上 下
345 / 766
九州統一なるか?純正と信長包囲網-肥薩戦争と四国戦役-

肥薩戦争⑧砲撃の嵐、和議の拒否

しおりを挟む
 十月十日 午三つ刻(1200) 日向 児湯郡西米良村 米良城 米良重種

「その、修理亮様より、再三の登城命令がきております」

「わかっておる! 何度も言うておるではないか、今は登城できぬと」

 まったく、何もわかっておらん。だいたい殿はどうしたのだ? なぜ殿ではなく修理亮殿なのだ。まさか、いや考えたくはない。それこそ伊東は終わりぞ。

 島津との緊張状態が続き、先の負け戦だ。島津からも間諜が入ってきておる。今のところ断っておるが、この状態でわしが領国を空けられるわけなかろうが。

 昨年の木崎原までは良かった。いや、その前から傾向はあったが、少なくとも飫肥役の頃までは殿は英邁で、まさにわが主たるお方であった。

 しかしいつからだ? 名前も知らぬ渡辺の某や斉藤なにがしかの讒言かわからぬが、取り巻きの言う事しか聞かぬようになった。こたびの出陣もわしは反対したのじゃ。

 三国の盟に小佐々の支援、これがあればそうそう負けはせぬ、と。あえて今大軍を率いて攻め込む意味がない。しかしてこの負け戦だ。

 父の代よりわれら米良家は相良、伊東と結んでその武威を知らしめておった。

 嫡子であるわしが家督を継いで石見守を称したあとも、残りの五人の兄弟を米良村、平野、山陰城主、諸県紙屋、穂北一円に配して支配してきた。

 その重要さをわかっておられんのか?

「しかし殿、これ以上断れば、あらぬ疑いをかけられますぞ」

「みなまで言うな。わかっておる。今は体調不良で伏せており、島津との国境も騒がしいゆえ行けぬと申せ。それでも来い、というのなら仕方がない」

  ■十月十一日 辰三つ刻(0800)薩摩 ※内城下

「なんだこれはなんだこれはなんだこれは」

 城下に入って※義久は連呼した。義久だけではない。※義弘も※歳久も似たようなものだ。辺り一面逃げ惑う人々ばかりであった。

「おい、そこの者、これはいったい何とした事だ」

 荷物を背負って家族を伴い逃げている男をつかまえて、義弘が聞く。

「ひえっあっ! お、お侍さま……。どうしたもこうしたもありません。いきなりどおんどおんどおんって、ものすげえ音がしたと思ったら、お城めがけて石が降ってきよったんです」

 平伏した男がぶるぶると震えながら答える。その震えは侍に対するものなのか、砲撃に対するものなのかは歴然としている。

「な、ん、だと?」

 義弘は聞き返すが、男は先を急いでいるようだ。

「うそじゃありません。こりゃあもう、逃げにゃなんね、と思うて。わしら上伊敷村に親戚がおりますから、そこへ向かいます。どうか、どうか」

 義弘は男を解放した。そして義久と歳久を見る。

「城へ急ぎましょう」

 うむ、と義久はうなずいて、一行は内城へ急いだ。城内は騒然としている。義久たちが戻ったのを知ると、みんなが口々に叫んだ。

「殿がお帰りになったぞ!」

 全員がおおお、という歓声を上げる。さらに一行は、一際大きな声で指示をだし、家臣たちを指揮している者へ近づく。

「奥方様らと御一門の方々は、全員昨日のうちにお逃げになったのか?」

「はい、山田村の川口城へむけ、みな避難いたしましてございます」

「よし、あそこは海から二里は離れておるゆえ、安心であろう。お主も行け、しっかりお供せよ。おい、それはいい、家宝と必要最小限のものだけでよい!」

 義久の家族や一門の安否を気遣い、残った人員で危険を顧みず家財道具の運び出しを行っている。

「※義朗よ、無事であったか」

 純正に砲撃の中止交渉を行った川田駿河守義朗である。

「殿! との、よくぞ戻られました!」

 険しかった顔に笑みがこぼれる。

「みな、無事か? 小佐々は、小佐々はどこにおるのだ!?」

 義朗の両肩を掴み、揺さぶって聞き出そうとする。

「との、との、あれは、あれはいけませぬ」

 義朗は顔を見合わせようとしない。

 顔を背けながら、一昨日の九日、禰寝の城から砲撃が始まったことを話し始めた。

 こちらの大砲が全く届かない距離から、何十もの砲弾が降り注いだこと。交渉に行った船は、千石どころではない、とてつもなく大きな船だと言うこと……。

 数え上げればきりがない。とにかく小佐々は、常識を遥かに超えた、考えられない軍だという事を伝えたのだ。肩を揺らす義久の動きが止まった。

「して、その小佐々はどこにおる? 今日は攻めては来ておらぬのか?」

 義弘が尋ねる。

「は、今日は素通りしてございます。おそらくはもっと奥深く入り込んで、平松城、岩劔城、諏訪城、建昌城……大隅加治木城、富隈城、上井城、廻城……」

「もうよい! もう良い!」

 小佐々はすべてを潰すつもりなのだ。

「無論、各城に遣いは出し申した。逃げるべし、と。もはや、なす術がありませぬ」

 義朗は口惜しそうにつぶやくが、事実である。この時点で義久ら島津軍にできる事はない。

「和議じゃ」

 義久がぽつりとつぶやいた。

「和議より他あるまい。日の本のどこに、このような鬼神のごとき所業ができる者がおるというのだ」

「兄上、もう少しお考えになってから……」

「何を考えるのだ? 徹底抗戦か? 勝てるならよい。勝てるのか? 無駄死にであるぞ」

「……」

 二人は何も言えない。

 和議の使者となった義朗が、ふたたび純正のもとへ向かうのであった。 

 ■午三つ刻(1200) 大隅加治木城沖 第一艦隊 旗艦金剛丸 艦上

「またわいか(お前か)。なんや(なんだ?)、まだなんかいいたか(言いたい)事のあっとか(事があるのか)」

 純正はうんざりしている。

「は、それがし主命にて、和議の申し出に参りました」

 艦橋に純正はいない。完全にルーティンになっているから、賓客室で紅茶を飲んでいる。平伏している義朗をみて、ため息をつく。

「和議? なんで?」

「は、なんで、とおっしゃいますと」

「なんで俺たちが和議をしなくちゃいけないのか? って事だよ」

 少しだけ純正はイライラしているようだ。

「それは、これ以上の戦はお互いにとって……」

「あー別に構わんよ。こっちはそっちの攻撃でけが人も、死人もでたけんね。止めるつもりはまったくない。帰って(帰んな)」。

 純正は平伏した状態の義朗から目をそらし、紅茶を口に運ぶ。

「悪い、もういっぱいもらえるかな?」

 給仕に紅茶を頼む。義朗の手がぷるぷると震えている。

「この屈辱……とか考えとるかもしらんけど、知ったこっちゃなかけんね。そいに和議ば結ぶ理由のなか。必要もなか。考えもなかし(ないし)、しとうもなか(したくもない)。そいに……」

 純正は少し考えてから言った。

「なんで義久がこんとや? 大将がこんで(来ないのに)なんばしたかとや(何がしたいんだ)? あーもうめんどくさか(面倒くさい)」。

 残った紅茶をぐいっと飲み干し、純正は言い放った。

「飽きたけん(から)帰っけん(帰る)。明日またくっけん(来るから)、用のあっとやったら(用があるなら)本人が来いって言うとけ」

 攻撃を止めていた艦隊であったが、義朗が帰ったあと、種子島へ帰っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

処理中です...