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島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-島津と四国と南方戦線-
河野通宣の離反にて、小佐々と毛利の水面下の戦い
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永禄十二年 六月二十日 月山富田城
「通宣め、早まりおって。なにゆえあと一月、二月が待てぬのだ」
評定の間で苦々しく口にするのは元就の次男、吉川元春である。
昨年の六月、父である元就が死んだ。それを好機と見た山中幸盛が、尼子勝久を擁立して出雲で反乱を起こしたのだ。それから一年がたった。
確かに毛利軍は、神出鬼没の山中幸盛に加え、それを支える立原久綱の連携に手を焼いていた。尼子家再興軍は、一時期は調略を用いながら出雲を中心に、周辺国においても勢力を拡張していたのだ。
しかしようやく毛利軍は、出雲の拠点である月山富田城を、尼子の包囲から救出する事に成功した。
月山富田城の南西にある布部城と牛尾城を攻略し、島根半島にある真山城を孤立させたのだ。法勝寺城と尾高城を出雲の南条と吉川軍で圧迫し、真山城を落とした後は全軍で包囲殲滅する戦略であった。
河野通宣が小佐々に服属した、という知らせが届いたのはそんな時であった。
「しかしわれらは昨年、国人を見捨てておる。守られぬとわかった国人が、より強き方へ流れるのは、理の当然ではないか」
三男の小早川隆景が答える。いかに背面に敵を抱えたとはいえ、それは当の国人にとっては知ったことではない。
「そうだ。ただ、こたびの河野の離反、まことに小佐々は何もしていないと思うか?」
元春は疑問だ。河野の離反だけではなく、小佐々の北上とあわせて、東予を始め中予の国人たちが、いっせいに陣払いを始めたからだ。
「正時よ、そのあたりはどうなのだ」
世鬼正時は毛利家の諜報部門、世鬼一族の頭領である。
「はは。これは小佐々の仕業か疑わしいのですが、国人衆の陣払いの前に、ある噂が流れていたようにございます」
「なに? それはどういう事だ?」
元春と隆景、二人して聞く。
「はい、『小佐々が二万の大軍で攻めてくる』『毛利は援軍を出すだろうか』というものです」
と正時は話し、続ける。
「さらに、その国人衆に対して、小佐々の人間が会っていたようにございます」
そうれ見たことか! と元春が立ち上がって大声をだす。
「それで、その内容はどうなのだ?」
隆景は詳細を聞く。
「はい、ただ……条件を提示するでもなく、投降をせまる訳でもなく、『今後、どうされるのですか?』と聞いて、帰っただけのようにございます」
巧妙だな、と隆景はつぶやいた。あからさまに調略をしかける訳ではない。仮に仕掛けたとしても、しらぬ存ぜぬを通せば、今のわれらにはなす術はない。
しかし、噂にしても調略にしても、なにをしたかよりも、どうなったのかが重要なのだ。結果事実が事実として広まり、国人衆の心を動かし、使者の言葉に動かされて離反した。
いずれにしても、どうするか。二人は顔を見合わせ、輝元に進言した。
「ひとまずは、小佐々に事実確認の文を送りましょう。返答次第によっては、こちらも考えなくてはなりません」
■数日後 諫早城
『尊敬する小佐々弾正大弼殿、
私、右衛門督より一つ質問があります。聞くところによると、貴殿と河野通宣との間に新たな同盟が結ばれたそうではありませんか。これは、私にとっては驚くべき事であります。
通宣は毛利に服属し、毛利の指導と保護の下で生きてきました。しかし、通宣が貴殿に服属を願い出たとの報告を受け、私は大いに困惑しております。
援軍を求めた通宣に、私が援軍を送らなかったことは事実でありますが、通宣が貴殿に服属を願い出ることにより、私たちとの同盟はどうなるのでしょうか。
通宣が貴殿に服する事に、私は不安を覚えております。私と通宣の同盟が無視されることは、我々の間の信義を蔑ろにする行為でございます。
貴殿の動向に対して懸念を抱いている私としては、見解をお聞かせいただきたく、この手紙を送らせていただきます。平和と調和、そして我々の関係の維持を願って、毛利右衛門督より』
要するに、自分の庇護下にあった河野通宣を、勝手に服属させるとは何事か、と言っているのだ。
「ふん、なにを今さら寝ぼけたことを。援軍を送らなかった時点で、通宣の心は離れておるわ」
純正は生まれたばかりの嫡男を抱きながら、一瞬顔を歪めると、
「返書を書く、用意いたせ。今はまだ毛利とは戦はできぬ。向こうもだろうがな」。
と指示をだした。
『毛利右衛門督殿へ
貴殿の手紙、弾正大弼確かに拝読しました。通宣から援軍要請があったこと、それはそれがしも存じています。しかしその際、貴殿は尼子の対応に忙しいとはいえ、我々に何の通告もなかったではありませんか。和平の仲介もありませんでした。
何らかの文書にて和平の仲介なり、誤解を解くような使者を我々に遣わしていれば、このような事態にはならなかったのではないでしょうか?
それがしは貴殿に対して確かなる書状を送りました。一条を救うために出兵すると告げたのです。しかし不可侵の盟約があるため、貴殿の同盟相手の通宣には手を出さず、その旨も明記しました。
貴殿からは、「通宣に手を出さないのであれば、こちらも何もしない」との返答をいただきました。それがしは、その言葉通り通宣には手を出しておりません。
それなのに、今になってそのような非難を述べるとは心外です。このような事態になると、予想しなかったのですか?
我々は誤解を解消し、和平を推進すべきだと考えます。
互いの理解を深めるための新しい使節を交換しましょう。互いに対する尊重と信頼を保つことで、これ以上の衝突を避けられると信じています。
我々の関係の維持を願って。小佐々弾正大弼より』
小佐々家と毛利家との水面下の戦いは続く。しかし、毛利もやられっぱなしではなかったのである。
「通宣め、早まりおって。なにゆえあと一月、二月が待てぬのだ」
評定の間で苦々しく口にするのは元就の次男、吉川元春である。
昨年の六月、父である元就が死んだ。それを好機と見た山中幸盛が、尼子勝久を擁立して出雲で反乱を起こしたのだ。それから一年がたった。
確かに毛利軍は、神出鬼没の山中幸盛に加え、それを支える立原久綱の連携に手を焼いていた。尼子家再興軍は、一時期は調略を用いながら出雲を中心に、周辺国においても勢力を拡張していたのだ。
しかしようやく毛利軍は、出雲の拠点である月山富田城を、尼子の包囲から救出する事に成功した。
月山富田城の南西にある布部城と牛尾城を攻略し、島根半島にある真山城を孤立させたのだ。法勝寺城と尾高城を出雲の南条と吉川軍で圧迫し、真山城を落とした後は全軍で包囲殲滅する戦略であった。
河野通宣が小佐々に服属した、という知らせが届いたのはそんな時であった。
「しかしわれらは昨年、国人を見捨てておる。守られぬとわかった国人が、より強き方へ流れるのは、理の当然ではないか」
三男の小早川隆景が答える。いかに背面に敵を抱えたとはいえ、それは当の国人にとっては知ったことではない。
「そうだ。ただ、こたびの河野の離反、まことに小佐々は何もしていないと思うか?」
元春は疑問だ。河野の離反だけではなく、小佐々の北上とあわせて、東予を始め中予の国人たちが、いっせいに陣払いを始めたからだ。
「正時よ、そのあたりはどうなのだ」
世鬼正時は毛利家の諜報部門、世鬼一族の頭領である。
「はは。これは小佐々の仕業か疑わしいのですが、国人衆の陣払いの前に、ある噂が流れていたようにございます」
「なに? それはどういう事だ?」
元春と隆景、二人して聞く。
「はい、『小佐々が二万の大軍で攻めてくる』『毛利は援軍を出すだろうか』というものです」
と正時は話し、続ける。
「さらに、その国人衆に対して、小佐々の人間が会っていたようにございます」
そうれ見たことか! と元春が立ち上がって大声をだす。
「それで、その内容はどうなのだ?」
隆景は詳細を聞く。
「はい、ただ……条件を提示するでもなく、投降をせまる訳でもなく、『今後、どうされるのですか?』と聞いて、帰っただけのようにございます」
巧妙だな、と隆景はつぶやいた。あからさまに調略をしかける訳ではない。仮に仕掛けたとしても、しらぬ存ぜぬを通せば、今のわれらにはなす術はない。
しかし、噂にしても調略にしても、なにをしたかよりも、どうなったのかが重要なのだ。結果事実が事実として広まり、国人衆の心を動かし、使者の言葉に動かされて離反した。
いずれにしても、どうするか。二人は顔を見合わせ、輝元に進言した。
「ひとまずは、小佐々に事実確認の文を送りましょう。返答次第によっては、こちらも考えなくてはなりません」
■数日後 諫早城
『尊敬する小佐々弾正大弼殿、
私、右衛門督より一つ質問があります。聞くところによると、貴殿と河野通宣との間に新たな同盟が結ばれたそうではありませんか。これは、私にとっては驚くべき事であります。
通宣は毛利に服属し、毛利の指導と保護の下で生きてきました。しかし、通宣が貴殿に服属を願い出たとの報告を受け、私は大いに困惑しております。
援軍を求めた通宣に、私が援軍を送らなかったことは事実でありますが、通宣が貴殿に服属を願い出ることにより、私たちとの同盟はどうなるのでしょうか。
通宣が貴殿に服する事に、私は不安を覚えております。私と通宣の同盟が無視されることは、我々の間の信義を蔑ろにする行為でございます。
貴殿の動向に対して懸念を抱いている私としては、見解をお聞かせいただきたく、この手紙を送らせていただきます。平和と調和、そして我々の関係の維持を願って、毛利右衛門督より』
要するに、自分の庇護下にあった河野通宣を、勝手に服属させるとは何事か、と言っているのだ。
「ふん、なにを今さら寝ぼけたことを。援軍を送らなかった時点で、通宣の心は離れておるわ」
純正は生まれたばかりの嫡男を抱きながら、一瞬顔を歪めると、
「返書を書く、用意いたせ。今はまだ毛利とは戦はできぬ。向こうもだろうがな」。
と指示をだした。
『毛利右衛門督殿へ
貴殿の手紙、弾正大弼確かに拝読しました。通宣から援軍要請があったこと、それはそれがしも存じています。しかしその際、貴殿は尼子の対応に忙しいとはいえ、我々に何の通告もなかったではありませんか。和平の仲介もありませんでした。
何らかの文書にて和平の仲介なり、誤解を解くような使者を我々に遣わしていれば、このような事態にはならなかったのではないでしょうか?
それがしは貴殿に対して確かなる書状を送りました。一条を救うために出兵すると告げたのです。しかし不可侵の盟約があるため、貴殿の同盟相手の通宣には手を出さず、その旨も明記しました。
貴殿からは、「通宣に手を出さないのであれば、こちらも何もしない」との返答をいただきました。それがしは、その言葉通り通宣には手を出しておりません。
それなのに、今になってそのような非難を述べるとは心外です。このような事態になると、予想しなかったのですか?
我々は誤解を解消し、和平を推進すべきだと考えます。
互いの理解を深めるための新しい使節を交換しましょう。互いに対する尊重と信頼を保つことで、これ以上の衝突を避けられると信じています。
我々の関係の維持を願って。小佐々弾正大弼より』
小佐々家と毛利家との水面下の戦いは続く。しかし、毛利もやられっぱなしではなかったのである。
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