上 下
372 / 801
九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-西国の動乱まだ止まぬ-

仕組まれた反乱、南九州にて

しおりを挟む
 永禄十二年十一月二十日 諫早城 会議室

 小佐々純正は政務の合間を縫って、子どもたちと遊んでいた。

 子供だと思っていた弟の千寿丸は元服し、結婚して海軍兵学校へ入学している。甥っ子の幸若丸でさえ十一である。そろそろ元服を考えなくてはいけない。

 それにしても、義姉は結婚しないのだろうかと純正は時折考える。純正本人は太田和家の家督を継いだ後、小佐々家を継いだ。

 そして太田和家は弟の千寿丸が継いでいる。だから幸若丸としてはどこの家督も継ぐことは、現時点ではない。

 誰か息子のいない男性と結婚してもらって、家を継がせるか? いやいや、そうなると生まれてきた子に家督を譲る、などと言いかねない。

 ここは太田和家の分家をつくって……いや断絶している松島(瀬戸)小佐々の養子として入り、義姉を母としていくのがいいだろうか。

 なにが一番いいのか、悩む。一度家族会議を開こうと考えた。

 それから、中浦小佐々の甚五、もう六歳である。

 史実では今年生まれて、天正十年に使節団としてヨーロッパに行くのだが、現世の天正十年にはもう二十歳を越している。

 歴史が変わってしまった。その他にもいろいろと変わって、もう異世界といった方が正しいかもしれない。同じ天正でも、キリスト一切関係ない使節にしようかな。

 それから、自前の艦隊でポルトガルまでいく事を考えなければ。それにしてもフィリピンとの関係が決着して、ポルトガルと正式に同盟を結んでからだな。

 若き当主小佐々純正のやるべき事は多い。

「殿」

「なんだ」

 鍋島直茂と尾和谷弥三郎、それに佐志方庄兵衛の戦略会議室のメンバーである。

 密室会談と思われたくないが、早い決断を必要とするときは骨子をこのメンバーで決め、合議に図るという流れになっていた。

「薩摩、大隅の国人衆からの返答書が届いております」

「うむ、どのような内容が多いか」

「は、弥三郎、読み上げよ」

 直茂の指示で弥三郎が読み上げる。

「うーん、予想どおりと言えば予想通りだけど、やっぱり一と二が多いな」

「さようでございますね。やはりくれると言われても、素直には信じられないのでしょう」

 送られてきた返書の半分が現状維持の国人待遇であった。残りの三分の二が本領安堵にて減った分を金銭にして俸禄支給である。

 全額金銭支給希望もいたが、低石高の者がほとんどで、石高が低くなればなるほど多かった。

 少ない石高ではやりくりも大変で、安定して俸禄をもらえるなら、それがいいという結論でなのだろう。

「いかがいたしましょうか」

「いかがも何も、そうだなあ……本当なら問答無用に全額銭で、と言いたいところだけど、厳しいな。国人の反乱は避けたいからね」。

 純正は中央集権化を図るために、大友戦以降は問答無用で土地を召し上げ、俸禄制にして給料として金銭を支払う方式にしたかった。

 しかし、現実はなかなか厳しく、反乱の事を考えると、意思を尊重せざるを得なかったのだ。

 実際に国人をそのまま使うのは効率が悪い。

 農繁期には動員が難しいし、税収もない。公共事業で街道を整備するにも制約があるので、諸々の事が面倒くさいのだ。

 兵士にしても旧態依然としたものであるから、正規軍とは練度や装備の面で劣る。

 可哀そうだが、尖兵としての捨て駒的な役割に限定されてしまう。これは純正の望むところではなかった。

 人の生死を大事にしてきた純正であったが、戦死者が多くなると余計に国人の恨みを買いかねない。

「ん? これは、薩州島津や北郷、加治木や佐多に頴娃も、返答がないぞ、どういう事だ?」

 純正は嫌な予感がした。薩州島津と言えば、伊東の重臣と会っていたと千方の報告で聞いていたからだ。なんだこれは? なにか関係があるのか? 

「直茂、この薩摩と大隅、北郷は日向だが、先日決めた条件は間違いなく送っておるのだろうな?」

「は、もちろんにございます」

 条件は以下のとおり。

 薩州島津は二万五千石と年に一万二千貫、北郷は一万三千石と年に六千貫、加治木は九千石に六千貫、佐多は八千石に四千貫、頴娃は九千石に六千貫である。

「これは、この条件は安いか? 銭は不作の年でも変わらず与えるのだぞ。十分すぎる待遇ではないのか?」

「は、これ以上ない条件かと存じます」

 直茂は率直な意見を述べる。

「ならばなぜだ? なぜ五人とも、全員、返事がないのだ?」

「……」

「直茂よ、おぬし、なにか俺に隠していないか?」

「は、滅相もございませぬ」

「本当か?」

「は、はい、本当です」

「なんだ、今間があったぞ。なんだ、なにか知っておるのか?」

 純正の顔が少しずつ険しくなっていく。

「本当に知らないのだな? 後で露見すれば、いかにおぬしとて、ただではすまぬぞ」

 しばらくの間、沈黙が流れた。庄兵衛と弥三郎は今にも窒息しそうだ。

「申し訳ございませぬ! この直茂、ひとえに殿のため、小佐々家中のためを思うてやった事にございます!」

 直茂が後ずさり、平伏する。床である。

「なんだ、隠しておったのか。まさかと思うて言うてみたら、本当か?」

 直茂は平伏したまま事のあらましを説明した。

「なにい!? 伊東と薩州にニセの使者を送り、さらに国人に噂をばら撒いたと?」

 純正は驚き、そしてそれがどのような結果を招くか考えたのだ。

「まったく! なんで俺に言わずに黙ってやったのだ! バレたらどうするつもりだ? ニセの使者などバレれば間違いなく殺される。誰が、まさか石宗衆を使ったのか?」

 直茂のはい、という返事に、憤りよりも、呆れと心配が先行した。しかし、危険性は高いものの、策の中身としては純正を納得させるものであった。

 伊東はどう考えても先日の仕置きに納得していなかった。薩摩と大隅の国人が納得しているかなど、もっとわからない。

 ここで不満分子を洗い出し、後の憂いを消しておこうというものだ。

「直茂、立ってくれ。お主の気持ちはようわかった。しかし、次からは必ず俺に教えろよ。いいか、次はないぞ」

 石宗衆の千方景親は、父親に認めてもらいたかったのだろう。そんな事しなくても、千方は景親の事を十分認めている。会う度に報告とあわせて息子の話をしてくるのだ。

 親の心子知らずの典型である。

 純正の『次はないぞ』の冷めた蛇のような目に、凍りつくような戦慄を覚えた直茂であった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ! 人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。 学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。 しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。 で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。 なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

小さな大魔法使いの自分探しの旅 親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします

藤なごみ
ファンタジー
※2024年10月下旬に、第2巻刊行予定です  2024年6月中旬に第一巻が発売されます  2024年6月16日出荷、19日販売となります  発売に伴い、題名を「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、元気いっぱいに無自覚チートで街の人を笑顔にします~」→「小さな大魔法使いの自分探しの旅~親に見捨てられたけど、無自覚チートで街の人を笑顔にします~」 中世ヨーロッパに似ているようで少し違う世界。 数少ないですが魔法使いがが存在し、様々な魔導具も生産され、人々の生活を支えています。 また、未開発の土地も多く、数多くの冒険者が活動しています この世界のとある地域では、シェルフィード王国とタターランド帝国という二つの国が争いを続けています 戦争を行る理由は様ながら長年戦争をしては停戦を繰り返していて、今は辛うじて平和な時が訪れています そんな世界の田舎で、男の子は産まれました 男の子の両親は浪費家で、親の資産を一気に食いつぶしてしまい、あろうことかお金を得るために両親は行商人に幼い男の子を売ってしまいました 男の子は行商人に連れていかれながら街道を進んでいくが、ここで行商人一行が盗賊に襲われます そして盗賊により行商人一行が殺害される中、男の子にも命の危険が迫ります 絶体絶命の中、男の子の中に眠っていた力が目覚めて…… この物語は、男の子が各地を旅しながら自分というものを探すものです 各地で出会う人との繋がりを通じて、男の子は少しずつ成長していきます そして、自分の中にある魔法の力と向かいながら、色々な事を覚えていきます カクヨム様と小説家になろう様にも投稿しております

処理中です...