367 / 801
九州探題小佐々弾正大弼純正と信長包囲網-西国の動乱まだ止まぬ-
元第二分隊航海科の純正、六分儀の製作に携わる?
しおりを挟む
永禄十二年 十一月 諫早城天守 天文台
寒い、しかし冷えて眠気覚ましにはちょうどいい。
九十郎秋政が観測をしていた。諫早城天守に設けられた観測用天文台だ。天守からも渡れる構造になっているが、天文台側からは天守には入れない。
純正の足音が聞こえたのか、他の観測所職員は純正の姿を見ると居住まいを正し一例する。
しかし最後まで観測を止めず、やっと機器から手を離し挨拶したのは、領立純アルメイダ大学の天文学部教授でもある、太田和九十郎秋政である。
秋政はこの世界に来ての幼馴染だ。
家督を継ぐ前のわずかな期間だが、一歳違いの従兄弟で源五郎とともによく遊んだ。それからすぐに家督を継ぎ、二人はヨーロッパへ旅立った。
「みんな、寒いだろう」
そう言って純正は、全員にお茶と茶菓子を振る舞った。休憩しながらやりなよ、お疲れ様、とねぎらいの声を掛ける。
「小佐々城から諫早城に移った時、まずこの観測の機械を全部運んだよな」
純正は引っ越し当時の話をする。
「去年から欠かさず観測をしておりますゆえ、一日も欠いてはなりませぬ」
「星を見るのは嫌いではないけど、さすがに毎日見ていて飽きないか?」
「飽きませぬ。毎日何がしか新しい発見があり、それを検証して仮説を立て、さらに検証して実証していくのが楽しいのです」
純正は天文馬鹿の秋政に、あきれながらも感心している。
天文学は、航海技術の発達に必須なのだ。軍事技術や産業技術にばかり目が行きがちだが、天文学の発展は航海術の発展につながり、正確な地図の作成や安全な航海が可能になる。
「これはなんだ? ずいぶんと大きいが」
純正は天文台の中央に備え付けられた、大きな90°の、円を四等分した計測器を見て秋政に尋ねた。
「ああ、これは四分儀と申しまして、天体の高さを測るものです」
と秋政は答えた。
名前を付けるなら「台枠つき四分儀(固定式の四分儀)」とでも言おうか。
四分儀の形状のひとつである。主に観測所や天文台での精密な観測を目的としていて、地上に固定される台枠や支柱に取り付けられていた。
観測の精度向上のために様々な機能や調整機構があり、そのため大型であった。四分儀は船上でも船乗りによって使われていたが、携帯できるように小型化されている。
「ほお、すごいな」
と純正は驚きながらも、自分が転生前に使った事がある六分儀と比べていた。
2023年の現代では、その六分儀ですら使わない。
ロラン・デッカ・オメガなどの電波航法も、純正が20代の頃から徐々に廃れてGPS航法にとって代わられた。
2020年には世界で唯一運用を続けてきた部隊が、運用を終了している。にもかかわらず、幹部や航海科員は専門学校で、六分儀の使い方を習う。
非常時に敵の電波妨害があったときに、自艦の位置を正確に知るためである。
「これは、どうやって測るのだ?」
と純正は秋政に聞く。二人だけの時はタメ口でもいいが、他の家臣がいる時はダメだ、と秋政も秀政も言う。
「これはでござるな、こうして、こうやって測るのでござる」
と秋政は純正に説明を交えて機器を指差しながら教える。
「なるほど。そうなると、四分儀は最大でも90、いや真上までだな。それに長時間は首が痛い」
秋政は、ははははは、と笑いながら答える。
「それは仕方ありませぬ。このお役目についた宿命にござる。それに慣れてくれば、そこまで時間はかかりませぬ」
秋政は笑ったものの、
「しかし、確かにもっと簡単に出来ればいいですね」
とつぶやいた。それを聞いた純正は、考えていた事をとっさに喋っていた。
「これは、反射鏡を使えば改善できないか?」
純正の、記憶頼みの無茶振りか? と思われるような発言が飛んだのだ。
「反射鏡、でござるか? 鏡をどのように使うのでしょう」
六分儀の基本的な仕組みは、天体の光が最初に可動式の鏡に当たり、次に固定された鏡に反射され、そして望遠鏡を通って観測者の目に入るというものだ。
この二重の反射によって、測定される角度が六分儀の物理的な角度の2倍となる。このため、六分儀のアームが60°の範囲で動くと、実際には120°の角度が測定されることになるのだ。
太陽を観測するときは、鏡の間にすりガラスのようなもので、黒いフィルターをかける。
純正は最初に秋政が教えてくれたのと同じように、身振り手振りで、望遠鏡の位置や動鏡や水平鏡の役割を教える。
「なるほど、すみません、もう一度お願いできますか」
どうやら秋政のツボにはまったようだ。目が輝いている。
「すごい。しかし、このようなもの、日ノ本で作れるのでしょうか」
秋政は半信半疑だ。
これは六分儀に限らず先日の実験やライフルなど、全てに言える事だ。個人のヒラメキだけでできるものなど限られている。アイデアは大事だが、それを実現させる基礎学問が必要なのだ。
六分儀の場合は 天体の動きや位置、天体観測の基本的な天文学の知識が必要である。
それに加えて正確な形状や構造を設計するための角度や、三角法を含めた幾何学的な概念にも精通していなければならない。
機械的な構造や動作メカニズムを理解、展開できる工学知識も必要だ。
さらに設計が出来たとして、 光学(レンズや鏡の特性)や材料学(装置の材料の特性や耐久性)などの物理学の領域も関与する。
精密な加工技術も必要である。
これは、ガラス加工で望遠鏡をつくったのとは難易度が違う。
現在、顕微鏡ならびに注射器の製作研究が行われているが、ガラス細工と金属加工の両面の技術が必要だ。
現に五年前の永禄七年に研究開発を開始しているが、実用にたえるものは、残念ながら出来ていない。もうすこし学問の、そして技術の進歩が必要なのだろうか。
純正はいろいろと考えたが、秋政の目は輝いている。
「では殿、工部省ならびに領立大学全学部の秀才を集めて、六分儀研究開発計画を推進いたしますので、予算をどうぞよろしくお願い申し上げます」
あ、……うん。
科学者、いや何の学者でも、一度火がついたら止まらない。そう思った純正であった。
寒い、しかし冷えて眠気覚ましにはちょうどいい。
九十郎秋政が観測をしていた。諫早城天守に設けられた観測用天文台だ。天守からも渡れる構造になっているが、天文台側からは天守には入れない。
純正の足音が聞こえたのか、他の観測所職員は純正の姿を見ると居住まいを正し一例する。
しかし最後まで観測を止めず、やっと機器から手を離し挨拶したのは、領立純アルメイダ大学の天文学部教授でもある、太田和九十郎秋政である。
秋政はこの世界に来ての幼馴染だ。
家督を継ぐ前のわずかな期間だが、一歳違いの従兄弟で源五郎とともによく遊んだ。それからすぐに家督を継ぎ、二人はヨーロッパへ旅立った。
「みんな、寒いだろう」
そう言って純正は、全員にお茶と茶菓子を振る舞った。休憩しながらやりなよ、お疲れ様、とねぎらいの声を掛ける。
「小佐々城から諫早城に移った時、まずこの観測の機械を全部運んだよな」
純正は引っ越し当時の話をする。
「去年から欠かさず観測をしておりますゆえ、一日も欠いてはなりませぬ」
「星を見るのは嫌いではないけど、さすがに毎日見ていて飽きないか?」
「飽きませぬ。毎日何がしか新しい発見があり、それを検証して仮説を立て、さらに検証して実証していくのが楽しいのです」
純正は天文馬鹿の秋政に、あきれながらも感心している。
天文学は、航海技術の発達に必須なのだ。軍事技術や産業技術にばかり目が行きがちだが、天文学の発展は航海術の発展につながり、正確な地図の作成や安全な航海が可能になる。
「これはなんだ? ずいぶんと大きいが」
純正は天文台の中央に備え付けられた、大きな90°の、円を四等分した計測器を見て秋政に尋ねた。
「ああ、これは四分儀と申しまして、天体の高さを測るものです」
と秋政は答えた。
名前を付けるなら「台枠つき四分儀(固定式の四分儀)」とでも言おうか。
四分儀の形状のひとつである。主に観測所や天文台での精密な観測を目的としていて、地上に固定される台枠や支柱に取り付けられていた。
観測の精度向上のために様々な機能や調整機構があり、そのため大型であった。四分儀は船上でも船乗りによって使われていたが、携帯できるように小型化されている。
「ほお、すごいな」
と純正は驚きながらも、自分が転生前に使った事がある六分儀と比べていた。
2023年の現代では、その六分儀ですら使わない。
ロラン・デッカ・オメガなどの電波航法も、純正が20代の頃から徐々に廃れてGPS航法にとって代わられた。
2020年には世界で唯一運用を続けてきた部隊が、運用を終了している。にもかかわらず、幹部や航海科員は専門学校で、六分儀の使い方を習う。
非常時に敵の電波妨害があったときに、自艦の位置を正確に知るためである。
「これは、どうやって測るのだ?」
と純正は秋政に聞く。二人だけの時はタメ口でもいいが、他の家臣がいる時はダメだ、と秋政も秀政も言う。
「これはでござるな、こうして、こうやって測るのでござる」
と秋政は純正に説明を交えて機器を指差しながら教える。
「なるほど。そうなると、四分儀は最大でも90、いや真上までだな。それに長時間は首が痛い」
秋政は、ははははは、と笑いながら答える。
「それは仕方ありませぬ。このお役目についた宿命にござる。それに慣れてくれば、そこまで時間はかかりませぬ」
秋政は笑ったものの、
「しかし、確かにもっと簡単に出来ればいいですね」
とつぶやいた。それを聞いた純正は、考えていた事をとっさに喋っていた。
「これは、反射鏡を使えば改善できないか?」
純正の、記憶頼みの無茶振りか? と思われるような発言が飛んだのだ。
「反射鏡、でござるか? 鏡をどのように使うのでしょう」
六分儀の基本的な仕組みは、天体の光が最初に可動式の鏡に当たり、次に固定された鏡に反射され、そして望遠鏡を通って観測者の目に入るというものだ。
この二重の反射によって、測定される角度が六分儀の物理的な角度の2倍となる。このため、六分儀のアームが60°の範囲で動くと、実際には120°の角度が測定されることになるのだ。
太陽を観測するときは、鏡の間にすりガラスのようなもので、黒いフィルターをかける。
純正は最初に秋政が教えてくれたのと同じように、身振り手振りで、望遠鏡の位置や動鏡や水平鏡の役割を教える。
「なるほど、すみません、もう一度お願いできますか」
どうやら秋政のツボにはまったようだ。目が輝いている。
「すごい。しかし、このようなもの、日ノ本で作れるのでしょうか」
秋政は半信半疑だ。
これは六分儀に限らず先日の実験やライフルなど、全てに言える事だ。個人のヒラメキだけでできるものなど限られている。アイデアは大事だが、それを実現させる基礎学問が必要なのだ。
六分儀の場合は 天体の動きや位置、天体観測の基本的な天文学の知識が必要である。
それに加えて正確な形状や構造を設計するための角度や、三角法を含めた幾何学的な概念にも精通していなければならない。
機械的な構造や動作メカニズムを理解、展開できる工学知識も必要だ。
さらに設計が出来たとして、 光学(レンズや鏡の特性)や材料学(装置の材料の特性や耐久性)などの物理学の領域も関与する。
精密な加工技術も必要である。
これは、ガラス加工で望遠鏡をつくったのとは難易度が違う。
現在、顕微鏡ならびに注射器の製作研究が行われているが、ガラス細工と金属加工の両面の技術が必要だ。
現に五年前の永禄七年に研究開発を開始しているが、実用にたえるものは、残念ながら出来ていない。もうすこし学問の、そして技術の進歩が必要なのだろうか。
純正はいろいろと考えたが、秋政の目は輝いている。
「では殿、工部省ならびに領立大学全学部の秀才を集めて、六分儀研究開発計画を推進いたしますので、予算をどうぞよろしくお願い申し上げます」
あ、……うん。
科学者、いや何の学者でも、一度火がついたら止まらない。そう思った純正であった。
2
お気に入りに追加
158
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた
りゅう
ファンタジー
異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。
いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。
その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。
『転生した無名藩士、幕末の動乱を生き抜く~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』
姜維信繁
ファンタジー
佐賀藩より早く蒸気船に蒸気機関車、アームストロング砲。列強に勝つ!
人生100年時代の折り返し地点に来た企画営業部長の清水亨は、大きなプロジェクトをやり遂げて、久しぶりに長崎の実家に帰ってきた。
学生時代の仲間とどんちゃん騒ぎのあげく、急性アルコール中毒で死んでしまう。
しかし、目が覚めたら幕末の動乱期。龍馬や西郷や桂や高杉……と思いつつ。あまり幕末史でも知名度のない「薩長土肥」の『肥』のさらに隣の藩の大村藩のお話。
で、誰に転生したかと言うと、これまた誰も知らない、地元の人もおそらく知らない人の末裔として。
なーんにもしなければ、間違いなく幕末の動乱に巻き込まれ、戊辰戦争マッシグラ。それを回避して西洋列強にまけない国(藩)づくりに励む事になるのだが……。
家ごと異世界ライフ
ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
のほほん異世界暮らし
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。
それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる