上 下
371 / 766
九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-西国の動乱まだ止まぬ-

土佐安芸郡一揆③独立、なるか?

しおりを挟む
 永禄十二年 十一月十日 土佐 安芸郡 安芸城

「殿、これからどうなさいますか」

 家老であった黒岩越前守の息子、黒岩掃部(30)である。

「若と言われ続けてきて、いきなり殿は慣れぬな」

「は、しかし安芸家の復興のためには慣れていただかなくてはなりませぬ」

 元服したばかりの千寿丸あらため十太夫はわずか12歳である。傍らには弟の鉄之助がいた。鉄之助にいたっては8歳だ。

「兄上……」

「鉄之助よ、何も心配するな。この兄に任せておけ」。

 弟を安心させるためにそうは言ったものの、十太夫自身も不安で心が押しつぶされそうである。

「まずは、要求を下げよう」

「え? 触れを認めさせるのを止めるのですか」

「そうではない。すでに二週間われらは訴えてきたが、憎き敵の元親は、使者もよこそうとはせぬ。われらの言い分に耳を傾けるつもりはない、という事だ」

 安芸十太夫弘恒は、これは一揆ではなく挙兵だ、という。

「まず飲むまいと思うておった触れの中身よ。ならばわれらで実現するしかあるまい。小佐々家中となって、われらの国はわれらで治むるのだ」

 現代風に言えば、要するに独立国宣言である。それを農民の力を借りてやった。

 安芸郡の石高は三万石程度。長曾我部元親が領する香我美郡、長岡郡、土佐郡、吾川郡をあわせると十四万七千石になる。

 これだけみれば、まず安芸十太夫の軍に勝ち目はない。

 しかし多くは農兵である。普通に考えれば千の兵を動員できれば十分だが、自らの生活がかかっているのならば、動員数も伸び、士気も上がる。

 総勢四千にも膨れ上がった。それが安芸城を中心に郡全域に広がっている。

 対して長宗我部軍は普通の状態での動員兵力は五千。

 そのうち徴兵が三千七百であるが、無理をして搾り取れば一万かそれ以上は可能だったかもしれない。しかし、安芸郡の噂は他の郡にも広がりつつある。

 集まるはずがない。それに攻めるのは敵国ではなく、となりの郡である。士気は当然低い。

 畑山元季(19)は安芸城の前線である穴内城へ入り防備を固め、野根国長(29)は三好へ備えるため野根城を固めている。

 姫倉豊前(49)は奈半利城に入った。野根城と安芸城の連絡のためである。

「では、どうなさいますか?」

 黒岩掃部が尋ねると、

「そうだな、では元親に勧告しようではないか。われら安芸家が安芸郡を治める、と」

 と答えた。十太夫は現在の長宗我部の状況では条件を飲むこともできず、攻める事もできないと考えていたのだ。

「要望を飲む気がないなら、われらとしても無駄な戦などしたくはない。元親の首はほしいが、今はその時ではない。もっと力を蓄えなければ」。

 掃部は十太夫の年齢に似合わないその頭脳明晰さに驚きを隠し得ない。
 
「横山紀伊、岡林将監、専光寺右馬允、小川新左衛門、小谷左近右衛門ら裏切り者は許せぬ」

 父を殺され、約束を破って殺そうとしてきた元親と、裏切りの家臣への怒りは収まらない。

「一戦交えるならば必ずや討ち取らん。帰参を願い出てきても、許すことまかりならぬ」

 やがて十太夫の考えを伝える使者が岡豊城に向かった。

 ■岡豊城

 土佐の中央部、長岡郡にある岡豊城は長宗我部家代々の居城である。その岡豊城の居室で、長宗我部元親は一揆、もとい安芸旧臣の蜂起の対処に頭を悩ませていた。

 本来であれば鎮圧するのであろうが、農兵主体の一揆を母体としているうえ、安芸郡は統治してわずか一年。領民は旧主の安芸国虎への思いが消えておらず、そのために団結しているのだ。

「殿、いかがなさいますか」

 弟であり右腕の吉良親貞が元親に聞く。

「今思案しているところじゃ」

 元親は苦虫を噛み潰したかのような顔をしている。

「国虎のときと同じく、調略によって攻めるが上策と考えるが、あの時とは状況が違う。敵の結束固く、幼い当主を盛りたてようと一致団結しておる」

「さようでございますな。しかし、だからといって、奴らの条件を飲むなど、できるはずもありませぬ」

「その通りだ。それゆえ思案しているのだが、案がない事もない」

「どのような策でしょうか」

 なに、たいした策ではない、と前置きをしたあとで元親は話し始めた。

「まず、使者を送る。そして条件について話し合いたい、と告げるのじゃ。やつらもこのままでは厳しいと思うておるじゃろう。東には三好もおるでな」。

「その後はどうするのですか?」

「条件を交渉して、ある程度は自治を認め、そして徐々になし崩しにして取り込んでいくのじゃ」

「うまくいくかどうかわからんが、まずは鎮めねばならぬ」

 ため息混じりだ。なぜこうなったのか? と言わんばかりである。

「長引けば周りに付け入る隙を与えるであろうし、朝廷や幕府の覚えも悪くなろう。そうなれば土佐を治むる力なし、となってしまう」

「それは、まずいですな」

「その通り、西の一条は小佐々のせいで滅ぼす事はできなかったが、まだ三好攻めが残っている。厳しいところではあるが、弾正大弼の力を借りれば、なんとかなし得るであろう。口惜しいがな」。

 ■浦戸城

 もともと浦戸村周辺は、浦戸城の城郭都市としての面と、港湾としての面がうまく混ざりあった都市であった。小佐々の代官が赴任してきても、さほど行政的に大きな混乱はなかった。

 まず領民に対して布告を出し、軍役がないかわりに18歳から30歳の間に、2年間の徴兵制と、賦役と徴兵に対する賃金を支払うことを約束した。

 小佐々の文物がどんどん流入してくる。大きな船と南蛮風の出で立ちをした士官たち。最初は驚いていた領民も徐々に慣れてきたのだ。

 浦戸城の城内にはカノン砲、カルバリン砲、セーカー砲といった大砲が、飛距離別に備え付けられた。城郭は重要箇所と脆弱な箇所にはコンクリート施工が施され、租借地の外周は堀と土塁の整備が進められている。

「若、どうなさるおつもりですか」

 家臣からの問いに、浦戸城主兼浦戸租界の公使であり、領事の佐伯惟忠は、特に感情をあらわにせず、言った。

「そうだな。予想より少し早いが、起こるべくして起こったというところであろう」

 対長宗我部戦において、小佐々海軍の海兵隊が、領内に向けた触れを出しておいた。それがこうなるであろう事は、予測できた事である。

「いずれにしても殿(宗麟)はご存知であろう。われらは殿の指示に従うまでだ。一応、近況とあわせて報告しておこう。いつでも動けます、とな」

 浦戸湊には海軍の軍艦は停泊していない。しかし浦戸湊と安芸の川湊への輸送程度なら全く問題がない。人員も兵糧弾薬も輸送可能であった。
 
 長宗我部、小佐々、安芸、そして中央の諸勢力と隣国阿波の三好のせめぎあいが始まる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...