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九州統一なるか?純正と信長包囲網-肥薩戦争と四国戦役-

三国連合vs.島津⑦決断~志布志城陥落と相良の選択~

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 永禄十二年 十月四日 牛一つ刻(0100) 国見城北 肝付本陣

「志布志が、志布志城が、……落ちましてございます」

 良兼は自分の耳を疑った。志布志だと? なぜそんなところに敵がおるのだ? ……まさか!

「いつだ? いつ落ちたのじゃ?」

「は、おおよそ巳の一つ刻(0900)でござりました」

 巳の一つ、八刻(16時間)も前ではないか。こうしてはおれん! 良兼は兼亮の幕舎へ向かうと、叩き起こした。

「兄上、どうなさったのですか。まさか敵襲ではございますまい」

「そのまさかじゃ」

「なんですと!? 敵はいずこに」

「志布志じゃ」

「志布志、志布志とは、あの志布志でござるか?」

 兼亮は、わかってはいるものの、信じられない状況に確認をしたのである。

「その志布志以外に、どこの志布志があるのだ?」

 申し訳なさそうにする兼亮に対し、良兼は聞いた。

「おぬし、船が少ないと申しておったが、小さな船や古い船が多くなかったか?」

「暗闇ゆえ確かではございませぬが、違うとも言い切れませぬ」

 考え込んでいた良兼であったが、急がねばならない。

「それであれば、五十の船も、大泊も説明がつくであろう!」

 兼亮は、はっとして自分の中の絡み合った糸がほどけるのを感じた。

「兄上、それでは」

「その通り、こうしてはおれん。すぐに陣払いじゃ。国見城どころではない、このままでは敵が北上して松山城を落としてしまう」

「まさか」

「そうだ、そのまさかだ。そうなってしまえば、われらは北郷の都ノ城から南へ一本くさびを打たれる!」

「ではわれらは分断され、島津に囲まれてしまうではありませぬか」

「そうだ。ゆえに急がねばならない」

 志布志城は志布志湾の北岸、ちょうど中ほどにあり、日向南部の肝付領と本拠の高山城を結ぶ要衝にある。

「では、すぐに陣払いをして出立の準備をいたしまする。して、どこを戻りますか」

「うむ、わしもそれを考えておった。早いのは国見城の裏をぬけ、田代村を通って行く山越えの道じゃ。しかし、そこは禰寝の庭。夜の行軍ゆえ伏兵の恐れがある」

「確かに。伏兵には絶好の場所にございます。では海沿いを?」

 兼亮は同意するとともに、時間はかかるが、安全性の高い道を言っているのだ。

「そうだ。かかる刻は半日違うが、われらが来た道をそのまま帰る。これから支度してどれだけ急いでも、到着は夜になるが、背に腹は変えられぬ」

 はは、と兼亮は返事をして陣払いの命令を下し、全軍が行軍の準備にはいった。夜間の行軍である。

 ようやく全軍の準備が終わり、動き出したのは寅三つ刻(0400)であった。

 ■十月四日 卯の四つ刻(0630) 大口村 目丸 相良本陣

「申し上げます! 敵は渕辺城を占拠した後、川を渡って小木原村(鹿児島県伊佐市大口小木原)へ向かう街道を押さえるそぶりをしております!」

「誠か!?」

 義陽は伝令の報告を聞くと軍議を開くため、重臣を集めた。

「おのおの方、敵が渕辺城を出て、川を渡って街道を押さえるそぶりを見せておる。これをどう考える?」

 全員の顔を順に見ながら、一言も聞きもらすまいと真剣な眼差しである。

「おそれながら申し上げます。昨日も申し上げましたが、敵の陽動やも知れませぬ」

 撤退反対派の犬童頼安である。

 情報が足らない上、ここで退却しては木崎原の二の舞いになると考えているのだ。不確かな情報に踊らされて、数的優位を崩したくないのであろう。

「犬童どの、昨日も申し上げたが、重要なのはわが軍がどうなるか、でござる。全滅しますぞ? まさか、木崎原でだまされた事をお悔やみで?」

「な、馬鹿な事を申すな。……それに、もしそうだったとしても、敵は千。半数だとして五百ではないか。退却するとしても、われら四千五百なら突破も難しくなかろう」

 この二人は、史実では義陽の死後も息子忠房を擁立し、相良家の存続を図った名将である。しかしここでは自らの持論を展開し、一歩も引かない。

「青木村から久七峠を通って肥後の薩摩瀬村への街道は、道幅が一間半(3m)から三間(6m)とせまく、険しい。大軍の行軍にはむいておりませぬ」。

 義陽は目をつむり、じっくりと聞いている。頼安は主君と長智の顔を見比べている。

「ゆえにわれらも、道幅が広く平らな肥後水俣からの小木原村を経て、大口に来たのではありませぬか」

 長智はなおも続ける。

「しかも伏兵にとっては、どうぞ襲ってくださいと言わんばかりの場所ですぞ」

 結論は出なかった。刻々と時間は過ぎてゆく。

  ■十月四日 巳の三つ刻(1000) 大口村 目丸 相良本陣

「申し上げます! 敵軍は二手にわかれ、一隊は久七峠へ向かっております」

 議論が紛糾し、結論も出ないまま小休止をとっていた相良軍幕僚のもとに、島津歳久軍が移動するという報せが入ってきたのだ。

「数は?」

「はい、およそ百にございます」

「百だと? どういう事だ?」

 義陽は頭を抱える。常道で考えるならば、小木原村の街道(国道268号線)で水俣へ向かう。

 対して青木村から人吉城へ向かう久七峠(国道267号線)は、前述の通りで行軍しにくい。

 百しか向かわせなかったのは、大街道を塞いで峠道を選ばせるためで、百で十分と考えたのか? 義陽の迷いを察したかのように、長智が発言する。

「もはや一刻の猶予もありませぬ。至急兵を二手に分け、三千五百、いや無理なら三千でも構いませぬ。小木原街道を進み敵を突破いたしましょう。平野での戦いなら兵の数で決まります」

 義陽が長智の顔をじっと見ながら策を聞く。犬童頼安と赤池長任も黙って聞いている。

「お二方とも、この戦の大計をお忘れか? 三者一斉に攻めることで島津の兵を三つに分け、持久戦ならそれでよし。どこか一箇所を島津が攻めるなら、他方は攻め寄せて島津の動きを封じる」

 長智は続ける。

「城兵の備えである残りの千も、警戒しつつ街道へ向かうのです。ただし、ここは状況を読みながらです。下手をすれば、城兵と挟撃されまするゆえ」

 義陽は、決断した。

「相わかった。頼安よ、その方は千を率いて城兵の備えとせよ。よいか、警戒しつつ合流するのだぞ」

 ははあ、と犬童頼安は答えて幕舎をでた。

「陣払いじゃ、小木原村の敵を突破し、水俣へ向かうぞ」

 おおう! と一同が返事をして軍議が終わり、長智と二人になった。

「長智よ、これで良かったのか」

「は、よく決断なさいました」

 長智は短く答えた。

「大口はわれらの悲願なれど、三者の悲願ではありませぬ。こたびわれらが退いたとて、残りの二者に利があれば盟約は続き、次はわれらの番にございます」

 うむ、と義陽はうなずき、自分をさらに納得させようとした。

 島津を相手取った撤退戦の始まりである。

 次回予告 第328話 三国連合vs.島津⑧島津の狡猾な戦術と最終決戦
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