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島津の野望に立ち向かう:小佐々の南方戦略-対島津戦略と台湾領有へ-
熱帯の脅威~マラリアとの戦いに挑む~
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永禄十一年 十一月五日 小佐々城
「次に疫病、(いや、疫病ではないな。マラリアは人同士は伝染しないはず)蚊から伝染る病気の件だが、台湾もそうだが、マニラやバンテン王国、富春やアユタヤをはじめとした南蛮、暑い国で高熱を発して倒れ、死ぬ病気がある。マラリアと言う」
これは、安経に聞いた、と純正は前置きした。いまさら現代知識を言ったところで、また殿の変な癖が始まったくらいにしか思われないが、あえて、純正は言ったのだ。東玄甫は第一回の遣欧使節団で医学を修めた秀才で、純アルメイダ大学で薬学部と医学部の兼任教授をしている。
「玄甫よ、除虫菊……、いや、虫除けに効く草花は知っておるか」
玄甫は少し変わったところはあるが、礼儀正しく丁寧である。物腰柔らかく答えた。
「はい、それがしが知りうるところで、レモングラス(ベチバー)・シトロレナ・ゼラニウム・ペパーミント・ラベンダー・ローズマリー・クローブなどがあります。日の本で言えばハーブ系はシソ、ミョウガ、ベニタデ、ミツバ、ワサビ、サンショウ、ショウガ、ユズ、ワラビ、ウド、ゼンマイ、コシアブラ、アケビ、ノカンゾウなどが虫除けに効くとされていますが、それがしが直接実験をした訳ではありませんので、断言は出来ませぬ。ただ、イタリアの修道士で医師でもあるジローラモ・フラカストロの著作にも、微生物が人の体内に入り込んで病を引き起こすという著書もあるので、そのマラリアなる病気が蚊によって媒介されるのであれば、効果はあると存じます。しかし殿はなぜそのような……」
長い! 純正は人差し指で唇を抑え、(内緒だ。後で教える)という素振りをした。研究の虫である玄甫は静かになった。玄甫は医学とポルトガル語、そしてなぜか英語を学んでいる。だから、純正にとってはわかりやすい。
もちろん知らない単語は訳がわからないから聞く。
日本固有種のハーブが殺虫効果はなくても、虫除けになるなら使わない手はない。外来種はリストアップして後々輸入すればいい。ただやはり、一番強力なのは香取線香だ。除虫菊は、日本に存在するかわからない。
純正自身も菊なんてどれも同じだと思っているから、区別などつくはずがない。あるかどうかもわからない。確か、原産地は地中海東岸から中央アジアだったはず。日本に伝来しているかわからないが、なければこれも輸入しなければならない。
「玄甫よ、菊の仲間でそれを練って乾かし、火をつけて焼くと蚊を殺す効果のあるものは知らぬか」
「はて、申し訳ござりませぬ。それがし医学が専門にて植物は存じ上げませぬ。しかし、使節の中に詳しいものがおりましたゆえ、聞いてみまする」
「では、玄甫は日の本にある菊を乾かし練って燃やして、効果があるか調べよ。それからキニーネを存じておるか」
「はい、存じておりまする」
よしきた! と純正は心の中でガッツポーズをした。
「新大陸原産の植物で、解熱効果があると言われていて、原住民は古来より使っていたそうにござる。東インド、われらから見れば南蛮ですが、南蛮でも栽培されておりますから、マラッカやマカオに行けば手に入ると存じます」
これで、問題は解決した。しかし、医師が必要だと感じた純正は、遠征隊の中にマラリア専門の医師を入れるため、人選を玄甫に依頼した。
さて、後は公衆衛生である。現代日本ではマラリアの感染と死亡例は見られないが、それは下水道の完備も含めた公衆衛生のなせる技である。この時代には望むべくもないのだが、それでも蚊の発生を極力抑える方法を考えねばならない。
要塞による街の防衛はもちろんだが、そのための兵士や住民の健康維持が重要なのだ。純正は考えた。これは現代人である純正にしか出来ない事である。要は蚊の幼虫であるボウフラが、どんな所でどんな時に発生していたのか?
それを徹底的に排除する。方法は以下の通り。
水たまりや溜まった水をなくす。要塞内外で水たまりや溜まった水がないか定期的に確認し、必要な場合には排水や水の交換を行う。また、それが可能な設備を作る。ドブや水たまりは蚊の発生源となるため、定期点検の際になくす。
次に、見回りと重複するが、要塞内外の清掃活動を行う。建設する際もそうだが、おそらく街の中も草木が茂っている場所が多数あるだろう。そういった草むらやヤブを刈り取り、風通しを良くする事で病原菌や害虫の繁殖を抑える。
そして、これは食物連鎖の概念を知っている純正ならではだが、どうしても貯水池や池が必要な場合は、ボウフラを駆除してくれる金魚やメダカを放つ。そもそもそんな水は怖くて飲めないし、必ず沸騰させてからではないと無理だが。
そして成虫。いわゆる蚊だが、その対策としてハーブ系の植物を置く事や煮汁を利用するのはもちろんだ。あわせて蚊帳や網戸を設置して蚊の侵入を防ぐ。居住区や食事をする場所には特に気を使って設置する。
住人、特に軍人になるだろうが、長袖と長ズボンを必ず着用させる。和服ではなく、そろそろ専用の軍服を作らせよう。長靴も含めて露出を減らして、刺されるリスクを減らすのだ。
この辺のところは工部省と相談しなければならないな。蚊帳は材質も含めて大量生産しなければならないし、網戸は木枠に釘で打ち付ける程度だろうが、より利便性を高めて経済的に生産できるようにしなければならない。
頭がいたい、しかし人の命に関わる事だ。関係各所との打ち合わせは終わったが、細かな指示書を作成するのに四苦八苦する純正であった。
「次に疫病、(いや、疫病ではないな。マラリアは人同士は伝染しないはず)蚊から伝染る病気の件だが、台湾もそうだが、マニラやバンテン王国、富春やアユタヤをはじめとした南蛮、暑い国で高熱を発して倒れ、死ぬ病気がある。マラリアと言う」
これは、安経に聞いた、と純正は前置きした。いまさら現代知識を言ったところで、また殿の変な癖が始まったくらいにしか思われないが、あえて、純正は言ったのだ。東玄甫は第一回の遣欧使節団で医学を修めた秀才で、純アルメイダ大学で薬学部と医学部の兼任教授をしている。
「玄甫よ、除虫菊……、いや、虫除けに効く草花は知っておるか」
玄甫は少し変わったところはあるが、礼儀正しく丁寧である。物腰柔らかく答えた。
「はい、それがしが知りうるところで、レモングラス(ベチバー)・シトロレナ・ゼラニウム・ペパーミント・ラベンダー・ローズマリー・クローブなどがあります。日の本で言えばハーブ系はシソ、ミョウガ、ベニタデ、ミツバ、ワサビ、サンショウ、ショウガ、ユズ、ワラビ、ウド、ゼンマイ、コシアブラ、アケビ、ノカンゾウなどが虫除けに効くとされていますが、それがしが直接実験をした訳ではありませんので、断言は出来ませぬ。ただ、イタリアの修道士で医師でもあるジローラモ・フラカストロの著作にも、微生物が人の体内に入り込んで病を引き起こすという著書もあるので、そのマラリアなる病気が蚊によって媒介されるのであれば、効果はあると存じます。しかし殿はなぜそのような……」
長い! 純正は人差し指で唇を抑え、(内緒だ。後で教える)という素振りをした。研究の虫である玄甫は静かになった。玄甫は医学とポルトガル語、そしてなぜか英語を学んでいる。だから、純正にとってはわかりやすい。
もちろん知らない単語は訳がわからないから聞く。
日本固有種のハーブが殺虫効果はなくても、虫除けになるなら使わない手はない。外来種はリストアップして後々輸入すればいい。ただやはり、一番強力なのは香取線香だ。除虫菊は、日本に存在するかわからない。
純正自身も菊なんてどれも同じだと思っているから、区別などつくはずがない。あるかどうかもわからない。確か、原産地は地中海東岸から中央アジアだったはず。日本に伝来しているかわからないが、なければこれも輸入しなければならない。
「玄甫よ、菊の仲間でそれを練って乾かし、火をつけて焼くと蚊を殺す効果のあるものは知らぬか」
「はて、申し訳ござりませぬ。それがし医学が専門にて植物は存じ上げませぬ。しかし、使節の中に詳しいものがおりましたゆえ、聞いてみまする」
「では、玄甫は日の本にある菊を乾かし練って燃やして、効果があるか調べよ。それからキニーネを存じておるか」
「はい、存じておりまする」
よしきた! と純正は心の中でガッツポーズをした。
「新大陸原産の植物で、解熱効果があると言われていて、原住民は古来より使っていたそうにござる。東インド、われらから見れば南蛮ですが、南蛮でも栽培されておりますから、マラッカやマカオに行けば手に入ると存じます」
これで、問題は解決した。しかし、医師が必要だと感じた純正は、遠征隊の中にマラリア専門の医師を入れるため、人選を玄甫に依頼した。
さて、後は公衆衛生である。現代日本ではマラリアの感染と死亡例は見られないが、それは下水道の完備も含めた公衆衛生のなせる技である。この時代には望むべくもないのだが、それでも蚊の発生を極力抑える方法を考えねばならない。
要塞による街の防衛はもちろんだが、そのための兵士や住民の健康維持が重要なのだ。純正は考えた。これは現代人である純正にしか出来ない事である。要は蚊の幼虫であるボウフラが、どんな所でどんな時に発生していたのか?
それを徹底的に排除する。方法は以下の通り。
水たまりや溜まった水をなくす。要塞内外で水たまりや溜まった水がないか定期的に確認し、必要な場合には排水や水の交換を行う。また、それが可能な設備を作る。ドブや水たまりは蚊の発生源となるため、定期点検の際になくす。
次に、見回りと重複するが、要塞内外の清掃活動を行う。建設する際もそうだが、おそらく街の中も草木が茂っている場所が多数あるだろう。そういった草むらやヤブを刈り取り、風通しを良くする事で病原菌や害虫の繁殖を抑える。
そして、これは食物連鎖の概念を知っている純正ならではだが、どうしても貯水池や池が必要な場合は、ボウフラを駆除してくれる金魚やメダカを放つ。そもそもそんな水は怖くて飲めないし、必ず沸騰させてからではないと無理だが。
そして成虫。いわゆる蚊だが、その対策としてハーブ系の植物を置く事や煮汁を利用するのはもちろんだ。あわせて蚊帳や網戸を設置して蚊の侵入を防ぐ。居住区や食事をする場所には特に気を使って設置する。
住人、特に軍人になるだろうが、長袖と長ズボンを必ず着用させる。和服ではなく、そろそろ専用の軍服を作らせよう。長靴も含めて露出を減らして、刺されるリスクを減らすのだ。
この辺のところは工部省と相談しなければならないな。蚊帳は材質も含めて大量生産しなければならないし、網戸は木枠に釘で打ち付ける程度だろうが、より利便性を高めて経済的に生産できるようにしなければならない。
頭がいたい、しかし人の命に関わる事だ。関係各所との打ち合わせは終わったが、細かな指示書を作成するのに四苦八苦する純正であった。
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