五家はいまだ返事をよこして来ぬ。おそらくは直茂が行った調略にて疑心暗鬼に陥っているのだろうが、それは伊東も同じ」
そう言って壁にかけてある暦を指差す。
「伊東家に対し幕府が出した御内書の件であるが、日隅薩の三カ国で、渋谷と島津以外は伊東が統べるべし、との内容である。これが本物であれば、伊東の処遇を考えねばならぬが、おそらくは偽書であろう」
一同がざわつく。
「仮に偽書だったとしても、百年も昔の事、義祐が行ったのも十年前じゃ。ゆえに祐青を罪には問わぬし当主も同様。処遇は変わらぬ。ただ、問題は謀反を起こすかどうかだ」
全員が純正を見る。
「五人の国人には噂をばら撒いた。おれが知行を減らしたあと銭も払わず、取り潰すつもりだ、とな。それから伊東と薩州にはお互いに偽の使者をだし、十二月一日に日隅薩肥で一斉に蜂起する、とも」
「殿はどうお考えなのですかな」
陸軍大臣の深作治郎兵衛兼続である。
「もし、偽書だと知っておるなら、おそらくは反旗を翻すであろう。ただでさえ所領を減らされ、口約束の仕置きなど、あてにはできぬであろうからな」
「その時は?」
「無論、討伐する。仕置きは誰に対しても公平でなくてはならぬ。取り潰して従順なものに与えた方がよほど良い。しかし、祐青という男が、本当に家を思っているのであれば、待つ」
「待つ?」
治郎兵衛の返事に純正はニヤリと笑う。
「周到に準備して挙兵の用意をしつつ、結果を待つのだ。偽書で結果が悪くなるのであれば挙兵するであろうし、良くなるのであれば何もしない。現状維持でも、何もしない」
「どちらでしょうか」
「わからん。俺としては無駄な戦はしたくないので動かない方がいいが、いずれにしても今月の末か来月のあたまには、幕府からの返書が届こう」
「そのほかはどうなりましょうや」
海軍大臣の深堀純賢である。
「千方、何か動きはあるか」
「いえ、いまのところは、何もございませぬ」
「そうか、であればわからぬ。相良と肝付は動かぬだろう。仕置きの際の安心した顔は、自分の予想より良かったからだ。島津宗家も、無念であろうが、実力差をわかって観念している」
「では……」
「そうだ。問題は残りの五つの国人じゃ。あわせれば十五万石ほどにはなろう」。
十五万石……。全員が静まる。
「もし逆らえば、島津にやってもらう。無論、相良や肝付にも助力してもらう。伊東が動けばたたきつぶす。これで誰が敵かはっきりする。早いか遅いかだけの違いじゃ」。
南九州を平定したとはいえ、まだ緊張は残っている。
「陸海軍ともに臨戦態勢にてのぞめ」
はは、と二人は返事をした。
「台湾、フィリピンはどうじゃ」
「は、海軍は人員移送と兵糧矢弾の輸送とあわせて、航行訓練を行っております。種子島から琉球、台湾、フィリピンの間の最適な航路の選出と航海ができるよう努めております」
うむ、と純正。
「陸軍においては、マニラの防衛の準備は整っております。周りは木々が生い茂り、日の本の山道ほどもありませぬ。ゆえに敵が攻めてくるとすれば、間違いなく海路にございます」
「では海沿いに砲台を集中して配置しておるのだな?」
「は、八割を集中させております。残りはその狭い道の箇所に設置しておりますが、鉄砲も配置しておりますれば問題ございませぬ」
「兵糧や矢弾の備えはどれほどか?」
「さらば、三ヶ月の備えはござりまする。要塞の内にも、稲や野菜の作付けを進めておりますれば、節制すれば半年は耐えうることができまする。鉄砲は一万発、大砲は三千発の備えがございます」
「イスパニアの動きはどうか」
「さらば、ルソンの南の地、ミンドロ島のマンブラオ、並びに南西のルバング島とも、既に敵の手中となりておりまする。船の行き交いも多く、来月、もしくは年の初めにも、敵は我が地に攻め入るであろうと見受けられます」
「うむ、あいわかった。万事抜かりなく備えておくように。台湾はどうじゃ?」
「はい、今の所現地の民よりの襲撃の気配はござりませぬ。マニラの如くとは参りませぬが、こちらも城塞を構え備えておりまする」
「台湾、フィリピンともに重要な拠点ゆえ、頼んだぞ」
ははあ、と再び二人が頭を下げた。
2
お気に入りに追加
161
あなたにおすすめの小説

少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

あなたがそう望んだから
まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」
思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。
確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。
喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。
○○○○○○○○○○
誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。
閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*)
何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる