上 下
280 / 766
島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-

熱帯の脅威~マラリアとの戦いに挑む~

しおりを挟む
 永禄十一年 十一月五日 小佐々城 

「次に疫病、(いや、疫病ではないな。マラリアは人同士は伝染しないはず)蚊から伝染る病気の件だが、台湾もそうだが、マニラやバンテン王国、富春やアユタヤをはじめとした南蛮、暑い国で高熱を発して倒れ、死ぬ病気がある。マラリアと言う」

 これは、安経に聞いた、と純正は前置きした。いまさら現代知識を言ったところで、また殿の変な癖が始まったくらいにしか思われないが、あえて、純正は言ったのだ。東玄甫は第一回の遣欧使節団で医学を修めた秀才で、純アルメイダ大学で薬学部と医学部の兼任教授をしている。

「玄甫よ、除虫菊……、いや、虫除けに効く草花は知っておるか」

 玄甫は少し変わったところはあるが、礼儀正しく丁寧である。物腰柔らかく答えた。

「はい、それがしが知りうるところで、レモングラス(ベチバー)・シトロレナ・ゼラニウム・ペパーミント・ラベンダー・ローズマリー・クローブなどがあります。日の本で言えばハーブ系はシソ、ミョウガ、ベニタデ、ミツバ、ワサビ、サンショウ、ショウガ、ユズ、ワラビ、ウド、ゼンマイ、コシアブラ、アケビ、ノカンゾウなどが虫除けに効くとされていますが、それがしが直接実験をした訳ではありませんので、断言は出来ませぬ。ただ、イタリアの修道士で医師でもあるジローラモ・フラカストロの著作にも、微生物が人の体内に入り込んで病を引き起こすという著書もあるので、そのマラリアなる病気が蚊によって媒介されるのであれば、効果はあると存じます。しかし殿はなぜそのような……」

 長い! 純正は人差し指で唇を抑え、(内緒だ。後で教える)という素振りをした。研究の虫である玄甫は静かになった。玄甫は医学とポルトガル語、そしてなぜか英語を学んでいる。だから、純正にとってはわかりやすい。

 もちろん知らない単語は訳がわからないから聞く。

 日本固有種のハーブが殺虫効果はなくても、虫除けになるなら使わない手はない。外来種はリストアップして後々輸入すればいい。ただやはり、一番強力なのは香取線香だ。除虫菊は、日本に存在するかわからない。

 純正自身も菊なんてどれも同じだと思っているから、区別などつくはずがない。あるかどうかもわからない。確か、原産地は地中海東岸から中央アジアだったはず。日本に伝来しているかわからないが、なければこれも輸入しなければならない。

「玄甫よ、菊の仲間でそれを練って乾かし、火をつけて焼くと蚊を殺す効果のあるものは知らぬか」

「はて、申し訳ござりませぬ。それがし医学が専門にて植物は存じ上げませぬ。しかし、使節の中に詳しいものがおりましたゆえ、聞いてみまする」

「では、玄甫は日の本にある菊を乾かし練って燃やして、効果があるか調べよ。それからキニーネを存じておるか」
「はい、存じておりまする」

 よしきた! と純正は心の中でガッツポーズをした。
「新大陸原産の植物で、解熱効果があると言われていて、原住民は古来より使っていたそうにござる。東インド、われらから見れば南蛮ですが、南蛮でも栽培されておりますから、マラッカやマカオに行けば手に入ると存じます」

 これで、問題は解決した。しかし、医師が必要だと感じた純正は、遠征隊の中にマラリア専門の医師を入れるため、人選を玄甫に依頼した。

 さて、後は公衆衛生である。現代日本ではマラリアの感染と死亡例は見られないが、それは下水道の完備も含めた公衆衛生のなせる技である。この時代には望むべくもないのだが、それでも蚊の発生を極力抑える方法を考えねばならない。

 要塞による街の防衛はもちろんだが、そのための兵士や住民の健康維持が重要なのだ。純正は考えた。これは現代人である純正にしか出来ない事である。要は蚊の幼虫であるボウフラが、どんな所でどんな時に発生していたのか? 

 それを徹底的に排除する。方法は以下の通り。

 水たまりや溜まった水をなくす。要塞内外で水たまりや溜まった水がないか定期的に確認し、必要な場合には排水や水の交換を行う。また、それが可能な設備を作る。ドブや水たまりは蚊の発生源となるため、定期点検の際になくす。

 次に、見回りと重複するが、要塞内外の清掃活動を行う。建設する際もそうだが、おそらく街の中も草木が茂っている場所が多数あるだろう。そういった草むらやヤブを刈り取り、風通しを良くする事で病原菌や害虫の繁殖を抑える。

 そして、これは食物連鎖の概念を知っている純正ならではだが、どうしても貯水池や池が必要な場合は、ボウフラを駆除してくれる金魚やメダカを放つ。そもそもそんな水は怖くて飲めないし、必ず沸騰させてからではないと無理だが。

 そして成虫。いわゆる蚊だが、その対策としてハーブ系の植物を置く事や煮汁を利用するのはもちろんだ。あわせて蚊帳や網戸を設置して蚊の侵入を防ぐ。居住区や食事をする場所には特に気を使って設置する。

 住人、特に軍人になるだろうが、長袖と長ズボンを必ず着用させる。和服ではなく、そろそろ専用の軍服を作らせよう。長靴も含めて露出を減らして、刺されるリスクを減らすのだ。

 この辺のところは工部省と相談しなければならないな。蚊帳は材質も含めて大量生産しなければならないし、網戸は木枠に釘で打ち付ける程度だろうが、より利便性を高めて経済的に生産できるようにしなければならない。

 頭がいたい、しかし人の命に関わる事だ。関係各所との打ち合わせは終わったが、細かな指示書を作成するのに四苦八苦する純正であった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

処理中です...