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島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-

従四位上検非違使別当叙任と将軍義昭と信長

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 永禄十二年(1569年) 四月 京都

 一月に起きた『和泉家原城の乱』鎮圧の功績で、純正の従四位上検非違使別当への叙任と、純久の正六位下治部大丞への叙任が正式に決まった。純久は都合がつけばすぐに参内できたのだが、主君を差し置いて先に叙任される訳にはいかない。

 純正に叙任の知らせが届いたのは三月の初旬だったので、将軍義昭の催促もあり純正は上洛することになった。純正自身はあまり官位には頓着がなかったのだが、義父である晴良からの頼みもあって受けることになった。

 朝廷内では決まっていたものの、直接参内すれば義昭に角が立つ。そこでいったん義昭に謁見し、幕府の推挙によって叙任される、という流れをとったのだ。

「初めて御意を得まする、小佐々弾正大弼純正にござります。公方様におかれましては、四月の新緑の候に、御所に参上し、謁見を賜りました。この上ない光栄と存じ、厚く御礼申し上げます」

 二月もせずに自分の言う通りに上洛した純正が、よほど嬉しかったのか、義昭は上機嫌である。本当は晴良に請われて来たのであるが、義昭の命にしておいたほうが何かと便利だ、そう純正は考えたのだ。

「弾正大弼殿、そなたの功績は大いに買っておる。わしはそなたを副将軍か管領、または管領代に任じようと思う。また、斯波氏の家督も譲ろう。左兵衛督の官位も与えたいと考えている。畿内の知行も与えようと考えているが、どこが良いだろうか。これらはわしの心からの感謝である、受け取ってくれ」

 義昭は、信長に断られた物を純正に与えて、朝廷や周囲への影響力を強めようとしているのだろうか。いずれにしても朝廷内での純正の影響力は、義昭はもとより信長よりも大きい。現在は二条家以外の五摂家とも昵懇にしている。

 しかし純正には一抹の不安があった。義父である二条晴良が、義昭と共に近衛前久を追放しないか、という事だ。現世では、1569年の今、まだ、追放していない。

 史実ではすでに追放している。その後晴良と不仲になった信長により、義昭追放後に前久は帰京を許され、朝廷に復帰している。今いる現世では純正のおかげで、二条晴良は朝廷内で絶大な影響力を持っている。しかし油断は禁物である。

 未来がどう転がるかなど、誰にもわからないのだ。何とか事を荒立てずに、円満に済ませる方法はないものかそう思案していた。

「御恩に感謝いたしますが、それがしにはこれらの栄典を受ける資格はございません。私はただ所司代としての仕事をしたまででございます」。

 純正は断った。余計な軋轢を生みたくはないし、それによって義昭に借りをつくるのもおかしな話だ。後で恩を返せだの何だの、鬱陶しくなるに決まっている。そう確信していた。

「公方様の上洛、ならびに将軍ご宣下の立役者でもある上総介殿でさえ、御断りなさいました。その栄典を私が受けるのは筋が通りません。それがしは従四位上検非違使別当の、正式な叙任だけを受け取らせていただきます」

 義昭は食い下がる。

「何を言っておるのだ。そなたはわしの、言ってみれば命の恩人ではないか。それに件の信長もおぬしを高く評価しておる。これらの栄典はお前にふさわしいものだ、断らないでくれ」

 あのたぬき? きつね? 親父め。純正は平静を装う。

「恐れ入りますが、それがしには過分にございます。それがしは所司代として幕府に仕えることが使命にて、それ以外に望むことはございません。ただ、公方様のたっての希望と言われるのならば、ひとつ、お願いがございます」

 純正は、一応言ってみる事にした。

「幸いにしてそれがし、関白二条晴良様とご縁を持つことが出来申した。それゆえ、今では五摂家の方々とも昵懇にお付き合いさせていただいております。ただ、近衛家だけとは疎遠でありますが、公方様に伏してお願い申し上げます」

 ふむ、と義昭の顔が少しだけ曇る。

「先々の公方様を弑し奉った三好の企みに、近衛前久様のご関与を疑われていらっしゃるのであれば、事は天下の大事にございます。なにとぞ慎重に慎重を重ねて、ご審議いただきます様お願い申し上げます」

 表情は変わらない。考えているようだ。

「そうか……ふむ。考えるといたそう。しかし近衛家は二条家の政敵ではないのか? まあよい。それがそなたの本心なら、仕方がない。恩賞は……では、従四位上検非違使別当だけでも受け取ってくれ。それだけでもわしの気持ちを表すものだ」

「ありがとうございます。それだけで十分でございます。これからも幕府に忠誠を尽くす所存でございます」

「よろしい。では、そのようにいたす。これからも期待しておるぞ」。

「はは、ありがとうございます。御礼申し上げます」

 義昭は少し残念そうな表情をしたが、純正は礼儀正しく頭を下げた。

 あとは、義父上に念を押しておかなければ、と純正は京を離れる前にやるべきことを再確認した。そのまま義父である二条晴良の邸宅に向かった純正であったが、特に問題はなかった。

 晴良も前久の事を考えていたが、重要な事でしっかり調べなければならない事、将軍義昭も納得している事を伝えられ、追放は思いとどまったようであった。

 純正の残る仕事は一つだ。

 ■小佐々家駐洛大使館

 純正と純久の二人は、畳敷きの応接間を立ち入り厳禁にした。さらに厳命して誰も入れない。警護も入り口の戸から離れて警護させた。大の字で頭をあわせて足が反対方向を向くように寝転がっている。

 純正はごろんごろんごろん、と寝転がりながら
「あーめんどくせえめんどくせえめんどくせえ」
 とぼやいた。

 あれ、前にもこんな事したような? そう思った。

「どうした、お前、そんな感じだったか」
 純久は呆れる訳でもなく、微笑ましいと思うわけでもなく、ただ笑みを浮かべて純正を見ながらそう言った。

「叔父上、人は変わるのですよ」
「何を……まだ二十歳で、そのような事を」
「あー失敗した! 叔父上を京都にやるんじゃなかった。いや、成功ですよ、成功なんだけど、多比良に残っていて欲しかった~」

 また、ごろんごろんと寝転がる。

 純久は少し呆れた様子で、
「なんだ、寂しいのか? 九州の北半分を治める実質六カ国守護のお前が。それに、義兄上がいるではないか」

「寂しい訳ではありません! ただ、義父上は太田和城(旧沢森城)にいますし、わざわざ行くのもどうかですし……」

 純久は考えを巡らせた。

 あの年で家督をついで、強豪ひしめく肥前を平定して、あそこまで小佐々を大きくしたんだ、家督を譲る決心をした父上も、あの世で喜んでいるだろう。しかしその分、この子には苦労をかけてしまった。それは事実だ。

『よっ』と掛け声をあげて勢いよく飛び上がった純正は、

「では行ってまいります」
 と純久に告げた。
「大丈夫か? ついていこうか?」

「大丈夫です。一人が二人になっても、あの人はからかう人が増えたくらいにしか思わないでしょうから」

 あの人、織田信長である。
 笑顔で会釈をして部屋をでて、純正は信長の元へ向かった。
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